機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

文字の大きさ
5 / 125

04

しおりを挟む
「マスター、起床時間です」

 温かく柔らかな感触に包まれて微睡むフィオは、頭上から掛けられる声を黙殺した。
 今はこの柔らかさと心地よい眠りを堪能していたい。

「マスター」

 フィオはうるさい声から逃れるように、柔らかな塊へと頬を押しつける。
 大きく、柔らかく、温かい。 先端の突起のわずかな固さが頬に触れると、それがまたアクセントとなって心地よさを増すのだ。

「……致し方ありません」

 そっと、頭に手が添えられる。
 幸せな朝寝タイムに迫る不穏な影を、今更のようにフィオの本能が感じ取ったが時すでに遅し。

 昨晩の睦みあいのまま全裸のキキョウは、己の乳房に頬を埋めるようにして寝息を立てる主の首を、ひょいと90度捻った。

 そのまま、ぎゅっと頭を抱きしめる。
 キキョウの豊かな乳肉に、フィオの顔面が埋まり込んだ。

「!?!?」

 頬に感じていた柔らかく幸せな感触が、突如として顔面全体を埋め尽くしフィオは窒息の危機に直面した。

「!!!!」

 ぺちぺちと頭を抱きしめて抑えるキキョウの腕をタップする。

「……」

 ギブアップサインにもキキョウの機械の腕は緩む事はない。
 キキョウは冷静に60秒をカウントすると、豊かな胸元からフィオを解放した。

「ぶはっ! はっ、はぁっ! キ、キキョウさん! 何すんの!」

「時間になったので目覚ましを行いました」

 必死に酸素を貪る主に、忠実な機械人形メイデンは淡々と応える。

「死んじゃうかと思ったよ! 危うく新聞タウンニュースに死因はおっぱいによる窒息死とか書かれる所だよ!」

「人間の脳は3分までなら酸素の供給がなくても生存できます。 問題ありません」

 鬼教官モードのキキョウは、たとえおっぱい丸出しの全裸であっても全く甘くはなかった。

「さあ、今日はお仕事の予定ですよ。 着替えて中央政庁ガバメントへ向かいましょう」

「はぁい……」




 中央政庁ガバメントはタウン48の頭脳であるマザーコンピュータを頂点とする最高司法機関である。

 しかし、同時にタウン内の法を制定する立法機関であり、滞りなくタウンを運営する行政機関でもある。
 荒れ果てた世界において人類の生存圏を維持するに当たって、マザーコンピュータが三権分立を行う余裕などないと判断した結果であった。

 かつて存在した民主主義的視点からすればとんでもない独裁っぷりだが、タウン外に比べれると相当マシなのでフィオ達庶民は特に文句もない。
 もっとも、金魚鉢バースプラントの中で彼らに与えられた基本的な知識の中から政治がらみの知識は消去されているので、他の政治形態と比べようもないのだが。

 一般的なタウンの住民にとって中央政庁ガバメントとはタウン内の治安維持を行い、免許や許可などを発行し、様々な高性能な機器を販売し、さらには自分達の誕生すら司る、何にも代え難い機関である。
 そして何よりも、仕事を与えてくれる場所であった。




 下半身はソールの厚いブーツに、ポケットがたくさんついたカーゴパンツ。
 半袖シャツの上から防弾防刃機能に優れ、様々な道具を収納することもできるタクティカルベストを着込む。
 この上に日除け兼ねたシールドポンチョを羽織るというスタイルがごく一般的な砂潜りの格好である。

 フィオも基本的にセオリー通りのスタイルではあるが、いくつか特徴的な装備も持っている。
 砂塵避けを兼ねたマルチプルゴーグルと、それに連動したリストバンド型の多目的端末。
 首に巻かれたボロ布のようなマフラー。 こいつは簡易なマスク代わりにもなるが、絶縁布で出来ているため、使い道が結構あるのだ。

 カーゴパンツを締め付けるベルトには小型のマシンピストルと作業用高速振動ヴィヴロナイフのホルスターがぶら下がっている。
 対人相手の護身用レベルのちゃちな武装だが、彼の最強の武器は常に背後に控えているので問題はない。

 砂潜り装備に身を固めたフィオは、丙種戦闘装備のキキョウを伴って中央政庁ガバメントを訪れていた。
 正確にはトラブルサポートフロア、俗に砂潜りエリアと呼ばれている一角だ。

 中央政庁ガバメント内で必要とされる資材の探索、回収をメインとし、他にもタウン内の市民からの頼みごとなど、それこそトラブル全般が雑多に押しつけられる部署である。
 タウン内に登録する砂潜りはこれらのトラブル対応依頼を解決して糧を得る、何でも屋的な側面もあった。

「……」

 フィオはトラブルサポートフロアの自動ドアを前にし、大きく息を吐いた。
 多少、本当に多少ではあるが、ここに入るに当たって覚悟のようなものが必要なのだ。

「よし!」

 フィオは決然と顔を上げると、キキョウを伴いフロアに踏み込んだ。
 自動ドアを抜けると、外の熱気とは裏腹に空調の効いた爽やかな空気が出迎える。

 同時に、いくつもの視線が突き刺さった。

 壁際に開設された業務カウンターに並ぶ者、待合室のように並んだベンチで歓談する者、設置された大型モニターに映る広報番組を視聴する者、公営端末で新聞タウンニュースを読む者。

