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46.生誕祭
しおりを挟む留学していた皇太子が帰還してから初めての、生誕祭。
しかも、そこでは、将来の皇太子妃の発表があるということで、王都には遠方の領地で暮らしていた貴族まで、あまねく集まってきた。
貴族と、その従者、使用人まで王都に集うので、王都は、大賑わいになる。
あちこちに、臨時の露店が立ち、王都を上げて皇太子の生誕を祝賀する雰囲気になる。
ルシェールは皇太子宮の私室から、遠い王都をみやる。
その明るい喧噪は、やはり、ルシェールには遠いものだった。
だが、あれをうらやましいと思ってみていることに気が付いて、ルシェールは、はっとする。
町のものたちにロイストゥヒ大公が混じることは出来ないが―――気心のしれた人たちと、暮らしたいという願望があったということを、ルシェールは初めて知った。
その中には、レジーナもいたかも知れないし、アルトゥールも居たかも知れないが、どれも、すべてが、遠く感じた。
アルトゥールから送られた夜会服は、胸を飾る乳枷が見えるようなものだった。さすがに、乳首を飾る宝石などは見えないが、意図は解るだろう。
ロイストゥヒ大公としての色彩である純白ではあったものの、十分に卑猥な姿であることはまちがいない。
アルトゥールの真意は分からない。
知ろうとは思わなかった。
どのみち、アルトゥールが飽きるまでの間、乳枷を付けた愛人として生きるのだろうし、彼の傍らには、妃としてマルレーネがいるはずだった。
(あの人も、愛情には乏しい人生を過ごされるのだろうな)
それは、高位貴族として産まれてきた宿命のようなものかもしれないが、彼は一人の味方もいないまま、国を支配する道を選ぶのだろうと、それだけは容易に察することが出来た。
皇帝の『わたくし』の部分が、幸福なものであるとは思わないが、おそらく、アルトゥールはその中でも、かなり不幸に過ごすのだろうと、ルシェールは思う。
ルシェールの心は、冷え切って、凪いでいた。
(もし、幸福になりたいなら、どうする?)
ルシェールは、自身に問いかけた。
夢物語だと解っていても、ささやかな愛情が欲しかったと、それは思う。レジーナと育むことが出来る類いのものであったかも知れない。もし、二人の間に生まれた子供が死産でなければ……、ささやかな家庭の幸せを育むことは出来ただろうか。考えても益のないことばかり脳裏を巡る。
アルトゥールとは、心が通うことはないだろう。
けれど、もし、心が通うのであれば―――。
そこまで考えたルシェールは、微苦笑した。
それは、あり得ない。
隷従を受け入れただけで、彼は支配をするだけで、ルシェールの心を欲することはない。彼が欲しいのは、裏切ることのない駒。それだけだ。
夜会までの間、ルシェールは寝て過ごすことにした。自堕落で怠惰だろうが、『愛妾』にはふさわしい態度だろう。夜会を、万全の体制で乗り切るために、と言い訳をしながら、ルシェールは寝台に身を横たえた。
西の空に、宵の明星が輝き、糸のように細い三日月が空を彩った頃、夜会は始まった。
会場は、皇城の大広間である。
盛装の貴族達が大挙している為、広間は百花繚乱の賑わいであった。
夜会は、皇帝皇后の臨席を賜り、乾杯の発声が行われる。
「皇太子殿下の生誕を祝して!」
発声は、国務大臣であった。
アルトゥールは、大広間を見下ろす壇上で、祝杯を掲げる。その傍らに、ルシェールは立った。
セトレクト侯爵マルレーネ姫が傍らにいないことで、会場にはさざ波のようにざわめきが立ったが、アルトゥールは気にせず、「皆に感謝を」と応えた。
同じく壇上の皇帝皇后に挨拶をしたのち、アルトゥールは壇上から降りた。
その折、ルシェールの手を引いて先導をする。
会場がざわめいたのも、無理のないことだった。
ルシェールは、アルトゥールに完全に隷従していることを、姿で示している。驚きの眼差しに、ルシェールもいくらか恥ずかしくなったが、それを見透かしたように、アルトゥールが耳元に囁いた。
「恥ずかしいのですか?」
「……それは……、勿論。……皆、私のこの姿に驚いて、アルトゥール様にご挨拶も出来ないご様子ですよ」
ルシェールが苦笑すると、アルトゥールが周囲を一瞥した。
「別に、親しくしたい相手は居ませんよ」
「そう、仰せにならず……お味方を一人でも多く身の内に入れて下さいまし」
