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 コフィンという名称そのままのカプセルベッドが並んだ、一見倉庫のような安宿がバンの寝床である。
 体を伸ばして寝れるだけ御の字という狭苦しいコフィンの中で、バンは荒い息を吐いていた。

「キキョウさん……キキョウさん……!」

 金魚鉢兄弟バースブラザーのメイデンの名を呼び、剥き出しにした股間を擦る。
 彼の脳内では、フィオの肉棒をしゃぶるキキョウの艶姿が再生されている。
 もちろん、妄想の中なのでしゃぶっている肉棒はバン自身のものに置換済みだ。
 妄想の中のキキョウはクールな目元を桜色に染め、情熱的にバンの亀頭を舐め回す。

「キキョウさん! うおぉっ!」

 思わず声が漏れた途端、薄っぺらいコフィンの壁がドン!と叩かれた。

「うぁっ!?」

 その拍子に思わず漏れてしまった。

「あ、あちゃぁ……」

 情けない声を出しながら、吹き出た精液をティッシュ代わりのボロ布で拭き取る。
 若いにも関わらず今一つ勢いのない射精は、すでに12度目の発射だからだ。
 むしろ若いからこそ12連射もできたというべきか。

「はぁ、キキョウさん……」

 すでにたっぷりと精液を吸い込んで重たくなったボロ布で逸物の始末を付けながら、バンは未練がましく呟いた。
 桜色の唇でフィオの肉棒をくわえる様や、白く形よい乳房で挟み込む様子、それらの視覚的情報に加えて、バンは救出された際のお姫様だっこで、彼女の体の柔らかさも知っている。
 童貞少年のおかずとして申し分のない代物ではある、が。

「どうなってんだろう、あそこ……」

 ハイレグのボディスーツで覆われた部分の中身が想像もつかない。
 メイデン娼館どころか、ちょっとした硬貨で購入できるメイデングラビアの類すら利用する経済的余裕がなかったバンである。
 金魚鉢バースプラントの中でもらった知識も余りにも断片的な物だった。

「穴があるって話だけど、どうなってんだ? ナットみたいな穴が開いてんのかな……」

 一種の微笑ましさもあるが、当人にとっては結構深刻な疑問であった。
 
 バンは枕元に備えられた貴重品用のサイドボックスに目をやった。 一枚のプラスチックカードが納まっている。
 今回の装甲機生体アービング狩りで貰った報酬ポイントが入っている、金銭カードクレッドだ。

 タウン48内で使用できる金銭は中央政庁ガバメント発行のタウンポイントであり、クレッドの形で配布されるか、多目的端末などにデータの形で収納される。
 そして、日常の小規模取引で使いやすいようにクレッドを両替したものが硬貨ダイムである。
 アーマーシャークの残骸回収というボーナスも入った今回の報酬はバンの予想を大幅に超える金額となった。
 最終戦争前の感覚で表現するなら、高額紙幣の札束をポンと渡されたようなものである。

「この金でメイデン娼館に行って確かめる……いや、いっそ俺専用のメイデンを……!」

 このまま大金を持っていてはグレンクスに巻き上げられるだけだ。
 それくらいなら、思い切って散財してやる。
 12発連射の後にようやく訪れた賢者タイムがバンに冒険を決意させた。
 バンは手早く身支度をすませると、精臭たちこめるカプセルベッドからチェックアウトした。



 硬貨一枚で5分使用できるシャワールームで手早く汗を流すと、バンは露店通りストールストリートの屋台で腹ごしらえを済ませた。
 ミキサーで砕いた大豆をソイペーストのスープで煮込んだクラッシュソイスープは、腹持ちも栄養価も良好なバンの好物である。
 なにより安いのがいい。

 歯の隙間にひっかかった大豆の欠片を舌先でほじりながら、バンはガバメントへ足を向ける。
 タウン48の中央に位置する一連の中央政庁ガバメントの建物、その一角のメイデンストアが彼の目的地だ。
 
