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 メイデンの戦闘用装備はメイデン自身が背中に背負うコンテナとしてパッケージングされている。
 甲種戦闘装備はその中でも最大規模の武装を内包するゆえに、キキョウ本人が入れそうなほどに大型のコンテナとなっていた。

 腰部と両足のスラスターを噴かせて推力任せに飛翔するキキョウは、わざと離した場所に停められた主の三輪バイクトライクを視認した。
 トラブルの際、逃亡用の手段が破壊されないようにという配慮であったが今の状況には噛み合わず、必要な装備を取りに行く手間が掛かるというデメリットが発生してしまっていた。
 
 キキョウは地面すれすれの低空に舞い降りると、乙種装備のコアユニットを投棄パージ
 切り離され、背後に転がっていく円筒部品コアユニットと軽機関銃を一顧だにせず、装甲ブーツ内のスラスターでホバー走行を行う。
 内蔵されたオートバランサーの機能が、重量とベクトルの急激な変更による不安定さをねじ伏せ、キキョウに安定した疾走を提供した。

 三輪バイクの荷台に置かれたコンテナに無線で指示を送ると、接続用ラッチがコンテナ内から展開される。
 キキョウはくるりと旋回すると、コンテナに背を押しつけるようにして接続ラッチを腰部コネクターに連結した。

「甲種戦闘装備接続、マスターよりの承認有り、展開を開始します」

 切れ長の紫水晶アメジストの瞳が一瞬閃光を放つかのように強く煌めき、背中のコンテナが内部のアームによって四方へ展開する。




 
 フィオは迫り来るアーマーシャークを睨みつつ、冷や汗を垂らしていた。 

「やばい……結構重い!」 

 キキョウが投下していったグレネードランチャーは、成長途中のフィオの腕には重すぎる代物であった。
 抱えあげて水平に構えるまではともかく、アーマーシャークの口を狙って仰角を上げようとすると、腕の筋肉がぷるぷる震えるのだ。

「えぇい、時間稼ぐってキキョウさんと約束したんだっ!」

 フィオは決意を言葉にして自らに発破をかけると、ランチャーの引き金を引き絞った。
 ぽしゅんとどこか間抜けな音を立てて、圧搾空気でグレネードが射出される。
 放物線を描いて飛翔するそれは、フィオが狙ったアーマーシャークの頭部を飛び越え、背鰭の根本辺りで爆発した。
 対軽車両用がせいぜいのグレネードでは、アーマーシャークの重厚な装甲の前には煤をつけるのが精一杯であった。

「何やってんだよ、フィオ!」

 ようやく三半規管の混乱が治まったバンがよろよろと立ち上がりながら金魚鉢兄弟バースブラザーを叱咤する。 

「お、重いんだよ、これ!」

「貸せ! 俺が撃つ!」

 バンはフィオの腕からグレネードランチャーをもぎ取った。
 回転弾倉リボルバー機構のために大振りなランチャーは、少年離れした巨体のバンにはちょうど良い装備だ。

「こんの野郎!」

 叫びと共に発射する。 水平に。
 グレネードはアーマーシャークの足下を彩る猛烈な砂煙の中に飛び込んだ。 砂煙に紛れて爆発の閃光も見えない。

「どこ狙ってんだよぉっ!」

「あ、足止めっつったら足を狙うもんだろ!」

「砂煙でどこに当たったかも判らないじゃないか! 狙うなら頭! 口の中にぶち込んでやるんだ!」

「お、おう!」

 フィオの指示に従って、バンはグレネードランチャーの仰角をあげる。

「これでどうだ!」

 もう見上げるほどの近さに迫ったアーマーシャークの半開きの口へ狙いを定めると、最後のグレネードを撃ち放った。
 故意か偶然か、その途端アーマーシャークはだらしなく半開きになっていた口を閉じた。

「「あ」」

 グレネードは頑強な下顎の装甲にぶつかると、空しく小さな爆炎をあげた。

「し、しまった……!」

 最後の一発を外してしまったバンは呆然とし、己のミスを悔いる。
 その後頭部を金魚鉢兄弟バースブラザーは軽く飛び上がって叩いた。

「ぼけっとしてない! 外したんなら逃げる! ほら、行くよ!」

「お、おぅ!」

 小鼠のような俊敏さで逃げ始めるフィオの背を、一瞬ぽかんと見た後にバンも彼に続く。

「切り替え早いな、お前!」

「当たり前だよ、ひとつのミスに拘って次のミスを誘発するのは馬鹿のやる事だってね!」

 フィオは師からそう教わったのか。
 隣を走る金魚鉢兄弟バースブラザーを横目に見ながら、バンは己の兄貴分と彼の師の差を深く思い知った。
 すでに亡くなった身でありながらその教えが弟子の中で息づいているフィオの師に対し、グレンクスが実になる指導をした事などあったか。
 バンが覚えているのは体格を利用した稚拙な脅し方くらいのものだ。

