氷の王子と秘密の観察日記

藤森瑠璃香

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第34話:不器用なマフラーと、彼女の祝福

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 クリスマス・イブまで、あと一週間。
 私の指先は、絆創膏だらけだった。放課後の新聞部室は、すっかり私の秘密の編み物工房と化している。

「……だから、ここは、こうだって言ってるでしょ!」
『初心者でも簡単!マフラーの編み方』という動画の、優しいお姉さんの声が、私のスマホから虚しく響く。目の前には、何度、編んでは解いたか分からない、夜空色の毛糸の塊。
(本当に、間に合うのかな……)
 怜くんの、あの嬉しそうな顔を思い出し、私は、もう一度、絡まった毛糸と格闘を始めた。

 その時だった。
「……ずいぶん、不器用なのね」
 凛とした、でも、聞き慣れた声に、私は、ビクッと肩を揺らした。
 振り返ると、部室のドアに、西川玲奈さんが、腕を組んで立っていた。

「に、西川さん! い、いつからそこに……!?」
 私は、慌てて、編みかけの、お世辞にも上手とは言えないマフラーを、背中の後ろに隠す。
 でも、彼女の目は、ごまかせなかった。
「その色……。彼の色ね。クリスマスプレゼントかしら」
 その声には、もう、以前のような、棘のある響きはなかった。ただ、どこか、懐かしむような、寂しげな色が、宿っていた。

 私が、こくりと頷くと、彼女は、ふぅ、と、長い息を吐いた。
 そして、部室に入ってくると、窓の外の、冬枯れの景色を見つめながら、静かに、話し始めた。

「……私も、編んだことがあるのよ。中学の時」
「え……?」
「彼への、誕生日プレゼント。結局、渡せなかったけど」
 彼女は、自嘲するように、ふふっと、小さく笑った。
「あの頃の彼は、誰からのプレゼントも、受け取らなかった。ううん、それ以前に、誰も、自分のテリトリーに入れようとはしなかったわ。分厚い、氷の壁で、自分を守るみたいにね」

 そして、彼女は、私の方へと、ゆっくりと、振り返った。
 その瞳は、驚くほど、穏やかだった。
「でも、あなたからのプレゼントなら、彼は、受け取るわ」
「……」
「きっと、『なんだこれ、下手くそだな』とか、憎まれ口を叩きながらね。でも、すごく、すごく、嬉しい顔をして、毎日、大事に着けるはずよ」

 それは、彼女なりの、未来予想図。
 そして、私に対する、完全な、白旗だった。

「……なんで、分かるの?」
「見てれば、分かるわよ。彼が、あなたの前でだけ、どんな顔をしてるか」
 玲奈さんは、少しだけ、悔しそうに、でも、どこか、清々しい表情で、言った。
「結局、あんたの勝ちね、佐伯さん。あんたが、彼の分厚い氷を、溶かしたんだわ」

 彼女は、最後に、私の背中に隠されたマフラーを、ちらりと見た。
「せいぜい、最後まで、ちゃんと編み上げなさいよ。そんな、よれよれのマフラーを彼に着けさせたら、星陵高校の七不思議になるわ」
 それは、彼女らしい、不器用で、でも、優しい、エールだった。

 一人、部室に残された私は、玲奈さんの最後の言葉を、何度も、反芻していた。
 彼女もまた、自分の恋に、一つの区切りをつけて、前に進もうとしているのだ。

 私は、もう一度、編みかけのマフラーを、手に取った。
 相変わらず、不格好で、不器用な編み目。
 でも、この一目一目に、私の、たくさんの「好き」という気持ちが、込められている。
 彼を想う、温かい気持ちが、ぎゅっと、詰まっている。

 クリスマス・イブまで、あと少し。
 私の、世界でたった一つの、恋の物語。
 私は、もう一度、ぎこちない手つきで、編み棒を、ぎゅっと、握りしめた。
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