機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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 タウン48は中央政庁ガバメントを中心に同心円状に広がった都市である。
 その外縁部は鉄条網とコンクリート防壁で外界と区切られており、その有り様は城塞都市に近い。

 三輪バイクトライクに跨ったフィオは、防壁にほど近い区域を訪れていた。 中央政庁ガバメントから遠く離れた、タウン内の僻地である。
 中心街へのアクセスが悪い地域ゆえ商店の類は全くなく、無機質なカマボコ型の大型倉庫が立ち並んでいた。
 そのひとつ、「ヘイゲン整備工場」と看板の掛かった一棟の敷地へフィオは三輪バイクトライクを乗り入れる。

「おーい爺さん、受け取りに来たよー」

「おう、よう来たな、坊主」

 一声掛けると、工場の奥から禿頭に丸いサングラスが印象的な老人が顔を出した。
 アロハシャツにサンダルを突っかけた格好はあまり技術者らしくないが、この工場を経営するヘイゲン老である。 

「キキョウさんのメンテ、終わってる?」

「うむ、こっちゃ来い」

 ヘイゲン老は顎をしゃくり、工場の中へと招き入れる。
 工場内は試験管を思わせるガラスのポッドがいくつも立ち並び、その足下から延びた雑多なケーブルが床を這い回っていた。
 ポッドの表面はスモークガラスでカバーされ、中身の様子は窺えない。
 そして、床をのたくるケーブル類を器用避けながら動く、直径30㎝全高60㎝ほどの円筒型の機械。
 
 マペットと呼ばれる、サポートロボットだ。
 メイデンに比べると格段に処理能力が落ちる代わりに、安価でカスタムの余地もそれなりにある。
 単機能に特化すれば大抵の業務を任せることができる、貴重な労働力だ。
 タウンの生活を支える、縁の下の力持ちである。
 ヘイゲン整備工場でも、これら小型のマペットが10台ほど稼働しており、ヘイゲン老の手助けをしていた。

「フィオ坊からの預かりものはっと……おう、あったあった」

 ヘイゲン老は立ち並ぶポッドの一台の前で足を止めると、ポッドに備え付けられたタッチパネルに触れた。
 ポッド外装のスモークモードが解除され、透明なガラスへと戻る。
 ポッドに充填されたメンテナンスジェルの中に、流麗なシルエットの裸体が浮かんでいた。

 Mフレームと呼ばれる全高160㎝ほどの機体。
 背まで覆う栗色の放熱髪に、大型ジェネレーターを内蔵した豊満な胸部。 戦闘用メイデンの証である。
 芸術品のように整った顔の上半分はメンテナンス用のヘッドギアに覆われていた。

「おぉ……」

 見慣れた姿であるにも関わらず、その優美さにフィオの口から感嘆の吐息が漏れる。

 これがフィオのメイデン、キキョウである。

 フィオの兄貴分ゼンクの購入したAクラス戦闘用メイデンであり、遺言状によりフィオに引き継がれた機体であった。
 透明なメンテナンスジェルの中に浮かぶキキョウの姿を惚れ惚れと眺めていたフィオであるが、彼女の股間を覆う部品に眉をひそめる。

「仕方ない話だとは思うけどさ、やっぱり好かないな」

 遠目にはコードがいくつも接続された下着か前貼りのように見えるそれはメンテナンスロッド。
 外側は下着のようだが、内側にはキキョウの胎内に収まる前後一本ずつの接続機器が内蔵されていた。

「仕方ないじゃろ、子宮ウテルスユニットは頭部CPUと同じくらい重要なコアパーツなんじゃし。 大体、メンテナンス機器相手に妬いてどうするんじゃい」

 呆れたようなヘイゲン老の言葉にフィオは唇を尖らせた。 キキョウの「自分専用」の場所を侵されているような嫌な気分なのだ。

「爺さん、あんたの事は信用してるけど、まさか妙な事してないよね……?」

 半目で睨むフィオにヘイゲン老は憤然と応じる。

「メイデンいじって50年のこのヘイゲン様になんちゅう事言うんじゃい、このばーたれが! 大体お前さんは御上のお墨付きを何と心得とるんか!」

 言いながら指さした壁には立派な額縁が掛かっている。
 複製が極端に難しいホログラム印章を刻印された、中央政庁ガバメント発行のメイデン整備工許可証だ。

「そんなにうちが信用ならんなら、中央政庁ガバメントの直営工場にでも持ちこみゃあええ!」

「う、それは予算が……」

「なら余計な心配なんぞせずにワシに任せんかい!」

「はい……」

 完全機械化整備工場である中央政庁ガバメント直営工場は、メイデンの製造元だけあって一番の信頼を誇るが、同時に掛かる費用もぶっちぎりの一番だ。
 フィオの懐では個人営業の整備工場が相場であった。