「なーに、時間稼ぎはこれで十分さ。 ほら、僕の切り札が来たよ!」

 見上げれば青い空に白い軌跡を描き、機械人形メイデンが飛翔してくる。
 その背に負う、四方に広がる装備はまるで異形の翼のようにも見えて。

「すげえな、天使みてえだ」

 バンは憧憬を込めて呟いた。





 甲種戦闘装備と乙種戦闘装備の最大の違いはコアユニットである。
 ペットボトル大の円筒を腰にちょこんと付けていただけの乙種装備と違い、甲種装備の円柱型コアユニットは巨大であった。
 一見すると、背中に土管を背負ってるかのようにも見える。
 円柱型コアユニットには底部に2発、左右側面に2発ずつの計6つのスラスターが備えられ、乙種装備以上の推進力をメイデンに提供する。
 左右に翼のように広がったマルチブーストアームは6本。

 機械の天使か、あるいは巨大な空飛ぶ蟹と言った所か。
 下部2本にはコンテナ外装を転用したコンテナシールドが装備されている。
 残り4本は50口径の重機関銃を装備したものが2本、箱型の汎用12連装ロケットランチャーを装備したものが2本という内訳であったが、これはとりあえずのチョイスに過ぎない。

 甲種戦闘装備のコアユニットはスラスター機構を内蔵すると同時に、複数の武装を格納するマルチプラットフォームなのだ。

 全身10カ所に装備されたスラスターを噴かし、キキョウは戦場へ舞い戻った。
 一時的な超音速機動すら可能ではあるが、その場合生じた衝撃波が周囲に及ぼす影響を懸念し自重している。

 アーマーシャークに追われるように逃げるフィオとバンを視認し、キキョウは最早一刻の猶予もないと判断した。
 即座に2門のロケットランチャーを全弾発射。 24発のロケット弾がアーマーシャークの頭部装甲に着弾する。
 グレネードなどとは桁が違う、対装甲用の弾頭だ。 自慢の装甲を抉り、穿たれ、爆炎に包まれたアーマーシャークは苦しげに身をよじる。

「ロケットランチャー、投棄パージ。 高速振動斬甲刀ヴィヴロザンバー、スタンバイ」

 キキョウはマルチブーストアームから撃ちきったランチャーを排除すると、コアコンテナから折り畳まれた鉄塊を引っ張りだした。
 巨大な折りたたみナイフのように伸ばした刃はキキョウの身長を上回る長さだ。

 鉄板じみた幅広さと厚みを併せ持つ、対装甲用近接装備、高速振動斬甲刀ヴィヴロザンバーだ。
 二本のマルチブーストアームと、キキョウ自身の両腕、四本の腕で八相に構えると、巨大な刀身が高速振動の唸りを発する。

「参ります」

 キキョウの背でスラスターが吠え、細身のメイデンは未だ残るロケット弾の爆炎の中へと切り込んだ。

 逆袈裟一閃。

 超音速機動すら可能とするスラスターの推力が宿った刀身は、アーマーシャークの鼻面を自慢の重装甲ごと切り飛ばした。

「GUGAAAAH!?」

 重低音の奇怪な悲鳴を余所に、推力に任せて飛び上がったキキョウは高速振動斬甲刀ヴィヴロザンバーを投げ捨てた。

「MMD、スタンバイ」 

 コアコンテナから、三つに折り畳まれた筒が引き出された。
 連結し長大な砲の形状を形作ると、キキョウ自身の腕によって保持される。
 長すぎる砲身を小脇に抱えて構えると、眼下へと向けた。

 顔面を半ば断ち切られたアーマーシャークは背鰭より怒りの対空放火を撃ちかけてくる。
 しかし、コンテナシールドを握ったマルチブーストアームが前面に回り込み、リベット弾を阻む。
 所詮マグナム弾程度の威力しかないリベットでは、コンテナシールドを貫くことなどできない。

「エネルギーバイパスオープン、チャンバー内加速開始」

 MMDと称した巨大な砲の尾部の膨らみが、軋むような高周波音を立て始める。

「磁性体展開完了、MMDマグネティックマスドライバー、投射」

 砲口から、光が放たれた。
 磁力により第二宇宙速度、地表から放てば宇宙空間へ到達可能な程の速度を与えられた複合タングステン弾頭は、大気との摩擦でまばゆい光を放ちながらアーマーシャークの背鰭と頭の間に着弾。
 瞬時に装甲と内部構造を破壊しつつ貫通し、砂に覆われた地表に到達。
 マッハ30の速度で飛来した射出物は大地にめり込み、アーマーシャークを中心とした同心円上に衝撃波をまき散らした。
 



