白い花 (旧タイトル winter again 改訂版)

ななえ

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ハリソン領で希望を見付けた

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 ハンス・エゼル・ベイアルノ。
 これがベイアルノ王国の第三王子の名前だった。
 今は、ギルバード・ハリソンとなっている。
 ハリソン領へ一人で預けられてもう十三年になる。

「今日はここまで」

 ハリソン領の大半を占める今では魔物の森となったサイセ森に討伐に来ていた。

「陽がある間に拠点を作れ!」

 この隊のリーダー、タイトゼルが号令を出す。

「ギル!」

 皆は拠点作りをしていると思いきや魔物を深追いする者が一人いた。
 即座に怒声を浴びせ、巨体に似合わない素早い動きでギルと呼んだ青年の元に行き、頭にゲンコツをお見舞いする。

「いてー!」

 魔術を発動する寸前で止めた。

「かなり魔術で威嚇して脅したんだ、軽く傷もつけたんだよ。後一撃で倒せるようにしたのに」

「深追いをするな」

「だけど高度魔術をぶちこんだら、痛い!」

 再びタイトゼルの拳骨が炸裂した。

「大きな傷を負わせていればそうしろとなるが、オマエは怯えさせただけだ」

 この場合は逃がす方がいい。危険な奴がいると魔物の警戒心を上げ、周りで見ていた他の魔物たちもそうするだろうから。

「それにギルが発しようとした一撃は、あの魔物に当たった後にこの辺りを丸焼けにする威力もある」

 追いかけていたのは、サイセ森に生息する魔物でも大型で狂暴なものだった。
 一撃で仕留めるとなれば、かなりの威力のある魔法を使うだろう。
 ギルの得意な魔法は炎系。それであの魔物を一撃となれば、こうなる。

 この世界では本人の持つ魔力で使う魔法と、本人の持つ魔力が少なかったり、持つ者がより威力が大きな魔法を使いたいときに呪文やアイテムの補助により大きな魔法を使える魔術があった。

「オレたちは討伐に来ているんだ。ここは、いい薬草の宝庫なんだぞ」

「ああ」

 魔物退治もあるが、植物の保護も討伐の目的だった。やってしまったとギルは反省する。
 狩猟本能全開になっていた。

 子供の頃から命を狙われることが多く、狙われたなら全力でお返しするという癖が出ていた。

「早く神殿への道を切り開きたい気持ちは分かるがな」

 タイトゼルは、ギルの背中をポンポンと叩きながら続ける。

「いいことをおしえてやる。オレは昔この先にあった小さな村に行ったことがあるんだ。そこであれを見た」

「あれっ?」

「ああ、オマエが一番見たいあれだ」

 この反応、いつもの慎重なギルに戻っているとタイトゼルはほっとした。
 このことろどこか焦っていた。

 ハリソン領主の姉の一人息子。
 心許した者には優しいが、そうでない者には愛想笑いさえもしない。しても氷のような微笑と称されるものを返すだけ。 
 そして、理不尽な悪意を向けられれば容赦なく攻撃するという冷酷さをもった青年。

 こうなったのは幼少期から母親の恋敵が何度も母親ともども暗殺されかけたり嫌がらせを受けたり、別の者たちから利用されたりで極端な性格になってしまっていた。

「魔物たちに荒されてなければ、あるだろう」

 花が咲くにはまだ季節は先になるが。

 あれとはギルが神殿内で見たいと願っている雑草だった。
 ハリソン領でも元ロサーヌ領近くでたまに生息していることがあったが、魔物や魔物の影響で狂暴化した獣たちのために踏み荒らされ今ではほとんど見る事ができなくなっていた。
 足首丈の小さな白い花弁をつけるが、毒草でもある花。

 それをギルが欲する事情を知らない者からすれば、毒草で暗殺道具を作るのではと疑われてしまう。なので知る者の間ではアレで通していた。

「見付ければ、あのお嬢さんを連れて来れるな」

「連れてか、そうしたいけど、無理だと思う」

 さっきまでのうれしさ満載の表情が、一気に暗くなる。

「オレがまごまごしている間に婚約者ができたからね」

 かっくりと肩も落とす。
 いつか迎えにと強く心に決めていた。

 だが、命を狙われる身ゆえ近付くことをためらっていた。
 自分一人ならば躱せる自信はあったが、弱点として目を付けられれば迷惑がかかると近付けずにいた。
 ただ彼女の動向を知らせてくれる者は配置していた。

「お連れして見せるぐらいはできるだろう?」

 客人として家族で招けばいい。

「それもな」

 花は見せてやりたいが、気持ちも伝えたい。
 あの約束を破らなくてはならなくなったあの日からの念願だった。

 あの夜、王妃が暗殺者、それも軍団と呼べる人数をハリソン領主の居住区へ送り込んできた。
 そこには目当ての二人がいなかったので襲撃は領内に広がった。
 たまたま領内の砦にいたので難を逃れた。

