この世界の片隅で

茜るるる

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第7話 酒がない

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「んごっ!?」


 息苦しそうに詰まる鼻息をひとつ、男の目がゆっくりと開いた。寒い季節もあってか、青々とした空はいつの間にか薄れており、風も肌寒さを一層強く感じさせているようだ。
 目を覚ました男をケモノの赤い大きな瞳がジッと見つめる。ずっとそこにいたのか、それとも偶然この瞬間ここにいただけなのか。男が尋ねようとした些細な疑問はケモノのまっすぐな視線にかき消されてしまった。



 船は進む。
 その動きを止めることなくゆっくりと、暗ずむ先に見える点々とした微かな明かりへと近づいていく。


「寒いな……。入るか」


 身体を縮めるケモノを見た男がおもむろに立ち上がった。そして誰もいなくなった甲板に背を向けて、船内へと続く扉の方へと歩いて行った。ケモノもその背中を追うように甲板を跡にする。

 静かになった船の上。
 たくさんの想いを乗せた船はゆっくりとロクス港へと進んでいった。



 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *



「嬢ちゃん、悪いがここらでちょっと待っててくれるか?」


 船を下りてすぐ、男はケモノに声をかけた。そして小さく頷いたケモノを確認して、男はケモノを置いて品物を広げる商人のもとへと歩いて行った。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが」


「はい、何でしょう?」


 男の言葉に商人がにこやかに答えた。


「この町で獣人を扱ってる商人ってのはいないか?」


「それなら私が」


「なんだ、あんた獣人商人だったのか。なら話は早い」


 男は手間が省けたことに少しだけ上機嫌になる。そして船の前に置いて来たケモノを親指で小さく指差し、また商人と話を続けた。


「あの獣人を買い取って欲しいんだ。いくらくらいになる?」


「獣人……あの帽子を被った少女、ですか?」


 一瞬どれを指しているのか理解できなかった商人は男に尋ね返した。


「そうだ。なかなかだろ」


 男が自慢げに声を漏らす。
 ケモノはそんな男と商人の会話には一切気づいていない様子で、二人に見守られながらも物珍しそうにあたりを見回す。まるで人間の子供のような、そんなケモノの様子を商人はじっくりと眺めた。


「そうですね……5万ジルでいかがでしょう」


「5万ジルだぁ!?」


 商人の言葉を聞いた男が声を荒げた。
 その表情は驚きと、それを隠すように呆れた笑いを浮かべた顔だった。


「おいおいおい、桁を一つ間違えてねぇか?歳だってまだ10歳ちょっと、顔だって悪くねぇ。何よりあいつには尻尾がねぇんだ、あいつほど人間に近い獣人なんてほかにいねぇだろ?」


 詰め寄る男に商人は困惑した表情を浮かべた。


「で……では6万ジルでいか――」


「はん!話にならねぇな!」


 馬鹿にするなと言わんばかりの声で、男は食い気味に言葉を放った。そして荒い鼻息をひとつ吐いて、男は商人を見ることなくケモノの元へと戻っていった。


「悪い。待たせたな嬢ちゃん」


「ううん」


 謝る男にケモノが小さく首を振る。


「しょうがねぇ、あのジジイのところに行くか……。ジジイならさすがにもう少し高くはつくだろうが、この時間だとなぁ……」


 ブツブツと独り言を喋る男をケモノが見つめる。


「よし嬢ちゃん、とりあえず今日はこの町に泊まってくか」


 難しい顔から一転、男の顔がパッと晴れた。





 男が歩き出す。
 その後ろをケモノが続く。

 既に太陽は隠れたようで、黄色い大きな月が暗い夜空に浮かぶ。
 同じ港町とは言え、イゼッタとは違い露店の影はほとんどみえない。が、いたるところに煌めくネオンの光がまるで昼間のようにロクスの街を彩っていた。

 しかし、二人の目に賑やかな港町の景色が映ることはなかった。
 そこに人の姿はほとんど見えない。数分ほどロクスの街を歩くものの、煌びやかに光る店の中に人がいる様子もないようだった。

 そんな状況に男はほんの少し違和感を覚えたが、あまり深くは考えていないようで2階建ての小さな建物の前で足を止めた。ほかの建物のような派手な装飾はなく、入口のところに『宿』と書かれた札が掛かっている程度の建物だ。


「いらっしゃいませ」


 男がドアを開くと、中から明るい女性の声が聞こえてきた。


「お二人様ですね!ご一泊でよろしいでしょうか?」


 駆け寄ってきた少女は男とケモノの姿を確認し、意気揚々と声を上げた。ケモノよりも少しだけ歳を重ねている程度の若い少女だった。
 男は宿屋の娘の言葉に無言で頷き、忙しなく動く宿屋の娘を静かに見守った。


「それではごゆっくりとおくつろぎください」


 男といくつか会話を交わした宿屋の少女が深くお辞儀をする。
 鍵を受け取った男はケモノに目で合図をして、2階への階段を昇り始めた。


「そうだ、酒をくれるか?たしかロクス畑でとれる有名な酒があっただろう、一番高いやつを頼む」


「お酒ですか……」


 階段を少し上ったあたりで男がカウンターを振り返り酒を頼んだ。が、そんな男の言葉に、宿屋の少女は難しい表情を浮かべた。
 一番高い酒を注文され、本来なら喜ぶべきことだろう。しかし、そんな様子を一切見せない宿屋の少女に、男はまたもや違和感を覚えた。


「なんだ?この宿は酒を置いてねぇのか?」


「いえ……」


 宿屋の娘は力のない声で否定するも、男は怪訝な視線を向ける。そんな男に宿屋の娘は申し訳なさそうに口を開いた。


「実は……もう何年もロクスでお酒が取れていないのです」


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