 ヘイゲン老はしゅんとしたフィオに鼻を鳴らすと、タッチパネルを叩いた。
 同時にフィオの左手首に巻かれた多目的端末がアクセス音を立てる。

「そんなに気になるんなら、リンクして情報確認すりゃええじゃろ」

「う、うん」

 多目的端末がフィオの左前腕に立体映像のモニターを表示する。
 キキョウから送られてくる、コンディション情報だ。

「現在状態はメンテナンスモード、マスターパーティションポイントは……」

 一番気になる項目、マスターパーティションポイントを確認する。
 マスターパーティションポイントとはすなわち、主認証値。 胎内に蓄積された遺伝子情報で主を認証する、いわばメイデンの盗難防止機構である。
 この値が50%を越えていれば、その遺伝子情報の持ち主をメイデンは主と認識する。

 現在のキキョウのマスターパーティションポイントのうち、フィオが占める割合は95%。
 前に確認した時と変わらぬ値にフィオは安堵の溜息を吐いた。

「ワシの事を勘ぐるより、マスターパーティションを100にする方が先じゃと思うんだがね」

「……キキョウさんの希望ですから」

 キキョウのマスターパーティションポイントの内、残り5%を占めているのは今は亡きゼンクである。

「なら好きにするがええ。 さて、そろそろ起こすぞい」

 ヘイゲン老がタッチパネルに指を走らせると、ポッド内に充填されたメンテナンスジェルが排出され、ポッド全面のガラス扉がスライドして開いた。

「メンテナンスロッドも排除っと……」

 タッチパネルをぽんぽんと叩くと、キキョウの膣穴と尻穴に突き刺さっていたメンテナンスロッドがねじ回しのように回転しながら排出される。

「ん……はぁ……♡」

 キキョウの桜色の唇から、吐息のような声が漏れる。
 人間で言えばレム睡眠のようなメンテナンスモードのキキョウの体は、敏感な箇所への刺激に淡く反応し、なだらかな曲線を描く下腹がひくひくと痙攣した。

「うひひ、この瞬間を見るのがメイデン整備工の醍醐味って奴よ」

「爺さん、妙な事はしないんじゃないのかよ」

「正規の整備手順に何を言うか。 これで反応するキキョウちゃんがいやらしいだけじゃよ」

「……誰がいやらしいですか、失礼な」

 涼やかな声が嘯くヘイゲン老に反論する。

「キキョウさん!」

「おはようございます、マスター。68時間ぶりですね」

 メンテナンスヘッドギアを外し、目元を露わにしたキキョウは、アメジストのような切れ長の瞳を主に向け挨拶をした。

「待ち遠しかったよ、キキョウさん!」
 
 ポッドの中のキキョウに飛びつき、その柔らかな体をぎゅっと抱きしめる。
 まだまだ成長途上のフィオの背丈はキキョウより10センチも低い。
 メイデンを愛でる主というよりも、姉に甘える弟のような風情である。

 キキョウは主の頭を撫でると耳元で囁いた。

「ここではダメです、お家まで我慢なさってください」

 キキョウの滑らかな太股に、テントを張ったズボンが押し付けられている。

「いやー、ワシャかまわんよー? メンテ後の機能を試すのは当然じゃしー?」

 わざとらしい澄まし顔のヘイゲン老をキキョウはじろりと睨んだ。

「人前で交合に及ぶような不埒な真似は一流の男のする事ではありません。 マスターに妙な事を吹き込まないでください」

「ダメ、かな?」

 凛として言い放ったキキョウの言葉に、マスター自身が疑義を挟む。
 サクラの痴態を目にし、キキョウの柔肌を直に抱きしめたフィオの若い獣欲はのっぴきならない所まで来ていた。

 切羽詰まった顔で見上げる主に、キキョウはアメジストの瞳を向けた。
 光彩のレンズが、困った人と言うかのようにわずかに収縮する。

「では、すぐに帰宅しましょう。お相手はそれから」

「う、うん!」

「マスター、服を着ますので少し離れてください」

「う、うん……」

 キキョウはメンテナンスポッドに付属した収納ボックスから、自らの衣服を取り出すと手早く身につける。

 体にぴったりと張り付き、シルエットも露わなボディスーツが彼女の戦闘服の中核である。
 白地にオレンジのラインの走るハイレグのスーツは扇情的な見た目とは裏腹に高い対刃対弾性能を有しており、メイデンの本体をしっかりと保護する。
 同じ素材で作られたニーソックスを穿き、膝近くまでカバーする装甲ブーツを装着する。
 ブーツにはスラスター機構が備えられており、戦闘用メイデンの機動力を補正する機能があった。

