死んだあの子のホントの音

リンネ

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プロローグ

彼が死んだ

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 翌日。
 僕はまたいつも通り学校へ。
 昨日の通り、彼は学校にはいない。
 僕は怖くなった。彼のいない生活が当たり前になっていくのが嫌で、彼を忘れそうで怖くなった。
 斜め前の席の彼は今日もいない。
 「大丈夫か?ホントに」
 「大輝……大丈夫だよ」
 僕はなんとなくそう答える。
 大丈夫?何が?
 嫌な予感がする。今日も身が震えそうな程に嫌な予感がしている。怖い。なんだろう、この感じ…。
 ホームルームが始まる。
 担任の先生が真剣な顔で入ってくる。
 少し憔悴したような、痩せた顔。それはいつもだけど、今日はいやにそれが何かあったことを暗示しているように思わせた。
 出席簿を置いて、固く封じられた口を開く。
 嫌な予感。
 4つ目の違和感。
 「もしかしたら知っている人もいるかもしれないけれど」
 彼が死んだ。
石川清明いしかわせいめい君が、昨日の夜、星丘山の崖の下で遺体の状態で発見されたそうです。警察の捜査で自己との判断が出ていますが─」
 僕らメンバーの1人で、僕らの親友で、いつも明るくて笑顔で、頭も良くて運動もできて、見てくれもよかったクラスの人気者の彼は、星丘山で死んだ。もうそのあとの先生の話はひとつも聞いていなかった。ただ呆然とした。
 彼が………僕の親友が……石川清明いしかわせいめいが、死んだ……それも、僕が呑気に眠りについている間に。
 
 
 涙と同時に溢れたのは、清明との記憶だった。
 記憶の中の清明は、いつも笑っていて、明るくて、友達が多くて、かっこよくて、なんでも出来る女子にも男子にも人気の、そんな人物。僕ともよく遊んだし、僕らメンバーでもよく遊んだ。よく覚えてる。まるで昨日のことのように。
 彼の死に顔を想像した。ある人の死に顔が過った。
 息が止まって、呼吸を忘れた。
 その瞬間、隣の光星が僕の背中をさすって大丈夫かと声をかけていた。僕は耐えきれなくなって、教室から飛び出してしまった。多分周りから見たら「何してんだあいつ」くらいだろうとおもうけど、僕はそんなことどうでもよかった。
 教室から出、廊下を走ると曲がり角で女の先生とぶつかった。勢いで僕は倒れ込んだ。不意に聞こえた声的に多分副担任の先生だろうと思う。
 「ちょっと大丈夫??」
 先生は怒るより先に僕にそう聞いた。
 けれど僕は構わずにトイレへ駆け込む。
 個室にこもって、僕はただただ吐き続けた。さすがに先生も追いかけてこなかった。
 吐いて出てきたのは、たぶん胃液だけ。それでも涙と一緒に溢れてきて、もうどうすることも出来なかった。止めようとすると嗚咽が漏れて無人のトイレに反響して嫌だった。
 もう僕はその時点で、清明の顔を思い出すことは出来なかった。思いだそうとする度にまた吐きそうになる。あわよくば吐く。
 嘔吐下痢症でも患ったのかってレベルで、便器から離れられなかった。鼻に刺さる吐瀉物の匂いが嫌だったので、僕はそれを勢いよく水を出して流した。
 「……清明…」
 僕は個室から出て、洗面器の所で顔を洗う。ポケットにハンカチがある訳もなく、袖で雑に顔を拭いた。気分が悪かった。でも、保健室に行くことは絶対にしたくなかった。
 ほどなくして、げっそりした様子で教室に戻ると、いつもの3人が声をかけに来た。
 「大丈夫か?」
 「ちょ、顔色悪いわよ」
 杏奈が覗き込んでそう言った。大輝は僕の額に手を当てた。
 「無理すんなよ」
 「……」
 僕は何も答えられなかった。せめて、大丈夫と言えれば…そう思ったけど、もう口も動かしたくなかった。
 「とりあえず座ったら?」
 杏奈は僕の席の椅子を出してそう言った。僕は掠れた声で「ありがとう」と返した。
 椅子に座るなり机に突っ伏して、目を深く閉じこんだ。
 「そりゃ、相当なショックだよな…」
 光星が俯いて言った。ほかのクラスメイトもかなり落ち込んでいた。いつもならこの時間は耳を塞ぎたいほどうるさいのに、今日はものすごく静かで、清明の死を裏付けているようでむしろ嫌だった。静まるくらいなら騒いで清明の死も忘れさせて欲しかった。
 「つかさ、なんで清明がいないこと、俺らにしか言わなかったんだろうな」
 光星はそう言った。僕もそれは思っていた。どうして僕は人づてで知ったんだろうって。母も知らない様子だった。
 「お母さんは知ってたの?」
 杏奈が僕に聞いた。僕は口が開けなくて、首を横に振る。
 「え…」
 杏奈がそんな声を漏らした。珍しく杏奈がそんな反応をした。
 「どういうことなんだよ…清明と1番長くいたのに」
 大輝は頭を抱えて言った。
 でも僕はそのことを、そんなに深く気にしてはなかった。多分、僕がクラスの中でそんなに目立つ存在じゃないからだと思う。くらいにしか思ってなかった。
 ただ僕は、突っ伏したままでいることしか出来なかった。
 そのあと授業が始まってからも、いやに静まり返る、いつも騒がしいグループが一言も話さなかったり、先生も少しどんよりしていたり、僕自身も全く集中出来ず、ボーッとしていたらついには先生に、顔色が悪いから熱はかってこいと保健室へ強制送還されて、大嫌いな保健室前まで来ていた。
 ドアをノックする手を躊躇していた。
 誰もいない廊下に音が反響するし、中に誰もいなかったらとか余計なこと考えたり、「どうぞ」の声がするまで寿命がカリカリと削られていく気がして怖い。そんなことあるはずがないのに。
 そもそも中でなんて言えばいい?
 「仮病」と言って追い払われたら?
 会話に詰まったら?
 上手く話せないと思うし、なにより怖くて中に入りたくない。
 けれど、階段から誰かが来る音がして、この光景を見られるのはもっと嫌だから僕は勢いに任せてドアをノックした。
 少し高めの音がして、「はーい」と中から返答が返ってくる。僕はやってくる誰かに見られる前に保健室に入り込んだ。
 「どうしたん?」
 先生は少し驚いたような顔をして、僕に聞いてきた。察してくれ、話したくない……。
 「とりあえずそこに座るか」
 先生はひとつの黒い椅子を指さして促した。僕は促されるまま椅子に座った。
 「どうかした?」
 「……」
 僕は少し黙って声を今できるめいいっぱい出す。
 「体温をはかろうと思って…」
 それでも声は掠れた。はぁ…
 「どっか具合悪いの?」
 「…先生に、顔色悪いから測って来いって」
 「そっかそっか。ちょっと待ってて」
 手が震えた。
 体が震えた。寒い。ヒーターはついているのに、寒くて仕方がない。インフルエンザにでもなったのかってレベルで寒い。どうしたんだろう…僕の体……
 体温を測って、結果は38°Cでかなり高め。
 先生は僕の顔を覗き込んで顔色を確認した。
 「相当顔色悪いけど、気持ち悪い?」
 僕は話せなくなって、頷いた。
 「吐きそう?」
 そう聞かれて、便器へ吐き出す自分がよぎった。記憶を消そうと、手を強く握る。
 「いえ…」
 「大丈夫?」
 「はい……」
 大丈夫?何が?
 「とりあえず、ベッドに横になろうか」
 先生は僕の背中をさすって優しく言った。僕は頷いた。
 
