死んだあの子のホントの音

リンネ

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3章

橋本光星 2

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 何が俺をこんなにも罪悪感で苦しめているのか。
 包み隠さずに説明できる自信がある。だって俺は罪を犯した。あいつの苦しみを見て見ぬふりしたんだ。ある日、俺は清明から相談を受けたことがある。「光星なら言える気がする」って。
 その日俺が聞いた言葉。清明が初めて他人の前で弱音を吐いた。俺はあの日の出来事を忘れることは出来ない。あの日清明は初めて弱音吐いて、自分の弱い所を俺にさらけ出したんだ。

 俺は、いつも通り部活を終えて、部活の道具を片付けに体育館へ来たときだった。そこには、まだバスケ部の練習着姿で佇む清明がいた。俺は道具を倉庫へ適当に置いて、しばらく清明の様子を見ていた。すると、清明は練習着を脱いで着替え始めた。白い肌が見えて「ほっそいなぁ」と思っていたのも束の間。背中中にある青アザに俺は直ぐに気がついた。
 「清明…?」
 俺が体育館の奥の方から小さな声で呼ぶと、清明はそれに鋭敏に反応して、慌てて背中を隠すように俺の方へ向いた。
 俺は走って清明の方へ行く。でも清明は俺を突っぱねたりはしなかった。
 「おい、どうしたんだよそれ」
 清明は俯き気味になって黙っていた。
 初めて、清明がそんな態度をとったし、そんな顔も初めて見た。でも、何か言いたげな顔をしまい込んで清明は俺の方を見て、いつもの人好きのする笑顔を見せた。顔は誤魔化していたが、言葉は誤魔化していなかった。
 「バレちゃったかー。もう隠しても無駄だろ?どうせ」
 清明はそう言って頭をかいた。俺はあくまで真剣な顔で「そりゃまぁ」と返した。
 「酒好きの母さんのせいなんだ。飲むとこうなんだ。いつもなら上手く交わすし、深夜に帰っても気づかないことだってあるんだ」
 俺は何も返せなかった。というよりは、何も返さない方がいいような気さえした。
 「俺んち、小学生の頃に離婚してさ、名字はたまたま一緒だったみたいで、変わらなかったから誰も気づかなかったけど」
 俺はなにか返さなきゃと必死に言葉を探す。でも、何もいい言葉なんか出てこなかった。
 「このあざ、誰にも言わないでくれるか?誰にも知られたくないんだ」
 それまで笑って話していた清明が、真剣な顔になって俺にそういう。なんで、そんな辛い話をそんな笑って話せるんだよ。
 「いいけど、お前大丈夫なのか?」
 そう聞くと、清明はまた笑って答えた。
 「かっこ悪いだろ?こんなボロボロな体見られたらさ。それに、頼ったりするの、なんか苦手なんだ」
 清明はそう言うけど、俺はそうは思わなかったし、他人に頼るのが苦手な清明の性格は、何となく理解できるような気もした。
 「お前、強いのな。俺だったら他人に迷惑かけてでも頼りまくるのに。部活の仲間とかに頼ったりするのも全然ありだと思うぜ?」
 俺が少し笑いながらそんなことを言うと、清明はいきなり黙り込んだ。なにかまずいこと言ったかと思い清明を見ると、清明は静か方をふるわせて、俯いた清明の顔から忽然と涙が落ちた。
 あまりにいきなりだから、俺は少しパニックになったが、少し冷静になって落ち着く。
 そういえば俺は初めて、清明が泣いているところを見た。
 俺はそんな清明に「どうした?」ともかけずに、清明が落ち着くまで黙ってその場にいた。
 「光星……俺、光星なら話せる気、するよ」
 俺は不意に清明にそんなことを言われ、間抜けな声が漏れる。
 「え?」
 「俺、本当は」
 清明は消え入りそうな程にか細い声で言った。
 「本当は、いじめられてんだ」
 清明はそう言った。
 俺は、その言葉の意味が一瞬わからなかった。
 いじめ?清明が?