 ボディスーツとは逆にオレンジのベースに白いラインが走る配色のタクティカルベストに袖を通し、鉢金を思わせるデザインのサブセンサーを額に装着すれば、キキョウの丙種戦闘装備が完成する。
 武装はタクティカルベストのホルスターに収まった小型拳銃のみであるが、軽量で周囲に与える威圧感も低いため街歩きなどに向いた普段着であった。

「お待たせしました」

「よし、帰ろう! すぐ帰ろう!」

 メンテナンス費用を支払ったフィオは、最早一刻の猶予もならんと言わんばかりの勢いでキキョウの手を取る。
 慌ただしく三輪バイクトライクにまたがると、挨拶もそこそこに飛び出していった。

「毎度ー……今晩はお楽しみですね、じゃなぁ、こりゃ」

 二人乗りタンデムで走り去る三輪バイクトライクの後ろ姿を眺め、ヘイゲン老は苦笑した。





「えぇい……」

 夕刻ならではの帰宅ラッシュに捕まったフィオは、一向に流れない車道を睨んで苛立ちの唸りを漏らした。

「マスター、落ち着いてください」

 三輪バイクトライクの後部座席に二人乗りしたキキョウは、苛立つ主を落ち着かせようとその頭をそっと抱いた。
 フィオの後頭部に大きく柔らかな感触が広がる。

「うぅぅ……」

 キキョウの意図とは裏腹にフィオの悶々とした苛立ちが増すばかりであった。
 一刻も早くキキョウを抱きたい。 押し倒し、肉棒で串刺しにしたい。 ズボンの下で股間が人前に出れないレベルに膨れ上がっているのを感じる。

 フィオの愛車の三輪バイクトライクは、タウン外での活動を念頭に置いた大型車だ。
 バイクと言うよりもちょっとしたバギーに近いデザインであり、渋滞の隙間を縫って進むには図体がでかすぎる。

「いっそ三輪バイクトライクを捨てて歩く……?」

「マスター、しっかり。 無思慮な真似はやめてください」

 タウンは広く、アパートまではまだまだ距離がある。
 ここで三輪バイクトライクを乗り捨てたとして、徒歩で到着するまで何十分掛かるやら。
 キキョウに諭されたフィオはぐったりとハンドルに上体を預けた。
 車道は流れる気配がまるでない。

「歩道を飛ばしていけば……」

「本当にやめてください、マスター」

「やらないよ……ん?」

 ぐったりしたまま歩道に目をやったフィオの視界に、ちょっと珍しい集団が入った。
 メイド服を思わせるデザインの中央政庁ガバメントの制服を着たメイデンと、彼女に引率される10人の少年。
 少年達は病院服にも似た、簡素な衣服にサンダル履きだ。
 彼らはどこかおっかなびっくりした様子で歩道を歩いている。

「今日、金魚鉢バースプラントから出た子たちだな。 なんだか懐かしいなあ」 

 金魚鉢バースプラント中央政庁ガバメントが運営する人間生産プラントだ。 フィオも勿論金魚鉢バースプラント生まれである。

中央政庁ガバメントの広報に情報がありました。今月誕生の10名のようですね」

「はは、あんなにきょろきょろして。
 金魚鉢バースプラントの中で睡眠学習してた知識だけじゃ、実感なんて沸かないんだよね。
 見るもの全部が珍しいんだ」 

 後輩達の様子に、フィオは微笑ましい気分になる。
 三年前に金魚鉢バースプラントから出た時の自分と全く同じだ。
 何もかもが珍しい状態の彼らを、引率のメイデンは急かす事なく見守っている。

 睡眠学習で最低限の知識は備わっているが、個人個人の適正だのやりたい事だのは全く別だ。 
 タウンで生まれた少年達は、金魚鉢バースプラントから出てしばらくの間は引率のメイデンの元で社会見学を行い、自分の生業を探っていくのだ。
 
「そこで、僕は兄貴に会ったんだよな……」

 懐かしくも温かい記憶だ。
 ゼンクの死という辛い事実があろうとも、彼と出会い、学び、過ごした日々になんら陰りはないのだ。

 ようやく車道が流れ始める。 

「君達にも、いい出会いがありますように」

 ちょっとお兄さん気分で呟くと、フィオはアクセルを吹かして家路を急いだ。    
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