この世界の片隅で

茜るるる

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第8話 山を歩いて

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「酒が取れねぇだ?」


 男が露骨に宿屋の娘を睨みつけた。


「申し訳ありません……」


 宿屋の娘が頭を下げる。その様子に男は不愉快な様子で踵を返し階段を上り始めた。


「いや、待てよ……」


 男が小さく呟いた。そして何を思ったのか上り始めた足をまたもや返し、宿屋の娘のもとへと向かった。


「ちょっと聞きたいんだが、酒がねぇってのはこの店だけか?それともロクスの店がすべてとれねぇのか?」


「おそらくロクスの街すべてのお店で……」


「そうか。ちなみにその原因ってのは分かってるのか?」


「いえ……。ただ、2年ほど前から急にということしか……」


 宿屋の娘の反応に男は口を閉じた。そして数秒ほど顎に手を当て何かを考え始めた。


「あの、それが何か……」


 カウンターの前で考え始める男を前に、宿屋の娘は俯き気味に尋ねた。大きな声をあげた男に、宿屋の少女の表情は少し恐れた表情を浮かべていた。


「いや、なんでもない。怒鳴ってすまなかったな」


 そんな様子に気付いてか、男の口調は一転し些細な非礼を詫びた。そして無言でケモノに視線を合わせ、部屋へと向かって行った。





 階段を上がってすぐの扉を男が開ける。
 ベッドしかない質素な部屋だったが、ケモノにとっては十分すぎるほどの部屋だった。


「とりあえず飯だな。何か食べたいものはあるか?」


 部屋に入った男は一息すらつくことなく、機嫌よくケモノに尋ねた。まるで獣人が人間と同じものを食べることを知っているような、そんな物言いだった。


「私はなんでも……食べれたら」


「そうか」


 ケモノが小さく呟く。
 男はそんなケモノに一言だけ言葉を返し、少しだけ困った様子で頭を掻いた。


「まぁ……とりあえず出るか」


 男の言葉にケモノがコクリと頷く。どうやら男もケモノの反応に慣れてきたのか、その薄い反応に対して違和感はほとんど感じなくなっているようだった。

 部屋に入って10分も経たない内に、男とケモノは宿屋の娘に見送られ夜の街へ出た。
 夜だというのに光がともった街はケモノとって初めての光景で、その高揚感がケモノの顔が少しだけ綻ばせた。


「なるほどなぁ……」


 ケモノとは相反して、同じ景色を見た男は小さく声を漏らした。
 酒が有名であるロクスの街は夜になってもその賑やかさが絶えることはない。しかしそれは酒があるからこそで、宿屋の娘の話を聞いた男はこの静けさの意味を理解したようだった。


「嬢ちゃん、明日は早く出るぞ」


「え?……うん」


 男が道を歩きながら口を開く。しかし、ケモノにはその言葉の意図が分からなかったようで、隣を歩く男の顔を覗きこんだ。

 男はまっすぐ前を見ていた。
 どうやら男の視界にケモノの姿は映っていないようで、男に聞こえる程度の声で小さく返事をした。そして少し遅れた距離を詰めて、ケモノはまた男の後ろを歩き始めた。







 日が昇る。

 いつの間にか街の鮮やかな光は消えていて、その代わりに海のはるか向こうから照らす光が街に朝を告げる。そんな移り変わっていく街の様子をケモノは宿屋の窓から眺めていた。

 屋敷からずっと遠いこの大陸までは追ってもきっとやってこない。
 ただそれは、自分を助けてくれる人もいないということ。そして自分ひとりで生きていけるほど強くはないことも分かっていた。だからこそ、どんなことをしてでも生きていかなければならないとケモノは自分に言い聞かせていた。


「早いな……」


 その声に反応して、ケモノは咄嗟に声のする方を振り返る。
 そこには大きく欠伸をしながら、日の光に目を覚ました男が眠そうに目を擦っていた。

 一瞬素早い反応を見せたかと思うと、その後は対した反応のないケモノを横目に男が身支度を始める。その様子にケモノも立ち上がっては見たが、特に何かすることもなかったようで、支度する男をじっと見つめた。



 男が起きて数分、男が金色の剣を背負い、『行くぞ』と言わんばかりにケモノの方を見た。ケモノも男が言おうとしたことを察したのか、足を動かしていつでも行けることを身体で伝えた。
 部屋を出て、少し眠そうな様子の宿屋の娘に数枚の銅貨を渡し足早に外へと出る。朝の風はやはり冷たく、相変わらず男の後ろを歩くケモノは風が吹くたびに身体を縮めた。


「どこに向かってるの?」


 ロクスの街を出ようかというところで、意外にもケモノの方から口を開いた。
 男は一瞬驚いた表情を浮かべたが、後ろを歩いていたケモノにその様子が伝わることはなく、ケモノは純粋な顔で男の後ろ姿を見つめる。


「ここからちょっと山を上ったところに酒を造ってるロクス畑ってのがあるんだ」


「お酒?」


 ケモノが尋ねる。


「そう、酒だ。嬢ちゃんいいことを教えてやろうか?」


 尋ねたケモノに対して今度は男が言葉を投げかけた。が、尋ねたはずの男はケモノの反応を確認することなく、続けて口を開いた。


「この世界には二種類のやつらがいる。得をする奴と、損をする奴だ。嬢ちゃん、宿屋の娘が酒が取れないって言ってたのを覚えてるか?」


 振り返る男にケモノを小さく頷いた。


「損をする奴ってのは基本的に何も考えちゃいねぇんだ。多分ロクスのやつらはみんな酒が勝手にできて勝手にやってくると思ってるんだろうな。だが実際はそうじゃない、酒が取れないってことは何かしらの原因があるわけで、その原因をうまく利用できる奴が得をする奴になれるってことだ」


 男はそれだけ言うと、また前を振り返り歩き始めた。


「しかしまぁ、何とも歩きやすい道になったもんだな。俺が昔来たときはもっと山道だったんだがなぁ……」


 舗装された山道を上る男が呟いた。その言葉はケモノに言っているのか、それとも独り言であるのかは分からなかったが、やはりケモノはその言葉に反応することはなかった。
 男も独り言を話すほど饒舌ではないようで、反応のないケモノに、開いた口を閉じ静かにその足を進めた。


「うっ……」


 無言のまま歩き続けた二人だったが、数十分ほど山を登ったところで不意にケモノが嗚咽を漏らした。と同時に、男が足を止め辺りを見回す。


「嬢ちゃん、臭うか?」


「うん……」


「やっぱりか……」


 ケモノに尋ねた男は何かを確信したように小さく言葉を漏らした。


「さて、じゃあ売る前に一つ役に立ってもらうとするか」


 ケモノに背を向けた男はそう言ってやはり笑った。


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