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フィオのアパートからほど近い廃ビルの屋上には簡易な監視スポットが設けられていた。
朽ちかけたコンクリート壁に寄り添うように小型テントと都市迷彩のシートを組み合わせ、高い隠蔽度とそれなりの居住性を両立したスゥの力作である。
スポット内に腹這いの姿勢になったヒュリオは、レシーバーから漏れ出る嬌声がようやく静まった事に呆れ混じりのため息を吐いた。
「やれやれ、若いにしても程があるぞ、少年……」
監視対象のフィオ主従が帰宅したのは昼過ぎ。
それから日が落ちるに至るまで休みなく交わり続けた少年のタフネスぶりには、百戦錬磨のヒュリオをして戦慄させるものがあった
「絶倫というのも馬鹿馬鹿しいレベルだな。 確かに人間離れしてはいるが……」
スポットから直に視認できるフィオのアパートを眺めながら、ヒュリオはガリガリと頭を掻いた。
真の漢という言葉は知らずとも、ヒュリオは自らに宿った能力とこれまでの経緯から、フィオが「自分のように妙な能力を持つ者」であると推測していた。
「無尽蔵の体力の能力者、とでもいうのか?
まさか、精力だけが無尽蔵という訳でもあるまいが……。
流石に精力無尽蔵能力を持っていると推測される、なんて報告はできんなあ」
馬鹿馬鹿しすぎてマザーに叱責されるに決まっていると小さく首を振るヒュリオ。
しかし、実際にシヤに知れようものなら大喜びで専用精液サーバーとして捕獲される所である。
ベテラン兵士としてマザーとの付き合いは長いヒュリオであるが、シヤはそんな彼に対してすら拗らせに拗らせた淫乱な本性を隠し通していた。
「まあ、どちらにしても、報告は保留だな」
単純に精力が過剰に有り余っている若者にすぎないという可能性もある。
それに、素直にマザーに報告していいものかという個人的な思いもあった。
「……オレのようなモルモット扱いは流石に見てられんからな」
サイボーグ化される前、高い身体能力に加えて特殊な能力を持っていたヒュリオはマザーにより各種の過酷な任務に投入されていた。
今思えば、ヒュリオの限界を測っていたのだろう。
己の力量に驕っていた当時のヒュリオにとって、それもまた望む所であったが、やがてそのツケは来る。
過酷な任務中に死に瀕した彼を当時のパートナー、スオウが身を挺して救出したのだ。
結果、ヒュリオはパートナーと生身の体を失う事になった。
その後ヒュリオに施されたサイボーグ化処置には「能力」を持つ者を機械化すればどうなるのか、という実験の一面があったようにも思える。
それ以降、大幅に能力を減退させた彼に対して、マザーは興味を失ったかのように干渉が激減したのだ。
あの少年が「能力」を持つ者であると確定したのならば、マザーは彼の力を試すべく過酷な状況を用意するだろう。
縁もゆかりもない少年ではあるが、それを見過ごす事はできない。
「アーミーの兵士としては失格だがな……」
兵士である前に、ヒュリオは人間であった。
マザーへの忠誠を第一とするアーミーの一員としてあるまじき事ではあるが、彼はすでにマザーを盲目に信奉してはいない。
最早残り滓のような力であっても、それを振るう場所は己の意志で選びたかった。
「報告を保留にする件、スゥにも言い含めて置かないとな」
先ほど、階下で二代目の相棒が自慰に耽っていた様を思い返し、ヒュリオは嘆息した。
「……あんなに溜め込んでいたとはなぁ」
主の名を呼びながら達するスゥの姿に、ヒュリオは興奮よりも気まずさを覚えていた。
ヒュリオとて木石ではない。 機械化された身とはいえ逸物は無事であった為、性欲はある。
だが、それをスゥに向けることに彼は一抹の違和感を拭えないでいた。
スゥを大事に思っていないわけではないが、抱くとなるとどうにも気後れしてしまうのだ。
「……なんでだろうな」
ヒュリオ自身にも説明のつかないこの感覚に同意できる者は、この時代にはほとんど居ない。
彼がスゥへと向ける想いは、娘に対する愛情。
かつて愛したメイデンの部品を受け継いで誕生したスゥに対して、ヒュリオは無意識のうちに己とスオウの娘のような思いを抱いていたのだった。
女性が存在しないため、子を為す事のないこの時代の男達にとって、未知の感情である。
とはいえ、マスターとメイデンの間柄である以上、必要とあれば抱かざるを得ないのだが。
