機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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 フィオは自分の状態を大方把握していた。
 崩落に続く崩落で、次々に床を突き破るように落下し、上の光も見えないどん底まで落ち込んでしまった。
 手入れもされずに朽ちた建造物ではありがちな話だ。
 そして、何度も床や瓦礫に叩きつけられ、数十メートル以上もの落下を果たした体が、無傷な訳がないという事も。

「ぐ……あ……」

 四肢は全て折れ、捻れている。 特に左臑と右腿は開放骨折しており、折れた骨が皮膚を突き破って飛び出していた。
 すでに折れていたあばらは内臓のどこかに突き立ったらしく、喉の奥から溢れる血が口内を満たしていく。
 後頭部がぬめるのは、裂傷からの出血か、あるいは砕けて中身がこぼれているのか。
 脊髄にも損傷を受けたのか体がろくに動かない代わりに痛みをさほど感じないのは、一種の救いであろう。

 少年の余命は最早数十秒もない。
 その捻れた左手首で多目的端末が警告音を発し、エメラルドグリーンに輝くホログラフモニターを投影した。

「あ、ぐぅ……」

 呻きながら、必死で血走った眼球を動かし、モニターに視線を向ける。

「ぎ……ぎょう……ざん……!」

 リンクしたメイデンのアラート情報だ。
 劣悪な通信状態でも受信可能な、シンプルなテキストのみのステータス情報。
 警告音と更新が行われ、フィオのマスターパーティションポイントが低下していく。

 今まさに、キキョウは子宮ウテルスユニットに精液を注がれている。

「ぐ、うぅ……っ!」

 痛みとは違う、焼け石を呑んだような熱感が腹腔に広がる。
 死に掛けた体の芯から噴き上がる怒りと憤り。
 何よりも大事にしているものを汚され、奪われている。
 他の雄に己の雌を奪われる、原初の屈辱。
 フィオの脳はプリミティブな激怒で煮えたぎった。

 このまま死んで、いられようか。

「ぐがぁっ……!」

 捻れた腕を床に突き、上体を起こす。
 前髪から滴った血が、すでにたっぷりと血潮を吸ったシャツの残骸に垂れ落ちる。
 そばに転がる高速振動ヴィヴロナイフが指先に触れ、フィオは血にまみれたグリップを握り込んだ。

「が、ぁぁあぁっ!」

 折れた足が床を踏みしめ、立ち上がる。
 ふらつき倒れそうになるのを、ひび割れた壁に手を突いて防げば、べったりと血糊の手形が壁に残った。

「はぁっ……はっ……うえに……いかないと!」

 フィオは血走った目を決然と前に向けた。
 壁に手を突き、足を引きずり、なめくじのように血の跡を残しながらフィオは歩み出す。

 骨が飛び出すほどに折れていたはずの足が、ふらつきながらも床を踏みしめた。




「があぁっ! 畜生っ……!」

 アラームが鳴る度にフィオは獣のような怒声をあげた。
 投影されるホログラフモニターの中で、キキョウとフィオの絆が一気に失われていくのが見える。

「やめろぉっ……! 畜生っ、畜生ぉっ……!」

 一体何が起こっているのか、フィオのマスターパーティションは急激に低下していた。
 あの巨漢のみならず、余程の大人数がキキョウを輪姦しているというのか。
 あの場に居た山賊全員になぶり者にされるキキョウの姿を幻視し、フィオは砕けそうな程に奥歯を噛みしめる。

「早く、早く行かないと……!」

 上層への道を探して暗闇の中に足を踏み出す。
 その足取りは怒りに満ち、力強い・・・

 怒りと焦燥に駆られ、一秒でも早くキキョウを救い出すことしか頭にない今のフィオには、自分の肉体の異変を感じる余裕がない。
 彼の受けた傷は致命傷、仮に手当が間に合ったとしても生涯不具の身になる事は避けられないほどのものだ。

