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「マスター、起床時間です」
温かく柔らかな感触に包まれて微睡むフィオは、頭上から掛けられる声を黙殺した。
今はこの柔らかさと心地よい眠りを堪能していたい。
「マスター」
フィオはうるさい声から逃れるように、柔らかな塊へと頬を押しつける。
大きく、柔らかく、温かい。 先端の突起のわずかな固さが頬に触れると、それがまたアクセントとなって心地よさを増すのだ。
「……致し方ありません」
そっと、頭に手が添えられる。
幸せな朝寝タイムに迫る不穏な影を、今更のようにフィオの本能が感じ取ったが時すでに遅し。
昨晩の睦みあいのまま全裸のキキョウは、己の乳房に頬を埋めるようにして寝息を立てる主の首を、ひょいと90度捻った。
そのまま、ぎゅっと頭を抱きしめる。
キキョウの豊かな乳肉に、フィオの顔面が埋まり込んだ。
「!?!?」
頬に感じていた柔らかく幸せな感触が、突如として顔面全体を埋め尽くしフィオは窒息の危機に直面した。
「!!!!」
ぺちぺちと頭を抱きしめて抑えるキキョウの腕をタップする。
「……」
ギブアップサインにもキキョウの機械の腕は緩む事はない。
キキョウは冷静に60秒をカウントすると、豊かな胸元からフィオを解放した。
「ぶはっ! はっ、はぁっ! キ、キキョウさん! 何すんの!」
「時間になったので目覚ましを行いました」
必死に酸素を貪る主に、忠実な機械人形は淡々と応える。
「死んじゃうかと思ったよ! 危うく新聞に死因はおっぱいによる窒息死とか書かれる所だよ!」
「人間の脳は3分までなら酸素の供給がなくても生存できます。 問題ありません」
鬼教官モードのキキョウは、たとえおっぱい丸出しの全裸であっても全く甘くはなかった。
「さあ、今日はお仕事の予定ですよ。 着替えて中央政庁へ向かいましょう」
「はぁい……」
中央政庁はタウン48の頭脳であるマザーコンピュータを頂点とする最高司法機関である。
しかし、同時にタウン内の法を制定する立法機関であり、滞りなくタウンを運営する行政機関でもある。
荒れ果てた世界において人類の生存圏を維持するに当たって、マザーコンピュータが三権分立を行う余裕などないと判断した結果であった。
かつて存在した民主主義的視点からすればとんでもない独裁っぷりだが、タウン外に比べれると相当マシなのでフィオ達庶民は特に文句もない。
もっとも、金魚鉢の中で彼らに与えられた基本的な知識の中から政治がらみの知識は消去されているので、他の政治形態と比べようもないのだが。
一般的なタウンの住民にとって中央政庁とはタウン内の治安維持を行い、免許や許可などを発行し、様々な高性能な機器を販売し、さらには自分達の誕生すら司る、何にも代え難い機関である。
そして何よりも、仕事を与えてくれる場所であった。
下半身はソールの厚いブーツに、ポケットがたくさんついたカーゴパンツ。
半袖シャツの上から防弾防刃機能に優れ、様々な道具を収納することもできるタクティカルベストを着込む。
この上に日除け兼ねたシールドポンチョを羽織るというスタイルがごく一般的な砂潜りの格好である。
フィオも基本的にセオリー通りのスタイルではあるが、いくつか特徴的な装備も持っている。
砂塵避けを兼ねたマルチプルゴーグルと、それに連動したリストバンド型の多目的端末。
首に巻かれたボロ布のようなマフラー。 こいつは簡易なマスク代わりにもなるが、絶縁布で出来ているため、使い道が結構あるのだ。
カーゴパンツを締め付けるベルトには小型のマシンピストルと作業用高速振動ナイフのホルスターがぶら下がっている。
対人相手の護身用レベルのちゃちな武装だが、彼の最強の武器は常に背後に控えているので問題はない。
砂潜り装備に身を固めたフィオは、丙種戦闘装備のキキョウを伴って中央政庁を訪れていた。
正確にはトラブルサポートフロア、俗に砂潜りエリアと呼ばれている一角だ。
中央政庁内で必要とされる資材の探索、回収をメインとし、他にもタウン内の市民からの頼みごとなど、それこそトラブル全般が雑多に押しつけられる部署である。
タウン内に登録する砂潜りはこれらのトラブル対応依頼を解決して糧を得る、何でも屋的な側面もあった。
