純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

文字の大きさ
47 / 53

046 帰路と歓迎



 王都へ向け、皇太子一行は南を目指すことになった。

 次期皇帝としての帰還なので、早足では行くが、全力で駆けることはない。

 グレアンの指示により、途中の町々を継いで皇太子の帰還の報が伝えられると、かつてのアーセールの部下たちが帰参を願い、次第に、軍も増えていく。志願して軍に参加するものもあった。

 皇太子の後ろにルーウェとアーセールが両翼のように付き従いながらの行軍となった。行軍の装束こそ、美々しいものではなかったが、途中の町で、公爵と公爵夫人に邸への滞在の申し出があり、受けることになった。王都まで近い公爵領なので、一度、鋭気を養うことが出来るのはありがたいことだったし、それに、公爵が皇太子の味方をしたという表明である。それは貴族の中に、皇太子派が増えたと言うことに他ならなかった。

「まあまあ、我が家に殿下をお迎え出来る日が来るなんて……」

 公爵夫人は、相変わらず、はしゃいでいる。

「公爵、夫人、お久しぶりです。我が家に、結婚の宴に来ていただいて以来ですね。温かなお祝いを頂きましたものを、返礼のご挨拶にもうかがわずに、大変失礼を致しました」

 アーセールは恐縮して頭を下げる。

「あらあら、よろしくてよ。将軍と、殿下が、皇太子殿下をお救いするために、北の国境まで商人に身をやつして赴いたという話は、もう、みなの語り草になっておりましてよ。将軍と殿下が、お互いを思いやって離婚の危機にまで陥ったと聞いた時には、私どもは、涙を流したものですわ」

 はあ、と気のない返事をしたアーセールに対して、ルーウェが脇を小突く。

「夫人。……ご心配をおかけ致しました。おかげさまで、アーセールとは、離婚をせず、皇太子殿下をお救いすることも出来ました。今、こうして、夫人のご厚意に甘えて、お屋敷に寄せていただきますことを心から感謝致します」

「まあ、殿下。臣下としては当然の勤めですわ。わたくし、亡き前皇后陛下には、大恩がありますの。そして、殿下のお母上様にも良くしていただいた事がありましてよ。ですから、ささやかなご恩返しでございますわ。

 ところで!」

 と公爵夫人は、皇太子の目の前に長々としたリストを渡した。

「こ、これは……?」

「王家に連なる、独身の娘たちのリストです。どうぞ、お役立て下さいまし。両親家族の釣書とともに、ご令嬢のひととなりまで書いてございましてよ」

 困惑する皇太子に、公爵が小さく呟く。

「すみません、これの趣味が仲人なもので……」

 なるほど、と皇太子が微苦笑する。

「……未来の皇后を選べと」

「よろしければご検討下さいまし。即位の折に、皇后を迎えるのは慣例にございます。その段になって考えるより、先に、候補を絞られるとよろしゅうございましょう。あと、アーセール様と殿下にも、ご入り用であれば、養子のリストをお渡し致しますわ」

 なんとも、国中の貴族の情報を把握して居るという意味では、心強い方だ、とアーセールは、好意的に解釈した。

「しばらくは、新婚生活を満喫させて下さい」

「まあまあまあっ! わかりましたわ。でも、たまにはお屋敷にお伺いしたいので、お茶会か夜会にでもお誘いくださいましね」

 新たな社交場を作るつもりはないが……とは思いつつ、ルーウェの立場を守る為には、政治力は多少必要かも知れない。ここは、ルーウェと相談して、決めていくことにしよう、とアーセールは思う。

 なんでも、相談すれば良かっただけなのだ。それが、アーセールには解らなかった。

 豪華な晩餐会でもてなされ、アーセールの軍の全員に宿と夕食の手配をされたと言うことで、恐縮の限りだったが、温かいもてなしを受けて、心強かった。皇太子には、サティスが寝所まで共をして、アーセールとルーウェは当然のように同室だった。湯まで用意して貰って旅塵《りょじん》を落とし、柔らかな寝台に身を横たえる。