「欲求不満は解消させてやらなきゃならんしな、帰ったら久しぶりに……。
ん?」
家庭環境に思いを馳せかけていたヒュリオは、監視対象のアパートに近づく一団を見とがめた。
宵の口に差し掛かったばかりの時間だが、十数人という人数で訪れるような店はこの辺りにはない。
そもそも、そんな大所帯でありながら、少しでも闇に紛れようとこそこそと素人臭い挙動をしている辺りが怪しげだ。
「なんだ、あいつら」
左目のサイバーアイに仕込んだ望遠機能と闇視補正機能を併用して男達を動きを観察しながら、ヒュリオは耳につけたレシーバーを弾いた。
「スゥ、ターゲットのアパートに近づく一団がいる。
確認できるか?」
「……確認しました。
総数14名、それぞれ銃器を所持している模様です」
レシーバーから聞こえる相棒の声は、いつもよりも若干沈んでいる。 先ほど、自慰を目撃された事を気にしているのだろう。
後でフォローしてやらねばと思うが、今は仕事優先だ。
「場合によってはこちらから排除を行う、そこからスポッターをしてくれ」
「了解しました」
相棒の返答に頷き、ヒュリオは監視スポット内に用意した二丁の銃に目をやった。
メイデンクラスの脅威を排除するための大型対物ライフルはこの場合過剰火力すぎるだろう。
もう一丁の7.62mmボルトアクションライフルを手に取る。
機構そのものは古めかしいが信頼性と精密性は抜群の逸品だ。
先端に抑音器が装着され大型のスコープも備えたスナイパーライフルにゴム弾を装填する。
あえて非殺傷用の弾頭を用いるのは、捕獲して背後関係を洗い出すためだ。
ヒュリオは監視スポットに伏せた姿勢のまま、スナイパーライフルを構えた。
闇視仕様のスコープの中に、男達の姿を捉える。
砂潜りか弾薬虫か、あるいは単なるチンピラか。
薄汚れた衣服の上に防弾ベストやシールドポンチョを纏った姿は、暴力に親しんだ気配が濃厚だ。
ヒュリオが見守る中、男達はアパートの前で足を止め二階の部屋を見上げながら銃を抜いた。
やはり彼らが目指すのはターゲットの少年の居室らしい。
「排除する」
即決したヒュリオは、すでに狙いを定めたままのライフルのトリガーを引いた。
フラッシュハイダー機構も備えた抑音器を通して放たれた銃弾は、その速度を大幅に落としている。
亜音速まで減速したゴム弾は音もなく飛翔し、アパートに乗り込もうとした先頭の男の後頭部に着弾した。
まるでヘビー級ボクサーのパンチを食らったかのように吹き飛び、昏倒する。
ゴム弾と抑音器の組み合わせで威力を減らしつつも、ライフル弾には十分生身の人間を制圧するパワーが残っていた。
「着弾確認。 ナイスショットです、マスター」
「この距離なら、スゥのサポートは要らないな。
逃げる奴が居ないか警戒してくれ」
ボルトを引いて次弾を装填したヒュリオはごく無造作に二射目を放った。
無音で飛来する銃弾に仲間を打ち倒され、狼狽する男達の一人が倒れる。
ここで、男達の行動は割れた。
物陰に飛び込み遮蔽を取る者、一目散に逃げ始める者、そしてアパートの外壁に設置された階段を駆けあがる者だ。
各々バラバラに行動する様は烏合の衆めいていて、統一された指揮系統が見て取れない。
それゆえに全体をまとめて阻止する事は難しい。
「ちっ」
舌打ちしながらもヒュリオは三射目を発射。
階段を駆けあがっていた先頭の男の側頭部に着弾。 意識を失った男は壁に激突して跳ね返ると、そのまま階段を転げ落ちていく。
落ちてくる男を避けながら、血相を変えて階段をあがろうとする男達。
一方で四方へ逃亡していく男達もいる。
それら全てを撃ち抜くには、ボルトアクション機構のライフルの再装填は余りにも遅い。
眉を寄せたヒュリオは切り札の投入を決意した。
「スゥ、やるぞ」
「えっ」
相棒の返答を待たず、ヒュリオは己の能力を発動させた。
決意と共にイメージ上のスイッチを入れると、星明かりしかない周囲が一段と暗くなる。
粘液のようにまとわりつく空気を鬱陶しく思いながらボルトを引いて装弾。
金属が擦れ合う音が耳に響くよりも早くトリガーを引く。
ゆっくりと銃口から飛び出していく弾丸を視認しつつも、訓練に裏打ちされた機械的な動作で装填作業を繰り返し、続けざまに五連射。
そこで魔法は解けた。
実時間にして0.2秒の間にボルトアクションライフルで六射を行い、階段を上っていた二人と逃亡中の四人を狙撃する。
脳内の神経伝達速度を異常加速させ、メイデンですら追いつかぬ高速行動を可能とするヒュリオの超加速能力の成果だ。