「……そうだな、それはタレスあたりに任せるか。タレスの味方ならば、俺とも利があるでしょう」
アルトゥールは、あくまで、誰も信用しないようだった。
「アルトゥール様」
「ん?」
「……私一人くらいは、あなたの味方でいます。あなたと、今後どういうことになったとしても―――私があなたの為だと思う行動で、あなたの味方をすることを誓いますよ」
アルトゥールが、目を丸くしていた。思わぬ言葉だったらしい。
「……なぜ?」
ルシェールは、おもわず笑ってしまった。
嫣然たる姿に、周囲がざわめいたが、今度は気にならなかった。
「そうですね……どなたも信用なさらないでしょうから。……私くらいは、あなたのお心に添わずとも、あなたの味方でいましょう。永遠に」
「永遠……?」
「ええ。……他の誰でもなく。あなたに、永遠を捧げます……あなたの誕生をお祝いする日であれば―――、安くはない贈り物でしょう?」
ルシェールは、アルトゥールの顔も見ずに、淡々と告げる。
「ルシェール……」
何か言いたげにして居るのがルシェールには解ったが、思考は途切れた。
アルトゥールの前に、レジーナが立ったからだった。
高位貴族から挨拶をするのが習わしだ。であれば、レジーナが挨拶に来るのは、当然のことだと言える。レジーナは、ナディイラ子爵フィリアリスを伴っていた。
(まだ、二人は繋がっていたのか……)
邸に戻っていなかったため、家のことはおろそかになっていた。
レジーナが、フィリアリスを愛人にしたのならば構わないが……とルシェールが思っていると、レジーナが優美に一礼をした。
「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
国の中で誰よりも美しい所作だと、ルシェールは思った。『紅蓮の魔女』と呼ばれるレジーナだったが、国で一番の貴婦人であったことを、今更、ルシェールは思い出す。
「ああ、大公妃。挨拶、ありがたく思う。……ご夫君は、お借りしているよ」
「構いませんわ。そのかわりに、わたくしも、若くて可愛い子を連れ歩くことが出来ますもの」
ころころと、レジーナは笑う。
その、指先が―――真紅の美爪術で彩られた爪が、翻った。
ルシェールの耳元に、レジーナの声が聞こえた。
『裏切り者』
ルシェールはあたりを視線だけで確認する。どうやら、この声は、ルシェールだけに聞こえているようだった。
『あなたは、今日のこの日を、何の日だと思っているの』
どういうことか、解らなかった。だが、ルシェールの目にはレジーナは、怒りを湛えた眼差しをしているように見えた。
「どういう……」
「ん? ルシェール、どうかしたのか?」
アルトゥールに問いかけられて、ルシェールはハッとした。
「失礼を、アルトゥール様……すこし、人酔いしてしまったようで……」
『恥知らず』
レジーナの声が聞こえる。幻術は―――彼女の得意だったはずだ。これは、幻術だ、とルシェールは気を取り直す。
「それにしても、大公妃はいつもお美しい」
「まあ……」
レジーナはころころと笑う。
「……それよりも、最近、連れ回している子を紹介させて下さいまし、殿下」
レジーナが、視線を後ろに控えていたフィリアリスに向けた。フィリアリスは、心得ていたように、一歩、前へ進み出て、アルトゥールに跪く。
「ナディイラ子爵」
「皇太子殿下に、永遠の忠誠を」
恭しく告げた次の瞬間だった。フィリアリスの口許が、おおきく歪んだ。
「そして」
すっ、とフィリアリスが立ち上がる。
「永遠の安息を!」
フィリアリスの手がひらめいた。そこに、霜刃が見えたとき、ルシェールはとっさに動いていた。
「アルトゥール様っ!!!!」
誰の制止も、間に合わなかった。
ルシェールは、フィリアリスの顔が、驚愕に凍り付くのを見た。そして。
彼の手にした刃が、深々と、胸に刺さっているのを見た。
乳枷が、黄金色の魔力を放っている。その衝撃が、記憶が途切れる最後に見た光景になった。
「誰か!!」
「大公殿下が刺された!!」
慌ただしい声が遠い。
アルトゥールの暖かさと、薫りにつつまれ彼に抱きかかえられたのだと知ったが、それならば、この世の最後に感じる最後の感触としては悪くない。
そう思いながら、ルシェールは意識を手放した。
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