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フィオは自分の状態を大方把握していた。
崩落に続く崩落で、次々に床を突き破るように落下し、上の光も見えないどん底まで落ち込んでしまった。
手入れもされずに朽ちた建造物ではありがちな話だ。
そして、何度も床や瓦礫に叩きつけられ、数十メートル以上もの落下を果たした体が、無傷な訳がないという事も。
「ぐ……あ……」
四肢は全て折れ、捻れている。 特に左臑と右腿は開放骨折しており、折れた骨が皮膚を突き破って飛び出していた。
すでに折れていたあばらは内臓のどこかに突き立ったらしく、喉の奥から溢れる血が口内を満たしていく。
後頭部が滑るのは、裂傷からの出血か、あるいは砕けて中身がこぼれているのか。
脊髄にも損傷を受けたのか体がろくに動かない代わりに痛みをさほど感じないのは、一種の救いであろう。
少年の余命は最早数十秒もない。
その捻れた左手首で多目的端末が警告音を発し、エメラルドグリーンに輝くホログラフモニターを投影した。
「あ、ぐぅ……」
呻きながら、必死で血走った眼球を動かし、モニターに視線を向ける。
「ぎ……ぎょう……ざん……!」
リンクしたメイデンのアラート情報だ。
劣悪な通信状態でも受信可能な、シンプルなテキストのみのステータス情報。
警告音と更新が行われ、フィオのマスターパーティションポイントが低下していく。
今まさに、キキョウは子宮ユニットに精液を注がれている。
「ぐ、うぅ……っ!」
痛みとは違う、焼け石を呑んだような熱感が腹腔に広がる。
死に掛けた体の芯から噴き上がる怒りと憤り。
何よりも大事にしているものを汚され、奪われている。
他の雄に己の雌を奪われる、原初の屈辱。
フィオの脳はプリミティブな激怒で煮えたぎった。
このまま死んで、いられようか。
「ぐがぁっ……!」
捻れた腕を床に突き、上体を起こす。
前髪から滴った血が、すでにたっぷりと血潮を吸ったシャツの残骸に垂れ落ちる。
そばに転がる高速振動ナイフが指先に触れ、フィオは血にまみれたグリップを握り込んだ。
「が、ぁぁあぁっ!」
折れた足が床を踏みしめ、立ち上がる。
ふらつき倒れそうになるのを、ひび割れた壁に手を突いて防げば、べったりと血糊の手形が壁に残った。
「はぁっ……はっ……うえに……いかないと!」
フィオは血走った目を決然と前に向けた。
壁に手を突き、足を引きずり、なめくじのように血の跡を残しながらフィオは歩み出す。
骨が飛び出すほどに折れていたはずの足が、ふらつきながらも床を踏みしめた。
「があぁっ! 畜生っ……!」
アラームが鳴る度にフィオは獣のような怒声をあげた。
投影されるホログラフモニターの中で、キキョウとフィオの絆が一気に失われていくのが見える。
「やめろぉっ……! 畜生っ、畜生ぉっ……!」
一体何が起こっているのか、フィオのマスターパーティションは急激に低下していた。
あの巨漢のみならず、余程の大人数がキキョウを輪姦しているというのか。
あの場に居た山賊全員になぶり者にされるキキョウの姿を幻視し、フィオは砕けそうな程に奥歯を噛みしめる。
「早く、早く行かないと……!」
上層への道を探して暗闇の中に足を踏み出す。
その足取りは怒りに満ち、力強い。
怒りと焦燥に駆られ、一秒でも早くキキョウを救い出すことしか頭にない今のフィオには、自分の肉体の異変を感じる余裕がない。
彼の受けた傷は致命傷、仮に手当が間に合ったとしても生涯不具の身になる事は避けられないほどのものだ。
それが、歩いている。
よろめき頼りなかった足取りは、蓄積する彼の怒りに応じるかのように力強さを増していく。
煮えたぎる怒気が、死ですら鎮められぬ怨念が、フィオを羽化させようとしていた。
人の枠を踏み越えた存在へと。
「っ!」
