機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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 タウン48の地下には下水道が広がっている。
 大規模浄水施設を備えるタウン48にとって、インフラの要ともいえるエリアだが、そのメンテナンスは完全とはいえない。

 タウン48の前身である工業都市の頃から残る遺構と新たに設営された下水道が混じりあい、複雑怪奇なダンジョンと化しているのだ。
 予算に限りがある以上、特に重要な区域以外の下水道は数ヶ月に一度の点検があるかどうかという雑な管理しか行われていない。

 お天道様の下を歩けない者達にとって、格好の隠れ場所であった。


「はぁっ、はっ、く、くそっ……」

 背後を気にしながら、グレンクスは下水道を走る。
 一歩ごとに響く水音が敵の耳に入りはしないかという恐怖の前では、ズボンの裾が汚水にぐっしょりと濡れる不快感も気にならない。

 走り詰めで彼の呼吸はすっかり乱れたままだ。 
 下水道は暗く、彼が左手に握りしめた小さなペンライトしか光源はない。
 走行フォームの崩れた余裕のない走りに手の中のライトは振り回され、明かりは激しくちらついている。
 それもまた、グレンクスの焦燥を煽っていた。

「くそっ……あのガキ……くそったれ」

 口から漏れるのはフィオへの呪詛だ。
 伝手を頼って荒事慣れした面子を集めたというのに、あっさりと一蹴されてしまった。

「役にも立たねえ奴らめ、くそっ、畜生っ」

 自分は早々に逃げ出した癖に、雇ったチンピラ達にも罵声を飛ばす。
 敵の情報もろくに把握していないのに「これだけ居るんだから大丈夫だろう」と怪しげな話に乗ってくるような連中がどれほど役に立つか、そもそもグレンクスは理解していなかった。
 故に、すべての責任を敵と味方双方に被せて、ひたすらに文句を言い募る。 

 結局のところ、彼がこの年齢で低ランク砂潜りに甘んじているのは、自分に甘すぎるこの性根が原因であろう。
 都合のよい事ばかり夢見ても、現実は付いてきてくれないのだ。

 だが、無謀極まりない襲撃であっても、得るものもあった。

「すぐにアーミーが出てきやがったって事は、やっぱりなんかある。
 あのガキは、なんかでけえネタを握ってやがるんだ。
 絶対に吐き出させてやる……!」

 Aクラス戦闘メイデンのみならず、アーミーにまで護られている少年から、あるに違いない金ヅルの秘密を吐き出させる。
 絶望的に遠い目標であったが、グレンクスにはまだ達成のための案があった。
 最初に使わなかった段階で、それに頼る無謀さは判りきっている。
 だが、怒りと恨みが入り交じった半ば妄執のような情念を抱える今のグレンクスには、それ以外に頼るものもない。

 いつしか、グレンクスの足下からは水気がなくなり、現行の下水道のシステムからは外れた領域へと踏み込んでいた。
 その足下へ、不意に銃弾が撃ち込まれる。

「ひっ!?」

 たたらを踏み、その場に尻餅を着くグレンクス。
 彼の耳に、低い声が響いた。

「ここから先は私有地だ。 大人しく帰れ。
 さもないと」

 ポッとグレンクスの胸に赤い光点が灯る。
 レーザーポインターだ。

「ま、待ってくれ! 俺は話があって来たんだ!
 どうか、デッドマンさんに取り次いでくれ!」

 彼の言葉に驚いたように、赤い光点が揺れた。
 光点は、スッとグレンクスの額へ移動する。

「お、俺を殺すのは、いつでもできるだろ!
 頼むからデッドマンさんに会わせてくれ!
 そっちにも旨味がある話なんだ!」

 暗闇の中でため息を吐く気配がすると、レーザーポインターの光がふっと消えた。
 暗闇から染み出すように人影が現れる。

 夜間用迷彩を施されたカモフラージュポンチョで全身を覆った姿は、下水道の暗闇の中では恐ろしく視認しづらい。
 手にしたレーザーポインターとサイレンサー付きのサブマシンガンは真っ直ぐにグレンクスの胸に向けられている。

