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満腹食堂で朝食を済ませたフィオは、いつものように中央政庁のトラブルサポートフロアへ足を運んだ。
丙種装備のキキョウを連れたフィオへと毎度のように不快な視線が集まるが、その数は着実に減っている。
先日の大型装甲機生体の一件の後、若手砂潜りの中で「あいつは気前のいい奴だ」という評価が広まっているのだ。
若手の中には、くだけた敬礼をしたり親指を立てたりと、言葉にせずとも挨拶を送ってくる者もいる。
「露骨な人気取りもやるもんだね……」
砂潜りとは大抵が欲の皮が突っ張った、現金な連中だ。
利益をくれる相手なら、多少気に食わなくても仲良くするに越したことはないという考えであろう。
自分の取り分は弾薬代とトントンであったが、嫌な視線を向けてくる潜在的な敵が減ったのは良い事だ。
人気取りをやって良かった。
上機嫌のフィオは若手砂潜りたちに手を振って応えながら、業務カウンターへ向かう。
業務カウンターには受付メイデンが並び、砂潜り達へ依頼の説明をしている。
その一番端は依頼受注用ではなく、砂潜り達へ仕事を依頼するための発注カウンターだ。
普段、ここに座って依頼をするのは市民たちで、彼らは明らかに砂潜りと違った雰囲気を纏っている。
だが今、発注カウンターに座ってメイデンと話し込んでいる男の風体は、明らかに砂潜りの物だった。
「あれ、あの人は……」
そろそろ中年に差し掛かる年頃の砂潜りには見覚えがあった。
師匠ゼンクの金魚鉢兄弟で、彼と共に砂潜りを志した男、ロスである。
「ロスさん? なにか依頼ですか、珍しい」
師匠の旧友に思わず声を掛ける。
「ん? おお、フィオか、久しぶりだ」
振り返ったロスの垂れ目がちな目元には、くっきりと隈が浮かんでいた。
顎の発達した男らしくゴツい顔には、明らかな憔悴の痕がある。
「ど、どうしたんです? それに、アイネズさんは……」
ベテラン砂潜りらしくない打ちひしがれた様子にフィオは驚きを隠せない。
彼の相棒であるBクラス戦闘メイデン、アイネズの姿がないのも不思議であった。
フィオの疑問に、苦悶の表情のロスは絞り出すように答える。
「アイネズは……山賊に奪われちまった……!」
「えぇっ!?」
2日前、ロスはメイデンのアイネズを伴って、ブレイカー盆地を訪れていた。
最終戦争前の軍事基地があったと伝えるこの地は、地上を戦術核弾頭で吹き飛ばされ盆地にされようとも、しぶとく存在する地下施設が残っていた。
エリア48からさして遠くもなく、戦前の物品が遺っているかもしれないという、駆け出し砂潜りにとって鍛錬も兼ねた定番探索地である。
すでに数百年規模で漁り続けられているため、貴重な品が出土することは極めて稀になっているのだが、この地で砂潜りのイロハを学ぶ者は数多い。
「今日は新入り達は来てないみたいだな」
盆地の縁からマルチプルゴーグルの望遠機能で周囲を見回し、ロスは呟いた。
すり鉢状の盆地のあちこちに開いた地下への進入口に、停車した車両は見あたらない。
「やれやれ、若いのが誰か居たなら、小遣い渡して手伝って貰いたかったんだがなあ」
大ぶりな顎に浮かぶ無精ひげを太い指で掻きながら、ロスはぼやく。
若くしてランク1に到達した亡き旧友ほどではないにせよ、彼もまたランク2に認定された熟練の砂潜りだ。
こんな初心者向けの現場には似つかわしくない腕利きである。
「マスター、お仕事ですから面倒がってはダメです」
ロスの背後に停められた大型サイドカーから、鈴を鳴らすような声があがる。
サイドに座るのは、銀に近い灰色と黒のツートンカラーのボディスーツを纏ったSフレームメイデンだ。
黒壇で染めあげたような長い黒髪を緩い三つ編みにまとめて背に流しており、端麗というよりも愛らしいといった言葉が似合う容姿である。
ロスの相棒のBクラス戦闘メイデン、アイネズだ。
ミドルティーンほどの年齢設定で制作された彼女とゴツい中年男の取り合わせは、どこか親子じみた風情があった。
「面倒なもんを面倒だって言って何が悪いかよ、あー面倒くせえなあ!」
ロスは大仰に嘆いてみせると、サイドカーに跨りエンジンを掛ける。
「マスターったら……」
アイネズの困ったような声に、サイドカーを発進させつつロスは含み笑いを漏らした。
真面目で、そのくせ控えめな相棒をからかうのは、趣味が悪いと思いつつも辞められない。
やや太めの眉をハの字に下げて童顔を曇らせる様子に、ロスの胸中に言いようのない感覚が広がる。
戦前文化に一家言ある旧友が存命ならば、「好きな子をいじめる男の子シンドローム」とでも分析していただろう。
いつまでも相棒をからかって困り顔を見ていたい所だが、そうもいかない。
ロスは盆地をサイドカーで下りつつ、表情を引き締めた。
「さて、じゃれるのはここまでだ。 アイネズ、センサーに感は?」
「パッシブセンサーに反応ありません、アクティブセンサーに切り替えますか?」
ロスの言葉にアイネズは硬質な口調で応じる。
「そうだな、頼む」
「了解しました。 アクティブセンサー、起動します」
アイネズは背後に手を伸ばすと、三つ編みを留める簡素なリボンを解いた。
ふわりと四方に黒髪が広がり、サイドカーの疾走に伴って風に舞う。
アイネズの長い髪は放熱髪ではなく、強化センサーだ。
その索敵能力は下手なAクラスメイデンを凌駕する。
控えめな胸部ジェネレーターしか装備していないSフレームの彼女がBクラスに判定されているのは、偏にこの装備によるものであった。
「アクティブセンサー、感なし」
「わかった。 センサー波を垂れ流しにするのは趣味じゃない、パッシブに切り替えてくれ」
「了解」
アイネズは髪を纏めると、再び三つ編みに結い始めた。
「……ふむ」
ロスはハンドルを捌きつつ、横目でアイネズを見る。
「なんです?」
「いや、今晩は髪を解いたお前を抱こうかな、なんて」
「マ、マスター! お仕事中ですよ!」
頬を朱に染めるアイネズに、ロスは思わず笑い声をあげた。
ガバメントがランク2砂潜りロスへ下した指名依頼は、ブレイカー盆地の調査であった。