だが、機械化の結果、衰えた能力は彼の体へと代償を求める。
「ぐっ……」
激しい頭痛と共に、鼻孔からたらりと鼻血がこぼれ落ちた。
「くそ、昔は三秒は持ったってのに」
脳への負荷が激しく、今のヒュリオは一秒に満たない時間すら超加速状態を維持できない。
わずか0.2秒で加速を打ち切ったのは、それ以上続けると後始末すらできなくなるからだ。
「マスター! 無理をなさらないでください!」
「許容範囲だ! それよりも残りの連中が」
言いさしたヒュリオが覗くスコープの中で、ターゲットのアパートのドアが開いた。
様々な液体でしっとりとしたベッドに横たわり、フィオはフリスを抱き寄せていた。
身長150センチのSフレームであるフリスは、成長途中のフィオとさして背丈が変わらない。
身を擦り寄せてくるフリスの細腰に腕を回せば、豊かな乳房がフィオの胸で潰れて形を変える。
キキョウが相手の時は、その胸に顔を埋める形で抱きしめられる事が多かった。
どちらがいいという訳ではないが、今ここに居ない彼女への思いはチクチク胸の奥を刺す。
「マスター……」
だが、幸せそうに目を細めて頬ずりしてくるフリスを抱きしめながら他のメイデンの事を考えているのは不義理にも程があるだろう。
フィオは意識してフリスに集中すると、艶やかな唇に口づけた。
「んぅ……♡」
柔らかな感触の緑の髪を撫でながら、ゆっくりと唇を離すとフリスは眉を寄せた。
「もっと、して欲しいです……」
「あんまりしてると、ありがたみがなくなるよ?」
「マスターにしていただく事からありがたみがなくなるなんて、有り得ないです」
真顔で言うフリスに苦笑する。
その耳に、妙な音が響いた。 口笛をしくじった時の呼気にも似た、僅かな音。
「ん?」
「マスター?」
「今、変な音が」
「音、ですか?」
フリスが聴覚センサーの精度を上げたタイミングで、再度音が響く。
続いて、何かが倒れ伏したような重たい音。
「これは……抑音器越しの射撃音!?」
類似の音を検索したフリスは、捜し当てたデータに表情を引き締める。
近所で起きた荒事の気配にフィオの頭も瞬時に切り替わった。
フィオは部屋の隅に置かれたクローゼットに駆け寄ると、ロングTシャツを引っ張りだしてフリスに放る。
「スーツを着てる時間はなさそうだ。
とりあえず、着て」
「はい!」
主の衣服にフリスは嬉々として袖を通す。
自分もジーパンとTシャツを手早く身につけると、護身用のマシンピストルを手に取った。
手早く最低限の身支度を整えたフィオは、メイデンに問う。
「さて、僕達に関係のある事なのかな、これ」
「判りません、情報が不足しています」
主のロングTシャツに包まれた胸元を誇らしげに見下ろしたフリスは小さく首を振る。
そこに、アパートの外壁に設置された階段を転げ落ちていく何かの音が響いた。
「……二階へ上がろうとしているようですね」
「銃撃戦をやらかすにしても、サイレンサー付きってのは妙だ。ここらのチンピラ臭くない。
撃ち返してる気配もないのも気になる。
このままやりすごすって訳にもいかないな」
フィオはため息を吐いた。
「フリス、装備も整わない状態で悪いけど、外を見に行ってくれないかな」
「はい!」
マスターの申し訳なさげな頼みを、フリスは笑顔で快諾した。
主に頼られる喜びにジェネレーターを高出力稼働させながら、フリスはスチール製のドアを開けた。
朽ちかけたコンクリート壁に寄り添うように小型テントと都市迷彩のシートを組み合わせ、高い隠蔽度とそれなりの居住性を両立したスゥの力作である。
スポット内に腹這いの姿勢になったヒュリオは、レシーバーから漏れ出る嬌声がようやく静まった事に呆れ混じりのため息を吐いた。
「やれやれ、若いにしても程があるぞ、少年……」
監視対象のフィオ主従が帰宅したのは昼過ぎ。
それから日が落ちるに至るまで休みなく交わり続けた少年のタフネスぶりには、百戦錬磨のヒュリオをして戦慄させるものがあった
「絶倫というのも馬鹿馬鹿しいレベルだな。 確かに人間離れしてはいるが……」
スポットから直に視認できるフィオのアパートを眺めながら、ヒュリオはガリガリと頭を掻いた。
真の漢という言葉は知らずとも、ヒュリオは自らに宿った能力とこれまでの経緯から、フィオが「自分のように妙な能力を持つ者」であると推測していた。
「無尽蔵の体力の能力者、とでもいうのか?
