機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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 ここの所、面白くない事ばかりだ。
 いつものようにトラブルサポートエリアのベンチに寝そべり、グレンクスは舌打ちした。
 ケチの付き初めは、舎弟であったバンに縁を切られた一件である。

 人目も多い往来のド真ん中でランク5の新米から三行半を叩きつけられた挙げ句、戦闘用マペットに怯んで引き下がってしまったという情けない顛末は、グレンクスの面子を大いに潰していた。
 
 実際の所、ちゃちなチンピラ集団の頭目に過ぎないグレンクスに潰れるような面子もあったものではないのだが、そういったものは主観に依る一面が大きい。
 そして自己評価だけは無駄に高いのが彼らのようなチンピラの特徴である。

「恩知らずがよぉ。 誰が拾ってやったと思ってやがる」

 苛立たしげに呟くグレンクスだが、彼の体格を見込んで拾った癖に碌な利益も与えずに搾取し続ければ逃げられるのは当然であった。
 飴がなくては、人は動かないのだ。

「ニールの奴も手入れでしょっぴかれちまったし……。 畜生め」

 遊び人風の密輸商人ニールは数日前にガバメントの摘発を受け逮捕されていた。
 彼と連み、時に違法な商売の片棒を担いで懐を暖めていたグレンクスにとって、貴重な金蔓の消失である。

「あーあ、なんか旨い話でもないもんか……ん?」

 フロアの自動ドアが開き、大柄な少年が入室してくる。
 つい先ほど恩知らずと罵った、バンだ。
 思わず舌打ちが出る。
 だが、彼に続いて入ってきた人影に、グレンクスは目を見開いた。

 長い金色の髪を靡かせた小柄なメイデン。
 起伏に乏しい肢体を青いボディスーツに包み、装甲ブーツの固い足音を鳴らしながら、ちょこちょことバンの後ろに続いている。

「なっ、なんでお前がメイデンなんか持ってんだ!?」

 グレンクスはベンチから跳ね起きると、血相を変えてバンに詰め寄った。 

 バンは足早に近づくかつての兄貴分に目を見張ったが、ふてぶてしく笑みを浮かべてみせた。

「いけませんかね、俺がメイデン持ってちゃ」

「お前、こないだマペット買ったばっかりじゃねえか! どこからそんな金が!」

「……それ、グレンクスさんに言う必要、あるんスか?」

 元舎弟の生意気な言葉にカッとなったグレンクスは、バンの襟首に手を伸ばす。
 するりと、バンとグレンクスの間にメイデンが滑り込んだ。
 凶悪なクローを取り付けたガントレットをグレンクスに向ける。

「ますたー、てき?」

「んー……。 どうなんスかね、グレンクスさん。
 あんた、俺の敵なんスか?」

 バンの心底鬱陶しそうな表情にグレンクスの額に青筋が浮く。
 しかし、激発を押さえるだけの理性は彼にもあった。

 目の前に突き出されたクローはそれだけの迫力がある。
 小柄でジェネレーターも小さな民生用機体に無理やり武装をさせたような機体でも、メイデンはメイデン。
 このクローをひと振りされれば、人体などあっさり真っ二つになるだろう。

「……いや、違う」

 絞り出すように言うと、バンは鼻を鳴らした。
 見下しやがって。
 グレンクスの腹に煮えるような怒りが注がれる。

「おい、戸口を塞がないでくれないか」

 後ろから掛かった声にバンは慌てて振り返った。

「あ、すんません! ロスさん、おはようございます!」

「おう、バン。 おはよう」

 ランク2砂潜りのロス。 金魚鉢兄弟バースブラザーではないが、グレンクスとはほぼ同年代の男だ。
 彼もまた成功した一角の男らしく、黒髪を三つ編みに纏めた淑やかな少女人形を伴っている。
 自分との格差に、バンへ感じた以上の苛立ちを覚える相手だ。