それに気づいたのは、フィオがすでに人の域から外れ掛けていたからである。
ほんのわずかなサーボ音、メカニカルな機構の動作が生む、擦れるような金属音。
フィオは四つん這いになるかのように床に身を投げ出した。 その頭上を青い閃光が走り抜ける。
「防衛機械……かぁっ!」
兄貴分の命を奪ったものの同類、それが明かりもない闇の中に潜んでいるのが見えた。
「おぉぉっ!」
四つん這いのままフィオは駆け出す。
全長1メートルの円筒型ボディにレーザー砲塔を搭載した対人用防衛機械の基本ターゲットは直立した人間だ。
獣のように低い姿勢で疾走するフィオへの対処が一瞬遅れる。
十分な時間だ。
「だぁぁぁっ!」
四つ足のまま、跳躍。
慌てたように上を向くレーザー砲塔に、逆手に握った高速振動ナイフを突き立てた。
そのまま全体重を掛け、抉るように揺する。
「あぁぁぁっ!」
「Biっ!?」
高速振動ナイフが頭頂部の砲塔から胴中まで断ち割った。
フィオは防衛機械を蹴倒すと、そのボディに馬乗りになり両手で握った高速振動ナイフを何度となく振り降ろす。
「死ねっ! 死ぃぃねぇぇっ!」
「Bi……」
動きを止めた防衛機械から、ナイフを引き抜く。
断末魔のように内部で火花が弾ける様が、やけに眩しく感じられた。
「はぁっ、はぁっ……。 邪魔、するんじゃねえよ……っ」
立ち上がりながら吐き捨てたフィオは、己の五感が極度に鋭敏になっているとは気づいていない。
顔を上げると、防衛機械の骸が散らす火花に通路の奥のドアが浮かび上がって見えた。
「部屋? こんな下層に……」
都市の最下層、メンテナンス用の通路ぐらいしかないこのエリアには場違いに思えた。
「整備員の休憩室か? なら、非常階段が記されたマップでもないかな」
ドアノブに手を掛けるが、鍵が掛かっている。
フィオは大きく舌打ちすると、高速振動ナイフを鍵穴に突き込んだ。
罠の調査もせずに力任せの開錠とは、砂潜りとしてとても褒められた行いではない。
怒りと、それに付随する暴力衝動に駆られたフィオは高速振動ナイフでドアノブごと鍵を破壊すると、スチール製のドアを蹴り開けた。
部屋の中に踊り込み、逆手にナイフを構えて周囲を睨む。
「……休憩室って感じじゃないな?」
壁際に事務用品を思わせるスチールロッカーが並び、部屋の中央には円筒状のポッドがある。
「メイデンのメンテナンスポッドに似てる……」
ナイフを構えたままポッドへ歩み寄る。
ポッドの端に設置された制御コンソールには息づくように緑色のランプが明滅していた。
「まだ生きてるのか、このポッド。
タウンから独立した、非常電源系があるのか」
ポッド上部のキャノピーは埃が積もり中が見えない。
フィオは手のひらでキャノピーの埃をひと拭いした。
ある程度予想したものが覗く。
「……メイデン」
ポッドに満たされた保存用ジェルの中に、裸体の少女人形が浮いていた。
金属光沢を持つエメラルドグリーンの長い放熱髪が目を引く。
それだけで、自然の人間に近い色の髪が多いタウン48製メイデンとの差異を感じた。
瞳を閉じたその顔立ちはメイデンの常であり非常に整っている。
美貌というより愛らしいといった顔立ちで、下がり気味の眉が穏和さを感じさせる。
そして、その額には翠の宝石を思わせるクリスタルが張り付いていた。
「なんだ、あれ。 キラキラして綺麗だけど……」
キキョウ等、フィオの知るメイデンにはない、クリスタル状のパーツは額、胸元、両手の甲、膝などに張り付いていた。
メカニカルなデザインでもあり単なる装飾とは思えないが、用途は不明だ。
胸元のクリスタルパーツはその胸の谷間に配置されている。
身長150センチのSフレームとやや小型の機体ながら、谷間ができるほどに大型のジェネレーターを搭載しており、サイズ比でいうならキキョウにも劣らないほどだ。
「この背丈で、このサイズのジェネレーターって事は、Aクラスか?