「久しぶりに、柔らかな寝台ですね」

 ルーウェが心なしか、はしゃいでいるように見えた。アーセールも、同意するが、旅の疲れもあって、寝台に沈み込んでいくような感じがある。

「公爵夫人には、感謝しなければならないですね」

 ルーウェとアーセール、皇太子たちには、夜着なども用意されていた。砧《きぬた》を打って艶を出した滑らかな肌触りの夜着は、初夜の装束のようで少し気恥ずかしいが、今は、疲れの方が先立っている。

「……明日には、王都に着きますよ」

 ルーウェが、アーセールに抱きついてくる。本当は、このまま深く抱き合いたくなるのを堪えて、かるい口づけだけすると、ルーウェが「ここから、本当に忙しくなると思います」と固い声で言った。

「そうですね。けど、味方をしてくれる人たちも沢山います。あとは、玉璽を手に入れれば、第二王子たちは逆賊ですよ」

 そして―――かつてルーウェの『客』だったものたちのリストを手に入れる。そのことを秘密にしておいたアーセールだったが、もはや、隠し事はしないと決めた。

「レルクトで、皇太子殿下とお話ししていた件ですが」

「えっ?」

「あなたがご不快に思うかも知れないと思って、黙っていましたが、済みません。俺と、皇太子殿下は、あなたを恣《ほしいまま》にした者たちを、やはり許せないのです。だから、そのものたちの、リストを手に入れるつもりです」

 ルーウェが、息を飲むのが解った。

「……俺は、そのリストを見ません。ただ、殿下は確認すると仰せでした」

 しばらく、ルーウェの返答はなかった。何かを考えているようだったが、やがて、口を開いた。

「……どうせならば、効果的に使って下さい。そのリストがあれば、ある程度のものたちにとっては、弱みになるかと思います」

 弱みとして握っておき、新皇帝の治世に役立てろということだろう。

「あなたは……それで、よろしいのですか?」

 勝手に、ルーウェが傷つくのではないかと思うのを、アーセールは止めた。傷つくかどうか、それを嫌と思うかどうか、ルーウェに委ねるしかない。だが、ルーウェが無理をする可能性もあるから、それは注意深く見守って、必要ならば、寄り添い、解決出来る方法を探そうと思っている。

「……辛いこともあるかも知れません。ただ、あれは、私の本心からの望みではなかった。私は、正常な判断を失っていた。その過程で起きた暴力に、もう、私が傷つく必要はないのです」

「はい、それは……」

「でも、辛い時はあなたを頼ります。あなただけが、私を甘く癒やしてくれるし、私を愛して、満たしてくれるんです」

 だから、大丈夫です。

 ルーウェは、そう言って、アーセールの胸に身をすり寄せた。

「では、皇太子殿下には、そう、伝えます」

 はい、と返事するルーウェの声を、アーセールは甘く、吸い取った。



感想 3

あなたにおすすめの小説

美貌の貧乏男爵、犬扱いしていた隣国の王子に求婚される

muku
BL
父亡き後、若くして男爵となったノエルは領地経営に失敗し、多額の借金を抱えて途方に暮れていた。そこへやって来たのは十年前に「野良犬」として保護していた少年レオで、彼の成長を喜ぶノエルだったが、実はその正体が大国の王子であったと知って驚愕する。 復讐に来たのだと怯えて逃げ出すノエルだったが、レオことレオフェリス王子はノエルに結婚してほしいと頼み始める。 男爵邸に滞在すると言い出す王子は「自分はあなたの犬だ」と主張し、ノエルは混乱するしかない。見通しの立たない返済計画、積極的な犬王子、友人からのありえない提案と、悩みは尽きない美貌の男爵。 借金完済までの道のりは遠い。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?