「ん? バン、そのメイデンは……」

「へへへ、俺のメイデンのスコールっス! ほら、スコール、ロスさんに挨拶だ!」
 
 グレンクスの事など放り出し、バンはロスにメイデンの紹介を始める。
 その顔にはグレンクスに向けていた鬱陶しげな表情とは打って変わった親しげな笑顔が浮かんでいた。

「今度はそいつに尻尾を振るのかよ」

 口中で呟かれた言葉を聞く者は居ない。
 バンはロスと何やら話しつつ、フロアに入っていく。
 新人とベテランの砂潜りと、その背後に控えるそれぞれのメイデン。
 彼らは、道を踏み外し、砂潜りとは名ばかりの存在である自分とは違う。

「……クソが」

 彼らの後ろ姿を睨み、グレンクスはフロアの床に唾を吐いた。






「この子があの時のマペットか……。
 ヘイゲンの爺さんも無茶をするな」

 スコール誕生の顛末を聞いたロスは、呆れたように唸った。

「こいつも俺同様の新米なんで、改めてよろしく頼んます」

 頭を下げるバンを真似して、スコールもぴょこんとお辞儀する。 

「ああ、使える同業者が増えるのは俺にとっても頼もしい話だ。
 また手頃な依頼でもあったら一緒に行こうや。
 実地で色々叩き込んでやるよ」

「はい!」

 気負った顔で頷くバン。
 ロスの脇で微笑みながら控えていたアイネズは、どこかぼうっとした様子のスコールに向き直った。

「では、私も貴女に色々と指導いたしましょう。
 ……どうしました?」

 スコールは、オッドアイをフロアの方に向け、呟く。

「ひと、いっぱい。
 じょうほう、おおい……」

「ああ、情報過多なんですね。
 全部を把握しなくてもいいんですよ、必要な物だけを取り込んで判断するんです」

「キキョウねえさまも、おなじこと、いってた」

「キキョウの指導を受けているのですか。
 なら、私の教えは不要かも知れませんね」

「うぅん」

 スコールはぷるぷると首を振った。

「ごしどう、おねがいします、アイネズねえさま」

「……姉様」

 一瞬面食らったかのように動きを止めたアイネズは、自らの主に首を向けた。

「マスター、この子可愛いです。 持って帰ってもいいですか」

「お前なぁ……」

「あ、あげませんよ!」

 アイネズの言動に慌てたバンは、スコールを後ろから抱きすくめてガードした。
 きょとんとした顔で主に抱きかかえられたスコールは、不意にこてんと首を傾げた。

「フィオさん?」

 フロアの入り口からバンの金魚鉢兄弟バースブラザーが入ってくる。
 だが、その風体は明らかに異様だった。

 羽織ったポンチョはズタズタに裂け、乾いた血にドス黒く染まっている。
 砂埃に汚れた頬はこけ、それでいながら獰猛さを感じさせる程に歪んだ表情の中で、眼光ばかりがギラギラと輝いていた。
 数日前の彼が持っていた坊やめいた幼さは、そこには微塵も感じられない。
 少年は鬼気迫る気配を纏っていた。

 そして何より、常に彼を庇護していた、姉のようなメイデンの姿がない。

 代わりに、見慣れないメタリックグリーンの髪を持つ少女人形がフィオの背後に控えている。

「お、おい、フィオ! どうしたんだ、お前!」

 思わず歩み寄った金魚鉢兄弟バースブラザーを、フィオはちらりと見る。
 落ち窪んだ眼窩の底で光る血走った目に、バンは思わず息を呑んだ。

「バン、まずはマザーに報告しないといけない事があるんだ。
 ……後で少し、時間をくれないか」

「あ、ああ、いいけど……」

「ありがとう」

 簡潔に礼を述べたフィオは、バンの脇を通り過ぎる。
 血と汗の臭いが濃厚に鼻腔を刺し、バンは思わず顔をしかめた。

「な、なあ、お前、キキョウさんはどうしたんだ。
 それにその子……」

 バンに会釈してフィオに続くメイデンを見ながら声を掛けるが、金魚鉢兄弟バースブラザーは小さく首を振った。

「後で話すから」

 そのままメイデンを伴い、足早にカウンターへと向かった。
 受付のメイデンと何事か話すと、慌てた様子のメイデンに案内されてオフィス奥へと消えていく。 

「一体どうしたってんだ、あいつ……」

 フィオの異様な様子に、バンのみならず遠巻きに見ていたフロアの砂潜り達もひそひそ話を始めた。
 常にキキョウを伴い、何かと目立つフィオがまた別のメイデンを連れている。 噂にならないはずがない。