もちろん、通常の調査ではない。 そんなものは数百年は昔に終わっている。
ブレイカー盆地における、ランク5砂潜りの未帰還率が不自然に上昇しているのだ。
各種資源回収や失われた情報の発見など、砂潜りの成果はタウンの発展において欠かせないものである。
次世代の有能な砂潜りの育成も奨励している。
そして、ブレイカー盆地は新人を育てる練兵場的側面のあるエリアだ。
新人では対処できない強力な装甲機生体が住み着いたか、何か未発見の凶悪なトラップでもあったのか。
なんにせよ、再び新人養成エリアとして使うためには問題の解決が必須だ。
ランク2の腕利きが引っ張り出されたのは、それだけタウンがこの事態を重視しているという事だろう。
「さあて、何があるやら……。 ゼンク曰く、鬼が出るか蛇が出るかってね」
手近な進入口にサイドカーを停めたロスは、亡き旧友の口癖を呟きながら身支度を整えた。
タクティカルベストに各種装備を吊し、シールドポンチョを羽織る。
手にした武器は使い込んだカービンライフルだ。
ごく普通のありきたりな砂潜りスタイルだが、オーソドックスこそが一番強いというのがロスの持論であった。
ありがちな王道スタイルという奴は、有効で皆が真似るからありがちになったのである。
アイネズもサイドカーに積み込んでいた武装コンテナを展開して装着する。
細い腰の後ろには円筒状のコアユニットが取り付けられ、キキョウの乙種戦闘装備にも似た兵装を構成していた。
ただし、二本のアームは武装を保持するためだけの機械腕であり、スラスターは装備されていない。
コアユニットに取り付けられたジンバル型スラスターは一基だけだ。
キキョウの乙種装備と違い、推力任せの飛行を考慮してないデザインであった。
アイネズの控えめなサイズの胸部ジェネレーターでは、とても飛翔するだけの出力を生み出せないのだ。
むしろ、キキョウのように単機で戦車と戦闘ヘリを兼ねる戦闘スタイルを実行できるメイデンの方が希少であった。
アイネズの装備は最初から飛行を考慮せず、陸上を高速走行する事に主眼が置かれている。
走行ブーツも、スラスターは臑の後部に装備された一基のみで、足裏には走行球が装備されていた。
磁力で全方向へ高速回転可能なこの金属球は装甲機生体の足周りでも採用される、小回りに優れた機構であった。
「マスター、行きましょう」
武装腕に汎用軽機関銃と対装甲目標用の55㎜速射砲を装備し、本体の腕に対人用のサブマシンガンを抱えたアイネズが主に促す。
「ああ、アイネズ、索敵頼む。
センサー波に反応する奴が居るかも知れん、基本パッシブ、アクティブはフロアの頭だけでな」
「はい、了解しました、マスター」
アイネズは微笑むと先に立って進入口へ足を踏み入れた。
地下室への階段だったと思しき進入口は、外部から吹き込む砂にまみれている。
次々に吹き込む砂で足跡が長く残るような場所ではないが、とりあえず痕跡は見あたらない。
「まあ、ついさっき誰かが通ったって事はないか」
それでも警戒は緩めない。
ロスの金魚鉢兄弟は危険度が低いとされていた場所で頓死したのだから。
2時間後。
ロスとアイネズは順調に5フロアの探索を終えていた。
かつての軍事基地らしく、廊下を中心として整然と部屋が並ぶ構造は、迷いにくいという点ではありがたい。
数の多い部屋をいちいちチェックする手間はあるが、そこはアイネズの出番である。
「マスター、そちらの壁に赤外線センサーが。 トラップです」
センサー機能に優れるアイネズは、こういった任務には最適と言っていい。
「……よし、無効化した。
散々漁り尽くされたはずのこの辺りで、活きてるトラップがあるというのは妙だな」
「はい、人為的なものを感じます」
「山賊の根城になったか、トラップを仕掛けるような器用なアービングがいるのか……。
慎重に進もう」
仕掛けられた簡易な罠を発見しては、的確に解除していく。
慎重な歩みでありながら、彼らの探索速度は十分に速い。
このチームへ指名依頼をした中央政庁の人選は間違っていなかった。
この段階では。
6フロア目に進入。
アイネズはまず足を止めてアクティブセンサーを起動した。
周囲の大ざっぱなマップ情報を把握すると、パッシブセンサーに切り替える。
「マスター、このフロアは大きな空洞があるようです」
「空洞?」
アイネズは髪を三つ編みに戻しながら頷く。
几帳面な彼女は各フロアでアクティブセンサーを使う度に髪を結い直していた。
「はい、複数の部屋の壁が壊されて、ホールの様になっているみたいです」
「ホールか。 昔は無かったような気がするが……。
参ったな、しばらくここに来てなかったから、いつ頃から有るものか判らん」
ロスはがりがりと頭を掻いた。
「それと、ホール中央に5m四方の金属反応があります。
装甲機生体かと思われますが、動力は落ちているようです」
「結構でかいな、こんな閉鎖空間で出くわしたら新米じゃひとたまりもないぞ」
そのアービングが未帰還者を餌食にしたのか。
眉をひそめたロスは小さく首を振った。
「でもまあ、進まん訳にはいかんしな。
警戒をより密にして行こう」
「はい、マスター」
ロスは肩に担いでいたカービンを構えると、慎重に歩を進める。
ホールを目前にして、アイネズは足を止めた。
「マスター、あのぅ……」
三つ編みを揺らしながら主に呼びかける。
ロスはカービンの安全装置を親指で弾いた。
「どうした? 何かあったか?」
アイネズの声は警告というよりも、戸惑いの声だ。
その声音にロスは逆に警戒を高める。
探査型メイデンを戸惑わせるような何かが、ここにある。
「はい、おそらく新人砂潜りの皆さんのベースキャンプだと思うのですけど。
ホールの奥、アービングと思われる金属反応の向こうに簡易テントが3組あります」
「新米が居るのか? ……いや、居たのか?」
「判りません。 人の熱源反応はありませんが、テントのそばに別種の熱源があります。
携帯コンロか、焚き火か、野営の準備のように思えます」
「……火がそのままって事は、直前までメシの準備をしながら居なくなった?
