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046 帰路と歓迎

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 王都へ向け、皇太子一行は南を目指すことになった。

 次期皇帝としての帰還なので、早足では行くが、全力で駆けることはない。

 グレアンの指示により、途中の町々を継いで皇太子の帰還の報が伝えられると、かつてのアーセールの部下たちが帰参を願い、次第に、軍も増えていく。志願して軍に参加するものもあった。

 皇太子の後ろにルーウェとアーセールが両翼のように付き従いながらの行軍となった。行軍の装束こそ、美々しいものではなかったが、途中の町で、公爵と公爵夫人に邸への滞在の申し出があり、受けることになった。王都まで近い公爵領なので、一度、鋭気を養うことが出来るのはありがたいことだったし、それに、公爵が皇太子の味方をしたという表明である。それは貴族の中に、皇太子派が増えたと言うことに他ならなかった。

「まあまあ、我が家に殿下をお迎え出来る日が来るなんて……」

 公爵夫人は、相変わらず、はしゃいでいる。

「公爵、夫人、お久しぶりです。我が家に、結婚の宴に来ていただいて以来ですね。温かなお祝いを頂きましたものを、返礼のご挨拶にもうかがわずに、大変失礼を致しました」

 アーセールは恐縮して頭を下げる。

「あらあら、よろしくてよ。将軍と、殿下が、皇太子殿下をお救いするために、北の国境まで商人に身をやつして赴いたという話は、もう、みなの語り草になっておりましてよ。将軍と殿下が、お互いを思いやって離婚の危機にまで陥ったと聞いた時には、私どもは、涙を流したものですわ」

 はあ、と気のない返事をしたアーセールに対して、ルーウェが脇を小突く。

「夫人。……ご心配をおかけ致しました。おかげさまで、アーセールとは、離婚をせず、皇太子殿下をお救いすることも出来ました。今、こうして、夫人のご厚意に甘えて、お屋敷に寄せていただきますことを心から感謝致します」

「まあ、殿下。臣下としては当然の勤めですわ。わたくし、亡き前皇后陛下には、大恩がありますの。そして、殿下のお母上様にも良くしていただいた事がありましてよ。ですから、ささやかなご恩返しでございますわ。

 ところで!」

 と公爵夫人は、皇太子の目の前に長々としたリストを渡した。

「こ、これは……?」

「王家に連なる、独身の娘たちのリストです。どうぞ、お役立て下さいまし。両親家族の釣書とともに、ご令嬢のひととなりまで書いてございましてよ」

 困惑する皇太子に、公爵が小さく呟く。

「すみません、これの趣味が仲人なもので……」

 なるほど、と皇太子が微苦笑する。

「……未来の皇后を選べと」

「よろしければご検討下さいまし。即位の折に、皇后を迎えるのは慣例にございます。その段になって考えるより、先に、候補を絞られるとよろしゅうございましょう。あと、アーセール様と殿下にも、ご入り用であれば、養子のリストをお渡し致しますわ」

 なんとも、国中の貴族の情報を把握して居るという意味では、心強い方だ、とアーセールは、好意的に解釈した。

「しばらくは、新婚生活を満喫させて下さい」

「まあまあまあっ! わかりましたわ。でも、たまにはお屋敷にお伺いしたいので、お茶会か夜会にでもお誘いくださいましね」

 新たな社交場を作るつもりはないが……とは思いつつ、ルーウェの立場を守る為には、政治力は多少必要かも知れない。ここは、ルーウェと相談して、決めていくことにしよう、とアーセールは思う。

 なんでも、相談すれば良かっただけなのだ。それが、アーセールには解らなかった。

 豪華な晩餐会でもてなされ、アーセールの軍の全員に宿と夕食の手配をされたと言うことで、恐縮の限りだったが、温かいもてなしを受けて、心強かった。皇太子には、サティスが寝所まで共をして、アーセールとルーウェは当然のように同室だった。湯まで用意して貰って旅塵《りょじん》を落とし、柔らかな寝台に身を横たえる。

「久しぶりに、柔らかな寝台ですね」

 ルーウェが心なしか、はしゃいでいるように見えた。アーセールも、同意するが、旅の疲れもあって、寝台に沈み込んでいくような感じがある。

「公爵夫人には、感謝しなければならないですね」

 ルーウェとアーセール、皇太子たちには、夜着なども用意されていた。砧《きぬた》を打って艶を出した滑らかな肌触りの夜着は、初夜の装束のようで少し気恥ずかしいが、今は、疲れの方が先立っている。

「……明日には、王都に着きますよ」

 ルーウェが、アーセールに抱きついてくる。本当は、このまま深く抱き合いたくなるのを堪えて、かるい口づけだけすると、ルーウェが「ここから、本当に忙しくなると思います」と固い声で言った。

「そうですね。けど、味方をしてくれる人たちも沢山います。あとは、玉璽を手に入れれば、第二王子たちは逆賊ですよ」

 そして―――かつてルーウェの『客』だったものたちのリストを手に入れる。そのことを秘密にしておいたアーセールだったが、もはや、隠し事はしないと決めた。

「レルクトで、皇太子殿下とお話ししていた件ですが」

「えっ?」

「あなたがご不快に思うかも知れないと思って、黙っていましたが、済みません。俺と、皇太子殿下は、あなたを恣《ほしいまま》にした者たちを、やはり許せないのです。だから、そのものたちの、リストを手に入れるつもりです」

 ルーウェが、息を飲むのが解った。

「……俺は、そのリストを見ません。ただ、殿下は確認すると仰せでした」

 しばらく、ルーウェの返答はなかった。何かを考えているようだったが、やがて、口を開いた。

「……どうせならば、効果的に使って下さい。そのリストがあれば、ある程度のものたちにとっては、弱みになるかと思います」

 弱みとして握っておき、新皇帝の治世に役立てろということだろう。

「あなたは……それで、よろしいのですか?」

 勝手に、ルーウェが傷つくのではないかと思うのを、アーセールは止めた。傷つくかどうか、それを嫌と思うかどうか、ルーウェに委ねるしかない。だが、ルーウェが無理をする可能性もあるから、それは注意深く見守って、必要ならば、寄り添い、解決出来る方法を探そうと思っている。

「……辛いこともあるかも知れません。ただ、あれは、私の本心からの望みではなかった。私は、正常な判断を失っていた。その過程で起きた暴力に、もう、私が傷つく必要はないのです」

「はい、それは……」

「でも、辛い時はあなたを頼ります。あなただけが、私を甘く癒やしてくれるし、私を愛して、満たしてくれるんです」

 だから、大丈夫です。

 ルーウェは、そう言って、アーセールの胸に身をすり寄せた。

「では、皇太子殿下には、そう、伝えます」

 はい、と返事するルーウェの声を、アーセールは甘く、吸い取った。



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