「キキョウねえさま、いなかった……」

 スコールはオフィスの奥へ続く扉に不安げな眼差しを向ける。

「何があったか、後でしっかり聞かせてもらわねえとな……」

 スコールの頭をわしゃわしゃと撫でながら言うバンの声音にもまた、不安の色があった。



 先日と同じ応接間に案内されたフィオはソファに沈み込むように腰掛けた。
 柔らかな座り心地に、そのまま眠りに落ちそうになる。
 タウン69から強行軍で帰還した彼は疲れ果てていた。

 正確には、精神的な疲労だ。
 肉体的には異様に壮健といえる。
 腹の内で燃える炎が体中を循環するかのようで、奇怪なほどの活力が湧き上がっていた。

「これが、そうなんだろうな……」

 おそらく、真の漢トゥルーガイとやらの能力。
 疲れ知らずというのは大したアドバンテージだ。
 キキョウを打ち倒したあの巨漢の力に比べると、恐ろしく地味ではあるが。

 だが、真の漢トゥルーガイの能力も心の疲労までは補ってくれない。
 愛するキキョウを倒され、犯され、奪われた、怒りと絶望。
 フリスを手に入れ逆襲の希望が見えた所で、敵がキキョウを連れて撤収した事を知った、更なる絶望。
 希望の光を得てから闇に突き落とされるのは、暗闇に浸り続けるよりもずっと疲弊する。

 だが、疲労に苛まれて眠りに落ちる訳にもいかない。
 もう一山、大きな仕事が残っている。
 彼自身を産み出した、大恩あるマザーを誤魔化すという仕事が。
 フィオは瞼を閉じ、ぎゅっと眉を寄せた。

「マスター」

 背後に控えるフリスが、ソファの背もたれ越しにフィオの頭をかき抱いた。

「大丈夫、わたしが付いてます」

「……うん」

 どこまでも沈み込みそうな柔らかい感触を後頭部に受け、フィオは小さく頷いた。

 応接間のドアがノックされる。
 フリスはわずかに逡巡すると、名残惜しげに離れ直立不動になった。
 フィオもまた起立する。

「失礼しますね」

 入室してきた亜麻色の髪と豊かすぎる胸を持つメイデンに対し、フィオは一礼した。

「お久しぶり、という程は経っていませんね、シヤ様」

「ええ、その割には貴方は随分と様変わりした様子ですね」

 シヤは微笑んだまま、フィオを上から下まで見回した。
 薄汚れ、疲弊し、それでも内から漏れる奇妙なまでの精力に満ちた少年の姿に、大きく頷く。

「男子三日会わざれば、などと言いますが、何か貴方を変える大きな事があったようですね。
 それに……」

 フィオの後ろに佇むフリスに視線を向ける。
 表情こそ変わらないものの、フィオへ向ける視線に宿っていた温かみのようなものは欠片も残っていない。
 
うちタウン48の子ではない、知らない子。
 私の娘キキョウはどうしたのか、教えてもらえますね、フィオ?」

 正念場だ。
 フィオはごくりと唾を呑み、ゆっくりと口を開いた。




「なるほど、その男は真の漢トゥルーガイと自称したのですね?」

 フィオは血を噴き出す心に蓋をして、キキョウが破れ、奪われた顛末を語り終えた。
 屈辱と怒りにまみれた記憶だが、ここに誤魔化しを入れる訳にはいかない。
 あの巨漢の力について、フィオは一切理解できなかったからだ。
 情報を提供する事で、マザーならば何か見出してくれるかもしれない。