ちょっとしたホラーだな」
ロスは顔をしかめた。
「例の大型アービングはどうだ?
動力を切って休眠状態なのか、死んでるのか」
「すみません、ここからでは……」
「実際に見てみないと判らんか。
アイネズ、速射砲を準備しておけ。 アービングが動き出したら叩き込んでやれ」
「了解しました」
アイネズの左の武装腕に装備された55㎜砲に砲弾が装填される。
ジェネレーターが小型で大型の武装システムを運用できないアイネズにとって、55㎜速射砲は最大火力の武装である。
ロスもカービンの銃身の下に取り付けられた単発グレネードランチャーにグレネードを装填した。
対装甲目標戦の準備を整えた主従は無言で頷きあうと、足音を忍ばせてホールへと進入する。
(居やがったな……)
破壊された壁の残骸に身を隠しながら様子を窺うと、ホールのど真ん中に鉄の塊が鎮座しているのが見えた。
奥には3つのドーム型テントが並んでいるのも見えるが、今は鉄の塊、アイネズが報告したアービングの方が優先だ。
5m大の鉄の蜘蛛といった趣で、タウン48近辺の生産施設で見受けられる機体をスケールアップしたようなデザインだ。
本来6本足だったのだろうが、右の前足は損傷により失われている。
装甲のあちこちにもへこみや裂傷が残り、足を縮めてうずくまった姿は身を休めているようにも、力尽きているようにも見えた。
(……一発ぶち込むのが早いな)
ロスは即決した。 アイネズにハンドサインを送ると、忠実なメイデンはこくりと頷いた。
速射砲を前に向け、瓦礫から飛び出す。
途端に装甲機生体頭部の8連センサーアイに光が灯り、蜘蛛型装甲機生体は跳ね起きるかのように起動した。
「やっぱりか! アイネズ、撃て!」
「はいっ!」
アイネズは55㎜砲を発砲。 アービングの胴体に着弾し、激しく爆発する。
「リアクティブアーマー!?」
着弾時に自ら爆発する事で損傷を減らす機構だ。
アービングは折り畳んでいた5本の足を伸ばして接地させると、足裏の走行球を起動、滑るような動きでホールを走り始める。
「くっ……!」
高速移動の動作を予測に入れつつ、アイネズは次弾を発砲、外れる。
索敵特化型のアイネズの射撃ルーチンは高精度とは言えない、緩急を入れたアービングの不規則な動きに翻弄されてしまう。
高速移動しながらアービングは背部に格納したリベットガンを展開し、連射を始める。
「マスター! 隠れてください!」
アイネズも両足の走行球を起動させつつ、主へ叫ぶ。
リベットガンはアイネズを即座に破壊するほどの威力はないが、生身のロスにとっては恐るべき脅威だ。
「ちぃっ、アイネズ! 任せる!」
「はいっ!」
瓦礫を盾にして身を護りながら、ロスは相棒に一任した。
ホールを縦横に高速移動しながらリベットガンをばらまく装甲機生体に対し、同じく走行球を起動させたアイネズは軽機関銃を乱射して応じる。
激しい機動戦の中では、アイネズの射撃ルーチンで55㎜砲を直撃させられる確率は極めて低い。
(だけど時間を掛ければ流れ弾がマスターに当たる確率も上がる。 ならば!)
アイネズは脚部と腰部のスラスターを点火。
三基のスラスターの推力が爆発的な加速力となってアイネズを直進させた。
アービングのCPUはこれまでの機動データからかけ離れた速度で突っ込んでくるアイネズに対応できず、リベットガンの弾幕は空しく彼女の影を撃つのみ。
アイネズはスラスターの勢いそのままにスライディングを敢行、アービングの足の間に滑り込む。
(ここ!)