「……」
フィオはトラブルサポートフロアの自動ドアを前にし、大きく息を吐いた。
多少、本当に多少ではあるが、ここに入るに当たって覚悟のようなものが必要なのだ。
「よし!」
フィオは決然と顔を上げると、キキョウを伴いフロアに踏み込んだ。
自動ドアを抜けると、外の熱気とは裏腹に空調の効いた爽やかな空気が出迎える。
同時に、いくつもの視線が突き刺さった。
壁際に開設された業務カウンターに並ぶ者、待合室のように並んだベンチで歓談する者、設置された大型モニターに映る広報番組を視聴する者、公営端末で新聞を読む者。
それら、フロアにいた男達が一斉にこちらへ視線を飛ばしたのだ。
室内に現れた新入りに対する警戒反応は砂潜りの心得だ。
いくらかの視線はタウン所属の若手砂潜りを確認し、興味を失ったように外れる。
一方で、残った視線には明確な悪意があった。
その主成分は嫉妬。
判りきった話である。 ランク5の小僧がランク1でもそうは持っていないAクラスメイデンを連れ歩いているのだ。
ランク5の同輩や、少し経験を積んだ先輩達からのやっかみは特に強い。
キキョウを受け継ぐ前は若手同士で和気藹々とやっていた人々に、敵意にも似た眼差しを向けられるのは寂しくも辛い事であった。
とはいえ、舐められるようでは砂潜り稼業は勤まらない。
フィオは唇を噛み、できる限り無表情な顔を作ると、胸を張ってフロアに足を踏み入れた。
ガバメント直属の受付メイデンが並ぶ業務カウンターへと向かう彼の目の前に、どすんと足が投げ出された。
「……」
ベンチに座った大柄な少年はわざとらしく視線を逸らしながら、フィオの進行方向上に足を伸ばしている。
幼稚な嫌がらせにフィオは内心ため息を吐いた。
「踏んで欲しいのかい、バン?」
「あぁ?」
フィオの言葉に少年はじろりとガンを飛ばしてくる。
(随分、やさぐれたなあ)
体格の割に幼さを感じさせる顔に浮かぶ表情は、凶相と言っていいほどに歪んでいた。
金魚鉢兄弟の一人、バンはフィオと同じく砂潜りを志した少年である。
同期の幼馴染の中で一番の体格を誇る彼なら立派な砂潜りになるだろうと、金魚鉢兄弟の皆で太鼓判を押した記憶が胸によぎる。
しかし、今の彼は立派な砂潜りとはとても言えない存在であった。
「うちのニュービーを踏んで行こうたぁ、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃねえの? 棚ボタ小僧」
バンの後ろに座っていた男が、粘着質な声音で絡んでくる。
(こいつが原因なんだろうな)
チーム・グレンクスと称する砂潜り一党を率いる痩身の男、グレンクス。
素行が悪く、市民にも迷惑を掛ける砂潜りの面汚しのようなチンピラ集団の頭目だ。
グレンクスはランク4に認定されていたが、中年に差し掛かる彼の年ならば、普通ランクはもっと高い。
中央政庁もまた、彼らをその程度であると評価している証であろう。
バンはこのどうしようもない一党の構成員、より正確には小間使いの下っ端チンピラとなっていた。
フィオはグレンクスの目をまっすぐ見ると、殊更に胸を張って応えた。
「いけませんかね? 金魚鉢兄弟がじゃれついてきたんで、じゃれ返したら」
「もうガキ同士じゃねえんだ、小僧。 うちのメンバーにアヤつけようってんなら、大事になるって判らねえか?」
「へえ」
フィオは唇の端を吊り上げて見せた。 鏡の前で練習したとっておきの「むかつく」笑顔だ。
「お宅と大事になる? それで何か問題があるんですか?」
「……いい気になってんじゃねえぞ、クソガキが。 機械人形持ってるからって調子に乗るんじゃねえ」
「調子に乗ってるなんて酷いなあ、僕は弱いからキキョウさんに頼るしかないだけですよ。
妙な因縁付けられた時とかは、ね」
背後に控えるキキョウに笑い掛けると、グレンクスは顔をひきつらせた。
無表情で静かに佇む戦闘用メイデンは街歩き用の軽武装しか持っていない。 だが、その手足を振り回せばランク1の砂潜りだってあっさりと殴り倒せるだろう。
そもそも、メイデンと人間では戦闘能力の土俵が違うのだ。
「それでなんですか、グレンクスさん。 僕に嫌がらせをしたいんですか?