「奴はそう言ってました。
 ……真の漢トゥルーガイって、なんですか? 銃が効かなくなるような、そういう相手なんですか?」

 フィオの言葉に、シヤはしばし瞑目した。

「……人の中から時折生まれる、突然変異のような存在です」

 やっぱりそうか・・・・・・・
 フィオはシヤの言葉で内心覚悟を決めた。
 自分はマザーを、偽らなくてはならない・・・・・・・・・・

 だが、偽ったのはマザーの方が先だ。

 シヤの言う真の漢トゥルーガイは、フリスから提供された情報とは違う。
 フリスの言葉によれば真の漢トゥルーガイはメイデンの真の主にして、次世代の存在。
 すべてのマザーが捜し求め、未だ手にしていない真の人類だ。

 断じて「時折生まれる突然変異」などで片づけてよい存在ではない。
 シヤは、フィオに情報開示する気がないのだ。

 フリスの情報が間違っており、シヤの言葉が正しいという可能性はもちろんある。
 だが、フィオは他のメイデンの為に彼女を起動させたという不義理を行ったにも関わらず、熱烈に尽くしてくれるフリスを疑う事はない。

 フリスを信用できないのならば、フィオはメイデン全てを信じられなくなってしまう。

 フィオは唇を引き結び、凜とした表情でシヤを見据えた。

「では、もしも真の漢トゥルーガイの情報が手に入ったら、僕に教えてもらえないでしょうか。
 キキョウさんを奴らから取り戻さなくてならないんです」

「……ええ」

 微笑みは変わらない、しかし、わずかに逡巡するような間があったのが、怖い。
 だが、シヤはフィオから視線を逸らすと、彼の背後に佇むフリスに目を向けた。

「それで、その子は?」

真の漢トゥルーガイから逃げ出して、落っこちた先に眠ってた子です」

「ふぅん……」

 目を細め、大きな胸を揺らしながらフリスを眺めるシヤ。
 対してフリスは、シヤには劣るものの十二分に大きな胸を傲然と張った。

「フリストグリーズルと申します、タウン48のマザー」

「古臭い北欧かぶれの名前……タウン69らしい趣味ですね」

 フィオに対する優しげな眼差しとは全く違う、あざ笑うような光を宿した目でフリスを見つつ、シヤは小さく首を振った。

「もしも珍しい機構を持った子なら、提出してもらう必要がある所ですけど、まあいいでしょう。
 所詮、百年前に潰れたタウンの旧式機、その程度の情報はとっくの昔に回収済みですし」

 フリスは弓の形に目を細めた。
 笑っているようにも見えるが、全く笑っていない表情を肩越しに見上げ、フィオはひきつった。

「あ、ありがとうございます、シヤ様。
 キキョウさんを取り戻すのにこの子は絶対必要なんで」

「ええ、うちの娘が不在の間、フィオをよろしく頼みますよ」

「……お任せを、マスターの全てのお時間に全力でお仕えさえていただきますから」

 自分に向けられる甘みのある声音とは全く違うフリスの刃のような声に、フィオの背筋に震えが走る。
 まさに鈴の音を鳴らすような愛らしい声質だけに、その恐ろしさは格別だ。

「で、では、シヤ様。
 報告をさせていただきましたので、自分は失礼します。
 あの、真の漢トゥルーガイがらみの話が何か判ったら、よろしくお願いします」

「ええ。 ですが、与太話のようなものですから、あまり期待しないでください。
 貴方も余り吹聴しないように」

「……はい」

 フィオは強ばった顔を隠すように一礼した。
 報告をすべきでは、なかったのかも知れない。
 だが、タウン48屈指のメイデンの一体であるキキョウを失った事は遠からず知れる。
 そこから知られてしまうくらいなら、先手を打って報告するのも悪くないはずだ。

 フィオは慣れない策略のような思考を巡らせつつ、キキョウを想った。
 こういう時に必ずアドバイスをくれたキキョウ。
 自分がどれほど彼女に甘えていたのか、改めて自覚する思いだった。
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