いけるぞ……!」
フィオの口の端が上がる。
上層に戻った所で、あの怪物のような巨漢を要する山賊達との戦力比は絶望的だ。
Aクラスメイデンの戦闘力があれば、逆襲の目はある。
フィオは同じくAクラスのキキョウが手も足もなく捻られたという事実を、無意識に棚に上げていた。
「けど、この子。 なんでこんなにアンダーが……?」
フィオはポッドの中のメイデンをじっくりと眺め回し、呟いた。
可愛らしく大人しげな顔立ちとは裏腹に、その股間には髪と同色のアンダーヘアがもっさりと密集していた。
メイデンの陰毛は自然発生せずオプション装備である事を考えると、この剛毛っぷりはデザイナーの趣味であるとしか思えない。
「キ、キキョウさんと、大分違うな……」
ポッド内に充填されたジェルの中で微かに揺らめく翠のアンダーヘアに、フィオはごくりと唾を呑んだ。
見慣れない風情だが、嫌いではない。
「とりあえず、この子を起動させてキキョウさんを取り戻さないと」
フィオはメイデンの股間から目を反らし、ポッドの制御コンソールの調査を開始した。
奪われたメイデンを取り戻すために、別のメイデンを使う。
焦燥に駆られたフィオは自分の行いが身勝手であるとは、思いもしなかった。
コンソールのタッチパネルに積もった埃を拭い、メイデンの状態を調べる。
「なるほど、メンテナンスじゃなく保管状態か。
仕舞い込んでおく気だったんだな。
機体名はフリスト……グリーズル? 長い名前だな」
呼ぶならフリス辺りかな等と呟きながら、コンソールに表示された情報を読む。
「マスターパーティションは……ゼロ。 こいつ、ヴァージンメイデンか」
都合がいい。 フィオの唇の端が上がる。
ヴァージンメイデンであれば、一度の性交でマスター認証が可能だ。
手早く認証して、キキョウの救出に向かわねば。
コンソールを操作し、ポッド内の保存ジェルを排出する。
キャノピーを開放しようとした時、フィオの左手首で切羽詰まったアラームが鳴った。
「なっ!?」
多目的端末の表示は、キキョウの中でフィオが占めるマスターパーティションポイントがついに50%を割った事を示していた。
「う、嘘だっ! キキョウさんっ!」
フィオのマスター権限は剥奪された。
だが、マスターパーティションが割り振られたままであるため、情報は送られて来ている。
「い、急がなきゃ! 急がなきゃあ!」
フィオは目を血走らせてコンソールを叩き、キャノピーを開けた。
すかさず、ポッド内に横たわるメイデン、フリストグリーズルに飛びかかる。
「ん……」
保管状態から再起動中のヴァージンメイデンの足を大きく割り開かせる。
髪と同色の濃い陰毛をかき分け、秘唇を露わにすると、乱暴に人差し指を突き込んだ。
「うっ……」
未だ起動しきっておらず、意識のないフリスの背がひくんと震える。
「ちっ、堅いし濡れてない……。 当然か」
焦燥に駆られたフィオは舌打ちした。
だが、ゆっくり愛撫している時間もない。
そもそも、フリストグリーズルが起動したら、そのまま彼を受け入れるかどうか判らないのだ。
彼女がいつから保管状態で、どれほどの情報を持っているかは不明だが、最悪タウンへの侵入者と判断される可能性もある。
起動しきっていない今のうちに子宮ユニットへ精液を流し込み、支配してしまう必要がある。
またもBeep音が多目的端末から発せられ、フィオはギリギリと歯ぎしりした。
キキョウのマスターパーティションポイントがさらに低下している。
「くそっ! くそぉぉっ!」
フィオは身を焼くような焦燥感に罵声を吐き散らしながら、フリスの陰毛を右手で鷲掴みにした。
陰毛に絡みつくように付着していた、保存ジェルが手のひらに残る。
剥き出しにした陰茎を扱きたてるようにしてジェルを塗り付けると、未だ目覚めぬヴァージンメイデンの秘唇に切っ先を押し当てる。
再び、アラームが鳴った。
「畜生! やめろって言ってんだろうがっ! キキョウさんっ! キキョウさんっ!」
左腕の端末に喚き散らしながら、フィオは腰を突き込んだ。
「はぅっ……」
未だ目覚めぬフリストグリーズルの処女肉は、保存ジェルで潤滑性を上げた肉槍によって貫かれた。