「頭下げろっ!」

 砂丘の陰に転がり込んだバンは金魚鉢兄弟バースブラザーの叫び声に、砂に突っ伏すように顔を埋めた。
 その頭上をMMDの余波である衝撃波が轟々と通り抜けていく。
 吹き飛ばされた砂や礫、その他なんだかわからない物が体のあちこちにぶつかる。
 自らの巨体すら吹き飛ぶのではないかという風圧に戦慄しながらどれほどの時間が過ぎたのか、気づけば風の唸りは収まっていた。

「ど、どうなった……?」

 体に被さる砂を払い落として立ち上がると、砂丘を駈けあがった。
 すり鉢のように凹んだ地面に埋まるようにアーマーシャークは伏していた。
 最早動かない巨大アービングを見下ろし、宙空に佇む機械の乙女。

(ああ、すげえなあ……)

 あの強さ、あの美しさを自分も手に入れたい。
 バンの胸に、強く明確な目標が生まれた瞬間であった。




 間引き目的の装甲機生体アービング狩りとしては今回は正直やりすぎた一面がある。
 アーマーシャークを止めるためにMMDを使用した結果、衝撃波に巻き込まれたスパイダーアービングは9割以上の個体が機能停止していた。
 間引きのしすぎである。 これ以上の損害があれば、生産施設ハイヴ自体が維持できなくなる所だ。

 とはいえ、新種巨大アービングの戦闘データとその残骸を得た事は、ハイヴを破壊しかけた失点を取り消して余りある。
 アーマーシャークは胸部ジェネレーターをMMDに破壊されて停止しており、頭部のCPUユニットは丸々残っている。
 これを提出すれば、ガバメントに叱責されることもあるまい。

 何台かの車両は失われたものの、砂潜りたちへの人的被害もなかった。
 タフな生業を選んだだけにしぶとい連中である。
 砂潜りたちは生き残った車両にワイヤーを繋ぎ、分断されたアーマーシャークに結びつけていた。
 巨大すぎる胴体部分はともかく、頭だけなら複数の車両で引き摺って持ち帰る事もできる。
 撃破したのはフィオのチームだが、フィオはアーマーシャークの頭部を売り払った代金の山分けを約束する事で砂潜りたちの協力を取り付けていた。

「露骨な点数稼ぎだけど、あいつの環境じゃ必要な事か」

 破壊されたアーマーシャークの胴体部分を見回しながら、バンは呟いた。
 点数稼ぎではあるが、これで同輩砂潜りのフィオを見る目も少しは和らぐ事だろう。
 砂潜りにとって分け前をくれる同業者ほど嬉しい存在はない。

「そろそろ帰還の準備も終わる頃だけど、あいつどこまで行きやがったんだ」

 フィオはアーマーシャークの頭を持ち帰る準備を砂潜りたちに任せ、戦闘中に投棄した武器を回収に向かった。

「いくらなんでも時間が掛かりすぎだろ、あいつめ……」


 
 

「皆さん、お待ちだと思うのですが」

「うん、だから早く済ませようよ、キキョウさん」

 アーマーシャークの残骸の影で、大破したスパイダーアービングにズボンを下ろして腰かけたフィオは、大きく足を開いてキキョウを促した。

「……どうしてそんなにも元気なのですか」

「まあ、命の危機の後だし……生存本能って奴?」

 青空の下、フィオの一物は元気いっぱいにそそり立っている。

「この場で交合に及ぶとなると、シャワーもありませんので後始末ができませんが」

「僕の精液を垂らして歩くキキョウさんを皆に見せつけるのか……それもいいなぁ」

 キキョウの眉がくいっと上がる。

「マスター」
 
「じょ、冗談! 冗談です! 後始末しやすいようにお口でお願いします!」  

「……しないという選択肢はないのですね」

 キキョウは主の前にしゃがみ込んだ。 背中に大きな兵装を背負ったままなのでバランスを取るため、はしたなく大股を開いてのしゃがみ込みだ。 
 ハイレグのボディスーツが股間に食い込み、張り詰めた太ももの内側が眩しい、いわゆるエロ蹲踞状態からキキョウはマスターの陰茎の先端に口付けた。

「ご奉仕、いたします」

 宣言し、口一杯に頬張る。

「うぅっ」

 熱く柔らかい舌が肉棒に絡みつく感触に、フィオはたまらず呻き声をあげた。






(あ、あいつら、何やってんだぁ!?)