 その後王妃は、国王の暗殺事件を自分の息子の王太子と二人で起こした。
 今は、失敗して王宮内の犯罪者が生きている間はでることができない塔に王太子と共に幽閉された。王妃の親族や加担した者たちもそれぞれ罰を受けていた。

 王位は異母兄が継ぎ、もう命を狙われる危険もなくなり、父元王や母親がいる王都へ戻るよういいわれたが、戻らなかった。
 何度も暗殺の危険が訪れても助けてくれない父王や王家への疑心と即位した兄王のことがあったからだ。
 王位には興味はない。が、兄王を認めたくない者たちが自分を利用しようと近付いてくるのが鬱陶しいのだ。
 なによりも騎士としてここで暮らすが気に入っていた。

「さっさと名乗り出ればよかった」

 王妃が失脚して二年がたつ。
 その間、何度か王都へ異母兄の地位を安定させるために出向いていた。
 何度も会いたいと願っていた女の子、今では令嬢となっているエリーゼを目にしていた。
 だが、声をかけることはできなかった。

 あの約束の地、神殿へはまだまだ危険で連れて行けない。少しでも早くと討伐に明け暮れている間に婚約者ができていた。

「あのババアのせいだ!」

 うさが足に出る。
 地面を何度も蹴っていた。

「その令嬢、エリーゼ殿の兄君とは親しいんだろう?」

「ああ、王都へ顔を出すようになった時に助けを求めに行ったから」

 エリーゼの次兄エリック。幼い頃にハリソン領でよく遊んだ仲だった。そのつながりを頼りに兄王のために力を貸してくれと頼みに行った。

「さっきもいったが兄君をからめてこちらへ招待すればいいのでは? いや、それよりもいい情報があるんだが」

 ニッ! と笑う。

「エリーゼのことでか?」

 確かこの前に受けた報告は婚約者が大っぴらに浮気をしている。それも公爵令嬢と。
 身分が上の令嬢になど手を出して、エリーゼとの婚約を解消になるのはもうすぐだと。

「婚約のことではないが、クロスフォード家が何種類かの薬草をハリソン領に譲ってくれるらしい。かなり稀少で育てにくいものばかりで、育てるための研修をする人を派遣させると、昨日の交渉で決まったようだ」

 この情報は先に討伐現場に来ていたギルバードの耳には入ってなかった。

「王都へ研修か」

 行きたいような行きたくないようなが本音のギルバードだった。

「エリーゼ殿が作られた薬草がメインだから、研修の師匠はエリーゼ殿になる」

「行く!」

 反射で口走るが、慌ててタイトゼルを見る。

「オレが行ってもいいのか? 討伐する者の数が減るぞ」

 戦力不足はよくない。

「たしかにギルは剣でも魔術でもハリソン領では上位だ。ならば次にすべきことは、薬草研究者として上位になれるように努力するべきだとは思わないか?」

 エリーゼのことを調べ、それから少しでも接点が欲しいと薬草の勉強をしていた。今ではハリソン領でも上位の知識を持っている。

「それはそうしたいけど」

「うちの兵力は無尽蔵だぞ。確かに森の奥へ向かう手練れは少数だが、ギル一人が抜けたぐらいでガタがくるものではない」

 騎士や兵士を纏めるトップがいい切る。

「そうだけど」

「薬草研究の古参の者たちも唸ってますよギルバード様の知識をね」

 けが人が多発するハリソン領では医療や薬となる薬草の研究が盛んだった。

「どうして急に様つけなんだ?」

 こういう時は、騎士の上司ではなく幼い頃からの世話役になっている。
 なのでギルバードも立場を変える。

「かっ攫ってこられればいい。ただし、今から花を見付けなくてはなりませんがね」

 大義名分ができる。婚約解消が目前とされているのだ。

「いいねぇ」

「ですが、花を見付けるために無謀に突っ走られてはいけません。そのせいであなたがケガを負われたり、わが隊があなたの無謀に巻き込まれて無事に帰れなくなってはいけませんので」

 その気になれば剣と魔法で一人ででもこの辺りにいる魔物たちを駆除できる。
 その荒々しい気性を幼い頃からずっと一緒にいるタイトゼルは知っているだけに注意をした。

「いい子で帰れれば、私から領主様に進言いたしますから」

 こう褒美もちらつかせる。

「分かっているよ」

 タイトゼルからの推薦があればまず選ばれるが、子ども扱いされたことに悔しさから拗ねてしまうギルバードだった。
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