「……行くぞ」

 自動ドアを前にごくりと唾を呑んだバンは、自分に発破を掛けて踏み出した。

「いらっしゃいませ!」

 中央政庁ガバメントの他のフロアと同様の冷房の効いた爽やかな空気と、四重奏の歓迎の声がバンを出迎える。
 フロアの入り口左右に四体のメイデンが並んでいた。
 紺の短いタイトスカートに黒いストッキング、白いブラウスにスカートと同色の上着という揃いの制服だ。
 当然のように四体とも非常に整った顔の美女ぞろいであった。

 一瞬立ちすくんだバンに、焦げ茶色のウェービーロングヘアのメイデンがするりと歩み寄り、その手をすばやく取る。

「ようこそいらっしゃいました、戦闘用メイデンをお探しですね? 当店では御家庭の警備用からボディガード、単機での陸上戦艦撃破まで幅広い任務に対応でき」

 ものすごい早口で口上を延べ始めたメイデンの頭頂部に、黒髪をサイドポニーにまとめた別の一体の拳骨が叩き込まれた。

「い、痛っ!? 何すんのよ!」

「いいからこっちに来い! お前の接客プログラムを再インストールしてやる!」

 バンが呆気にとられている間に、サイドポニーはウェービーをバックヤードへと引きずっていった。

「え、えぇっと……」

「ようこそいらっしゃいました、お客様。 当店では多様な任務に対応した各種メイデンを取りそろえております。
 どのようなメイデンをお望みでしょうか」

 呆然としたバンに、残る2体のメイデンの内、髪をアップにまとめたお姉さん的外装のメイデンが完全に何事もなかったかのように話しかける。
 
「そ、その、メイデンを買いたくて……」

「かしこまりました、私がご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」

 バンは内心ドン引いていた。
 いきなりマシンガントークしてきたウェービーヘアといきなり腕力に物をいわせるサイドポニーは論外にしても、先の二人をまるで居ない者のように扱うこのお姉さんは何か怖い。
 非常に失礼ながら、丁寧に有無を言わさない物腰のまま、よくわからない物を売りつけられそうな危険な気配を感じていた。
 バックヤードとアップのお姉さんを困った顔で見比べる最後の一人、ショートボブのメイデンが癒しのように思える。

「あ、そ、その、そっちの子にお願いしたいんですけど」

「かしこまりました、シオン、お願いね」

「は、はい!」
 
 ショートボブのメイデンが小走りに前に出る。
 他の三体のメイデンと同じくMフレームながら、どこか小動物じみた挙動が可愛らしい。

「あ、あの、シオンと申します。 ご案内させていただきますね」




「実は俺、あんまりメイデンに詳しくなくて……」

 どのようなメイデンをお求めですか?という質問に、バンは頭を掻きながら素直に答えた。
 ショートボブのメイデン、シオンはにこりと微笑むと多目的端末から立体モニターを表示させ、メイデンの基本についての説明を開始した。

「メイデンはフレームとクラスで分類されます」

 フレームによりメイデンの体格は決定される。
 最も標準的なMフレームは160㎝の全高である。
 小型のSフレームは10㎝小さく、大型のLフレームは10㎝大きい。

「これら3種のフレームが基本ですが、この分類から外れるものも存在します」

 民生用のメイデンではより小型で全高140㎝のSSフレームがよく用いられている。 フィオの行きつけである満腹食堂の看板娘サクラもSSフレームのメイデンだ。
 逆に純戦闘用ではLL、あるいはXLなどの大型フレームも存在するという。

「大型になればなるほど価格も上がりますので、あまり数は多くありません」
  
 一方、明確に分類されるフレームの差と違い、クラスは外見からでは判りづらい。

「メイデンのクラスは、搭載された機構、機能ごとに設定した数値の合計によって決定されます」

 メイデンの思考を司る頭部CPU、出力を司る胸部ジェネレーター、全身の人工筋組織、ナノスキン表皮の神経配列度など、フレーム以外のメイデンを形作る要素の総計がクラスとなって表されるのだ。

