氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

文字の大きさ
30 / 41

第30話:決勝戦と、君の本当の笑顔

しおりを挟む
 新人戦、決勝戦の当日。
 体育館は、立ち見が出るほどの観客で埋め尽くされ、異様なほどの熱気に包まれていた。
 私は、観客席の最前列で、祈るように、ぎゅっと手を握りしめていた。でも、私の心は、不思議と、穏やかだった。
(大丈夫。今の怜くんなら、絶対に、大丈夫)

 試合が始まる直前、怜くんが、私の元へとやってきた。
 チームメイトたちの喧騒から離れた、廊下の隅で。
 彼は、もう、緊張した顔はしていなかった。ただ、静かで、強い決意を秘めた瞳で、私を見つめている。
「行ってくる」
「うん」
「……見ててくれ」
 それは、助けを求める言葉じゃない。自分の、最高の姿を見届けてほしい、という、自信に満ちた、約束の言葉だった。
 私は、満面の笑みで、力強く頷いた。
「もちろん。ずっと、見てるよ」

 決勝戦の相手は、優勝候補の強豪校。
 試合は、開始直後から、息もつかせぬほどの激しい点の取り合いになった。
 コートの中の怜くんは、まるで、水を得た魚のようだった。いや、空を舞う、一羽の鷹のようだった。
 コート全体を見渡し、的確なパスで仲間を生かし、時には、自ら、稲妻のような速さでゴールへと切り込んでいく。

 でも、何よりも違ったのは、彼の表情だった。
 もう、そこには、孤独な「氷の王子」の姿はない。
 悠斗と、息の合った連携プレイが決まれば、心の底から嬉しそうにハイタッチを交わし、難しいシュートを決めれば、少年のような、無邪気な笑顔を見せる。
 彼は、勝つためだけに、戦っているんじゃない。
 バスケットボールというスポーツを、仲間と共にプレイすることを、心から、楽しんでいた。

 私は、ファインダー越しに、その、一つ一つの、新しい表情を、夢中で追いかけた。
 これが、彼の、本当の姿。私が、ずっと、見たかった、彼の、素顔。

 そして、運命の、第四クォーター、残り時間、三秒。
 スコアは、一点差で、星陵高校が負けている。
 最後のボールは、怜くんに託された。

 体育館中の、全ての人間が、息を呑む。
 あの、中学最後の試合と、同じシチュエーション。
 でも、彼は、もう、観客席にいる私を探したりはしなかった。彼はもう、大丈夫なのだ。私の存在が、彼の心の中で、揺るぎないお守りとして、輝いていることを、信じているから。

 彼は、静かに、ドリブルをつく。
 そして、放たれたボールは。
 全ての願いを乗せて、スローモーションのように、空中を舞い――

 ブザーと同時に、ゴールネットを、美しく、揺らした。

 わあああああ!
 地鳴りのような、大歓声。
 チームメイトたちが、怜くんの元へと駆け寄り、彼を、何度も、何度も、宙に放り投げる。
 その輪の中心で、彼は、今まで、私が見たこともないような、くしゃくしゃの、最高の笑顔で、笑っていた。

 やがて、彼は、仲間たちの肩から降ろされると、まっすぐに、私の元へと、歩いてきた。
 熱狂する観客も、祝福するチームメイトも、もう、彼の目には、入っていない。
 私の目の前で、立ち止まる。まだ、汗が光るその顔は、勝利の興奮で、紅潮している。

「……陽菜」
「おめでとう、怜くん! 本当に、すごかった……!」
 涙で、声が震える。
 すると、彼は、手に持っていた、優勝記念の、金色のメダルを、そっと、私の首にかけてくれた。

「……俺たち、勝ったな」

 その、「俺たち」という言葉に、全ての想いが、込められていた。
 そして、彼は、周りの視線も、何もかも、気にすることなく、その大きな腕で、私を、優しく、抱きしめた。
「ありがとう、陽菜。お前が、いてくれたからだ」

 体育館の、熱狂の真ん中で。
 私は、彼の胸に顔をうずめながら、確信する。
 氷の王子様は、もう、どこにもいない。
 私の目の前にいるのは、過去の痛みを乗り越え、最高の笑顔を手に入れた、たった一人の、私の、ヒーローだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話・後日談12話⭐︎ 清楚で完璧、屋敷の秩序そのもの——そんな執事長ユリウスの“常駐位置”が、なぜか私の隣に確定しました。 膝掛けは標準装備、角砂糖は二つ、そして「隣にいます」が口癖に。 さらに恐ろしいことに、私が小声で“要求”すると、清楚な笑顔で「承知しました」と甘く返事をしてくるのです。 社交は上品に、恋心は必死に隠したい。 なのに執事長は、恋を“業務改善”みたいに制度化して逃がしてくれない——! むっつり令嬢の乙女心臓が限界を迎える、甘々コメディ恋愛譚。 清楚な顔の執事長が、あなたの心臓まで囲い込みにきます。

《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―

月輝晃
恋愛
25年前、王国の空を覆った“黒い光”。 その日を境に、豊かな鉱脈は枯れ、 人々は「25年ごとに国が凍る」という不吉な伝承を語り継ぐようになった。 そして、今――再びその年が巡ってきた。 王太子の陰謀により、「呪われた鉱石を研究した罪」で断罪された公爵令嬢リゼル。 彼女は追放され、氷原にある北の砦へと送られる。 そこで出会ったのは、感情を失った“氷の将軍”セドリック。 無愛想な将軍、凍てつく土地、崩れゆく国。 けれど、リゼルの手で再び輝きを取り戻した一つの鉱石が、 25年続いた絶望の輪を、少しずつ断ち切っていく。 それは――愛と希望をも掘り当てる、運命の物語。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや

静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。 朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。 「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。 この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか? 甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!

密会~合コン相手はドS社長~

日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

処理中です...