装甲機生体の腹の下から、真上に向けて55㎜砲を発射。
地雷対策で腹部にも装備されたリアクティブアーマーが爆発して飛び散る破片を交差した両腕で防ぎながら、アイネズはさらに砲撃する。
2発、3発。
5連装の弾倉を撃ち尽くす。
1発目をリアクティブアーマーが無効化しようとも、2発目が装甲を破り、3発目が内部構造に致命的な打撃を与えた。
「GI……」
アービングの動作が停止し、8連センサーアイが光を失う。
「よし、よくやったぞアイネズ!」
主の賞賛に、アービングの残骸の下から這い出たアイネズは照れたように微笑んだ。
その側頭部に銃弾が突きたった。
銃声を耳にしたロスはほとんど反射的な動作で瓦礫の影に滑り込んでいた。
音からして、手持ちサイズの銃器による単射。 その程度の弾丸ではメイデンの頭部外殻を撃ち抜くことはできない。
だが、着弾の衝撃で黒髪を揺らしたアイネズは、ばたりとその場に倒れ込んだ。
「アイネズ!?」
「あ、Ah、ます、た、逃げ、て」
倒れ伏したアイネズは言語中枢に異常を来したのか、切れ切れの言葉で主に撤退を示唆する。
「思ったより腕利きで焦ったけど、まあ相棒がメイデンだったのが運の尽きだなあ」
見知らぬ男の声にロスは目を剥いた。
ホールの奥、簡易野営地のように設置されたテントから、薄汚れたシールドポンチョをまとった男達が現れたのだ。
その数、5人。
「馬鹿な、アイネズのセンサーを出し抜いただと……」
「へへ、メイデンのセンサーなんぞ、こいつの前じゃ形無しよ」
硝煙を立ち上らせるピストルを握った先頭の男が、自慢げに薄汚いポンチョの裾を持ち上げて見せた。
「ドク謹製のカモフラージュポンチョに特製ウィルス弾!
まったく、砂潜りってのはありがたい連中だね、いちいち物資を持ってきてくれる上に、今日は可愛い玩具と来たもんだ!」
(ウィルス弾? メイデンを一瞬で機能不全に陥れるような代物だと!? こいつら、何者だ?)
ロスは物陰に隠れたまま、グレネードランチャーの弾頭を交換する。
「随分とおしゃべりなんだな、手品の種明かしをしていいのかい?」
ロスはできる限り気楽な声音を作った。
メイデンを機能停止に陥れられているのに余裕な口調のロスに、男は露骨に不機嫌そうな顔になる。
「そりゃ手前はここで死ぬからな。 ドクが心配してた情報漏洩なんてありゃしねえよ。
安心しな、手前のメイデンは俺らがたっぷり有効利用してやるぜ」
「そうか、よ!」
下卑た笑い声をあげる男達の方向へ、ロスは壁越しにグレネードを発射した。
「うおっ!? 散れっ!」
男達が慌てて散開する気配。
だが、グレネードは炸裂せず、代わりに濃密な白煙を吐き出した。
「スモークか! くそっ!」
男達が闇雲に銃を撃ち始めた。
銃声を背後に聞きながら、ロスは素早く逃走に移る。
一瞬ホールに目をやると、白煙を透かして倒れたアイネズのシルエットが見えた。
「……くっ!」
ロスは荒れる感情を押し殺して、走り始めた。
彼の任務は調査。
何があったか、情報を持ち帰らねばならないのだ。
現在、タウン48ガバメント。
憔悴した顔のロスに事情を聞き、フィオは唇を噛んだ。
「アイネズさん、置いて来ちゃったんですか……」
ロスはギロッとフィオを睨むと、その両肩を掴む。
「じゃあどうしろっていうんだ? アイネズを取り戻す為に1対8の銃撃戦をやれってのか?
俺はムービーのガンマンじゃない、アイネズがやられた以上、そんな勝負に勝ち目はない!」
「す、すいません……」
不用意な発言を謝るフィオだったが、激情に火が着いたロスは止まらない。
フィオの肩をがたがたと揺さぶりながら、左手首の多目的端末を見せつけた。
「見ろ! アイネズのリンクデータだ!
もう距離が有るから切れちまってるけど、最後のデータ更新でマスターパーティションポイントがこんなに削れちまってる!
あいつが、どんな目に遭ってるか、判るだろう!」
マスターパーティションポイントは80を切っている。
すなわち、アイネズの子宮ユニットにそれだけ主以外の精を注ぎ込まれたという事だ。
血走った目のロスは、大きく深呼吸をすると何とか平静を取り戻した。
「すまん、取り乱した」
「いえ……」
フィオは同情の目を先輩砂潜りに向ける。
もしもキキョウがそんな目に遭ったらと思えば、全く人事ではない。
「発注カウンターで、アイネズの救出と、あの山賊連中の討伐を依頼してたんだ。
できれば、お前とキキョウに参加して貰えると助かる」
「僕でよければ、喜んで。 いいよね、キキョウさん」
「はい」
フィオは即決した。
ロスは亡き師の友人であり、フィオにとっても尊敬すべき先達だ。
「すまん、助かるよ、本当に……」
ロスはぐいっと目元を擦った。
このご時世、友誼を元に動いてくれる者は宝石よりも貴重なのだ。
「あー、あのさあ、お二人さん。 俺も一口噛ませて貰えないかな」
脇から声が掛かる。
「バン?」
「いや、話聞いてたらさ、手数は多い方が良さそうじゃないか。
俺も手を貸すぜ」
大柄な少年砂潜りは、足元にじゃれつく戦闘用マペットの頭を撫でた。
「こいつも居るんだ、戦力になるだろう?」
「そりゃ、ありがたいが……」
ロスは不審気な顔をした。
バンが誰とつるんでいるのか、彼も知っている。
「バン、グレンクスさんはいいの?」
「あの人達とは手を切った。 それで……」
バンは頬を掻きながらロスの顔を見る。
「ベテラン砂潜りが難儀してるのを見かけてな。
恩を売れば、俺に砂潜りの手ほどきのひとつもしてくれるんじゃねえかなって」
フィオとロスは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「肝の太い奴だな! 恩を押し売りして教えを請おうってか!」
「ダメかい、ロスさん」
「いいや、大いに結構だ!」
ロスはにやりと笑った。
若者達との会話で、メイデンを奪われたショックから復調し、本来の彼に戻りつつある。
「フィオ、バン、お前達が頼りだ。 手を貸してくれ!」
