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雪の降る日
しおりを挟む白い花びらのようなものがチラチラと目の前で踊る。
雪が降ってきていた。
「母上、綺麗ですね」
手をつないで歩く貴婦人を自分の顔を上げて見る。
同じはちみつ色の髪で緑の瞳をした、傾国の美人と評判の女性を。
子供だったのでそのような評判は大人になってから知ったが。
その美貌故、国の王に見初められ第四側妃として王宮へ召された。
本当は生家のハリソン領で女騎士として生きてゆきたかったのに。
「ハンス、今は綺麗ですけどね。これからは大変になるのよ」
寒冷地なので、積雪量が半端ない。
初めてこの季節にこの地に来た息子は、冬の生活を知らない。
「エルベ様、ぎりぎり間に合ったようですね」
エルベの斜め後ろを歩いていた、大柄な騎士タイトゼルが話しかけてくる。
この地方ではこういった雪の降り方は、冬の始まりを告げるものだった。厳しく長い。
「そうね。これからはあなたの手には剣ではなくスコップになるわね」
この地にいる時に見ていたタイトゼルの雪かき姿を思い出しエルベは笑い出した。
剣を振るう姿は見ほれるものがあるが、雪が相手となると腰をかがめ姿勢悪く動く姿が、冬眠から目覚めた熊のような動きだった。
「雪かきは、筋肉の鍛錬にはいいものですよ。あなたも騎士時代一緒にやっていたでしょう」
二人は騎士の修行を同年代にやり同じ頃に騎士として認められた同期だった。
ほんのり笑顔でタイトゼルは応える。
もう国王の側妃、昔のように親し気にはできないタイトゼルだった。
この二人を見ていたハンスは珍しいものを見たと驚く。
タイトゼルが笑っていた。それも優しいと感じるもので。
腕自慢の辺境地ハリソン領でも一、二の騎士。
体格はよく、端正な顔たちをしている青年。だが、野性味がありハンスは初めて会った時は怖くて泣き出してしまった。
「神殿で何を祈られるのですか?」
ハリソン領と隣の元ロサーヌ領にある隣国とつながる街道でもある参道を三人で歩いていた。
神殿は元ロサーヌ領の北部にあり、隣国の国境近くにある。
国境となる北側は、絶壁と評される山脈が連なっている。そして神殿は、鬱蒼としている森に囲まれていて、迷い込めば捜索隊が必要になることもあった。
その上、このところ魔物と呼ばれている他国領にいた異界の生物が現れ危険度が増していた。
「神官様にこれを預けたくて」
エルベは、手を上げ指輪を見せる。
ハリソン家にロサーヌ家から嫁いできた母親から受け継いだものだった。
代々ロサーヌ家の女性に受け継がれる家宝の一つ。
遥か昔、ロサーヌ家が自領を平定した時に助けた聖獣からもらったといい伝えられていた。
そして所有している者には幸運が訪れるとも。
「この指輪にはいろんな逸話があるけどね。本当のところはそんな大それたものじゃあないのよね」
聖獣からもらった指輪には不思議な力があるやら幸運になるという噂のためにこの国の王妃が狙っていた。
側妃にたいする嫌がらせからかもしれないが、奪おうと公けの場で欲しいと強請られたり、盗ませようと人を送られたりと苦労していた。
家宝なので絶対にお渡しできませんと、不敬とののしられても渡さなかったが、もうそろそろ限界と感じていた。
「これは、ハリソン領とロサーヌ領にとって必要なものなのよね。私がハリソン領にいれば守れたんだけど」
ロサーヌ領は参道を挟んだ隣の領だった。今は魔物のために人が住みにくくなり集落規模の村が点在している状態だった。領主も領土を守れないと王家に返上し、地名だけ残っている地になっていた。
「願いが叶うといういい伝えですか?」
タイトゼルは王妃が一番気に留めていたことを口にする。
「そうね。それも一つのいい伝えだけど。けど、まあ両方の領土と神殿にとって大切なものなのよ。それを欲か私への嫌がらせかは分からないけど、そういった感覚で奪おうとする人には絶対に渡せないの」
神殿に預ければ王妃からの危機は少しはマシになるかと考えたが、無理かもとも迷っていた。
欲しい物を手に入れるためには手段を選ばない。神殿が相手となれば、権力駆使される可能性がある。
「うーん、どうしましょうか」
大きなため息が出る。
「やっぱりやめるわ」
うんうんと自分の考えに頷く。
「ハンス、あなたにこの指輪をあげる。今は私が持っているけど、あなたにお嫁さんにしたい女の子ができたら渡す
は。そして、その子と二人で一つだけお願いしなさいよね。叶うかどうかは謎だけど」
二人で一つだけ願うと叶うといういい伝えもある。これはそうなることが多かった。
「そして女の子が生まれたらその子にあげてね」
本来なら女性血族に渡すものだが、エルベはもう子供をもうける気はなかった。
自分の立場がそう実感させられる。
「そのためにもハンスは強くならないとね」
今は二人国王に守られているが王妃の魔の手は、いずれハンスが独り立ちした時、庇護がほとんどなくなれば襲い掛かってくるだろう。
「ハリソン家で剣術をクルカド帝国で魔法の修行がハンス殿を強くするでしょう」
この先、ハンスには鍛錬の日々が待っていた。生き延びるために。
「剣は、グレイというよりはタイトゼルが師匠になるのでしょう? だったら安心ね」
弟で今はハリソン領の領主だが、剣の腕はタイトゼルの方が数段いい。
いい師匠が付けば強くなれるとエルベは確信していた。親バカだが、ハンスには素質はあると感じていた。
「母上、その、お願いってどんなことでもいいの?」
指輪を手に入れるまでの苦労を知らないハンスは無邪気だった。
「そうね。あなたたちの一番のお願いをね」
きっと望み通りになるからと笑顔で。
指輪を最愛の女性に送れるということは数々の苦難を乗り越えた証拠。ならば、望む未来を願えばいい。
神殿で何をしたかは、ハンスははっきりと覚えていなかった。
神官長の永い祝詞を聞いたということ以外。
それからしばらくしてエルベはハンスの前から姿を消した。父親である国王に乞われ一人で王都へ帰ったのだ。
王妃が目障りな者たちを害する王宮へ。
大切な息子をハリソン領に残して。
ここでこれから襲い来るだろう貴族社会の暗い部分を乗り越える知識を得させるために。
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