 それが、歩いている。
 よろめき頼りなかった足取りは、蓄積する彼の怒りに応じるかのように力強さを増していく。

 煮えたぎる怒気が、死ですら鎮められぬ怨念が、フィオを羽化させようとしていた。
 人の枠を踏み越えた存在へと。

「っ!」

 それに気づいたのは、フィオがすでに人の域から外れ掛けていたからである。
 ほんのわずかなサーボ音、メカニカルな機構の動作が生む、擦れるような金属音。
 フィオは四つん這いになるかのように床に身を投げ出した。 その頭上を青い閃光が走り抜ける。

防衛機械ガーディアン……かぁっ!」

 兄貴分の命を奪ったものの同類、それが明かりもない闇の中に潜んでいるのが見えた・・・

「おぉぉっ!」

 四つん這いのままフィオは駆け出す。
 全長1メートルの円筒型ボディにレーザー砲塔を搭載した対人用防衛機械ガーディアンの基本ターゲットは直立した人間だ。
 獣のように低い姿勢で疾走するフィオへの対処が一瞬遅れる。
 
 十分な時間だ。

「だぁぁぁっ!」

 四つ足のまま、跳躍。
 慌てたように上を向くレーザー砲塔に、逆手に握った高速振動ヴィヴロナイフを突き立てた。
 そのまま全体重を掛け、こじるように揺する。

「あぁぁぁっ!」

「Biっ!?」

 高速振動ヴィヴロナイフが頭頂部の砲塔から胴中まで断ち割った。
 フィオは防衛機械ガーディアンを蹴倒すと、そのボディに馬乗りになり両手で握った高速振動ヴィヴロナイフを何度となく振り降ろす。

「死ねっ! 死ぃぃねぇぇっ!」

「Bi……」

 動きを止めた防衛機械ガーディアンから、ナイフを引き抜く。
 断末魔のように内部で火花が弾ける様が、やけに眩しく感じられた。

「はぁっ、はぁっ……。 邪魔、するんじゃねえよ……っ」

 立ち上がりながら吐き捨てたフィオは、己の五感が極度に鋭敏になっているとは気づいていない。
 顔を上げると、防衛機械ガーディアンの骸が散らす火花に通路の奥のドアが浮かび上がって見えた。

「部屋? こんな下層に……」

 都市の最下層、メンテナンス用の通路ぐらいしかないこのエリアには場違いに思えた。

「整備員の休憩室か? なら、非常階段が記されたマップでもないかな」

 ドアノブに手を掛けるが、鍵が掛かっている。
 フィオは大きく舌打ちすると、高速振動ヴィヴロナイフを鍵穴に突き込んだ。
 罠の調査もせずに力任せの開錠とは、砂潜りとしてとても褒められた行いではない。

 怒りと、それに付随する暴力衝動に駆られたフィオは高速振動ヴィヴロナイフでドアノブごと鍵を破壊すると、スチール製のドアを蹴り開けた。
 部屋の中に踊り込み、逆手にナイフを構えて周囲を睨む。

「……休憩室って感じじゃないな?」

 壁際に事務用品を思わせるスチールロッカーが並び、部屋の中央には円筒状のポッドがある。

「メイデンのメンテナンスポッドに似てる……」

 ナイフを構えたままポッドへ歩み寄る。
 ポッドの端に設置された制御コンソールには息づくように緑色のランプが明滅していた。

「まだ生きてるのか、このポッド。
 タウンから独立した、非常電源系があるのか」

 ポッド上部のキャノピーは埃が積もり中が見えない。
 フィオは手のひらでキャノピーの埃をひと拭いした。
 ある程度予想したものが覗く。

「……メイデン」

 ポッドに満たされた保存用ジェルの中に、裸体の少女人形が浮いていた。

 金属光沢を持つエメラルドグリーンの長い放熱髪が目を引く。
 それだけで、自然の人間に近い色の髪が多いタウン48製メイデンとの差異を感じた。

 瞳を閉じたその顔立ちはメイデンの常であり非常に整っている。
 美貌というより愛らしいといった顔立ちで、下がり気味の眉が穏和さを感じさせる。
 そして、その額には翠の宝石を思わせるクリスタルが張り付いていた。