 そのあと僕はベッドで30分ほど横になっていた。すると、また誰かが保健室へ来た。
 「せんせー宮野さん気持ち悪いって」
 少しチャラそうな声がして、目が覚めていた僕は少し会話を聞いた。
 「どうしたん?吐きそう?」
 決まり文句。気持ち悪い=吐きそう。
 「相当ヤバそうだよ」
 付き添いがそういう。多分本人は喋れない状態だと推測。
 「じゃあちょっとトイレ行こっか。じゃあ戻っていいよ、ありがとね」
 「はーい」
 そういうと、先生と誰かはトイレへ行った。付き添いは多分教室へ帰って行った。
 一気に静かになった。寝返りを打って窓の方を向く。ギシギシと音がする。
 間もなく、先生は帰ってきた。
 「じゃあ、ベッドに横になって、また辛くなったらいつでも呼んでね」
 隣のベッドへ、嘔吐の生徒が横になる。
 先生の優しい声が耳に刺さる。嫌になる。
 すると、カーテンが開く気配がして、慌てて目を閉じる。
 カーテンは1度開いて、少ししてすぐ閉じられた。
 閉じられて目を開く。そのあとは一睡もしてない。すると、隣の生徒が先生を呼んだ。
 「せんせ……」
 「はいはい」
 先生は少し小走り気味にそっちへ行く。
 「どうした?」
 「胃が…」
 「また吐きそうかね」
 「ちょっと…」
 嫌になった。
 隣は本当の体調不良だけど、僕は違う。
 僕は清明の死でこんなんになってるだけ。
 これじゃあまるで清明が悪いみたいじゃんか。その瞬間僕は、これ以上ここにいるのは嫌になった。
 僕はなんでやつだ…
 「うん、じゃあまたトイレ行こうか」
 先生と誰かがまたトイレへ行って誰もいなくなり、僕はゆっくりと起き上がった。もうここに居るのはやめよう。
 僕は上履きを履いて、ベッドから降りた。カーテンを開け、普通に歩いてドアを開けてその向こうへ。僕は何も気にせずに廊下へでて、なんとなくあたりを見回した。
 このまま教室に戻るのもありだけど、それは気まずいからどこかで時間を潰そうと、なんとなく体育館までの渡り廊下へ行った。
 ここは基本授業中は誰も通らない。
 教室の窓からここはよく見えるけど、誰かが通ることはあまりない。運がいいことに、よく見える教室には誰もいないので、バレることなくここにいられる。
 僕は隅っこに座り込んで、ため息をついた。
 もし、清明がいたら、隣で僕の愚痴を聞いてくれるのに…。
 いや、もしかしたらいるのかもしれない。本当はどこかに隠れていて、僕らにドッキリをけしかけているだけなのかもしれない。どこかでテレビの撮影がされていて、そのドッキリ企画に巻き込まれているだけなのかもしれない。
 なんて、そんなはずはない。
 けれど、どこかでそう思っている僕がいる。
 どこに行ってしまったんだよ清明……。
 また、怒られるかな。
 そう思いながらも僕は戻れなくて、また50分そんな所に蹲っていた。