 でも、悪さするやつでも清明は嘘をつかない。それに、この手の嘘は決して言わない。俺はその瞬間、清明に何をしてやれるのかを必死に脳内で検索した。
 「……どうして」
 気づくと俺はそう聞いていた。
 2人とも黙り込む。
 この沈黙が、少し嫌だった。
 すると、清明は涙を拭って顔を上げた。そしてまた笑う。
 「成績がいいとか、クラスで人気とか、1年の頃からバスケのスタメンだったとか、なんでも出来るとかさ、そういうことに対する僻み。お前さえいなければってよく言われる」
 また俺は返す言葉が見つからなくなった。
 バカってほんとに嫌になる。
 「俺がいなきゃなんなんだよって話だよな。あーあ、最悪。さっしも、先生にバレちゃったよ」
 「バレたって?」
 「嘘つくの下手だなぁ、もっと上手くやれるはずなのに……」
 清明は残念そうに体育館の天井を見上げて言う。
 空なんて見えない、天井を見上げて。
 それから清明は力が抜けたように、仰向けに床に倒れ込んだ。
 「……いい景色、見に行きたい」
 清明はいきなりそんなことを言い出した。俺も隣に寝そべる。
 「いい景色?んー、例えば?」
 「日本だと少しつまんないから、海外だなぁ」
 「海外かよ」
 「ウユニ塩湖、どう?」
 「夢物語だろ」
 「はははっ、じゃあどこがいいかなぁ」
 他愛もない会話だ。
 こんなの、高校生にはよくある会話。
 けれど、清明の笑い声は、俺の心臓を削るみたいに痛い。
 「んー、ここのへんで言うと、あ!星丘山!どう?」
 「あー、いいんじゃないか?夜は特に」
 「だよなぁ!行ってみっかな」
 行ってみっかな。それは、普通にどこの人も放つような言葉だ、知ってる。でも清明がこのタイミングで山に行こうとか言い出すと、もう嫌な予感しかない。
 「ダメ。今のお前じゃだめ」
 「え?どーゆー意味だよ」
 「行くなら、俺らもいなきゃだめ」
 「ケチだなぁ、こういうのは衝動的にいかなきゃ感動しないよ?」
 「ダメに決まってんだろ。なにかやらかす音がする」
 「なにそれ、厨二病」
 「違うわ!予感って意味だよ」
 そう突っ込むと、また痛い声で笑って清明は起き上がる。
 「死なないよ。大丈夫」
 清明は、そう言いきった。でも、俺の顔は見ない。
 「嘘つけよ」
 「誰にも言うなよ?このこと」
 「嫌だけど、お前が嫌がるなら言わねぇよ」
 俺も起き上がる。そうに言う清明の背を見ると、その背中は何か言いたげな背中をしていた。すると、渡り廊下を誰かが歩く音がした。
 「やべ、先生だ」
 「帰んぞ」
 俺らはさっさと立ち上がって体育館を出ていこうとする。
 「おーいそこ、何やってんだ?」
 「ごめんね先生!俺ら寝ちゃってた」
 清明はまた人好きのする顔をして笑う。
 俺はこの笑顔を何度目にしてきたんだろう。
 「ここは家じゃねぇぞー早く帰れー」
 先生はそんな清明の顔を見てそう言った。
 「はーい」
 清明は人好きのする話し方と接し方で、慣れた様子で先生からの詮索をかわす。
 俺もそれに乗っかって先生に怒られないようにかわして、体育館からでた。
 「なんで誰にも言わないんだよ」
 「かっこ悪いじゃん」
 答えは案外すぐに返ってきた。
 「かっこ悪い?」
 「特にさ、真叶に知られるとほんとに厄介なんだよねぇ」
 「真叶?真叶も知らないのか?」
 「いや……」
 清明はそのあとの言葉をなぜが飲み込んだ。
 「真叶は知ってるはずなんだ」
 「はずなんだ」と清明は言った。なんでそんな言い方なのかはよくわからない。だからなんとなくその言い方には引っかかった。
 「なんだよそれ」
 俺は極めて笑い飛ばした。
 俺には、同情なんて出来ないから、ノリで笑うしかないんだ。なんでやつなんだって思うよ。でも、本当に俺はそれしか出来ない。
 「んじゃ、俺この駅だから」
 俺はそう言い足を止める。
 「おけ。じゃあまた明日な」
 清明は自転車に跨り笑ってそう言った。
 「おう」
 俺は、清明の「また明日な」って言葉に、いつもは感じない安心を感じた。また明日になれば会える。いつもの明るくて何も抱え込んでなさげな清明に会えるから、今日のところは帰ろうと思える。
