誰の、他のだれでもなくあなたと永遠を。

七瀬京

文字の大きさ
47 / 51

46.生誕祭

しおりを挟む

 留学していた皇太子が帰還してから初めての、生誕祭。

 しかも、そこでは、将来の皇太子妃の発表があるということで、王都には遠方の領地で暮らしていた貴族まで、あまねく集まってきた。

 貴族と、その従者、使用人まで王都に集うので、王都は、大賑わいになる。

 あちこちに、臨時の露店が立ち、王都を上げて皇太子の生誕を祝賀する雰囲気になる。

 ルシェールは皇太子宮の私室から、遠い王都をみやる。

 その明るい喧噪は、やはり、ルシェールには遠いものだった。

 だが、あれをうらやましいと思ってみていることに気が付いて、ルシェールは、はっとする。

 町のものたちにロイストゥヒ大公が混じることは出来ないが―――気心のしれた人たちと、暮らしたいという願望があったということを、ルシェールは初めて知った。

 その中には、レジーナもいたかも知れないし、アルトゥールも居たかも知れないが、どれも、すべてが、遠く感じた。

 アルトゥールから送られた夜会服は、胸を飾る乳枷ルエリティラが見えるようなものだった。さすがに、乳首を飾る宝石などは見えないが、意図は解るだろう。

 ロイストゥヒ大公としての色彩である純白ではあったものの、十分に卑猥な姿であることはまちがいない。

 アルトゥールの真意は分からない。

 知ろうとは思わなかった。

 どのみち、アルトゥールが飽きるまでの間、乳枷ルエリティラを付けた愛人として生きるのだろうし、彼の傍らには、妃としてマルレーネがいるはずだった。

(あの人も、愛情には乏しい人生を過ごされるのだろうな)

 それは、高位貴族として産まれてきた宿命のようなものかもしれないが、彼は一人の味方もいないまま、国を支配する道を選ぶのだろうと、それだけは容易に察することが出来た。

 皇帝の『わたくし』の部分が、幸福なものであるとは思わないが、おそらく、アルトゥールはその中でも、かなり不幸に過ごすのだろうと、ルシェールは思う。

 ルシェールの心は、冷え切って、凪いでいた。

(もし、幸福になりたいなら、どうする?)

 ルシェールは、自身に問いかけた。

 夢物語だと解っていても、ささやかな愛情が欲しかったと、それは思う。レジーナと育むことが出来る類いのものであったかも知れない。もし、二人の間に生まれた子供が死産でなければ……、ささやかな家庭の幸せを育むことは出来ただろうか。考えても益のないことばかり脳裏を巡る。

 アルトゥールとは、心が通うことはないだろう。

 けれど、もし、心が通うのであれば―――。

 そこまで考えたルシェールは、微苦笑した。

 それは、あり得ない。

 隷従を受け入れただけで、彼は支配をするだけで、ルシェールの心を欲することはない。彼が欲しいのは、裏切ることのない駒。それだけだ。

 夜会までの間、ルシェールは寝て過ごすことにした。自堕落で怠惰だろうが、『愛妾』にはふさわしい態度だろう。夜会を、万全の体制で乗り切るために、と言い訳をしながら、ルシェールは寝台に身を横たえた。







 西の空に、宵の明星が輝き、糸のように細い三日月が空を彩った頃、夜会は始まった。

 会場は、皇城の大広間である。

 盛装の貴族達が大挙している為、広間は百花繚乱の賑わいであった。

 夜会は、皇帝皇后の臨席を賜り、乾杯の発声が行われる。

「皇太子殿下の生誕を祝して!」

 発声は、国務大臣であった。

 アルトゥールは、大広間を見下ろす壇上で、祝杯を掲げる。その傍らに、ルシェールは立った。

 セトレクト侯爵マルレーネ姫が傍らにいないことで、会場にはさざ波のようにざわめきが立ったが、アルトゥールは気にせず、「皆に感謝を」と応えた。

 同じく壇上の皇帝皇后に挨拶をしたのち、アルトゥールは壇上から降りた。

 その折、ルシェールの手を引いて先導をする。

 会場がざわめいたのも、無理のないことだった。

 ルシェールは、アルトゥールに完全に隷従していることを、姿で示している。驚きの眼差しに、ルシェールもいくらか恥ずかしくなったが、それを見透かしたように、アルトゥールが耳元に囁いた。