 それら、フロアにいた男達が一斉にこちらへ視線を飛ばしたのだ。
 室内に現れた新入りに対する警戒反応は砂潜りの心得だ。

 いくらかの視線はタウン所属の若手砂潜りを確認し、興味を失ったように外れる。
 一方で、残った視線には明確な悪意があった。

 その主成分は嫉妬。

 判りきった話である。 ランク5新米の小僧がランク1スーパーエリートでもそうは持っていないAクラスメイデンを連れ歩いているのだ。
 ランク5の同輩や、少し経験を積んだ先輩達からのやっかみは特に強い。
 キキョウを受け継ぐ前は若手同士で和気藹々とやっていた人々に、敵意にも似た眼差しを向けられるのは寂しくも辛い事であった。

 とはいえ、舐められるようでは砂潜り稼業は勤まらない。
 フィオは唇を噛み、できる限り無表情な顔を作ると、胸を張ってフロアに足を踏み入れた。

 ガバメント直属の受付メイデンが並ぶ業務カウンターへと向かう彼の目の前に、どすんと足が投げ出された。

「……」

 ベンチに座った大柄な少年はわざとらしく視線を逸らしながら、フィオの進行方向上に足を伸ばしている。
 幼稚な嫌がらせにフィオは内心ため息を吐いた。

「踏んで欲しいのかい、バン?」

「あぁ?」

 フィオの言葉に少年はじろりとガンを飛ばしてくる。

(随分、やさぐれたなあ)

 体格の割に幼さを感じさせる顔に浮かぶ表情は、凶相と言っていいほどに歪んでいた。
 金魚鉢兄弟バースブラザーの一人、バンはフィオと同じく砂潜りを志した少年である。
 同期の幼馴染の中で一番の体格を誇る彼なら立派な砂潜りになるだろうと、金魚鉢兄弟バースブラザーの皆で太鼓判を押した記憶が胸によぎる。

 しかし、今の彼は立派な砂潜りとはとても言えない存在であった。

「うちのニュービーを踏んで行こうたぁ、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃねえの? 棚ボタ小僧」

 バンの後ろに座っていた男が、粘着質な声音で絡んでくる。

(こいつが原因なんだろうな)

 チーム・グレンクスと称する砂潜り一党を率いる痩身の男、グレンクス。
 素行が悪く、市民シチズンにも迷惑を掛ける砂潜りの面汚しのようなチンピラ集団の頭目だ。

 グレンクスはランク4一人前に認定されていたが、中年に差し掛かる彼の年ならば、普通ランクはもっと高い。
 中央政庁ガバメントもまた、彼らをその程度であると評価している証であろう。 
 バンはこのどうしようもない一党の構成員、より正確には小間使いの下っ端チンピラとなっていた。
 
 フィオはグレンクスの目をまっすぐ見ると、殊更に胸を張って応えた。

「いけませんかね? 金魚鉢兄弟バースブラザーがじゃれついてきたんで、じゃれ返したら」

「もうガキ同士じゃねえんだ、小僧。 うちのメンバーにアヤつけようってんなら、大事になるって判らねえか?」

「へえ」

 フィオは唇の端を吊り上げて見せた。 鏡の前で練習したとっておきの「むかつく」笑顔だ。

「お宅と大事になる? それで何か問題があるんですか?」

「……いい気になってんじゃねえぞ、クソガキが。 機械人形メイデン持ってるからって調子に乗るんじゃねえ」

「調子に乗ってるなんて酷いなあ、僕は弱いからキキョウさんに頼るしかないだけですよ。
 妙な因縁付けられた時とかは、ね」

 背後に控えるキキョウに笑い掛けると、グレンクスは顔をひきつらせた。
 無表情で静かに佇む戦闘用メイデンは街歩き用の軽武装しか持っていない。 だが、その手足を振り回せばランク1スーパーエリートの砂潜りだってあっさりと殴り倒せるだろう。
 そもそも、メイデンと人間では戦闘能力の土俵が違うのだ。

「それでなんですか、グレンクスさん。 僕に嫌がらせをしたいんですか?
 僕、喧嘩売られたならキキョウさんに買ってもらう事にしてるんですけど」

「……ちっ」

 グレンクスは舌打ちするとベンチから立ち上がり身を翻した。

「グ、グレンクスさん!」

 バンもあわてて立ち上がると、兄貴分の後を追う。
 フィオは金魚の糞と化した幼馴染の大きな、それだけに情けない背中を見送り、ため息を吐いた。

金魚鉢兄弟バースブラザーったって、世の中出てしまえば縁も薄れるしね……」

 仲良くしているルースのような相手の方が珍しいのだ。
 寂しい話ではあるが、チンピラの舎弟と成り下がったバンの事など、忘れるに限る。

「あの程度のチンピラ相手であれば武力を行使する必要もありません、私の存在を抑止力に使ったのはよい判断です」

「ありがと、キキョウさん」

 先ほどの対応を評価するキキョウは教官モードに入ったのか、さらに論評を続ける。

「しかし、自分を余りに卑下するのはいけません、男が下がります」

一対一タイマンなら何とかならなくもないけどさあ。
 そもそも、僕、腕っ節は自信ないよ」

「ゼンク様は格闘術にも優れておられましたよ。 あの程度の相手なら十人居ようと一捻りです」

「……兄貴の域は遠いなあ」

 ゼンクはその体得した技能のごく一部しか伝授しないまま逝ってしまった。
 師を失った以上、フィオは自力で様々な技術を身につけねばならない。

「精進あるのみです、マスター」

「はぁい……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

処理中です...