まさか、精力だけが無尽蔵という訳でもあるまいが……。
流石に精力無尽蔵能力を持っていると推測される、なんて報告はできんなあ」
馬鹿馬鹿しすぎてマザーに叱責されるに決まっていると小さく首を振るヒュリオ。
しかし、実際にシヤに知れようものなら大喜びで専用精液サーバーとして捕獲される所である。
ベテラン兵士としてマザーとの付き合いは長いヒュリオであるが、シヤはそんな彼に対してすら拗らせに拗らせた淫乱な本性を隠し通していた。
「まあ、どちらにしても、報告は保留だな」
単純に精力が過剰に有り余っている若者にすぎないという可能性もある。
それに、素直にマザーに報告していいものかという個人的な思いもあった。
「……オレのようなモルモット扱いは流石に見てられんからな」
サイボーグ化される前、高い身体能力に加えて特殊な能力を持っていたヒュリオはマザーにより各種の過酷な任務に投入されていた。
今思えば、ヒュリオの限界を測っていたのだろう。
己の力量に驕っていた当時のヒュリオにとって、それもまた望む所であったが、やがてそのツケは来る。
過酷な任務中に死に瀕した彼を当時のパートナー、スオウが身を挺して救出したのだ。
結果、ヒュリオはパートナーと生身の体を失う事になった。
その後ヒュリオに施されたサイボーグ化処置には「能力」を持つ者を機械化すればどうなるのか、という実験の一面があったようにも思える。
それ以降、大幅に能力を減退させた彼に対して、マザーは興味を失ったかのように干渉が激減したのだ。
あの少年が「能力」を持つ者であると確定したのならば、マザーは彼の力を試すべく過酷な状況を用意するだろう。
縁もゆかりもない少年ではあるが、それを見過ごす事はできない。
「アーミーの兵士としては失格だがな……」
兵士である前に、ヒュリオは人間であった。
マザーへの忠誠を第一とするアーミーの一員としてあるまじき事ではあるが、彼はすでにマザーを盲目に信奉してはいない。
最早残り滓のような力であっても、それを振るう場所は己の意志で選びたかった。
「報告を保留にする件、スゥにも言い含めて置かないとな」
先ほど、階下で二代目の相棒が自慰に耽っていた様を思い返し、ヒュリオは嘆息した。
「……あんなに溜め込んでいたとはなぁ」
主の名を呼びながら達するスゥの姿に、ヒュリオは興奮よりも気まずさを覚えていた。
ヒュリオとて木石ではない。 機械化された身とはいえ逸物は無事であった為、性欲はある。
だが、それをスゥに向けることに彼は一抹の違和感を拭えないでいた。
スゥを大事に思っていないわけではないが、抱くとなるとどうにも気後れしてしまうのだ。
「……なんでだろうな」
ヒュリオ自身にも説明のつかないこの感覚に同意できる者は、この時代にはほとんど居ない。
彼がスゥへと向ける想いは、娘に対する愛情。
かつて愛したメイデンの部品を受け継いで誕生したスゥに対して、ヒュリオは無意識のうちに己とスオウの娘のような思いを抱いていたのだった。
女性が存在しないため、子を為す事のないこの時代の男達にとって、未知の感情である。
とはいえ、マスターとメイデンの間柄である以上、必要とあれば抱かざるを得ないのだが。
「欲求不満は解消させてやらなきゃならんしな、帰ったら久しぶりに……。
ん?」
家庭環境に思いを馳せかけていたヒュリオは、監視対象のアパートに近づく一団を見とがめた。
宵の口に差し掛かったばかりの時間だが、十数人という人数で訪れるような店はこの辺りにはない。
そもそも、そんな大所帯でありながら、少しでも闇に紛れようとこそこそと素人臭い挙動をしている辺りが怪しげだ。
「なんだ、あいつら」