「恥ずかしいのですか?」

「……それは……、勿論。……皆、私のこの姿に驚いて、アルトゥール様にご挨拶も出来ないご様子ですよ」

 ルシェールが苦笑すると、アルトゥールが周囲を一瞥した。

「別に、親しくしたい相手は居ませんよ」

「そう、仰せにならず……お味方を一人でも多く身の内に入れて下さいまし」

「……そうだな、それはタレスあたりに任せるか。タレスの味方ならば、俺とも利があるでしょう」

 アルトゥールは、あくまで、誰も信用しないようだった。

「アルトゥール様」

「ん?」

「……私一人くらいは、あなたの味方でいます。あなたと、今後どういうことになったとしても―――私があなたの為だと思う行動で、あなたの味方をすることを誓いますよ」

 アルトゥールが、目を丸くしていた。思わぬ言葉だったらしい。

「……なぜ?」

 ルシェールは、おもわず笑ってしまった。

 嫣然たる姿に、周囲がざわめいたが、今度は気にならなかった。

「そうですね……どなたも信用なさらないでしょうから。……私くらいは、あなたのお心に添わずとも、あなたの味方でいましょう。永遠に」

「永遠……?」

「ええ。……他の誰でもなく。あなたに、永遠を捧げます……あなたの誕生をお祝いする日であれば―――、安くはない贈り物でしょう?」

 ルシェールは、アルトゥールの顔も見ずに、淡々と告げる。

「ルシェール……」

 何か言いたげにして居るのがルシェールには解ったが、思考は途切れた。

 アルトゥールの前に、レジーナが立ったからだった。

 高位貴族から挨拶をするのが習わしだ。であれば、レジーナが挨拶に来るのは、当然のことだと言える。レジーナは、ナディイラ子爵フィリアリスを伴っていた。

(まだ、二人は繋がっていたのか……)