 フィオ主従の物陰での秘め事を目にして、何の声も漏らさなかったのは単に息が詰まるレベルで驚いたからであった。
 バンは全神経を集中した忍び足でベストポジションをキープすると、主に奉仕する機械人形メイデンの姿を見開いた目に焼き付ける。

 デリケートな部分を見せつけるように大股を開いてしゃがみ込み、フィオの逸物に吸い付くキキョウ。
 その背には武装腕が剥き出しの大型兵装が背負われたままであり、まるで異形の翼を折りたたんでいるようにも見える。
 つい先ほど、巨大な装甲機生体アービングを討ち果たした凛々しい機械の天使が、そのままの姿で主の肉棒を舐め、しゃぶり、頬をすぼめて吸っている様は、バンの胸に嫉妬とも怒りとも付かない奇妙な感情を燃え上がらせた。

(フィオの野郎、キキョウさんに何て事させてやがるっ!)
 
 それは言ってみれば信仰への挑戦。
 己が憧れた崇高なる偶像アイドルが、地に引きずり降ろされ、汚されているかのような事態。
 そしてフィオにはその大罪を犯す権利があり、バンは彼を掣肘する事などできないのだ。

「マスター、まだでしょうか」

 肉棒から口を離したキキョウが、唾液に濡れた陰茎を手で擦りながら主に問いかける。 その手付きは巧みで、彼女がこのような行為に慣れている事を感じさせる。

(な、何回もさせてんのかな、やっぱり……)

 ぐびりとバンの喉が鳴る。

 傍で目を皿のようにして覗いている金魚鉢兄弟バースブラザーに気付きもせず、フィオはにんまりと笑った。

「キキョウさんの口も指も気持ちいいけどさ、今度は胸でして欲しいなあ、なんて」

「承知しました、出す際にはお申しつけください。呑みますので」

 キキョウはボディスーツの胸元に指を走らせると左右に割開き、真っ白い乳房を露出させた。
 
(うおぉぉぉっ!?)

 白く、大きく、それでいてキキョウの細身のシルエットを維持する、絶妙なバランスのバストの登場に、バンのテンションも跳ね上がる。
 ズボンの下で童貞棒がはち切れそうなほどに膨らんでいた。
 キキョウはフィオの肉棒を胸の谷間に挟み込むと、左右から両手で乳肉を押し付けた。 捏ねる様に動かすと、フィオの鼻息が荒くなる。

(畜生! フィオめ! あの野郎! 許さねえ!)

 羨望の余り、バンは歯ぎしりを噛み殺せない。 天使の乳の感触がどのようなものなのか、最早彼の想像を絶している。

「キ、キキョウさん、そろそろ! そろそろ出そう!」

「はむ」

 返事の代わりにキキョウは圧迫した乳肉の間から飛び出た亀頭の先に吸い付いた。
 愛らしい桜色の唇が、露骨に肉の色を留めたピンクの亀頭を包み込み、受け入れる。

「うぅっ!」

「んっ、んくっ、んっ……♡」

(出しやがった! あんの野郎っ!)

 一滴も零さぬようフィオの精液を飲み干していくキキョウ。 
 丹念なパイズリフェラに気持ちよく射精し、だらしなく弛緩するフィオ。
 そしてその有様に、嫉妬と羨望と、それらを塗りつぶすような劣情の波に息も荒くなるバン。
 
「ちゅる……ちゅう……♡ んっ、マスター、これですっきりされましたね?」

「うん……外でするのもいいね、キキョウさん」

 尿道の残り汁まで啜り終えたキキョウに、フィオはまだ呆けたような顔で答える。
 唇を舐めて主の射精の痕跡をすべて消去したキキョウは小さく首を振った。

「いえ、やはり私はお家での行為が一番だと考えます。 覗かれる心配などもありますから」

(うぇ!?)
 
 まさに覗き中のバンは硬直した。

「うーん、これがうちのキキョウさんだ!って見せつけてやりたいって気分はあったりもするけど……」

「マスター」

「はい、すいません、自重します」

 平坦なキキョウの声にフィオは慌ててズボンをあげる。

「み、みんなを待たせすぎても悪いし、早く合流しようか!」

「こんな事をしなければ、もっと早かったと思いますが」

「それはそれで!」

 駆け出していくフィオ。 ボディスーツの胸元を閉じ、身支度を終えたキキョウはマスターの後を追う。

「今回だけですからね」

 主に向けてか、それ以外へ向けたのか、一言呟いて。

 硬直したままのバンは冷や汗が引くまで、しばらくその場を動けなかった。
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