丙種装備のキキョウを連れたフィオへと毎度のように不快な視線が集まるが、その数は着実に減っている。
先日の大型装甲機生体の一件の後、若手砂潜りの中で「あいつは気前のいい奴だ」という評価が広まっているのだ。
若手の中には、くだけた敬礼をしたり親指を立てたりと、言葉にせずとも挨拶を送ってくる者もいる。
「露骨な人気取りもやるもんだね……」
砂潜りとは大抵が欲の皮が突っ張った、現金な連中だ。
利益をくれる相手なら、多少気に食わなくても仲良くするに越したことはないという考えであろう。
自分の取り分は弾薬代とトントンであったが、嫌な視線を向けてくる潜在的な敵が減ったのは良い事だ。
人気取りをやって良かった。
上機嫌のフィオは若手砂潜りたちに手を振って応えながら、業務カウンターへ向かう。
業務カウンターには受付メイデンが並び、砂潜り達へ依頼の説明をしている。
その一番端は依頼受注用ではなく、砂潜り達へ仕事を依頼するための発注カウンターだ。
普段、ここに座って依頼をするのは市民たちで、彼らは明らかに砂潜りと違った雰囲気を纏っている。
だが今、発注カウンターに座ってメイデンと話し込んでいる男の風体は、明らかに砂潜りの物だった。
「あれ、あの人は……」
そろそろ中年に差し掛かる年頃の砂潜りには見覚えがあった。
師匠ゼンクの金魚鉢兄弟で、彼と共に砂潜りを志した男、ロスである。
「ロスさん? なにか依頼ですか、珍しい」
師匠の旧友に思わず声を掛ける。
「ん? おお、フィオか、久しぶりだ」
振り返ったロスの垂れ目がちな目元には、くっきりと隈が浮かんでいた。
顎の発達した男らしくゴツい顔には、明らかな憔悴の痕がある。
「ど、どうしたんです? それに、アイネズさんは……」
ベテラン砂潜りらしくない打ちひしがれた様子にフィオは驚きを隠せない。
彼の相棒であるBクラス戦闘メイデン、アイネズの姿がないのも不思議であった。
フィオの疑問に、苦悶の表情のロスは絞り出すように答える。
「アイネズは……山賊に奪われちまった……!」
「えぇっ!?」
2日前、ロスはメイデンのアイネズを伴って、ブレイカー盆地を訪れていた。
最終戦争前の軍事基地があったと伝えるこの地は、地上を戦術核弾頭で吹き飛ばされ盆地にされようとも、しぶとく存在する地下施設が残っていた。
エリア48からさして遠くもなく、戦前の物品が遺っているかもしれないという、駆け出し砂潜りにとって鍛錬も兼ねた定番探索地である。
すでに数百年規模で漁り続けられているため、貴重な品が出土することは極めて稀になっているのだが、この地で砂潜りのイロハを学ぶ者は数多い。
「今日は新入り達は来てないみたいだな」
盆地の縁からマルチプルゴーグルの望遠機能で周囲を見回し、ロスは呟いた。
すり鉢状の盆地のあちこちに開いた地下への進入口に、停車した車両は見あたらない。
「やれやれ、若いのが誰か居たなら、小遣い渡して手伝って貰いたかったんだがなあ」
大ぶりな顎に浮かぶ無精ひげを太い指で掻きながら、ロスはぼやく。
若くしてランク1に到達した亡き旧友ほどではないにせよ、彼もまたランク2に認定された熟練の砂潜りだ。
こんな初心者向けの現場には似つかわしくない腕利きである。
「マスター、お仕事ですから面倒がってはダメです」
ロスの背後に停められた大型サイドカーから、鈴を鳴らすような声があがる。
サイドに座るのは、銀に近い灰色と黒のツートンカラーのボディスーツを纏ったSフレームメイデンだ。
黒壇で染めあげたような長い黒髪を緩い三つ編みにまとめて背に流しており、端麗というよりも愛らしいといった言葉が似合う容姿である。
ロスの相棒のBクラス戦闘メイデン、アイネズだ。
ミドルティーンほどの年齢設定で制作された彼女とゴツい中年男の取り合わせは、どこか親子じみた風情があった。
「面倒なもんを面倒だって言って何が悪いかよ、あー面倒くせえなあ!」
ロスは大仰に嘆いてみせると、サイドカーに跨りエンジンを掛ける。
「マスターったら……」
アイネズの困ったような声に、サイドカーを発進させつつロスは含み笑いを漏らした。
真面目で、そのくせ控えめな相棒をからかうのは、趣味が悪いと思いつつも辞められない。
やや太めの眉をハの字に下げて童顔を曇らせる様子に、ロスの胸中に言いようのない感覚が広がる。
戦前文化に一家言ある旧友が存命ならば、「好きな子をいじめる男の子シンドローム」とでも分析していただろう。
いつまでも相棒をからかって困り顔を見ていたい所だが、そうもいかない。
ロスは盆地をサイドカーで下りつつ、表情を引き締めた。
「さて、じゃれるのはここまでだ。 アイネズ、センサーに感は?」
「パッシブセンサーに反応ありません、アクティブセンサーに切り替えますか?」
ロスの言葉にアイネズは硬質な口調で応じる。
「そうだな、頼む」
「了解しました。 アクティブセンサー、起動します」
アイネズは背後に手を伸ばすと、三つ編みを留める簡素なリボンを解いた。
ふわりと四方に黒髪が広がり、サイドカーの疾走に伴って風に舞う。
アイネズの長い髪は放熱髪ではなく、強化センサーだ。
その索敵能力は下手なAクラスメイデンを凌駕する。
控えめな胸部ジェネレーターしか装備していないSフレームの彼女がBクラスに判定されているのは、偏にこの装備によるものであった。
「アクティブセンサー、感なし」
「わかった。 センサー波を垂れ流しにするのは趣味じゃない、パッシブに切り替えてくれ」
「了解」
アイネズは髪を纏めると、再び三つ編みに結い始めた。
「……ふむ」
ロスはハンドルを捌きつつ、横目でアイネズを見る。
「なんです?」
「いや、今晩は髪を解いたお前を抱こうかな、なんて」
「マ、マスター! お仕事中ですよ!」
頬を朱に染めるアイネズに、ロスは思わず笑い声をあげた。
ガバメントがランク2砂潜りロスへ下した指名依頼は、ブレイカー盆地の調査であった。
もちろん、通常の調査ではない。 そんなものは数百年は昔に終わっている。