左目のサイバーアイに仕込んだ望遠機能と闇視補正機能を併用して男達を動きを観察しながら、ヒュリオは耳につけたレシーバーを弾いた。
「スゥ、ターゲットのアパートに近づく一団がいる。
確認できるか?」
「……確認しました。
総数14名、それぞれ銃器を所持している模様です」
レシーバーから聞こえる相棒の声は、いつもよりも若干沈んでいる。 先ほど、自慰を目撃された事を気にしているのだろう。
後でフォローしてやらねばと思うが、今は仕事優先だ。
「場合によってはこちらから排除を行う、そこからスポッターをしてくれ」
「了解しました」
相棒の返答に頷き、ヒュリオは監視スポット内に用意した二丁の銃に目をやった。
メイデンクラスの脅威を排除するための大型対物ライフルはこの場合過剰火力すぎるだろう。
もう一丁の7.62mmボルトアクションライフルを手に取る。
機構そのものは古めかしいが信頼性と精密性は抜群の逸品だ。
先端に抑音器が装着され大型のスコープも備えたスナイパーライフルにゴム弾を装填する。
あえて非殺傷用の弾頭を用いるのは、捕獲して背後関係を洗い出すためだ。
ヒュリオは監視スポットに伏せた姿勢のまま、スナイパーライフルを構えた。
闇視仕様のスコープの中に、男達の姿を捉える。
砂潜りか弾薬虫か、あるいは単なるチンピラか。
薄汚れた衣服の上に防弾ベストやシールドポンチョを纏った姿は、暴力に親しんだ気配が濃厚だ。
ヒュリオが見守る中、男達はアパートの前で足を止め二階の部屋を見上げながら銃を抜いた。
やはり彼らが目指すのはターゲットの少年の居室らしい。
「排除する」
即決したヒュリオは、すでに狙いを定めたままのライフルのトリガーを引いた。
フラッシュハイダー機構も備えた抑音器を通して放たれた銃弾は、その速度を大幅に落としている。
亜音速まで減速したゴム弾は音もなく飛翔し、アパートに乗り込もうとした先頭の男の後頭部に着弾した。
まるでヘビー級ボクサーのパンチを食らったかのように吹き飛び、昏倒する。
ゴム弾と抑音器の組み合わせで威力を減らしつつも、ライフル弾には十分生身の人間を制圧するパワーが残っていた。
「着弾確認。 ナイスショットです、マスター」
「この距離なら、スゥのサポートは要らないな。
逃げる奴が居ないか警戒してくれ」
ボルトを引いて次弾を装填したヒュリオはごく無造作に二射目を放った。
無音で飛来する銃弾に仲間を打ち倒され、狼狽する男達の一人が倒れる。
ここで、男達の行動は割れた。
物陰に飛び込み遮蔽を取る者、一目散に逃げ始める者、そしてアパートの外壁に設置された階段を駆けあがる者だ。
各々バラバラに行動する様は烏合の衆めいていて、統一された指揮系統が見て取れない。
それゆえに全体をまとめて阻止する事は難しい。
「ちっ」
舌打ちしながらもヒュリオは三射目を発射。
階段を駆けあがっていた先頭の男の側頭部に着弾。 意識を失った男は壁に激突して跳ね返ると、そのまま階段を転げ落ちていく。
落ちてくる男を避けながら、血相を変えて階段をあがろうとする男達。
一方で四方へ逃亡していく男達もいる。
それら全てを撃ち抜くには、ボルトアクション機構のライフルの再装填は余りにも遅い。
眉を寄せたヒュリオは切り札の投入を決意した。
「スゥ、やるぞ」
「えっ」
相棒の返答を待たず、ヒュリオは己の能力を発動させた。
決意と共にイメージ上のスイッチを入れると、星明かりしかない周囲が一段と暗くなる。
粘液のようにまとわりつく空気を鬱陶しく思いながらボルトを引いて装弾。
金属が擦れ合う音が耳に響くよりも早くトリガーを引く。
ゆっくりと銃口から飛び出していく弾丸を視認しつつも、訓練に裏打ちされた機械的な動作で装填作業を繰り返し、続けざまに五連射。