「あの方の名前を出した以上、どの道お前をそのまま返す訳にはいかなくなった。
 その旨い話とやらをデッドマン様が気に入るといいな。
 ……こっちだ、お前が先に立て」

 ポンチョの男に促されグレンクスは下水の暗闇の奥底へと踏み込んでいく。

 なんとか殺されずに済んだ、第一関門は突破だ。
 ここから先、どれだけの関門がある事か。
 背中を狙い続けているサブマシンガンの銃口を意識して、グレンクスはぶるりと震えた。
 


 警邏隊はタウン内の治安を司る部署ではあるが、その扱いは正直よくない。
 アーミーという完全に上位互換な武力組織が存在しているのが原因だ。

 かつて存在した民主主義の政治体制であれば政治と軍事は分けられていた為、警察と軍は職分が違っていた。
 だが、タウンにおいてはマザーを頂点として政と軍は分離されていない。
 その為、警邏隊とアーミーの職分の境目は曖昧になってしまっていた。

 場合によってはアーミーの横やりによって犯罪者確保の手柄を奪われたり、様々な下働きを押しつけられたりもする。
 そのようにこき使われる立場でありながら、強力な戦闘力が必要な局面では、警邏隊はアーミーの出馬を願うしかない。

 この現状ではタウンの市民のみならず、警邏隊内部でも「警邏隊に入っているのはアーミーに入れなかった落ちこぼれ」「警邏隊は所詮アーミーの二軍」などという風評が蔓延し、やさぐれた雰囲気が漂うのも無理からぬ事だ。
 組織の志気は高いとはいえない。

 そんな警邏隊の詰め所にアーミーの兵士が現れたとなれば、日頃の鬱憤を込めた冷たい視線が注がれるのは当然である。

 だが、今日は相手が悪かった。

 取調室の前のベンチに腰掛けた若きアーミーの兵士は腕組みをしたまま微動だにせず、警邏隊職員の視線を欠片も気にしていない。
 伊達眼鏡の下の瞳は閉じられ、ゆっくりとした息吹を吐きながら瞑想を行っている。
 完全にリラックスした様子に、詰め所を預かるケディン巡査長は忌々しげに舌打ちした。

「マスター、聞こえますよぅ」

 詰め所に配備された唯一のメイデン、Cクラス警邏パトメイデンのアンズが心配そうに主に囁いた。
 彼女のカメラアイはアーミーの兵士の側で同じく腕組みをして佇むAクラス戦闘メイデンに向けられている。
 同じMフレームだが、アンズは対人戦を想定したレベルの戦闘力しか持たされていない。
 あれとやりあう羽目にでもなれば、数秒でジャンク間違いなしだ。
 アンズのカメラアイのレンズは落ち着かない様子で開閉を繰り返していた。

「これくらい聞かせてやらぁ。
 何人もぞろぞろとしょっぴいて来た挙げ句、取調室だけ使って俺らには手を出すなだと?
 若造どもが、馬鹿にしやがって」

 髪に白い物が混じり始めたケディンにとって、廊下のベンチに陣取った兵士も取り調べを行っているもう一人の兵士も、ケツの青い小僧っ子にすぎない。
 こちとら、連中が金魚鉢バースプラントの中の培養受精卵になる前から現場に出ているのだ。

 全般的にやる気のない警邏隊であっても、高い職務意識を持つ者は存在する。
 この初老の巡査長は貴重なそのタイプであり、年に似合わぬ熱い血潮を秘めた熱血お巡りさんであった。

 そういう人物であるからこそ組織内での出世に縁がなく、定年が近づきながらも現場で駆けずり回る立場に甘んじている。
 マザー直属のアーミーと違い、人間の長官が存在する警邏隊内部の権力構造は、皮肉にも最終戦争前の組織体制に似通っていた。