 俺らは手を振って別れる。その直後くらいに来た電車に乗り込んで、家の最寄まで帰っていく。自転車を漕いでいくか細い背中がゴマ粒みたいに小さくなって見えなくなった。なぜか、この見えなくなる感覚が怖くなった。本当にこのまま見えなくなりそうで。
 けれど次の日もその次も、しっかりと清明は学校に来ていた。考えすぎただけかと、あの日から俺は清明と普通に過ごした。ただ一つ気になったのは一体清明はどのタイミングでいじめにあっているのかってこと。普通に授業中に嫌がらせがあるわけでもなし、休み時間に呼び出される訳でもない。もしかしたら、誰もいなくなる放課後なのかもしれないとも思った。けれど清明は放課後部活あるし、いじめを受けるようなタイミングはないようにも思える。いじめをしてくる相手が部員であれそれ以外であれ。
 俺はある日、放課後の誰もいなくなった教室の、掃除用具が入っているロッカーに隠れてみることにした。そこで様子を見よう。ほんの10分間程度だ。それを過ぎたら静かにここから出て帰ろう。俺はそんな軽い気持ちで隠れていた。
 8分くらい経ってからだ。数人の合わさった足音にそぐわないズレた足音もする。俺は剣道をやりつつ百人一首の代表選手だったこともあって耳はさえている。
 その足音は俺の隠れる教室に近づいてきて、机が激しくずれる音がした。俺はロッカーに横向きに開けられた穴から様子を見た。
 そこには、バスケの練習着を着た清明と、制服姿のほかのクラスの生徒と思わしき人達とバスケの部員がいた。
 「てめぇ金持ってきただろうな?」
 「持ってるわけないじゃんカツアゲさん」
 清明は喧嘩を売るような口調で対抗する。
 「あ!?」
 「てめぇなめた口聞いてんじゃねぇぞ!」
 坊主のやつの隣に立っていたチャラついた顔つきのやつが清明を横から殴り飛ばした。清明はいきなり殴られ床に尻をついた。
 「おいてめぇうぜぇんだよ、死ねよグレ野郎が」
 「やっぱり、親のいねぇ家庭はクソだな」
 「親の教育がなってねぇな」
 「生きる価値なくね?」
 好き勝手言われているが何も言い返さない清明を見て俺は今すぐここから飛び出したい気分だった。でも飛び出さなかったのは、言い訳と思われるのを承知で言うが、なんとなく清明はこの状況で助けに入られるのが一番に嫌なやつな気がする。俺はそう思うと出ように出れなかった。
 「……るせぇよ」
 「あ?聞こえねぇーなー!」
 「うるせぇってんだよ」
 俺はその瞬間、氷のように体が凍てついた。清明のそんな口調は、初めて聞いた。そして、わずかな穴から見てるだけでも分かる、清明の怒った顔。
 「集団でしかいきがれねぇ坊ちゃんたちよりは、価値あると思うよ?」
 「はぁ!?」
 「てめぇぶっ殺すぞ!!」
 坊主のやつが清明の胸ぐらを勢いよく掴んだ。
 清明はそうされても、掴みかからずに坊主を睨みつけた。
 「んだよその顔はよぉ!」
 少し静まり返ったと思うと、刹那、清明の表情は一変した。
 「………殺せよ」
 その瞬間、別に俺に言われている訳では無いのに、俺はまるで猛毒のヘビと対峙しているような感覚に陥った。体から変な汗が止まらなかった。見たことない顔をしていた。それは、人間とは思えないほど怖い顔。まるで包丁を突きつけられているような、強い殺気を持った顔。怒っているとは違う、ただ、いつも平穏な顔をしている清明とは180°も違う、全く別人のような顔。
 いじめっ子らはその顔をされて一瞬怯んだが、悔しくなったのか坊主は近くにあった椅子を取り上げて清明に投げつけた。清明は腕を出してガードしたが、もちろん腕に命中した。
 「クソが!生意気なんだよ!」
 坊主はそれだけ言い残し、他の奴らと一緒にどこかへ消えた。
 清明は壁に寄りかかり、泣きもせずに黙り込んでいた。
 静寂の時間。物音ひとつもせず、ただ静かなこの時間。誰かが来そうで来ない、少しだけハラハラする時間。
 「……もう、嫌だ…助けてよ真叶……」
 静かな空間に、泣声混じりの清明のか細い声が聞こえた。
 それは、あのとき清明が俺に打ち明けたこととは違う、弱音。
 いや、本音。
 でも、どうして真叶?先生ではないのか?