ブレイカー盆地における、ランク5砂潜りの未帰還率が不自然に上昇しているのだ。
各種資源回収や失われた情報の発見など、砂潜りの成果はタウンの発展において欠かせないものである。
次世代の有能な砂潜りの育成も奨励している。
そして、ブレイカー盆地は新人を育てる練兵場的側面のあるエリアだ。
新人では対処できない強力な装甲機生体が住み着いたか、何か未発見の凶悪なトラップでもあったのか。
なんにせよ、再び新人養成エリアとして使うためには問題の解決が必須だ。
ランク2の腕利きが引っ張り出されたのは、それだけタウンがこの事態を重視しているという事だろう。
「さあて、何があるやら……。 ゼンク曰く、鬼が出るか蛇が出るかってね」
手近な進入口にサイドカーを停めたロスは、亡き旧友の口癖を呟きながら身支度を整えた。
タクティカルベストに各種装備を吊し、シールドポンチョを羽織る。
手にした武器は使い込んだカービンライフルだ。
ごく普通のありきたりな砂潜りスタイルだが、オーソドックスこそが一番強いというのがロスの持論であった。
ありがちな王道スタイルという奴は、有効で皆が真似るからありがちになったのである。
アイネズもサイドカーに積み込んでいた武装コンテナを展開して装着する。
細い腰の後ろには円筒状のコアユニットが取り付けられ、キキョウの乙種戦闘装備にも似た兵装を構成していた。
ただし、二本のアームは武装を保持するためだけの機械腕であり、スラスターは装備されていない。
コアユニットに取り付けられたジンバル型スラスターは一基だけだ。
キキョウの乙種装備と違い、推力任せの飛行を考慮してないデザインであった。
アイネズの控えめなサイズの胸部ジェネレーターでは、とても飛翔するだけの出力を生み出せないのだ。
むしろ、キキョウのように単機で戦車と戦闘ヘリを兼ねる戦闘スタイルを実行できるメイデンの方が希少であった。
アイネズの装備は最初から飛行を考慮せず、陸上を高速走行する事に主眼が置かれている。
走行ブーツも、スラスターは臑の後部に装備された一基のみで、足裏には走行球が装備されていた。
磁力で全方向へ高速回転可能なこの金属球は装甲機生体の足周りでも採用される、小回りに優れた機構であった。
「マスター、行きましょう」
武装腕に汎用軽機関銃と対装甲目標用の55㎜速射砲を装備し、本体の腕に対人用のサブマシンガンを抱えたアイネズが主に促す。
「ああ、アイネズ、索敵頼む。
センサー波に反応する奴が居るかも知れん、基本パッシブ、アクティブはフロアの頭だけでな」
「はい、了解しました、マスター」
アイネズは微笑むと先に立って進入口へ足を踏み入れた。
地下室への階段だったと思しき進入口は、外部から吹き込む砂にまみれている。
次々に吹き込む砂で足跡が長く残るような場所ではないが、とりあえず痕跡は見あたらない。
「まあ、ついさっき誰かが通ったって事はないか」
それでも警戒は緩めない。
ロスの金魚鉢兄弟は危険度が低いとされていた場所で頓死したのだから。
2時間後。
ロスとアイネズは順調に5フロアの探索を終えていた。
かつての軍事基地らしく、廊下を中心として整然と部屋が並ぶ構造は、迷いにくいという点ではありがたい。
数の多い部屋をいちいちチェックする手間はあるが、そこはアイネズの出番である。
「マスター、そちらの壁に赤外線センサーが。 トラップです」
センサー機能に優れるアイネズは、こういった任務には最適と言っていい。
「……よし、無効化した。
散々漁り尽くされたはずのこの辺りで、活きてるトラップがあるというのは妙だな」
「はい、人為的なものを感じます」
「山賊の根城になったか、トラップを仕掛けるような器用なアービングがいるのか……。
慎重に進もう」
仕掛けられた簡易な罠を発見しては、的確に解除していく。
慎重な歩みでありながら、彼らの探索速度は十分に速い。
このチームへ指名依頼をした中央政庁の人選は間違っていなかった。
この段階では。
6フロア目に進入。
アイネズはまず足を止めてアクティブセンサーを起動した。
周囲の大ざっぱなマップ情報を把握すると、パッシブセンサーに切り替える。
「マスター、このフロアは大きな空洞があるようです」
「空洞?」
アイネズは髪を三つ編みに戻しながら頷く。
几帳面な彼女は各フロアでアクティブセンサーを使う度に髪を結い直していた。
「はい、複数の部屋の壁が壊されて、ホールの様になっているみたいです」
「ホールか。 昔は無かったような気がするが……。
参ったな、しばらくここに来てなかったから、いつ頃から有るものか判らん」
ロスはがりがりと頭を掻いた。
「それと、ホール中央に5m四方の金属反応があります。
装甲機生体かと思われますが、動力は落ちているようです」
「結構でかいな、こんな閉鎖空間で出くわしたら新米じゃひとたまりもないぞ」
そのアービングが未帰還者を餌食にしたのか。
眉をひそめたロスは小さく首を振った。
「でもまあ、進まん訳にはいかんしな。
警戒をより密にして行こう」
「はい、マスター」
ロスは肩に担いでいたカービンを構えると、慎重に歩を進める。
ホールを目前にして、アイネズは足を止めた。
「マスター、あのぅ……」
三つ編みを揺らしながら主に呼びかける。
ロスはカービンの安全装置を親指で弾いた。
「どうした? 何かあったか?」
アイネズの声は警告というよりも、戸惑いの声だ。
その声音にロスは逆に警戒を高める。
探査型メイデンを戸惑わせるような何かが、ここにある。
「はい、おそらく新人砂潜りの皆さんのベースキャンプだと思うのですけど。
ホールの奥、アービングと思われる金属反応の向こうに簡易テントが3組あります」
「新米が居るのか? ……いや、居たのか?」
「判りません。 人の熱源反応はありませんが、テントのそばに別種の熱源があります。
携帯コンロか、焚き火か、野営の準備のように思えます」
「……火がそのままって事は、直前までメシの準備をしながら居なくなった?