「なんだ、あれ。 キラキラして綺麗だけど……」

 キキョウ等、フィオの知るメイデンにはない、クリスタル状のパーツは額、胸元、両手の甲、膝などに張り付いていた。
 メカニカルなデザインでもあり単なる装飾とは思えないが、用途は不明だ。

 胸元のクリスタルパーツはその胸の谷間に配置されている。
 身長150センチのSフレームとやや小型の機体ながら、谷間ができるほどに大型のジェネレーターを搭載しており、サイズ比でいうならキキョウにも劣らないほどだ。

「この背丈で、このサイズのジェネレーターって事は、Aクラスか?
 いけるぞ……!」

 フィオの口の端が上がる。
 上層に戻った所で、あの怪物のような巨漢を要する山賊達との戦力比は絶望的だ。
 Aクラスメイデンの戦闘力があれば、逆襲の目はある。
 フィオは同じくAクラスのキキョウが手も足もなく捻られたという事実を、無意識に棚に上げていた。
  
「けど、この子。 なんでこんなにアンダーが……?」

 フィオはポッドの中のメイデンをじっくりと眺め回し、呟いた。
 可愛らしく大人しげな顔立ちとは裏腹に、その股間には髪と同色のアンダーヘアがもっさりと密集していた。
 メイデンの陰毛は自然発生せずオプション装備である事を考えると、この剛毛っぷりはデザイナーの趣味であるとしか思えない。
  
「キ、キキョウさんと、大分違うな……」

 ポッド内に充填されたジェルの中で微かに揺らめく翠のアンダーヘアに、フィオはごくりと唾を呑んだ。
 見慣れない風情だが、嫌いではない。

「とりあえず、この子を起動させてキキョウさんを取り戻さないと」

 フィオはメイデンの股間から目を反らし、ポッドの制御コンソールの調査を開始した。
 奪われたメイデンを取り戻すために、別のメイデンを使う。
 焦燥に駆られたフィオは自分の行いが身勝手であるとは、思いもしなかった。  
 
 コンソールのタッチパネルに積もった埃を拭い、メイデンの状態を調べる。 

「なるほど、メンテナンスじゃなく保管モスボール状態か。
 仕舞い込んでおく気だったんだな。
 機体名はフリスト……グリーズル? 長い名前だな」

 呼ぶならフリス辺りかな等と呟きながら、コンソールに表示された情報を読む。

「マスターパーティションは……ゼロ。 こいつ、ヴァージンメイデンか」

 都合がいい。 フィオの唇の端が上がる。
 ヴァージンメイデンであれば、一度の性交でマスター認証が可能だ。
 手早く認証して、キキョウの救出に向かわねば。
 
 コンソールを操作し、ポッド内の保存ジェルを排出する。
 キャノピーを開放しようとした時、フィオの左手首で切羽詰まったアラームが鳴った。

「なっ!?」

 多目的端末の表示は、キキョウの中でフィオが占めるマスターパーティションポイントがついに50%を割った事を示していた。

「う、嘘だっ! キキョウさんっ!」

 フィオのマスター権限は剥奪された。
 だが、マスターパーティションが割り振られたままであるため、情報は送られて来ている。

「い、急がなきゃ! 急がなきゃあ!」

 フィオは目を血走らせてコンソールを叩き、キャノピーを開けた。
 すかさず、ポッド内に横たわるメイデン、フリストグリーズルに飛びかかる。

「ん……」

 保管モスボール状態から再起動中のヴァージンメイデンの足を大きく割り開かせる。
 髪と同色の濃い陰毛をかき分け、秘唇を露わにすると、乱暴に人差し指を突き込んだ。

「うっ……」

 未だ起動しきっておらず、意識のないフリスの背がひくんと震える。

「ちっ、堅いし濡れてない……。 当然か」

 焦燥に駆られたフィオは舌打ちした。
 だが、ゆっくり愛撫している時間もない。
 そもそも、フリストグリーズルが起動したら、そのまま彼を受け入れるかどうか判らないのだ。