 邸に戻っていなかったため、家のことはおろそかになっていた。

 レジーナが、フィリアリスを愛人にしたのならば構わないが……とルシェールが思っていると、レジーナが優美に一礼をした。

「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」

 国の中で誰よりも美しい所作だと、ルシェールは思った。『紅蓮の魔女』と呼ばれるレジーナだったが、国で一番の貴婦人であったことを、今更、ルシェールは思い出す。

「ああ、大公妃。挨拶、ありがたく思う。……ご夫君は、お借りしているよ」

「構いませんわ。そのかわりに、わたくしも、若くて可愛い子を連れ歩くことが出来ますもの」

 ころころと、レジーナは笑う。

 その、指先が―――真紅の美爪術で彩られた爪が、翻った。

 ルシェールの耳元に、レジーナの声が聞こえた。

『裏切り者』

 ルシェールはあたりを視線だけで確認する。どうやら、この声は、ルシェールだけに聞こえているようだった。

『あなたは、今日のこの日を、何の日だと思っているの』

 どういうことか、解らなかった。だが、ルシェールの目にはレジーナは、怒りを湛えた眼差しをしているように見えた。

「どういう……」

「ん? ルシェール、どうかしたのか?」

 アルトゥールに問いかけられて、ルシェールはハッとした。

「失礼を、アルトゥール様……すこし、人酔いしてしまったようで……」

『恥知らず』

 レジーナの声が聞こえる。幻術は―――彼女の得意だったはずだ。これは、幻術だ、とルシェールは気を取り直す。

「それにしても、大公妃はいつもお美しい」

「まあ……」

 レジーナはころころと笑う。

「……それよりも、最近、連れ回している子を紹介させて下さいまし、殿下」

 レジーナが、視線を後ろに控えていたフィリアリスに向けた。フィリアリスは、心得ていたように、一歩、前へ進み出て、アルトゥールに跪く。

「ナディイラ子爵」

「皇太子殿下に、永遠の忠誠を」

 恭しく告げた次の瞬間だった。フィリアリスの口許が、おおきく歪んだ。

「そして」

 すっ、とフィリアリスが立ち上がる。

「永遠の安息を!」

 フィリアリスの手がひらめいた。そこに、霜刃そうじんが見えたとき、ルシェールはとっさに動いていた。

「アルトゥール様っ!!!!」

 誰の制止も、間に合わなかった。

 ルシェールは、フィリアリスの顔が、驚愕に凍り付くのを見た。そして。

 彼の手にした刃が、深々と、胸に刺さっているのを見た。

 乳枷ルエリティラが、黄金色の魔力を放っている。その衝撃が、記憶が途切れる最後に見た光景になった。

「誰か!!」

「大公殿下が刺された!!」



 慌ただしい声が遠い。

 アルトゥールの暖かさと、薫りにつつまれ彼に抱きかかえられたのだと知ったが、それならば、この世の最後に感じる最後の感触としては悪くない。

 そう思いながら、ルシェールは意識を手放した。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

復讐の鎖に繋がれた魔王は、光に囚われる。

篠雨
BL
予言の魔王として闇に閉ざされた屋敷に隔離されていたノアール。孤独な日々の中、彼は唯一の光であった少年セレを、手元に鎖で繋ぎ留めていた。 3年後、鎖を解かれ王城に連れ去られたセレは、光の勇者としてノアールの前に戻ってきた。それは、ノアールの罪を裁く、滅却の剣。 ノアールが死を受け入れる中、勇者セレが選んだのは、王城の命令に背き、彼を殺さずに再び鎖で繋ぎ直すという、最も歪んだ復讐だった。 「お前は俺の獲物だ。誰にも殺させないし、絶対に離してなんかやらない」 孤独と憎悪に囚われた勇者は、魔王を「復讐の道具」として秘密裏に支配下に置く。しかし、制御不能な力を持つ勇者を恐れた王城は、ついに二人を排除するための罠を仕掛ける。 歪んだ愛憎と贖罪が絡み合う、光と闇の立場が逆転した物語――彼らの運命は、どこへ向かうのか。

神様は僕に笑ってくれない

一片澪
BL
――高宮 恭一は手料理が食べられない。 それは、幸せだった頃の記憶と直結するからだ。 過去のトラウマから地元を切り捨て、一人で暮らしていた恭一はある日体調を崩し道端でしゃがみ込んだ所を喫茶店のオーナー李壱に助けられる。 その事をきっかけに二人は知り合い、李壱の持つ独特の空気感に恭一はゆっくりと自覚無く惹かれ優しく癒されていく。 初期愛情度は見せていないだけで攻め→→→(←?)受けです。 ※元外資系エリート現喫茶店オーナーの口調だけオネェ攻め×過去のトラウマから手料理が食べられなくなったちょっと卑屈な受けの恋から愛になるお話。 ※最初だけシリアスぶっていますが必ずハッピーエンドになります。 ※基本的に穏やかな流れでゆっくりと進む平和なお話です。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

完結·囚われた騎士隊長と訳あり部下の執愛と復讐の物語

BL
「月が綺麗ですね。あぁ、失礼。オレが目を潰したから見えませんね」  から始まる、国に利用され続ける隊長を自分のものだけにしようとした男の欲望と復讐の話  という不穏なあらすじですが最後はハッピーエンドの、隊長×部下の年下敬語攻めBL  ※完結まで予約投稿済・☆は濡れ場描写あり  ※Nolaノベル・ムーンライトノベルにも投稿中

処理中です...