ちょっとしたホラーだな」
ロスは顔をしかめた。
「例の大型アービングはどうだ?
動力を切って休眠状態なのか、死んでるのか」
「すみません、ここからでは……」
「実際に見てみないと判らんか。
アイネズ、速射砲を準備しておけ。 アービングが動き出したら叩き込んでやれ」
「了解しました」
アイネズの左の武装腕に装備された55㎜砲に砲弾が装填される。
ジェネレーターが小型で大型の武装システムを運用できないアイネズにとって、55㎜速射砲は最大火力の武装である。
ロスもカービンの銃身の下に取り付けられた単発グレネードランチャーにグレネードを装填した。
対装甲目標戦の準備を整えた主従は無言で頷きあうと、足音を忍ばせてホールへと進入する。
(居やがったな……)
破壊された壁の残骸に身を隠しながら様子を窺うと、ホールのど真ん中に鉄の塊が鎮座しているのが見えた。
奥には3つのドーム型テントが並んでいるのも見えるが、今は鉄の塊、アイネズが報告したアービングの方が優先だ。
5m大の鉄の蜘蛛といった趣で、タウン48近辺の生産施設で見受けられる機体をスケールアップしたようなデザインだ。
本来6本足だったのだろうが、右の前足は損傷により失われている。
装甲のあちこちにもへこみや裂傷が残り、足を縮めてうずくまった姿は身を休めているようにも、力尽きているようにも見えた。
(……一発ぶち込むのが早いな)
ロスは即決した。 アイネズにハンドサインを送ると、忠実なメイデンはこくりと頷いた。
速射砲を前に向け、瓦礫から飛び出す。
途端に装甲機生体頭部の8連センサーアイに光が灯り、蜘蛛型装甲機生体は跳ね起きるかのように起動した。
「やっぱりか! アイネズ、撃て!」
「はいっ!」
アイネズは55㎜砲を発砲。 アービングの胴体に着弾し、激しく爆発する。
「リアクティブアーマー!?」
着弾時に自ら爆発する事で損傷を減らす機構だ。
アービングは折り畳んでいた5本の足を伸ばして接地させると、足裏の走行球を起動、滑るような動きでホールを走り始める。
「くっ……!」
高速移動の動作を予測に入れつつ、アイネズは次弾を発砲、外れる。
索敵特化型のアイネズの射撃ルーチンは高精度とは言えない、緩急を入れたアービングの不規則な動きに翻弄されてしまう。
高速移動しながらアービングは背部に格納したリベットガンを展開し、連射を始める。
「マスター! 隠れてください!」
アイネズも両足の走行球を起動させつつ、主へ叫ぶ。
リベットガンはアイネズを即座に破壊するほどの威力はないが、生身のロスにとっては恐るべき脅威だ。
「ちぃっ、アイネズ! 任せる!」
「はいっ!」
瓦礫を盾にして身を護りながら、ロスは相棒に一任した。
ホールを縦横に高速移動しながらリベットガンをばらまく装甲機生体に対し、同じく走行球を起動させたアイネズは軽機関銃を乱射して応じる。
激しい機動戦の中では、アイネズの射撃ルーチンで55㎜砲を直撃させられる確率は極めて低い。
(だけど時間を掛ければ流れ弾がマスターに当たる確率も上がる。 ならば!)
アイネズは脚部と腰部のスラスターを点火。
三基のスラスターの推力が爆発的な加速力となってアイネズを直進させた。
アービングのCPUはこれまでの機動データからかけ離れた速度で突っ込んでくるアイネズに対応できず、リベットガンの弾幕は空しく彼女の影を撃つのみ。
アイネズはスラスターの勢いそのままにスライディングを敢行、アービングの足の間に滑り込む。
(ここ!)