僕、喧嘩売られたならキキョウさんに買ってもらう事にしてるんですけど」
「……ちっ」
グレンクスは舌打ちするとベンチから立ち上がり身を翻した。
「グ、グレンクスさん!」
バンもあわてて立ち上がると、兄貴分の後を追う。
フィオは金魚の糞と化した幼馴染の大きな、それだけに情けない背中を見送り、ため息を吐いた。
「金魚鉢兄弟ったって、世の中出てしまえば縁も薄れるしね……」
仲良くしているルースのような相手の方が珍しいのだ。
寂しい話ではあるが、チンピラの舎弟と成り下がったバンの事など、忘れるに限る。
「あの程度のチンピラ相手であれば武力を行使する必要もありません、私の存在を抑止力に使ったのはよい判断です」
「ありがと、キキョウさん」
先ほどの対応を評価するキキョウは教官モードに入ったのか、さらに論評を続ける。
「しかし、自分を余りに卑下するのはいけません、男が下がります」
「一対一なら何とかならなくもないけどさあ。
そもそも、僕、腕っ節は自信ないよ」
「ゼンク様は格闘術にも優れておられましたよ。 あの程度の相手なら十人居ようと一捻りです」
「……兄貴の域は遠いなあ」
ゼンクはその体得した技能のごく一部しか伝授しないまま逝ってしまった。
師を失った以上、フィオは自力で様々な技術を身につけねばならない。
「精進あるのみです、マスター」
「はぁい……」
温かく柔らかな感触に包まれて微睡むフィオは、頭上から掛けられる声を黙殺した。
今はこの柔らかさと心地よい眠りを堪能していたい。
「マスター」
フィオはうるさい声から逃れるように、柔らかな塊へと頬を押しつける。
大きく、柔らかく、温かい。 先端の突起のわずかな固さが頬に触れると、それがまたアクセントとなって心地よさを増すのだ。
「……致し方ありません」
そっと、頭に手が添えられる。
幸せな朝寝タイムに迫る不穏な影を、今更のようにフィオの本能が感じ取ったが時すでに遅し。
昨晩の睦みあいのまま全裸のキキョウは、己の乳房に頬を埋めるようにして寝息を立てる主の首を、ひょいと90度捻った。
そのまま、ぎゅっと頭を抱きしめる。
キキョウの豊かな乳肉に、フィオの顔面が埋まり込んだ。
「!?!?」
頬に感じていた柔らかく幸せな感触が、突如として顔面全体を埋め尽くしフィオは窒息の危機に直面した。
「!!!!」
ぺちぺちと頭を抱きしめて抑えるキキョウの腕をタップする。
「……」
ギブアップサインにもキキョウの機械の腕は緩む事はない。
キキョウは冷静に60秒をカウントすると、豊かな胸元からフィオを解放した。
「ぶはっ! はっ、はぁっ! キ、キキョウさん! 何すんの!」
「時間になったので目覚ましを行いました」
必死に酸素を貪る主に、忠実な機械人形は淡々と応える。
「死んじゃうかと思ったよ! 危うく新聞に死因はおっぱいによる窒息死とか書かれる所だよ!」
「人間の脳は3分までなら酸素の供給がなくても生存できます。 問題ありません」
鬼教官モードのキキョウは、たとえおっぱい丸出しの全裸であっても全く甘くはなかった。
「さあ、今日はお仕事の予定ですよ。 着替えて中央政庁へ向かいましょう」
「はぁい……」
中央政庁はタウン48の頭脳であるマザーコンピュータを頂点とする最高司法機関である。
しかし、同時にタウン内の法を制定する立法機関であり、滞りなくタウンを運営する行政機関でもある。
荒れ果てた世界において人類の生存圏を維持するに当たって、マザーコンピュータが三権分立を行う余裕などないと判断した結果であった。
かつて存在した民主主義的視点からすればとんでもない独裁っぷりだが、タウン外に比べれると相当マシなのでフィオ達庶民は特に文句もない。