「アンズ、連中が何を調べてるのか、取調室の音声をこっちに回せねぇか?」

「ダメですぅ、向こうの方が権限が上でマイクへのアクセスを遮断されてますぅ。
 それに、室内のメイデンが音声攪乱装置スクランブラーで防諜してますぅ」

「くそったれ、俺たちの職場だぞ、ここは!」

 若造ども、アーミーだけの事はあって卒がない。
 ケディンは腹立たしげにキャンディーの包みを破ると口に放り込んだ。

「マスター、一日4個までです。
 それ、5個目ですよぅ」

「禁煙したんだ、飴くらい舐めさせてくれ」

「健康に差し障りますよぅ。 お腹回りがどんどん出てますよぅ」

 眉を寄せたケディンはバリバリと飴玉を噛み砕いた。
 紙コップの冷めたコーヒーで一息に飲み下す。

「一緒ですよぅ、それ」

 呆れたようにアンズが言った時、取調室前に陣取っていた兵士が立ち上がった。
 片耳に取り付けていたレシーバーを外しながら、詰め所のオフィスフロアに入ってくる。

「失礼、よろしいか巡査長」

「……なんでぇ」

 不機嫌丸出しのケディンにアーミー兵士は淡々とリクエストを出した。

「出前を頼みたい。
 ガバメントのレストランにハムサンドとカフェオレを届けさせてくれ。
 無論、全部生鮮食品で」

「はぁ!?」

「支払いはアーミーへ回してくれ」

「飯食うなら帰って食えよ!」

「私達が食べる訳ではない、取り調べに協力してくれた市民へのささやかな謝礼だ」

 よろしく頼むと謝意の感じられない平坦な口調で付け加えた兵士は、踵を返すとベンチへ戻った。
 こめかみに青筋を浮かべて兵士を睨んでいるケディンに、アンズは恐る恐る問いかける。

「あ、あのぉ、どうするんですぅ……?」

「オーダー通りにしてやろうじゃねえか。
 アンズ、レストランに出前依頼だ。
 ハムサンド、最高品質でってな」

 一般の市民の口に入る食べ物はほとんどが大豆ベースの合成食品。
 貴重な生鮮食品を用いた一品がどれくらいのお値段になるか、ケディンもよく知りはしない。

「支払いはアーミーへ、だぁ?
 けっ、経費でとんだ贅沢してると怒られちまえ」

 陰険な笑みを浮かべるケディンであったが、アーミーではこの程度の経費使用で叱責される事はない。
 同じ事をすれば大目玉の末に減俸確実の警邏隊とは、予算レベルで雲泥の差が存在していた。




 取調室のパイプ椅子に座ったフィオは困惑していた。

「済まないね、君が被害者だというのに時間を貰ってしまって。
 小腹も空いてるだろう、食べてくれ」

 左頬に傷のようなラインの入った強面の青年ににこやかに促され、ひきつった笑みを浮かべるしかない。
 目の前にはサンドイッチ。
 純白のパンと色鮮やかなキュウリの緑、落ち着いたハムの赤味のコントラストに目を惹かれる。
 問題は、大豆ソイフードを着色料で加工した紛い物ではない、本物のサンドイッチっぽい所であった。

「あ、あの、こんな高価なものをいただくのは」

「何、気にする事はない。
 市民に不快な思いをさせたまま返したとあればアーミーの沽券に関わるからね。
 さあ」

 アーミーの沽券という前置きをおいた「さあ」は「食え、食わないとどうなるか、わかってるな?」といったニュアンスでフィオの耳に響いた。
 ヒュリオと名乗った青年の背後に佇む穏やかな美貌のメイデンに目を向けるも、にこにこと微笑んでいるだけで助け船は期待できない。
 一方、フィオ自身の背後に居るフリスは、微笑んでいるアーミーのメイデンに警戒丸出しの瞳を向けていた。

「……どうして君は何にでも噛みつこうとするのかなー……」

「どうかしたかね?」

「い、いえ、何も。
 ……いただきます」

 三角に切られたサンドイッチを手に取り、口に運ぶ。

「……」

 正直、味が判らない。
 張り付いたような笑みを浮かべる強面兵士に見守られたままでは、どんな美味もその味わいを半減させてしまうだろうが、そもそも普段大豆ソイフードしか食べてないフィオの貧乏舌では、繊細な味を感知できないのだ。

「お、美味しいです……」

 もそもそと咀嚼しながら言う少年に、アーミー兵士は微笑みのまま頷いた。
 この兵士、フィオの前に現れてから微笑み以外の表情を浮かべていない。
 彼をここに連行したマイザーと名乗る兵士は鉄面皮じみた無表情だったが、このヒュリオという男もまた、別の仮面を被っているかのようだった。

