婚約破棄されたノンケの俺がドSな男にハマってる~カフェの裏では、秘密のハプニングバー・ブルームーンがやっている~

七瀬京

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32.待ち合わせ

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 夕方に起き出して、身支度を調える。
(ホテルで会食かあ……)
 日本庭園が美しいホテルという事は聞いたことがある。今まで、訪れる機会もなかったので、少し気になる。
 どうせ、ならば少し早めに出だして、庭園を散策しても良かったかも知れない。
 しかし、もう、夕方になってしまったので、それはムリだろう。
 ホテルまでは、歩いて二十分くらい。
 のんびり歩いて行こうと思う。
(そういえば、駅と反対側は、あんまり行ったことがないや……)
 駅からはコンビニか食べ物屋を経由して、自宅へ戻るだけだ。だから、自宅を通り越したところへは、殆ど行ったことがない。
 住宅街にある郁のアパートからは、車一台がやっと入れる、狭い路地を大通りへ向かう。大通りから、駅と反対方向へ向かう。
 途中に、やけに古めかしい酒屋があった。建物の作りから見ても、おそらく、戦前のものだろう。
 郁の地元は、桜町と言って、北関東の小さな田舎だが、戦後に作られた町なので、ここまでの風格のある建物は、見当たらない。
 新宿の摩天楼まで、そう遠くないところに、こういう建物がぽつねんと残っていたりするのが面白いが、今まで、郁は、こんなところに、古い酒屋があることなど知らなかった。
 酒屋を過ぎると銀杏並木。
 そして女子大の塀の横を行く。煉瓦造りの綺麗な塀は、これも立派なものだった。女子大の建物も、年代物らしき、レトロで綺麗な建物が見えた。
 郁は、完全に観光気分で歩いて行くと、程なく、ホテルのエントランスへたどり着いた。木々に囲まれたフロントへと向かう。待ち合わせの時間まで、少しある。庭園を散策しても良いが、歩いてきたので、喉が渇いてしまった。
(カフェかなんかあるだろ……)
 ホテルのカフェなので、高額になることだけは覚悟して、ホテルへ入る。
 ロビーは混雑していた。
 結婚式が終わった直後らしく、華やかな盛装をした客達が、あまた入り乱れている。
(結婚、かあ……)
 郁も、結婚を考えていた。プロポーズもした。結局、婚約破棄、となり破談になったが―――結婚式には、少し憧れはあった。人生において、『主役』になることが出来るタイミングなど、限られている。
 華々しい席で、皆から一心に祝福される場所―――というのに憧れていたのに、実際の郁は、そんなものとはかけ離れた薄暗い所へ向かっていってしまったものだ、とは思う。
 人の間を縫ってラウンジへ向かおうとした時、「あれ、二階堂さん?」と声が掛けられた。
 振り返ると、見知った顔があった。酒を飲んで酔っているのか、いつもより、顔は赤かった。
「あっ、石川さん。こんにちは」
「二階堂さん、こんな所で珍しいですね」
 石川が、笑う。石川―――石川右京は、郁の勤務する会社とやりとりがある会社の、社員だった。
 村木精密機械という会社に勤務している若手だったが、この村木精密機械という会社は、郁の出身地、桜町に本拠地を持つ会社でもあったので、なんとなく、親近感がある。
「二階堂さんも、結婚式ですか?」
「いえ。ちょっと、誘われて、会食に」
「こんなところで、会食ですか!? 凄いですね」
 ほーっ、と驚いて関心したような声を出す石川に「ドタキャンしたから、代理で参加なんです」と慌てて訂正した。
 こういう所に、日常的に出入りしているとは、勘違いされたくない。
「あっ、そうなんですか……僕は、結婚式だったんです。会社の人間ですね。今から、二次会に行くところなんですよ」
「へー……、このあたりだと、二次会の場所って、あんまりないんじゃないですか?」
「そうなんですよ。だから、ホテルのシャトルバスで、池袋に行くことになってます」
「あーブクロなら、いくらでも飲み屋ありますね」
「そうそう。……あっ、二階堂さん、今度、一緒に飲みとかどうですか?」
「えっ?」
 石川は、陽気に聞いているが、いつもよりもテンションが高いような気がした。
「……まあ、いい、ですけど?」
(俺とサシで飲んでも、楽しいかなあ……)
 などとは思いつつ、郁は、「楽しみです」と、当たり障りなく答えていた。
「よかった~。僕、東京で、あんまり知り合い居ないんですよ……。二階堂さん、話しやすいし……っ」
 石川の顔が、急にこわばった。
「あれ、石川さん、どうしたんですか?」
「あ、いや……その……後ろ……」
 石川が、しどろもどろに後ろを指さす。振り返ると、そこには、なんとなく、不機嫌そうな顔をした煌也が仁王立ちしていた。
「あっ、煌也」
「に、二階堂さんの、知り合いなんだ……、ふ、ふうん」
「知り合いなんだ……煌也、こちら、村木精密機械の石川さん。仕事の関係で、たまに顔を合わせるんだ」
 郁が笑顔で煌也に紹介すると、煌也は、一度目を細めてから、すぐに、華やかな笑みを浮かべた。営業用の作り笑いだった。
「どうも、郁がお世話になっています。……一ノ瀬煌也です」
 す、と煌也は手を差し出す。
「あ、どうも……」
 差し出された煌也の手を握り返す、石川は、完全に引け腰になっていた。

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