もっとも、金魚鉢の中で彼らに与えられた基本的な知識の中から政治がらみの知識は消去されているので、他の政治形態と比べようもないのだが。
一般的なタウンの住民にとって中央政庁とはタウン内の治安維持を行い、免許や許可などを発行し、様々な高性能な機器を販売し、さらには自分達の誕生すら司る、何にも代え難い機関である。
そして何よりも、仕事を与えてくれる場所であった。
下半身はソールの厚いブーツに、ポケットがたくさんついたカーゴパンツ。
半袖シャツの上から防弾防刃機能に優れ、様々な道具を収納することもできるタクティカルベストを着込む。
この上に日除け兼ねたシールドポンチョを羽織るというスタイルがごく一般的な砂潜りの格好である。
フィオも基本的にセオリー通りのスタイルではあるが、いくつか特徴的な装備も持っている。
砂塵避けを兼ねたマルチプルゴーグルと、それに連動したリストバンド型の多目的端末。
首に巻かれたボロ布のようなマフラー。 こいつは簡易なマスク代わりにもなるが、絶縁布で出来ているため、使い道が結構あるのだ。
カーゴパンツを締め付けるベルトには小型のマシンピストルと作業用高速振動ナイフのホルスターがぶら下がっている。
対人相手の護身用レベルのちゃちな武装だが、彼の最強の武器は常に背後に控えているので問題はない。
砂潜り装備に身を固めたフィオは、丙種戦闘装備のキキョウを伴って中央政庁を訪れていた。
正確にはトラブルサポートフロア、俗に砂潜りエリアと呼ばれている一角だ。
中央政庁内で必要とされる資材の探索、回収をメインとし、他にもタウン内の市民からの頼みごとなど、それこそトラブル全般が雑多に押しつけられる部署である。
タウン内に登録する砂潜りはこれらのトラブル対応依頼を解決して糧を得る、何でも屋的な側面もあった。
「……」
フィオはトラブルサポートフロアの自動ドアを前にし、大きく息を吐いた。
多少、本当に多少ではあるが、ここに入るに当たって覚悟のようなものが必要なのだ。
「よし!」
フィオは決然と顔を上げると、キキョウを伴いフロアに踏み込んだ。
自動ドアを抜けると、外の熱気とは裏腹に空調の効いた爽やかな空気が出迎える。
同時に、いくつもの視線が突き刺さった。
壁際に開設された業務カウンターに並ぶ者、待合室のように並んだベンチで歓談する者、設置された大型モニターに映る広報番組を視聴する者、公営端末で新聞を読む者。
それら、フロアにいた男達が一斉にこちらへ視線を飛ばしたのだ。
室内に現れた新入りに対する警戒反応は砂潜りの心得だ。
いくらかの視線はタウン所属の若手砂潜りを確認し、興味を失ったように外れる。
一方で、残った視線には明確な悪意があった。
その主成分は嫉妬。
判りきった話である。 ランク5の小僧がランク1でもそうは持っていないAクラスメイデンを連れ歩いているのだ。
ランク5の同輩や、少し経験を積んだ先輩達からのやっかみは特に強い。
キキョウを受け継ぐ前は若手同士で和気藹々とやっていた人々に、敵意にも似た眼差しを向けられるのは寂しくも辛い事であった。
とはいえ、舐められるようでは砂潜り稼業は勤まらない。
フィオは唇を噛み、できる限り無表情な顔を作ると、胸を張ってフロアに足を踏み入れた。
ガバメント直属の受付メイデンが並ぶ業務カウンターへと向かう彼の目の前に、どすんと足が投げ出された。
「……」
ベンチに座った大柄な少年はわざとらしく視線を逸らしながら、フィオの進行方向上に足を伸ばしている。
幼稚な嫌がらせにフィオは内心ため息を吐いた。
「踏んで欲しいのかい、バン?」
「あぁ?」
フィオの言葉に少年はじろりとガンを飛ばしてくる。
(随分、やさぐれたなあ)
体格の割に幼さを感じさせる顔に浮かぶ表情は、凶相と言っていいほどに歪んでいた。