「さて、君の前に取り調べをした13人だが、グレンクスという男に依頼されたらしい。
 覚えはあるかね?」

「グレンクス……」

 一瞬、バンの姿が脳裏によぎる。
 グレンクスとフィオの繋がりを説明するにはバンの情報は不可欠だ。
 だが、真の漢トゥルーガイの調査で動いてもらっている彼にアーミーの目が向くのはよろしくない。
 しかし、バンとグレンクスの関係が洗い出されるのは時間の問題だろう。
 ならば下手にごまかしを入れるべきではない。

「僕の友人、バンの兄貴分だった人ですね。
 考え方が合わないとかでバンは縁を切ったそうですが」

「ふむ、友人経由の知り合いか。
 恨みを買うような覚えは?」

「さぁ……。
 ただ、僕は師匠から受け継いだメイデンを連れ歩いてましたので、それが気に入らないからって因縁を付けられた事はあります。
 でも、それで大勢連れて討ち入りしてくるとは……」

 実際フィオにしてみれば、何故ここでグレンクスの名前が出てくるのか内心首を捻る所であった。
 キキョウを連れたフィオを苦々しく思う砂潜りは多かったし、細かな嫌がらせをされた事は数多い。
 グレンクスとのイザコザも、そんなよくある話にすぎない。
 だが、その程度の理由で命を狙われるとは、流石に考えにくかった。

「ふむ……。
 首謀者のグレンクスは現場から逃走している。
 彼の身柄を押さえない事には話が進みそうにないな」

「グレンクスを捕まえて、なんで僕を狙ったのか判ったら教えてもらえますか?
 流石に意味もなく襲われるのは怖いんで」

「勿論だ。
 いや、時間を取らせて本当に済まなかったね」

 ヒュリオはにこやかな顔を崩さないまま頭を下げると、調書らしいノートにその場で記入を始めた。
 どうやら取り調べは終わりらしい。
 ホッと一息吐くと、ようやくサンドイッチの味が理解できるようになってきた。

 柔らかなパンの中の、しゃっきりとしたキュウリの歯ごたえ。
 内側に塗られたバターの芳香とわずかなマスタードの刺激。
 それらを力強く支えるハムの旨味が渾然となってフィオの鈍い舌を目覚めさせていく。

「うん、美味しい……」

 大豆ソイフードを調理して出す満腹食堂の料理も悪くないが、やはり天然物は違う。
 初めての味わいの分析へフィオの意識が向いた時、ヒュリオがノートに目を落としたまま口を開いた。

「君が何かを持っているから、グレンクスが狙った。
 そういう事はないかね」

 むせかけた。

「な、何か、とは?」

「たとえば、君が得た戦利品だ。
 彼女のように」

 ヒュリオはボールペンの先をフィオの背後に控えるフリスへ向ける。
 フリスは無言のまま挑むような眼差しでヒュリオに応じた。

「彼女の事に関してはマザーに報告済みです。
 僕の所有権も認められています」

「メイデンを得たんだ、他にも何かお宝があったのではと邪推されたのかも知れないね?」

「それは……。
 だとしても、僕としてはタウン69で探してくださいとしか言いようがありません」

「ふむ……」

 ヒュリオは微笑みを浮かべたまま両目を細め、フィオの顔をじっと見る。
 半ば呑まれながらも見返して気づく。 この男の左目はメイデンと同じ機械の瞳だ。
 サイボーグ兵士、アーミーの中でも間違いなくトップクラスにある最精鋭。
 思わず息を飲むフィオに、ヒュリオは小さく頷いた。

「ま、そこもグレンクスを捕らえて尋問するとしよう。
 今日はありがとう、これで終了だよ」

「あ、は、はい……」

 フィオは皿に残ったサンドイッチの最後のひとかけらを口に入れ、椅子から立ち上がった。
 アーミーの最精鋭がここに居る意味を思うと、一秒でも早く逃げ出してしまいたい。
 咀嚼するサンドイッチの味を全く感じられないまま、フィオはそそくさと退室した。
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