 彼女がいつから保管モスボール状態で、どれほどの情報を持っているかは不明だが、最悪タウンへの侵入者と判断される可能性もある。
 起動しきっていない今のうちに子宮ウテルスユニットへ精液を流し込み、支配してしまう必要がある。

 またもBeep音が多目的端末から発せられ、フィオはギリギリと歯ぎしりした。
 キキョウのマスターパーティションポイントがさらに低下している。

「くそっ! くそぉぉっ!」

 フィオは身を焼くような焦燥感に罵声を吐き散らしながら、フリスの陰毛を右手で鷲掴みにした。
 陰毛に絡みつくように付着していた、保存ジェルが手のひらに残る。
 剥き出しにした陰茎を扱きたてるようにしてジェルを塗り付けると、未だ目覚めぬヴァージンメイデンの秘唇に切っ先を押し当てる。

 再び、アラームが鳴った。

「畜生! やめろって言ってんだろうがっ! キキョウさんっ! キキョウさんっ!」

 左腕の端末に喚き散らしながら、フィオは腰を突き込んだ。

「はぅっ……」

 未だ目覚めぬフリストグリーズルの処女肉は、保存ジェルで潤滑性を上げた肉槍によって貫かれた。
 だが、槍の持ち主はヴァージンメイデンを貫いた事よりも左手の端末が表示する数字に心を奪われている。

「やめろっ! それ以上キキョウさんを汚すなっ! 出すなっ! 畜生っ!」

 叫びながら、フィオは獰猛に腰を打ちつける。
 そこには初めて膣内に異物を迎え入れるヴァージンメイデンへの気遣いは全くないし、それどころか自らが快感を得ようという思惑すらなかった。
 一秒でも早く射精し、このメイデン、すなわち戦力を手に入れる。
 それだけの為に彼は腰を動かしていた。

「は……くぅ……」

 フリストグリーズルの唇が淡く開き、吐息のような声が漏れる。
 起動寸前だ。

 同時に、多目的端末が示す残りのポイントも消滅寸前になっていた。

「やめろっ! やめろぉっ! キキョウさんっ! うあぁぁっ!」

 だが、地の底に居る彼が、上層のキキョウへできる事は何一つない。
 一際高い警告音が鳴り響き、キキョウの中のマスターパーティションポイントはついにゼロを表示した。

「あっ、ああっ、うあぁぁぁぁっ!?」

 少年の喉から血を吐くような絶叫が迸り、両目から涙がこぼれ落ちる。
 射精というよりも失禁のように、精液が尿道から放たれ、ヴァージンメイデンの子宮ウテルスユニットに到達した。

 組み敷いたフリストグリーズルの内部で、マスターパーティションがどのように変動していっているのか、フィオは気にも留めていなかった。
 
 血走り見開かれた彼の目は、左手の端末が表示する無情な文字以外、なにも映していない。

 Connection Lost

 マスターパーティションを全て失ったフィオの端末に、最早キキョウのデータが送られる事はない。
 フィオとキキョウの繋がりは、全て失われた。

「うあ、あぁぁ……」

 漏らすような射精の終了と共に、フィオは力尽きた。
 怒りと焦燥に突き動かされ人間の限界を超えて動き続けた彼の体は、愛するメイデンとの繋がりを奪われたという衝撃に耐える事ができなかった。
 絶望し、全ての力を失い、フリストグリーズルの上体に被さるように崩れ落ちる。
 
 そして、意識を失った主と交代するかのように、新たなメイデンが青い瞳を開けた。

「……マスター?」

 覆い被さるの血塗れの少年の耳元で、囁く。
 フィオの左手首の多目的端末に新たな表示が浮かび上がっていた。 
  
 New Maiden 【Hristgridr】 Was Connected 
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