だが、槍の持ち主はヴァージンメイデンを貫いた事よりも左手の端末が表示する数字に心を奪われている。
「やめろっ! それ以上キキョウさんを汚すなっ! 出すなっ! 畜生っ!」
叫びながら、フィオは獰猛に腰を打ちつける。
そこには初めて膣内に異物を迎え入れるヴァージンメイデンへの気遣いは全くないし、それどころか自らが快感を得ようという思惑すらなかった。
一秒でも早く射精し、このメイデン、すなわち戦力を手に入れる。
それだけの為に彼は腰を動かしていた。
「は……くぅ……」
フリストグリーズルの唇が淡く開き、吐息のような声が漏れる。
起動寸前だ。
同時に、多目的端末が示す残りのポイントも消滅寸前になっていた。
「やめろっ! やめろぉっ! キキョウさんっ! うあぁぁっ!」
だが、地の底に居る彼が、上層のキキョウへできる事は何一つない。
一際高い警告音が鳴り響き、キキョウの中のマスターパーティションポイントはついにゼロを表示した。
「あっ、ああっ、うあぁぁぁぁっ!?」
少年の喉から血を吐くような絶叫が迸り、両目から涙がこぼれ落ちる。
射精というよりも失禁のように、精液が尿道から放たれ、ヴァージンメイデンの子宮ユニットに到達した。
組み敷いたフリストグリーズルの内部で、マスターパーティションがどのように変動していっているのか、フィオは気にも留めていなかった。
血走り見開かれた彼の目は、左手の端末が表示する無情な文字以外、なにも映していない。
Connection Lost
マスターパーティションを全て失ったフィオの端末に、最早キキョウのデータが送られる事はない。
フィオとキキョウの繋がりは、全て失われた。
「うあ、あぁぁ……」
漏らすような射精の終了と共に、フィオは力尽きた。
怒りと焦燥に突き動かされ人間の限界を超えて動き続けた彼の体は、愛するメイデンとの繋がりを奪われたという衝撃に耐える事ができなかった。
絶望し、全ての力を失い、フリストグリーズルの上体に被さるように崩れ落ちる。
そして、意識を失った主と交代するかのように、新たなメイデンが青い瞳を開けた。
「……マスター?」
覆い被さるの血塗れの少年の耳元で、囁く。
フィオの左手首の多目的端末に新たな表示が浮かび上がっていた。
New Maiden 【Hristgridr】 Was Connected
崩落に続く崩落で、次々に床を突き破るように落下し、上の光も見えないどん底まで落ち込んでしまった。
手入れもされずに朽ちた建造物ではありがちな話だ。
そして、何度も床や瓦礫に叩きつけられ、数十メートル以上もの落下を果たした体が、無傷な訳がないという事も。
「ぐ……あ……」
四肢は全て折れ、捻れている。 特に左臑と右腿は開放骨折しており、折れた骨が皮膚を突き破って飛び出していた。
すでに折れていたあばらは内臓のどこかに突き立ったらしく、喉の奥から溢れる血が口内を満たしていく。
後頭部が滑るのは、裂傷からの出血か、あるいは砕けて中身がこぼれているのか。
脊髄にも損傷を受けたのか体がろくに動かない代わりに痛みをさほど感じないのは、一種の救いであろう。
少年の余命は最早数十秒もない。
その捻れた左手首で多目的端末が警告音を発し、エメラルドグリーンに輝くホログラフモニターを投影した。
「あ、ぐぅ……」
呻きながら、必死で血走った眼球を動かし、モニターに視線を向ける。
「ぎ……ぎょう……ざん……!」
リンクしたメイデンのアラート情報だ。
劣悪な通信状態でも受信可能な、シンプルなテキストのみのステータス情報。
警告音と更新が行われ、フィオのマスターパーティションポイントが低下していく。
今まさに、キキョウは子宮ユニットに精液を注がれている。
「ぐ、うぅ……っ!」
痛みとは違う、焼け石を呑んだような熱感が腹腔に広がる。
死に掛けた体の芯から噴き上がる怒りと憤り。
何よりも大事にしているものを汚され、奪われている。
他の雄に己の雌を奪われる、原初の屈辱。
フィオの脳はプリミティブな激怒で煮えたぎった。
このまま死んで、いられようか。
「ぐがぁっ……!」
捻れた腕を床に突き、上体を起こす。
前髪から滴った血が、すでにたっぷりと血潮を吸ったシャツの残骸に垂れ落ちる。
