白い花 (旧タイトル winter again 改訂版)

ななえ

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推し時

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「すぐにでもクロスフォード子爵のお許しを得に行こう!」

 勢いにのりたいギルバードだった。

「え?」

「早い方がいいだろう」

「けど」

「けど?」

「婚約という形でしかご一緒できないのでしょうか?」

「オレのこと嫌い?」

 まだ否定的な様子に泣きそうになるギルバードだった。
 それでもとてつもなく怖い質問をした。

「それはないです。ただ、ちょっと」

「男性不信になっているということ? オレは大丈夫って言っても信じられないか」

 すまなさそうに肩を落としている姿が痛々しい。

「オレを知って欲しい。それでダメだと判断したらすぐにでも婚約は解消するから」

 また両手に力が入った。

「あの、でも」

 切羽詰まった様子に思わず怯んでしまうエリーゼだった。

「ね」

 顔をすごく近くに寄せてギルバードは微笑む。
 はちみつ色の髪と綺麗な真っ青な瞳がすぐ側にある。
 そして見惚れてしまった綺麗な顔も。

「ギル様、近いです」

 婚約者がいたとはいえ、男性とこうも密なスキンシップをとったことがないエリーゼはこう言うのが精一杯だった。

「ギル様はあの時から変わってないですね」

 二人で冒険の相談をしている時も顔が近くにあった。そのため何度か見惚れていたことを思い出す。
 そして気付いた。
 あの時何故ああも拗ねたのかを。

 あの少年が好きで、ただ会いたかったからだと。

「じゃあ私もそれで。私のことをもっと知ってください。そして、もし別の方が好きになった時はすぐにおっしゃってください!」

 同じ目には遭いたくはない。

「そんなことにはならないけど……」

 やはりクラウスに浮気をされていたことが相当な心の傷になっているとギルバードはとった。

「リゼは、トラエル伯爵子息のことを諦められないの?」

「え? それはないです。浮気をされたことは気分が悪かったですよ。失礼な人って思ってました。本当に恋愛感情はなかったので」

 きっぱりと言い切った。

「二人共しかたなく結婚をしなくてはいけない状況だったんです。そこへ本当に想ってくれる令嬢が現れたら、是非にってお渡ししないと」

 が、本当に想い合っていたとしてもイラートは、貴族令嬢がやってはいけないことをした。
 社交界ではしばらくは醜聞として囁かれるだろう。あのプライドの高い女性が耐えられるかと心配になる。そこまで追い詰められていだんだと同情心もあった。

「なんていうか、リゼはお人好しだね。どちらかといえば恨む相手だよ」

「だから、クラウス様が好きで仕方がない相手だったらこんなことは言えなかったです。今は、お二人はうまくいけばいいとしか。それに愛情がない結婚生活なんて私は嫌ですから」

 少しの男女の愛もなかった。
 まだ子供の時にギルバードに約束を破られた方が辛かったような。

「オレはリゼのことを大切にするからそんな心配をしなくてもいいよ」

「期待してます」

 頷くエリーゼにギルバードは一息ついた。
 拒絶はされなかったと。

「じゃあ、これから二人でどこかへ出かけることができるね」

 婚約者のいる相手と二人で出かけるなど、醜聞になると控えていた。

「買い物へはよく行ってましたよ」

「違うよ」

 仕事での買い出しだった。

「観劇したり、好きな物を買いに店に行ったりとか」

 デートをしたかった。

「そうだ、王立植物園で珍しい花が咲いているんだってね」

「ええ、十年に一度咲かせる花なんです」

 大型の植物で手に平大の葉を茂らせる木だが、定期的に花を咲かせ実を持つ。
 その実は薬用に用いられる激レアなものだった。

「実は王立薬草研究所へ回されるんだろう?」

「今回はそのようです。前の時はクロスフォード家にも少しだけ分けていただけて、お父様がすごく喜んでいたことを覚えてます」

 それからしばらくは、父も兄たちも不眠不休だったような。

「きれいな薄紫の花なんだってね」

「そうですけど! ギル様、ダメですよ」

「何?」

 まじかにある甘い笑顔にエリーゼの顔に熱がこもってくる。

 白い花を見ようと誘ってきた時のように。それに心を持っていかれていたことを思い出した。

「いえ、その」

「一緒に見に行こうね」

 そういうやギルバードは一人でブツブツやり始めた。

「ねえ、近くにリゼが好きなアップルパイの店もあったよね」

 前にお使い帰りに二人で寄った時に食べた。
 確か隠し味に特別な香辛料を使っていた。ギルバードにはリンゴの甘さよりもそれのほうが舌に残っていた。

「あの店ですよね。久しぶりに食べたいなぁ」

 味を思い出してかエリーゼも笑顔になっていた。

「決まりだ。帰りに寄ろう。ああ、エリックにも買って帰ろう」

 次兄でもあり親友の名を出した。

「ギル様、そういうわけにはいきませんよ!」

「エリックには食べさせたくないの?」

「違います。いいですか、きっと婚約はなくなります。だから、しばらくは人目につかないようにしなくてはいけません」

「だからって、外出禁止になるわけじゃあないよ」

「二人で動くことはダメです」

 自分は何を言われてもいいが、ギルバードはよくない。

「オレは気にしない。っていうよりも牽制できるからいい」

「牽制?」

「ああ、リゼの次の縁談をね。きっとすぐに申し込みがあると思うよ」

「ないない!」

 これにエリーゼは首を何度も横に振っていた。

「薬草がらみもあるだろうけど、リゼには魅力があるからね」

 本人は気付いてないが、王立薬草研究所でもリゼに想いを寄せる者はいた。ことごとくギルバードが潰していっていたが。

「買いかぶりすぎですよ」

「そう、じゃあ惚れた弱みということで」

 ギルバードはまだ首を振っているエリーゼの頭の上に手を置いた。

「二人っきりがマズいと思うなら、そうだな、しばらくはセドにでも付き合ってもらうよ」

 セドとは、ハリソン領から一緒に王都に来ている騎士仲間だった。

「セドリック様ですか、けど財務室で研修中でしたよね」

 覚えることが多すぎると睡眠時間を削って習ったことを復習している姿しかこのところ見ていない。
 二人は王都での生活をクロスフォード家でしていた。

「目立ちますね。そうだ、鬘はどうするのですか?」

 街中を歩くのは別の意味で目立つだろう。鬘を取ったギルバードもだがセドリックもかなりの美形だった。

「この髪好きだったろう?」

 ギルバードはエリーゼの手を髪にもっていく。

「はちみつみたいで大好きって言ってたよね」

「あ、あの時は!」

 子供の時のこと、本当においしそうなはちみつが大量にあるような錯覚を覚えて、髪を触ろうとして驚かれ、手を乱暴に退けられた。

「今ならいいよ」

 どうぞとばかりに手を髪に押し付けた。

「はちみつではないのでいいです。女性に軽々しくこんなことをしてはいけませんよ」

 女性慣れしていると疑ってしまう。
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