死んだあの子のホントの音

リンネ

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プロローグ

彼が消えた

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 朝から気分がなんだか重かった。
 別に嫌なことがあった訳じゃない。けれど、これから嫌なことが起こるような予感。変な感じがしている。
 とりあえずいつも通りにカバンや制服を用意して着替えてご飯食べて、靴を履いて学校へ向かう。嫌な予感は抜けることなく、僕の胸はなんだかモヤモヤしていた。そのモヤモヤを誤魔化すようにイヤホンをさして、曲を流して感情をかき消す。
 自転車を勢いよく漕いで、学校の校門をスーッと心地よく通って、いつも通りの流れで自転車置き場において、鍵をかけて生徒玄関へ。
 あれ?
 最初の違和感。それは、いつもここで落ち合うようにしていた僕の親友がいなかったのだ。いないときは先に行っていいと言われていたので、特に待つこともせずに教室へ向かうが、彼が遅れるのは滅多にない。僕より早いかぴったりか。寝坊したんだろうと軽く流して、僕は気にかけずにさっさと教室に行く。
 「あれ?あいつは?」
 僕と席が隣の、橋本光星はしもとこうせいが僕にそう問いかけてきたが、僕は「わからない」と返し首を傾げる。
 「そっかーうーん」
 光星が難しい顔をするから、僕は気になって問う。
 「どうかした?」
 「え?いや…大丈夫」
 光星はそう言い、僕から目を逸らした。
 「休み?」
 僕の後ろから不意に声がして、ビックリして振り返ると、そこには友達の鈴木杏奈すずきあんながいた。
 「杏奈…」
 「休みだとしたら珍しくない?」
 「だよな、あいつに限って」
 2人がそう言うから、もうそんな気がしてきた。休み…。休みだとしたらズルだろうなって。
 「あ、でもあながちズル休みだったりしてな」
 「え?」
 「あいつ、意外と悪さするだろ?」
 「まぁね」
 光星と杏奈は好き勝手そんなことを言った。
 でも、僕も実はそうなんじゃないかとも思った。
 ホームルーム開始のチャイムがなって、みんな慌てて席に着く。
 あれ、
 2つ目の違和感。担任が来なくて、なぜか家庭科の先生がホームルームに来た。
 「先生達忙しいから私が代打できました」
 別に日常茶飯事ではないけど、ほかのクラスではこういうパターンがあるらしい。今日はなんだか、嫌な予感と違和感があんまりに結びつきすぎて怖い。
 「じゃあちょっとこのあと、鈴木さんと橋本と新井は私のとこに来て」
 一通り話終えると、先生はそう言ってホームルームを閉じた。呼ばれた3人は先生のところへ行く。新井は、高校からの友達で、クラスの中では少し人気のある存在。新井大輝あらいたいき。人好きのする性格で、友達がわりと多い。
 僕は戻ってきた3人に何を話されたのか聞きに行く。
 「なんだった?」
 「……あぁ、あいつのこと知らないかって」
 「え?」
 「昨日の放課後から家に帰ってないらしいんだ。警察に捜索願が出されたって」
 「……そんな」
 「……でも、うちらじゃなんもわかんないから」
 3つ目の違和感。
 彼が消えた。
 別に死んだわけじゃない。いなくなっただけ。もしかしたら、また気まぐれでどこかをプラプラと歩いているだけかもしれない。その辺にいるのかもしれない。もしかしたら、校内に隠れてるのかもしれない。もしかしたら、幼稚園の時みたいに、かくれんぼしてるだけなのかもしれない。
 頭が真っ白になった。
 どうしたらいいのか分からなくなった。
 「…携帯に、連絡は?」
 「携帯自体は家にあるらしい。財布も」
 「…………」
 もう何も言えなかった。携帯も財布も置いてどこへ行くって言うんだよ…。
 「携帯の中とか見れないんか?そしたら、もしかしたらどこかへ行こうとして、下調べしてて、その履歴でどこにいるか分かるかもしんないぜ?」
 「携帯は、なんか高度なパスワードと指紋認証でガチガチになってるらしい。あいつ、セキリュティのこと詳しかったし」
 「仮に携帯開けても、もし思いつきで失踪したなら、何も当てにはならないだろうけどね」
 杏奈は冷静にそう言う。まるで僕の沈黙を埋めるように、3人は発言を繰り返す。
 頭に右から左。
 なんも話がちゃんとは入ってこなかった。
 「なぁ、今日の放課後警察行かね?詳しく話聞こうぜ」
 「…いや、もう少し気持ちを落ち着かせてからにしよう」
 僕が黙り込んでいると、大輝がそう言った。
 大輝は気が利く。(光星が気が利かない訳じゃないが)
 僕は呼吸が荒くなる気がした。どんどん嫌な予感がして、心臓の脈打つ音が大きくなるにつれ、息が浅くなる。
 「大丈夫か?」
 そんな声はもう、誰の声かわからなかった。
 「…大丈夫…」
 僕は力を振り絞ってそう堪える。それが精一杯、それが最大限。
 「無理すんな。保健室行くか?」
 「……いや、」
 「本当に我慢ばっかりね。気持ち落ち着かせてきた方がいいんじゃない?」
  僕が拒んでいると、杏奈は僕の承諾も得ずに腕をグイグイと引いて、保健室の前まで行くと、ドアを勢いよく開けて僕を中に放り込んだ。
 「杏奈っ」
 「いいから。こっちの方でもなんか考えとくから」
 そう言うと、少し頬を赤らめて杏奈は言った。
 「あんたのためだから」
 杏奈はそう吐き捨ててドアを閉めてさっさと行ってしまった。
 僕がそんな杏奈に唖然としていると、保健の先生が声をかけてきた。
 「どうしたん?具合悪いの?」
 僕はその声に反応せず、振り返りもせず俯いた。
 先生が椅子から立ち上がる音がする。こちらへ歩み寄ってくる音もする。その音が少し怖くて、僕は何も言わずに立ち尽くす。
 「それとも、なにか悩みがあるの?」
 隣まで来て小さい声で問いかけた。少し小さめの先生は、見下すにはちょうど良い身長だった。
 「いえ、少し気持ち悪かっただけです。もう大丈夫なんで、戻りますね」
 僕は少し冷たげに返して、ドアを開けてさっさと出ていこうとすると「ほんとに?」と聞かれたが、「はい」と端的に返してさっさと帰って行った。
 が、実際そのあと僕はトイレに篭って吐いては泣き、吐いては泣きを繰り返し、50分間トイレにいた。無論無断欠課だから後で怒られた。
 