そばに転がる高速振動ナイフが指先に触れ、フィオは血にまみれたグリップを握り込んだ。
「が、ぁぁあぁっ!」
折れた足が床を踏みしめ、立ち上がる。
ふらつき倒れそうになるのを、ひび割れた壁に手を突いて防げば、べったりと血糊の手形が壁に残った。
「はぁっ……はっ……うえに……いかないと!」
フィオは血走った目を決然と前に向けた。
壁に手を突き、足を引きずり、なめくじのように血の跡を残しながらフィオは歩み出す。
骨が飛び出すほどに折れていたはずの足が、ふらつきながらも床を踏みしめた。
「があぁっ! 畜生っ……!」
アラームが鳴る度にフィオは獣のような怒声をあげた。
投影されるホログラフモニターの中で、キキョウとフィオの絆が一気に失われていくのが見える。
「やめろぉっ……! 畜生っ、畜生ぉっ……!」
一体何が起こっているのか、フィオのマスターパーティションは急激に低下していた。
あの巨漢のみならず、余程の大人数がキキョウを輪姦しているというのか。
あの場に居た山賊全員になぶり者にされるキキョウの姿を幻視し、フィオは砕けそうな程に奥歯を噛みしめる。
「早く、早く行かないと……!」
上層への道を探して暗闇の中に足を踏み出す。
その足取りは怒りに満ち、力強い。
怒りと焦燥に駆られ、一秒でも早くキキョウを救い出すことしか頭にない今のフィオには、自分の肉体の異変を感じる余裕がない。
彼の受けた傷は致命傷、仮に手当が間に合ったとしても生涯不具の身になる事は避けられないほどのものだ。
それが、歩いている。
よろめき頼りなかった足取りは、蓄積する彼の怒りに応じるかのように力強さを増していく。
煮えたぎる怒気が、死ですら鎮められぬ怨念が、フィオを羽化させようとしていた。
人の枠を踏み越えた存在へと。
「っ!」
それに気づいたのは、フィオがすでに人の域から外れ掛けていたからである。
ほんのわずかなサーボ音、メカニカルな機構の動作が生む、擦れるような金属音。
フィオは四つん這いになるかのように床に身を投げ出した。 その頭上を青い閃光が走り抜ける。
「防衛機械……かぁっ!」
兄貴分の命を奪ったものの同類、それが明かりもない闇の中に潜んでいるのが見えた。
「おぉぉっ!」
四つん這いのままフィオは駆け出す。
全長1メートルの円筒型ボディにレーザー砲塔を搭載した対人用防衛機械の基本ターゲットは直立した人間だ。
獣のように低い姿勢で疾走するフィオへの対処が一瞬遅れる。
十分な時間だ。
「だぁぁぁっ!」
四つ足のまま、跳躍。
慌てたように上を向くレーザー砲塔に、逆手に握った高速振動ナイフを突き立てた。
そのまま全体重を掛け、抉るように揺する。
「あぁぁぁっ!」
「Biっ!?」
高速振動ナイフが頭頂部の砲塔から胴中まで断ち割った。
フィオは防衛機械を蹴倒すと、そのボディに馬乗りになり両手で握った高速振動ナイフを何度となく振り降ろす。
「死ねっ! 死ぃぃねぇぇっ!」
「Bi……」
動きを止めた防衛機械から、ナイフを引き抜く。
断末魔のように内部で火花が弾ける様が、やけに眩しく感じられた。
「はぁっ、はぁっ……。 邪魔、するんじゃねえよ……っ」
立ち上がりながら吐き捨てたフィオは、己の五感が極度に鋭敏になっているとは気づいていない。
顔を上げると、防衛機械の骸が散らす火花に通路の奥のドアが浮かび上がって見えた。
「部屋? こんな下層に……」
都市の最下層、メンテナンス用の通路ぐらいしかないこのエリアには場違いに思えた。
「整備員の休憩室か? なら、非常階段が記されたマップでもないかな」
ドアノブに手を掛けるが、鍵が掛かっている。
フィオは大きく舌打ちすると、高速振動ナイフを鍵穴に突き込んだ。
罠の調査もせずに力任せの開錠とは、砂潜りとしてとても褒められた行いではない。
怒りと、それに付随する暴力衝動に駆られたフィオは高速振動ナイフでドアノブごと鍵を破壊すると、スチール製のドアを蹴り開けた。
部屋の中に踊り込み、逆手にナイフを構えて周囲を睨む。
「……休憩室って感じじゃないな?」
壁際に事務用品を思わせるスチールロッカーが並び、部屋の中央には円筒状のポッドがある。
「メイデンのメンテナンスポッドに似てる……」
