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エピローグ
しおりを挟むきっと、悠真に、嫌われた。
本日、三月三十一日。
僕たちが高校生で居られる最後の日。
そして、僕たちの学舎が、高校で居られる最後の日。
最後の学年になった僕たちは、『謝恩会』ということで、みんなで集まることにしていた。
皆に会う最後の機会なのに、謝恩会に『行きたくない』気持ちが先に立って、僕は、部屋を出るのを躊躇っていた。
もう出発する時間なので、階下からは、母さんが「遅れるよ! 早くしなさい!」と怒鳴っている。
僕は唇を噛んだ。
嫌われたのは、確実だ。
仕方がないよな、と僕はため息を吐く。
机の上には、一枚の写真がある。
卒業式の後、僕は悠真に頼みこんで、一緒に写真を撮って貰った。
幼なじみの悠真とは、ずっと気恥ずかしさもあって、ツーショットの一枚も撮ったことはなかった。けれど、悠真は、卒業したら、県外の大学に行ってしまう。だから、最後に、思い出が欲しくて、写真を撮って貰った。
写真の中の僕は、初めて撮影するツーショットに緊張してぎこちないし、悠真は、急に『二人で写真を撮ろう』と言われて、不審そうな顔をしている。ちぐはぐな写真だった。
幼なじみの悠真に恋をしていると気付いたのは、高校二年の時。
悠真が、他校の女の子から告白されているのを見た時だった。
凄くショックで、その日は、よく眠れなかったのを、今でも覚えている。
理由を探していくうちに、悠真に惹かれていることに気が付いて――。だけど、それだけだ。
この写真だけが、僕の思い出だった。
「陽翔~っ!!」
階下からの母さんの呼び声に、僕は、ハッとした。
そうだ。
悠真は明日から、県外へ行く。僕は地元の大学に行く。
県外に行くなら、色々準備とか移動もあるだろうし、今日の謝恩会は欠席するかも知れない。
あの日。卒業式のあと、僕は写真を撮って、きっと浮かれていた。
それで――自分でも考えもしない行動を取っていたのだ。
あの時の悠真の顔を、思い出すだけで、僕は、胸がぎゅっと軋む。
それで、僕は、驚く悠真を置き去りにして、そのまま走り去って帰ってしまったのだった。それから、毎日やりとりをしていたメッセージは途切れている。
やはり、『謝恩会』は憂鬱だ。お腹が痛いと言って、サボってしまおうかと思ったとき、アルバムのことが脳裏を過っていった。
最後の一年間、僕たちは、時間を惜しむように校舎中で写真を撮って、笑ったりケンカしたりして、過ごしていた。
その一年の思い出を、アルバムの形に纏めて皆で持っていようという計画があって、謝恩会で配られることになっている。
僕は、そのアルバムの為の写真を担当していた。
その僕が、謝恩会をサボることは出来ないだろう。
それに、アルバムのために、みんな頑張って作った。お金の計算、原稿の作成、印刷所ヘリ発注、申し込んでくれた人の住所の管理……。
今日、アルバムは配られることになっている。
卒業式の後も、ずっと、発送準備とかいろいろやっていた。思いのほか発注が多くなってしまってたくさん利益が出たので、寄付に回してもらうことにした。寄付者は『鳥谷高校卒業生一同』にしてもらった。それなりの金額になったので、どこかに記録が残るだろう。
最後に、悠真に会いたい気持ちと。嫌われただろうから会いたくない気持ちがゴチャゴチャになっている。
僕は、通学の時に使っていた自転車に乗り込んで、高校へ向かった。
桜の花が舞う中を、僕は高校まで向かう。
気の早い工事業者が、学校の周りを囲うための鋼板をグラウンドに積み上げている。
教室には昨日までに用意した、たくさんの茶封筒があって、その中には、印刷したアルバムが入っている。
僕らの最後の一年間。そして、町の人達から集めてきた話をもとに撮った写真。周辺の写真……。
この高校の最後の一年をぎゅっと凝縮したものは作ることができたと思う。
「みんな~!!」
みんなは、もう来ていた。青木と中川も、大学の入学準備があるだろうけど、来てくれた。
みんな、制服じゃなくて私服なので、ちょっと、雰囲気が違う。
「あれ、佐伯といっしょじゃないんだ」
結城が首をひねる。僕と悠真は一緒に来ると思っていたらしい。
「わかんない。忙しいから、東京から直接来るんじゃない?」
家庭環境があんまりよくない、とは聞いている。だから、こっちに来ても、戻る場所がないのだろう。
「そっか」
「じゃあ時間だし、謝恩会、始めようか!」