装甲機生体の腹の下から、真上に向けて55㎜砲を発射。
地雷対策で腹部にも装備されたリアクティブアーマーが爆発して飛び散る破片を交差した両腕で防ぎながら、アイネズはさらに砲撃する。
2発、3発。
5連装の弾倉を撃ち尽くす。
1発目をリアクティブアーマーが無効化しようとも、2発目が装甲を破り、3発目が内部構造に致命的な打撃を与えた。
「GI……」
アービングの動作が停止し、8連センサーアイが光を失う。
「よし、よくやったぞアイネズ!」
主の賞賛に、アービングの残骸の下から這い出たアイネズは照れたように微笑んだ。
その側頭部に銃弾が突きたった。
銃声を耳にしたロスはほとんど反射的な動作で瓦礫の影に滑り込んでいた。
音からして、手持ちサイズの銃器による単射。 その程度の弾丸ではメイデンの頭部外殻を撃ち抜くことはできない。
だが、着弾の衝撃で黒髪を揺らしたアイネズは、ばたりとその場に倒れ込んだ。
「アイネズ!?」
「あ、Ah、ます、た、逃げ、て」
倒れ伏したアイネズは言語中枢に異常を来したのか、切れ切れの言葉で主に撤退を示唆する。
「思ったより腕利きで焦ったけど、まあ相棒がメイデンだったのが運の尽きだなあ」
見知らぬ男の声にロスは目を剥いた。
ホールの奥、簡易野営地のように設置されたテントから、薄汚れたシールドポンチョをまとった男達が現れたのだ。
その数、5人。
「馬鹿な、アイネズのセンサーを出し抜いただと……」
「へへ、メイデンのセンサーなんぞ、こいつの前じゃ形無しよ」
硝煙を立ち上らせるピストルを握った先頭の男が、自慢げに薄汚いポンチョの裾を持ち上げて見せた。
「ドク謹製のカモフラージュポンチョに特製ウィルス弾!
まったく、砂潜りってのはありがたい連中だね、いちいち物資を持ってきてくれる上に、今日は可愛い玩具と来たもんだ!」
(ウィルス弾? メイデンを一瞬で機能不全に陥れるような代物だと!? こいつら、何者だ?)
ロスは物陰に隠れたまま、グレネードランチャーの弾頭を交換する。
「随分とおしゃべりなんだな、手品の種明かしをしていいのかい?」
ロスはできる限り気楽な声音を作った。
メイデンを機能停止に陥れられているのに余裕な口調のロスに、男は露骨に不機嫌そうな顔になる。
「そりゃ手前はここで死ぬからな。 ドクが心配してた情報漏洩なんてありゃしねえよ。
安心しな、手前のメイデンは俺らがたっぷり有効利用してやるぜ」
「そうか、よ!」
下卑た笑い声をあげる男達の方向へ、ロスは壁越しにグレネードを発射した。
「うおっ!? 散れっ!」
男達が慌てて散開する気配。
だが、グレネードは炸裂せず、代わりに濃密な白煙を吐き出した。
「スモークか! くそっ!」
男達が闇雲に銃を撃ち始めた。
銃声を背後に聞きながら、ロスは素早く逃走に移る。
一瞬ホールに目をやると、白煙を透かして倒れたアイネズのシルエットが見えた。
「……くっ!」
ロスは荒れる感情を押し殺して、走り始めた。
彼の任務は調査。
何があったか、情報を持ち帰らねばならないのだ。
現在、タウン48ガバメント。
憔悴した顔のロスに事情を聞き、フィオは唇を噛んだ。
「アイネズさん、置いて来ちゃったんですか……」
ロスはギロッとフィオを睨むと、その両肩を掴む。
「じゃあどうしろっていうんだ? アイネズを取り戻す為に1対8の銃撃戦をやれってのか?
俺はムービーのガンマンじゃない、アイネズがやられた以上、そんな勝負に勝ち目はない!」
「す、すいません……」
不用意な発言を謝るフィオだったが、激情に火が着いたロスは止まらない。
フィオの肩をがたがたと揺さぶりながら、左手首の多目的端末を見せつけた。
「見ろ! アイネズのリンクデータだ!
もう距離が有るから切れちまってるけど、最後のデータ更新でマスターパーティションポイントがこんなに削れちまってる!
あいつが、どんな目に遭ってるか、判るだろう!」
マスターパーティションポイントは80を切っている。
すなわち、アイネズの子宮ユニットにそれだけ主以外の精を注ぎ込まれたという事だ。
血走った目のロスは、大きく深呼吸をすると何とか平静を取り戻した。
「すまん、取り乱した」
「いえ……」
フィオは同情の目を先輩砂潜りに向ける。
もしもキキョウがそんな目に遭ったらと思えば、全く人事ではない。
「発注カウンターで、アイネズの救出と、あの山賊連中の討伐を依頼してたんだ。
できれば、お前とキキョウに参加して貰えると助かる」
「僕でよければ、喜んで。 いいよね、キキョウさん」
「はい」
フィオは即決した。
ロスは亡き師の友人であり、フィオにとっても尊敬すべき先達だ。
「すまん、助かるよ、本当に……」
ロスはぐいっと目元を擦った。
このご時世、友誼を元に動いてくれる者は宝石よりも貴重なのだ。
「あー、あのさあ、お二人さん。 俺も一口噛ませて貰えないかな」
脇から声が掛かる。
「バン?」
「いや、話聞いてたらさ、手数は多い方が良さそうじゃないか。
俺も手を貸すぜ」
大柄な少年砂潜りは、足元にじゃれつく戦闘用マペットの頭を撫でた。
「こいつも居るんだ、戦力になるだろう?」
「そりゃ、ありがたいが……」
ロスは不審気な顔をした。
バンが誰とつるんでいるのか、彼も知っている。
「バン、グレンクスさんはいいの?」
「あの人達とは手を切った。 それで……」
バンは頬を掻きながらロスの顔を見る。
「ベテラン砂潜りが難儀してるのを見かけてな。
恩を売れば、俺に砂潜りの手ほどきのひとつもしてくれるんじゃねえかなって」
フィオとロスは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「肝の太い奴だな! 恩を押し売りして教えを請おうってか!」
「ダメかい、ロスさん」
「いいや、大いに結構だ!」
ロスはにやりと笑った。
若者達との会話で、メイデンを奪われたショックから復調し、本来の彼に戻りつつある。
「フィオ、バン、お前達が頼りだ。 手を貸してくれ!」
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