ナイフを構えたままポッドへ歩み寄る。
ポッドの端に設置された制御コンソールには息づくように緑色のランプが明滅していた。
「まだ生きてるのか、このポッド。
タウンから独立した、非常電源系があるのか」
ポッド上部のキャノピーは埃が積もり中が見えない。
フィオは手のひらでキャノピーの埃をひと拭いした。
ある程度予想したものが覗く。
「……メイデン」
ポッドに満たされた保存用ジェルの中に、裸体の少女人形が浮いていた。
金属光沢を持つエメラルドグリーンの長い放熱髪が目を引く。
それだけで、自然の人間に近い色の髪が多いタウン48製メイデンとの差異を感じた。
瞳を閉じたその顔立ちはメイデンの常であり非常に整っている。
美貌というより愛らしいといった顔立ちで、下がり気味の眉が穏和さを感じさせる。
そして、その額には翠の宝石を思わせるクリスタルが張り付いていた。
「なんだ、あれ。 キラキラして綺麗だけど……」
キキョウ等、フィオの知るメイデンにはない、クリスタル状のパーツは額、胸元、両手の甲、膝などに張り付いていた。
メカニカルなデザインでもあり単なる装飾とは思えないが、用途は不明だ。
胸元のクリスタルパーツはその胸の谷間に配置されている。
身長150センチのSフレームとやや小型の機体ながら、谷間ができるほどに大型のジェネレーターを搭載しており、サイズ比でいうならキキョウにも劣らないほどだ。
「この背丈で、このサイズのジェネレーターって事は、Aクラスか?
いけるぞ……!」
フィオの口の端が上がる。
上層に戻った所で、あの怪物のような巨漢を要する山賊達との戦力比は絶望的だ。
Aクラスメイデンの戦闘力があれば、逆襲の目はある。
フィオは同じくAクラスのキキョウが手も足もなく捻られたという事実を、無意識に棚に上げていた。
「けど、この子。 なんでこんなにアンダーが……?」
フィオはポッドの中のメイデンをじっくりと眺め回し、呟いた。
可愛らしく大人しげな顔立ちとは裏腹に、その股間には髪と同色のアンダーヘアがもっさりと密集していた。
メイデンの陰毛は自然発生せずオプション装備である事を考えると、この剛毛っぷりはデザイナーの趣味であるとしか思えない。
「キ、キキョウさんと、大分違うな……」
ポッド内に充填されたジェルの中で微かに揺らめく翠のアンダーヘアに、フィオはごくりと唾を呑んだ。
見慣れない風情だが、嫌いではない。
「とりあえず、この子を起動させてキキョウさんを取り戻さないと」
フィオはメイデンの股間から目を反らし、ポッドの制御コンソールの調査を開始した。
奪われたメイデンを取り戻すために、別のメイデンを使う。
焦燥に駆られたフィオは自分の行いが身勝手であるとは、思いもしなかった。
コンソールのタッチパネルに積もった埃を拭い、メイデンの状態を調べる。
「なるほど、メンテナンスじゃなく保管状態か。
仕舞い込んでおく気だったんだな。
機体名はフリスト……グリーズル? 長い名前だな」
呼ぶならフリス辺りかな等と呟きながら、コンソールに表示された情報を読む。
「マスターパーティションは……ゼロ。 こいつ、ヴァージンメイデンか」
都合がいい。 フィオの唇の端が上がる。
ヴァージンメイデンであれば、一度の性交でマスター認証が可能だ。
手早く認証して、キキョウの救出に向かわねば。
コンソールを操作し、ポッド内の保存ジェルを排出する。
キャノピーを開放しようとした時、フィオの左手首で切羽詰まったアラームが鳴った。
「なっ!?」
多目的端末の表示は、キキョウの中でフィオが占めるマスターパーティションポイントがついに50%を割った事を示していた。
「う、嘘だっ! キキョウさんっ!」
フィオのマスター権限は剥奪された。
だが、マスターパーティションが割り振られたままであるため、情報は送られて来ている。
「い、急がなきゃ! 急がなきゃあ!」
フィオは目を血走らせてコンソールを叩き、キャノピーを開けた。
すかさず、ポッド内に横たわるメイデン、フリストグリーズルに飛びかかる。
「ん……」
保管状態から再起動中のヴァージンメイデンの足を大きく割り開かせる。
髪と同色の濃い陰毛をかき分け、秘唇を露わにすると、乱暴に人差し指を突き込んだ。