 でも、僕のそんな浅はかな空想は、本当に空想だった。
 次の日のニュースで、徹底的に証明されてしまった。
 ニュースキャスターと映像と、第1発見者の話と現場証拠と、最新科学の力によって、ぐうの音も出ないほどに証明された。数学で言うところの証明問題で、模範解答どおり(誤字脱字もなしの完璧)に証明されたような感じ。圧巻としていて、ぐうの音も出ない。
 僕の空想が空想だと証明された。
 清明はいないと知った。
 僕はその日、親族の方に呼ばれた光星達に呼ばれて、学校を休んでお葬式に出席した。
 呆然とする視線の先には白いお棺があった。別に思い入れもなくそれを見つめていた。杏奈は静かに涙を流していた。取り乱すことは無く、ただ溢れるままにって感じに。大輝と光星は難しい顔をしていた。涙を堪えてるのか、思い残しがあるのかよくわからない顔。変な顔。
 僕は、どんな顔をしていたんだろう……。
 告別式が終わって、清明のお棺に花を入れる。
 僕らの番になった。
 僕は見たくないと思いながら、花を握り清明のところまで行った。
 ………清明じゃなかった。いや、清明だけど。
 清明じゃないと言いたかった。白っこくなって、重く瞼を閉じて、表情なんかなくて、粘土で固めたんですかってくらい固い顔をしていた。溢れるのはなんだったんだろう。僕はそれを出すまいと堪えて、花を清明の手の近くへそっと置いて、さっさとそこから去ってしまった。大輝は丁寧に花を入れると、慌ててそんな僕を追いかけてきた。
 僕の隣をペースを合わせて歩いていた。でも何も言っては来なかった。今はそれが、1番頼りになった。というか、単純にそれだけが嬉しかった。変になにか聞かれても答えられない気がする。
 火葬場へは行かなかった。「ぜひ」とか言われたけど、友達の伝手で葬式が行われることを知って、それで来たような僕が、彼の最期は見ちゃいけないと思った。光星が代表としていき、大輝は暗い顔をして、杏奈はハンカチで丁寧に涙を拭っていた。泣いていると言うよりは、泣いたあとに涙をふいているというのが正しい感じだと思う。僕は1人ぼーっとしていた。
 清明が死んだってことを、この上なく知らしめられた。
 僅かに触れた清明の手は、この世のものとは思えないほどに冷たかった。もう、肉の感覚もなくて、「固体」って感じだった。
 キラキラ輝いていた清明ではなかった。
 僕の愚痴を笑いながら聞いてくれる清明ではなかった。
 キラースマイルの清明ではなかった。
 バスケで大活躍する清明ではなかった。
 全てが、清明ではなかった。
 あれは、石川清明じゃありませんと、大声で否定してやりたいくらいに、清明の死が認識できなかった。理解はできても認めることは出来なかった。だから僕は、立ち上る煙を見て、「これは誰の煙なんだろう」とか最低なこと考えた。馬鹿だよな。もう清明は……
 「みんな大丈夫か?」
 ふと、光星の声がして、視線を地へ戻す。
 もう光星が火葬場から出てきていた。
 「あぁ、うん」
 僕はやっとの事で返事を返す。
 「もう帰るか。ここにいると辛くなる」
 大輝は伏し目がちにそう言った。僕は「そうだね」とだけ返し、4人で帰ることにした。光星は親族の方々にペコペコと頭を下げながら歩いていた。僕は親族の誰とも目を合わせられなかった。気遣うような目線が刺さって痛い。なんでそんな目で見るんだよ。
 いつもなら5人で歩く道を、4人で歩いて帰って行った。
 たった1人いないだけで、まるで僕らのクラスから10人消えたみたいに空虚だった。
 
 その日の夜、僕はご飯など口にせず、母は夜勤でいないので、風呂にも行かずに部屋で悶々と腐った。休みの人への連絡も来ていたらしいけど、僕は折り返しかけもせずに布団に潜り込んだ。
 もうダメだ……
 清明がいないのは、耐えられない…。
 僕はそうぼやいては首を振り、ぼやいては泣きを繰り返した。そんなことをしているうちに夜になり、僕は知らず知らずのうちに眠り込んだ。
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