 そりゃ、今まで沢山そばにいてくれたのは真叶だろうけど、真叶にそんなに力はないし、ひょろひょろなのは清明に負けず劣らずって感じだし、そんな大層な喧嘩に巻き込まれても生きていられるほどの人じゃないだろ。失礼だけど。
 「……生まれ変わりたい」
 俺はその言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立った。なんでだかは分からないし、なんの鳥肌なのかもわからない。定かじゃない。けれど、それは明らかに嫌な予感を感じさせた。
 生まれ変わりたい=死にたい
 そう言っているような気がした。
 ダメだ。それだけは。清明がスターでなくてもいいから、それだけは……!
 「そこの君、どうしたの?」
 ロッカーから出ようとすると、廊下の方から聞いたことのある声がした。多分、保健室の先生だろう。
 清明はむくりと顔を上げて笑った。
 「眠くなっちゃって。もう帰りますから大丈夫ですよ」
 清明は隠すようにあざのできた腕を後ろへ回し、ゆっくりと立ち上がる。
 「眠くなったって、それ練習着でしょ?サボってるの?それに顔どうしたの?」
 先生は色々聞きながら中に入ってきて清明に近寄る。
 「口、切れてるわよ」
 「え?ほんとだ。大丈夫ですよ全然」
 清明は知らなかったとでも言いたげな顔をして、また笑う。清明は、そうやって笑って誤魔化す。心が痛い。ただ単純に痛い。締め上げられるような感覚。
 「そう?じゃあ、気をつけてね」
 先生はそう言って去っていった。その後で、はっきりと清明の溜息が聞こえた。もう隠れている必要は無いと感じたし、隠れたままなのも嫌だった俺は、恥ずかしいのは承知の上でロッカーから出た。
 「清明!」
 俺が割と大きな声で呼ぶと、清明はビクッとして振り向いた。
 「え?え?光星?」
 清明は状況がよくわかっていない様子だった。
 俺はそんな清明をまっすぐ見つめた。
 「いや、どこから来たんだよ」
 俺は何も言わずに、珍しく同様が隠せない清明を見つめ続けた。
 「光星?」
 俺はだんだん、見つめ続けるというより言葉がかけられないような状態だった。
 「……もしかして、見てた?」
 俺はやっと頷いた。
 「全部、見てた。つかごめん、見てただけで」
 「いや、そんなことどうだっていいんだけどさ」
 そういう清明の顔は曇っていた。
 「ビックリっていうか、ガッカリしただろ?」
 「え?」
 清明が急にそんなことを言い出すものだから、俺は間抜けな答え方しかできなかった。
 「……やっぱりなんでもない。光星帰らなくていいのか?今日部活ないんだろ?」
 俺はさっきの清明の全て見ていたというのに、自分の辛さの前に俺の事を気にし始めた。
 いつだって、他人ひとのことばっかり。お前はそれで幸せなのかって話。
 「清明こそ、大丈夫なのかよ」
 「俺?全然気にしてないよ。さっきのことなんて日常茶飯事」
 清明はケロッとした顔で本当に何事も無かったかのように話す。まるで自分の武勇伝でも話しているかのように。
 「練習行かなきゃ。もう俺行くな?」
 清明は半身を向けて言う。「うん」なんて言えない。どうしたらいいんだよ。
 「じゃあな?光星」
 何も言わない俺に、清明は珍しく相手はせずに先を急ぐような態度で手を振って去ろうとした。俺は、喉にへばりつく言葉を吐き出せないまま、清明の背中が遠ざかる。そのとき、俺は悔しくて悔しくてたまらなかった。
 それと同時に、怖くなった。
 遠ざかる背中が、もう2度と会えないことを意味しているように見えてしまったら、もう怖くて清明のことを考えるのが嫌になった。
 明日、清明には会えるのか?
 
 俺は家に帰って眠りについた。
 また、考えすぎただろうと信じて。
 でも、俺と清明の会話はそれが最後だった。
 次の日、清明は俺たちの前から姿を消した。
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