「シオンさんのクラスはいくつなんだい?」

「私はメイデンショップの店頭モデルも兼ねてますので、Aクラスの判定を頂いています」

「なるほど……」

 バンは思わずシオンの胸に目をやった。
 ブラウスに包まれたバストは豊かで、戦闘用大型ジェネレーターを搭載したキキョウにも見劣りしないサイズだ。
 相当な大出力ジェネレーターを積んでいると見える。

「ジェ、ジェネレーターだけじゃありません、CPUなんかの性能も併せての判定です!」

 シオンは恥ずかしげに両手で胸を隠しつつ主張した。

「私達に搭載された最新鋭MK=O型CPUは人間の反応を高度にエミュレートし、再現できます。 あまり、機械っぽくないでしょう?」

「ああ、だからさっきの子みたいにドついて突っ込み入れたり……」

「姉妹機が申し訳ありません……」

 CPUの性能を誇ったシオンは、バンの言葉に肩を落とした。

「でも、最新鋭ってすげえな、シオンさんってお値段どれくらいするんだい?」

「はい、私をお買い上げならこちらの金額になります」

 立体モニターに数字が浮かび上がる。
 ゼロが大量に並んだ数字を見て、バンの喉が変な音を立てた。
 予算として持ってきた虎の子のクレッドでは、3桁は軽く足りない。

「あ、あの! 私、一応ハイエンド機ですから、このお値段は一般的なメイデンではないですよ!」

 瞬時に顔色がなくなったバンに、シオンはわたわたと取りなす。

「一般的ならどれくらい?」

「そうですね、戦闘用として一般的なBクラスメイデンですと……」

 表示された金額はそれでも1桁足りなかった。

「うん、ごめん……。ちょっと懐が寂しすぎたみたいだ……」

「あ、お、お客様! あの、予算はいかほどですか!」

 肩を落として死んだ目で店を出ようとするバンの袖を、シオンは慌てて掴んだ。

「笑わないでくれよ……」

 バンは自虐的な笑みを浮かべつつ、クレッドの残高をシオンに見せる。 自分にとっては大金でも、この店では小銭もいい所だ。

「この予算ですと、SSフレームにCクラス相当のジェネレーターとCPUで……」

 しばらくカタログとにらめっこをしていたシオンは、不意に顔をあげてバンに向き直った。

「お客様、必要な物はメイデンですか?」

「え、そりゃメイデンが欲しいからここに来たんだけど……」

「お客様は拝見した所、砂潜りのご様子。 メイデンはお仕事のパートナーとして使われるのでしょうか」

「う、うん」

 バンはちょっと口ごもった。 実際の所、メイデンを仕事にとはあまり考えていなかった。
 キキョウのように美しくて献身的なパートナーが欲しいと思ったが、それは即物的に言うならいつでも抱けるダッチワイフが欲しいという事にすぎない。
 それを馬鹿正直にシオンに伝えるのは、バンの見栄が邪魔をした。

「現状のご予算では、戦闘に耐えうるメイデンをご提供できません。
 ですので、マペットをお勧めいたします」

「マペット?」

「はい、戦闘用ガンマペットを購入される砂潜りの方はかなり居られますので、実績は十分有りますよ。
 このご予算なら、高性能な戦闘用マペットをご提供できます」

「うーん……」

 バンは腕組みをして考え込んだ。
 メイデンが欲しいというのは、ほとんど衝動に近いような欲求が源泉だ。突き詰めていくと性欲によるものと言ってもいい。
 だが、先々を考えるならば、この滅多にない大金を用いて自分の戦力アップを図るべきなのは確かだ。
 一時の性欲解消に投入するのはもったいない。

 マペットといえど、特化した戦闘用ならばそれなりの戦闘力を期待できる。
 戦闘用ガンマペットがいれば、一人で受ける仕事よりも実入りのよい仕事ができるだろう。 きっと貯金の余裕もできるはずだ。
 メイデンは金を貯めて、またいつか買えばいい。