謝恩会の参加者は、『鳥谷高校のアルバム』に賛同してくれた人たちが中心だ。あとは先生たちもいる。みんなで『ありがとう』と感謝を言い合うための会になって、みんなそれぞれ持ち寄った飲み物とかお菓子とかを食べたり飲んだりしながら、話している。
会が始まって、しばらくしてあたりを見回したけど、悠真はこなかった。
僕が原因でここに来にくくなっていたとしたら、申し訳ない。卒業式じゃなくて、謝恩会の後に告白すれば良かったのに……。
ため息を吐いた僕のポケットの中で、スマホが震えた。
「あれ、なんだろ」
『悠真:出られる?』
悠真だった。どこからこのメッセージを打っているのだろう。ざっと校庭とかを見ても、姿は見えなかった。
『僕:出られるよ』
そう返事はしたけど、本当に、どこだろう。本当は、東京とかなのかな。
僕は、ちょっとトイレに行ってくるといって、廊下へ出た。廊下には、謝恩会に来た人たちがわりとたくさんいる。
『僕:出たけど』
『悠真:じゃ、三年一組に来て』
僕は一瞬、わけがわからなくなった。僕らの教室は、三年一組だったからだ。何をふざけているんだと思ってメッセージを打とうとしたとき、ふ、と思い出した。
夕焼けに沈む教室。
僕と、悠真。
二人の名前を書いた、あの机。
あれは三年一組だった。
僕は、三階までかけていく。
三年一組の教室へと駆け込むと、あの机のところに、悠真が座っていた。
「悠真っ!!!」
「ごめんごめん。ちょっと、バスが遅れてさ……高速で事故ってた。で、俺も陽翔と話したいなと思ってたからさ」
話したい、それはどういうことだろう。何の話だろう、僕は、いやな感じしかしなくて、思わずうつむく。その視界に、あの日落書きした二人の名前があった。
そこへ、すっ、と封筒が差し出される。
僕が書いた、悠真の本の感想だった。
「あっ……それ」
「これ、陽翔のだろ。……丁寧に読んでもらって、すごくありがたかった。でも……これ、主人公は俺自身だけど……親友の女の子は別に、お前じゃないからな」
「あっ、そうなの……? なんか、僕は、もしかしたら、悠真が僕の性癖をわかっているんじゃないかと思って、ちょっと、ヒヤッとしたし……、この、お話の……何もかも、救われたんだけ救われてないんだかわからない、感じがすごく好きだったから」
明確なハッピーエンドが、当時用人物に用意されていなかったこと。
それが僕の救いになったような気がする。そんなことを言ったら、悠真は笑うかもしれないけど。
「……親友は、俺自身ではあるけど、いつも近くにいて、全部肯定してくれたから、それに俺は救われてたよ。ありがとう」
「……そんなに大したことはしてないけど」
「それが良いんだよ。そして、すごく大きい」
なんかわかるようなわからないような気持ちにはなったが、なんとなく、胸があったかい。
気持ち悪いとか、嫌われたわけでなかったことに、今まで通りの友達でいられることも、ありがたかった。
「……それで、これ、覚えてる?」
悠真が、二人の名前を指でたどる。
「うん。怒られるかなと思ってたけど……結局、誰にも見つからなかったね」
「そうだな。俺はさ、俺たちがここにいたっていうのをここに残したくて、名前をかいたんだ。お前の気持ちは知らないけど、俺は……お前が好きだったから」
「えっ!?」
僕は思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
「だって、この間、何も言ってくれなかったから……てっきり嫌われたと思ったよ」
「急にずっと好きだった相手から告白されたら、頭の中が真っ白になるぞ」
それは、なんとなくわかる気がするけど……。
「ずっと……?」
「中学の頃には好きだったよ。……それでさ、よかったら、俺と遠距離恋愛しない?」
悠真は、探るような顔をして僕に聞く。
「いいよ。たまにはこっちに帰ってきなね」
「陽翔も、東京に遊びに来てよ」
「うん。行くことにする」
僕らは、顔を見合わせて、笑いあった。一年、ものすごく遠回りをしたような気がした。
僕らは、手をつないで、僕らの三年一組の教室へ入る。
「悠真連れてきたよ~!!!」
僕が、つないだ手を掲げてみると、周りから歓声が上がる。
「東京から帰ってきたのか!?」
「こっちにはどれくらいいるんだ?」
皆に質問攻めにされる悠真から視線をはずすと、藤本が、何かを悟ったように、親指を立てていたから、僕も笑いながら親指を立てた。
了
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