金魚鉢兄弟の一人、バンはフィオと同じく砂潜りを志した少年である。
同期の幼馴染の中で一番の体格を誇る彼なら立派な砂潜りになるだろうと、金魚鉢兄弟の皆で太鼓判を押した記憶が胸によぎる。
しかし、今の彼は立派な砂潜りとはとても言えない存在であった。
「うちのニュービーを踏んで行こうたぁ、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃねえの? 棚ボタ小僧」
バンの後ろに座っていた男が、粘着質な声音で絡んでくる。
(こいつが原因なんだろうな)
チーム・グレンクスと称する砂潜り一党を率いる痩身の男、グレンクス。
素行が悪く、市民にも迷惑を掛ける砂潜りの面汚しのようなチンピラ集団の頭目だ。
グレンクスはランク4に認定されていたが、中年に差し掛かる彼の年ならば、普通ランクはもっと高い。
中央政庁もまた、彼らをその程度であると評価している証であろう。
バンはこのどうしようもない一党の構成員、より正確には小間使いの下っ端チンピラとなっていた。
フィオはグレンクスの目をまっすぐ見ると、殊更に胸を張って応えた。
「いけませんかね? 金魚鉢兄弟がじゃれついてきたんで、じゃれ返したら」
「もうガキ同士じゃねえんだ、小僧。 うちのメンバーにアヤつけようってんなら、大事になるって判らねえか?」
「へえ」
フィオは唇の端を吊り上げて見せた。 鏡の前で練習したとっておきの「むかつく」笑顔だ。
「お宅と大事になる? それで何か問題があるんですか?」
「……いい気になってんじゃねえぞ、クソガキが。 機械人形持ってるからって調子に乗るんじゃねえ」
「調子に乗ってるなんて酷いなあ、僕は弱いからキキョウさんに頼るしかないだけですよ。
妙な因縁付けられた時とかは、ね」
背後に控えるキキョウに笑い掛けると、グレンクスは顔をひきつらせた。
無表情で静かに佇む戦闘用メイデンは街歩き用の軽武装しか持っていない。 だが、その手足を振り回せばランク1の砂潜りだってあっさりと殴り倒せるだろう。
そもそも、メイデンと人間では戦闘能力の土俵が違うのだ。
「それでなんですか、グレンクスさん。 僕に嫌がらせをしたいんですか?
僕、喧嘩売られたならキキョウさんに買ってもらう事にしてるんですけど」
「……ちっ」
グレンクスは舌打ちするとベンチから立ち上がり身を翻した。
「グ、グレンクスさん!」
バンもあわてて立ち上がると、兄貴分の後を追う。
フィオは金魚の糞と化した幼馴染の大きな、それだけに情けない背中を見送り、ため息を吐いた。
「金魚鉢兄弟ったって、世の中出てしまえば縁も薄れるしね……」
仲良くしているルースのような相手の方が珍しいのだ。
寂しい話ではあるが、チンピラの舎弟と成り下がったバンの事など、忘れるに限る。
「あの程度のチンピラ相手であれば武力を行使する必要もありません、私の存在を抑止力に使ったのはよい判断です」
「ありがと、キキョウさん」
先ほどの対応を評価するキキョウは教官モードに入ったのか、さらに論評を続ける。
「しかし、自分を余りに卑下するのはいけません、男が下がります」
「一対一なら何とかならなくもないけどさあ。
そもそも、僕、腕っ節は自信ないよ」
「ゼンク様は格闘術にも優れておられましたよ。 あの程度の相手なら十人居ようと一捻りです」
「……兄貴の域は遠いなあ」
ゼンクはその体得した技能のごく一部しか伝授しないまま逝ってしまった。
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「精進あるのみです、マスター」
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