そこで魔法は解けた。
実時間にして0.2秒の間にボルトアクションライフルで六射を行い、階段を上っていた二人と逃亡中の四人を狙撃する。
脳内の神経伝達速度を異常加速させ、メイデンですら追いつかぬ高速行動を可能とするヒュリオの超加速能力の成果だ。
だが、機械化の結果、衰えた能力は彼の体へと代償を求める。
「ぐっ……」
激しい頭痛と共に、鼻孔からたらりと鼻血がこぼれ落ちた。
「くそ、昔は三秒は持ったってのに」
脳への負荷が激しく、今のヒュリオは一秒に満たない時間すら超加速状態を維持できない。
わずか0.2秒で加速を打ち切ったのは、それ以上続けると後始末すらできなくなるからだ。
「マスター! 無理をなさらないでください!」
「許容範囲だ! それよりも残りの連中が」
言いさしたヒュリオが覗くスコープの中で、ターゲットのアパートのドアが開いた。
様々な液体でしっとりとしたベッドに横たわり、フィオはフリスを抱き寄せていた。
身長150センチのSフレームであるフリスは、成長途中のフィオとさして背丈が変わらない。
身を擦り寄せてくるフリスの細腰に腕を回せば、豊かな乳房がフィオの胸で潰れて形を変える。
キキョウが相手の時は、その胸に顔を埋める形で抱きしめられる事が多かった。
どちらがいいという訳ではないが、今ここに居ない彼女への思いはチクチク胸の奥を刺す。
「マスター……」
だが、幸せそうに目を細めて頬ずりしてくるフリスを抱きしめながら他のメイデンの事を考えているのは不義理にも程があるだろう。
フィオは意識してフリスに集中すると、艶やかな唇に口づけた。
「んぅ……♡」
柔らかな感触の緑の髪を撫でながら、ゆっくりと唇を離すとフリスは眉を寄せた。
「もっと、して欲しいです……」
「あんまりしてると、ありがたみがなくなるよ?」
「マスターにしていただく事からありがたみがなくなるなんて、有り得ないです」
真顔で言うフリスに苦笑する。
その耳に、妙な音が響いた。 口笛をしくじった時の呼気にも似た、僅かな音。
「ん?」
「マスター?」
「今、変な音が」
「音、ですか?」
フリスが聴覚センサーの精度を上げたタイミングで、再度音が響く。
続いて、何かが倒れ伏したような重たい音。
「これは……抑音器越しの射撃音!?」
類似の音を検索したフリスは、捜し当てたデータに表情を引き締める。
近所で起きた荒事の気配にフィオの頭も瞬時に切り替わった。
フィオは部屋の隅に置かれたクローゼットに駆け寄ると、ロングTシャツを引っ張りだしてフリスに放る。
「スーツを着てる時間はなさそうだ。
とりあえず、着て」
「はい!」
主の衣服にフリスは嬉々として袖を通す。
自分もジーパンとTシャツを手早く身につけると、護身用のマシンピストルを手に取った。
手早く最低限の身支度を整えたフィオは、メイデンに問う。
「さて、僕達に関係のある事なのかな、これ」
「判りません、情報が不足しています」
主のロングTシャツに包まれた胸元を誇らしげに見下ろしたフリスは小さく首を振る。
そこに、アパートの外壁に設置された階段を転げ落ちていく何かの音が響いた。
「……二階へ上がろうとしているようですね」
「銃撃戦をやらかすにしても、サイレンサー付きってのは妙だ。ここらのチンピラ臭くない。
撃ち返してる気配もないのも気になる。
このままやりすごすって訳にもいかないな」
フィオはため息を吐いた。
「フリス、装備も整わない状態で悪いけど、外を見に行ってくれないかな」
「はい!」
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