「うん、そうしよう。
 シオンさん、戦闘用ガンマペットのカタログを見せてくれ」

「はい、こちらになります」

 シオンがカタログを提示する動きで、ブラウス越しの巨乳がふるりと揺れる。
 一瞬、やっぱりメイデンで!と叫びたくなったが、バンはなんとか衝動を押さえ込んでカタログに目を通し始めた。



 翌日、バンはガバメントのトラブルサポートエリアに顔を出した。
 すぐにベンチにだらしなく座っていたグレンクスが寄ってくる。

(この人、いつもここだよな)

 砂潜りに登録していれば、空調の効いたトラブルサポートエリアに居ても文句は言われない。
 冷房狙いで屯する砂潜りは、グレンクス以外にも結構いる。

「聞いたぜ、バン。 結構儲けたみたいじゃねえか」

 言いながら下卑た笑みを浮かべて右手を差し出してくる。
 バンは無言でグレンクスを見下ろした。

「……おい、出せよ」

 黙ったままのバンに業を煮やし、グレンクスは囁いた。

「出せって何をですか」

 わざとらしい程にしれっと返すバンに、グレンクスは薄い眉を跳ね上げる。

「まさか金ですか? こんな往来で恐喝ですか?」

「手前っ!」

 よく通る声で聞こえよがしに語るバン。
 チーム・グレンクスのカツアゲ手口は因縁を付けつつフロアから連れ出し、ガバメントのメイデンの目の届かない所で金を巻き上げるという手法だ。
 流石に受付メイデンの前で犯罪行為を行うようでは、保安メイデンへの通報待ったなしである。

「おい、あの棚ボタ小僧に変な影響でも受けやがったのか、俺らの恩を忘れたってのか」

「恩ってなんかありましたっけ、俺、あんた方に貸しはあっても借りはねえと思いますがね」

「……いい覚悟じゃねえか、クソガキが」

 唇の端を苛立たしげに震わせながら、グレンクスはズボンのポケットに手を突っ込んだ。 高速振動ヴィヴロナイフでも握っているのだろう。

「表に出ろや、教育してやる」

「いいですよ。行こうか、スコール!」

 バンの声に応え、彼の背後にいた鉄の塊がのそりと姿を現した。
 かつて存在した犬、ドーベルマンと呼ばれた犬種をモデルとした戦闘用ガンマペットだ。

「Grr……」

 中型犬程の大きさの鉄の犬は、主の前に立つと不審な男に向けて唸りをあげた。

「て、手前、こいつは……!」

「俺の相棒のスコールです。 ああ、安心してください、こいつの牙はスタンファングですから、非殺傷モードにもできますよ」

 バンの声に連動するかのように犬型戦闘用ガンマペット・スコールはぐわっと口を開いて見せた。
 電極を仕込んだ牙がギラリと光り、グレンクスは後ずさる。

「グレンクスさん、あんたに巻き上げられた分を返せとは言いません。 けど、もう俺に構わないでくれませんかね?」

 バンはスコールの頭を撫でながらグレンクスを睨みつけた。

「……ちっ」

 グレンクスは憎々しげにバンとスコールを見比べると、舌打ちして身を翻した。
 かつては畏怖すら感じていた男の後ろ姿が思いのほか細く、うらぶれた風情すら漂っている事に、バンは一抹の寂しさを感じる。
 もっとも、それよりも彼の支配下から脱した喜びの方が遙かに大きいのだが。

「さあ、行こうぜスコール。 俺とお前の初仕事だ!」

 意気揚々と業務カウンターへ向かうバンにスコールはゴーグル状のセンサーアイを煌めかせて続く。

 夕立スコールとは乾いた砂漠において最も欲しいもの、そして時折、思いもよらずにもたらされるもの。
 バンは己の相棒にそんな希望の雨の名をつけたのだった。

「……まあ、安いメイデン買って、あそこの形がどうなってんのかなって調べるよりはずっといいよな」

「Baw?」
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