「うっ……」
未だ起動しきっておらず、意識のないフリスの背がひくんと震える。
「ちっ、堅いし濡れてない……。 当然か」
焦燥に駆られたフィオは舌打ちした。
だが、ゆっくり愛撫している時間もない。
そもそも、フリストグリーズルが起動したら、そのまま彼を受け入れるかどうか判らないのだ。
彼女がいつから保管状態で、どれほどの情報を持っているかは不明だが、最悪タウンへの侵入者と判断される可能性もある。
起動しきっていない今のうちに子宮ユニットへ精液を流し込み、支配してしまう必要がある。
またもBeep音が多目的端末から発せられ、フィオはギリギリと歯ぎしりした。
キキョウのマスターパーティションポイントがさらに低下している。
「くそっ! くそぉぉっ!」
フィオは身を焼くような焦燥感に罵声を吐き散らしながら、フリスの陰毛を右手で鷲掴みにした。
陰毛に絡みつくように付着していた、保存ジェルが手のひらに残る。
剥き出しにした陰茎を扱きたてるようにしてジェルを塗り付けると、未だ目覚めぬヴァージンメイデンの秘唇に切っ先を押し当てる。
再び、アラームが鳴った。
「畜生! やめろって言ってんだろうがっ! キキョウさんっ! キキョウさんっ!」
左腕の端末に喚き散らしながら、フィオは腰を突き込んだ。
「はぅっ……」
未だ目覚めぬフリストグリーズルの処女肉は、保存ジェルで潤滑性を上げた肉槍によって貫かれた。
だが、槍の持ち主はヴァージンメイデンを貫いた事よりも左手の端末が表示する数字に心を奪われている。
「やめろっ! それ以上キキョウさんを汚すなっ! 出すなっ! 畜生っ!」
叫びながら、フィオは獰猛に腰を打ちつける。
そこには初めて膣内に異物を迎え入れるヴァージンメイデンへの気遣いは全くないし、それどころか自らが快感を得ようという思惑すらなかった。
一秒でも早く射精し、このメイデン、すなわち戦力を手に入れる。
それだけの為に彼は腰を動かしていた。
「は……くぅ……」
フリストグリーズルの唇が淡く開き、吐息のような声が漏れる。
起動寸前だ。
同時に、多目的端末が示す残りのポイントも消滅寸前になっていた。
「やめろっ! やめろぉっ! キキョウさんっ! うあぁぁっ!」
だが、地の底に居る彼が、上層のキキョウへできる事は何一つない。
一際高い警告音が鳴り響き、キキョウの中のマスターパーティションポイントはついにゼロを表示した。
「あっ、ああっ、うあぁぁぁぁっ!?」
少年の喉から血を吐くような絶叫が迸り、両目から涙がこぼれ落ちる。
射精というよりも失禁のように、精液が尿道から放たれ、ヴァージンメイデンの子宮ユニットに到達した。
組み敷いたフリストグリーズルの内部で、マスターパーティションがどのように変動していっているのか、フィオは気にも留めていなかった。
血走り見開かれた彼の目は、左手の端末が表示する無情な文字以外、なにも映していない。
Connection Lost
マスターパーティションを全て失ったフィオの端末に、最早キキョウのデータが送られる事はない。
フィオとキキョウの繋がりは、全て失われた。
「うあ、あぁぁ……」
漏らすような射精の終了と共に、フィオは力尽きた。
怒りと焦燥に突き動かされ人間の限界を超えて動き続けた彼の体は、愛するメイデンとの繋がりを奪われたという衝撃に耐える事ができなかった。
絶望し、全ての力を失い、フリストグリーズルの上体に被さるように崩れ落ちる。
そして、意識を失った主と交代するかのように、新たなメイデンが青い瞳を開けた。
「……マスター?」
覆い被さるの血塗れの少年の耳元で、囁く。
フィオの左手首の多目的端末に新たな表示が浮かび上がっていた。
New Maiden 【Hristgridr】 Was Connected
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MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
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