 僕はその日の帰り考えた。
 でも、どんなに記憶を読み返してみても、彼は僕に何かを打ち明けるような情景はなかった。
 彼が突然姿をくらませた理由…。僕は無限ループにそのことばかりを考えた。もし前になにか相談を受けていたんだとしたら、僕に不徳があることになる。けれどここ最近そんな話を彼とした記憶はなかった。………どうして…。
 家に着いて、あかりの灯る部屋へ入る。玄関を開けると既にいい香りがしていて、リビングから母が姿を現した。
 「おかえり。ご飯できてるよ」
 僕は靴を脱ぎ上がり、リビングへ行って椅子に座った。
 そのままの流れで、僕はいただきますと言って食べ始める。母も同時に。
 「……ねぇ」
 沈黙を破ったのは母だった。僕は母を見た。
 「光星君のお母さんから聞いて知ったんだけど」
 そう言われて、心臓がぎゅっと締まる感じがした。
 「今日、テストの個表返されたんだって?」
 質問が思っていたのと違って、僕は「あれ?」と思いながら、少し安心していた。
 「あぁ…うん」
 別に点が浮かなかったわけじゃないけど、なんかそんな反応。
 「どうだったん?」
 「まぁまぁかな」
 キャベツを口に運んで、シャキシャキと音を立てながら答える。
 「そっか」
 とりあえず、彼のことは聞かれずに済んだ。もし聞かれていたら、僕はなんて答えるのかな。
 「あとさ、」
 母が切り出した。
 「なんか悩みある?」
 そう聞かれて僕は間抜けな声が出た。
 「え?」
 ほぼ「へ?」に近い発音だったと思う。
 母は少し真剣な顔で僕の目を見ていた。
 「なんもないよ」
 「そっか。なんかあったらすぐ言いなよ?」
 母はそこまで言及してこなかった。でも、むしろ今の僕にはそれくらいがちょうど良かった。
 そもそも、なんでそんなこと聞いてきたんだろう。僕は疑問符しかわかなかったが、気にする必要も無いだろうと思いながら晩ご飯を食べた。
 「ごちそうさまでした」
 僕はそう言い、カバンを持って部屋へ逃げるように去る。
 部屋に入るなりカバンは床へ放り、体はベッドへ放った。
 横になると一気に気が抜けて、意識が飛びそうだった。ポケットに入ったままの携帯を取り出して、メッセージアプリを開く。そして、彼とのチャット画面を開く。特に目立った会話はしてない。強いて言うなら彼が消える前の夜に深夜アニメの話をしたくらい。でも、このアニメは日常アニメだから別に影響されて家でっていうのは考えにくかった。
 じゃあどうして……
 僕は帰ってこないとわかっている彼の携帯へ「どうして消えたの?」なんてメッセージを送ろうとしていた。送信ボタンは押さない。押したって返ってこない。既読にすらならない。
 僕はそのまま目を瞑って眠ってしまっていた。
 次に目が覚めたのは深夜で、いつものアニメが始まる時間。でも僕はアニメは見ないでお風呂へ行った。寝ても覚めない彼への不安と疑念は、たとえシャワーで洗い流しても消えたりしなかった。
 お風呂あがり、水滴が乾いて少し寒い。その寒さが悪寒に変わって、僕の体はいつも以上に鳥肌が立った。

 
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