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EX04-3
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部下のコンディションを把握し、抱えた問題を解決させ、高いパフォーマンスを維持する。
できる上司と呼ばれる人々は、大抵そういったスキルを有しているものだ。
その観点からすると、ルースの不調にいち早く気付いた満腹食堂の店主は、なかなか良い上司と言える。
そもそも彼は料理人であり、豪傑じみたむさ苦しい外見とは裏腹に神経細やかな一面も備えていた。
食材の状態を見極める観察眼は必須スキルなのだ。
もっとも、目元に青タンを作り顔中腫らして出勤してきたルースの有様を見れば、彼でなくとも異常に気付きそうではあるが。
店主はルースの雇い主であり師でもあるが、保護者という訳ではない。
プライベートに立ち入り、ああしろこうしろと指示する気は毛頭なかった。
どこかで喧嘩でもしてボコボコにされて帰ってきたルースを、若いうちはそういう経験も良かろうと苦笑しつつ見守っていたのだ。
だが、業務に支障が出るとあっては、口出しせざるを得ない。
ボーナスが出た直後、意気揚々と出かけたかと思えばボロボロになって帰ってきて以来、ルースは明らかに態度が変わった。
店主や客に対してではない、サクラに対してだ。
小さなメイデンの一挙手一投足に反応し、びくついている。
これまではサクラに対して好色な視線を向けている事もあったが、それとも違い明らかに怯えていた。
接客中のサクラの動きに驚き、運んでいた料理を取り落としたり皿を割ったりといったミスが続いている。
「話を聞かんとな」
そういう訳で店主は閉店後に帰宅しようとするルースを呼び止め、ミーティングルーム代わりの客席で差し向かいに座っていた。
ルースがビクつくのでサクラは二階の生活区域に引っ込ませている。
「サクラに何かされたのか?」
店主の言葉に、ルースは俯く。
「いえ、サクラちゃんが悪いんじゃないです……」
己がサクラに対してとってしまうリアクションを自覚していたらしいルースは、ぽつぽつと話しはじめた。
「お前、馬鹿じゃねえか。
なんでそんな怪しげなのについていくんだ」
美人局に引っかかってボコボコにされた挙げ句に有り金全部巻き上げられた顛末を聞き、店主は呆れ返った。
若いうちは何でも経験すべきとは思うが、こういう馬鹿な経験は積まなくてもいい。
「それで、その美人局に酷い目に遭わされたから、小さいメイデンが怖くなっちまったのか」
ルースは恥じ入ったように俯いたまま頷いた。
「その美人局の子がサクラちゃんにちょっと似てたから……」
サクラにとっては、とばっちりでしかない話である。
店主は太い腕を組み、ため息を吐いた。
そんなのに引っかかったお前が悪い、甘えるなと言ってしまうのは簡単である。
だがそれではルースの抱えたトラウマは解消されないし、今後もサクラとの間にぎくしゃくした状態が続いてしまうだろう。
店内で店員同士の空気が悪い店になど、誰が来たがるものか。
店の評判自体にまで関わりかねない問題であると店主は判断した。
「仕方ねえな」
店主は表情を改めて頷くと立ち上がった。
意気消沈したままのルースは、不安げに店主を見上げる。
「ちょっと待ってろ」
言いおいて、二階へあがる。
「く、くびかなあ……」
閉店後の店内に一人残されたルースは、店主の様子に戦々恐々とした。
やがて、店長は便箋を封筒に入れながら階下へ戻ってくる。
「ほれ」
言葉同様にそっけない茶封筒をルースに渡す。
「こ、これは?」
「紹介状だ。
歓楽エリアのクラウディハーツって店に行って、そこの支配人のヒスイってメイデンに渡せ。
メイデンに付けられた傷はメイデンで癒せばいい。
彼女なら、お前のトラウマをなんとかしてくれるはずだ。
あと、こっちは代金な」
クレッドのプラスチックカードも渡され、ルースは慌てた。
「お、親父っさん! こ、こんなにしてもらうなんて」
「いつまでも腑抜けられてちゃ困るからな、しゃっきりせい」
「は、はい……!」
封筒とカードを胸に押しいただき、ルースは店主の親心に思わず涙しそうになった。
「あ、代金の方は次のボーナスの前渡しだからな?」
「……はい」
「メイデンで癒せったってなぁ……」
店主に送り出されるまま、夜の歓楽街を訪れたルースは手の中の封筒に目を落として溜息を吐いた。
癒してもらうならばシノノメにお願いしたい所だが、それは叶わぬ事だ。
彼女ほどに癒しを感じられるメイデンに出会えるものだろうか。
愛らしい外見にも関わらず、自分を完全に獲物としか見ていなかったミルチャの事も連鎖的に思いだし、ルースはぶるりと背を震わせた。
彼女の粗暴な主に加えられた暴行は、荒事に縁のないルースの心身に大きな傷を刻んでいる。
「まあ、行くだけ行ってみるか……」
またああいう手合いに出くわすかも知れない。
正直、あまり気乗りはしないが、店主の心遣いを無にするわけにもいかない。
「それに、親父っさんの紹介だ、ろくでもない店って事はないだろ、多分」
意を決して歩み出す。
夜の歓楽街は、前に訪れた昼間とはまた違った表情を見せていた。
美貌のメイデンたちが競ってアピールし、店へと誘う事には変わりないものの、その肌の露出は昼間とは段違い。
ギリギリのラインを攻めるメイデンたちの柔肌が、ネオンライトに妖しく浮かび上がる。
まさにこのエリアの本領の時間であった。
「うーん、眼福眼福」
ルースは締まりのない笑みを浮かべながら客引きメイデン達の艶姿を鑑賞する。
メイデンに酷い目に遭わされたとは言っても、そこはそれ、若い性欲はその程度で懲りたりはしない。
肌も露わな色っぽいメイデン達に鼻の下もぐんぐん伸びる。
とはいえ、彼が熱い視線を向けるのはMフレーム以上のグラマラスなお姉様タイプのメイデンばかり。
ミルチャに負わされたトラウマもさることながら、キキョウにシノノメとルースが知るメイデンはそういうタイプが多い。
少年の性的嗜好は刷り込み気味に確定しかかっていた。
「おっと、いかんいかん、紹介された店を探さないと」
ひとしきり鑑賞したルースは本来の目的を思い出して顔を引き締めた。
土地勘のないエリアで闇雲に動いても仕方ない。
店の名前は判ってるので人に聞くのが一番だ。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが」
話しかけられたおっとり系金髪巨乳メイデンは自分の店の事ではないにも関わらず、にこやかに応対してくれた。
「クラウディハーツでしたら、あの子がそこの子ですよー」
背中がほぼ丸見えのドレスのメイデンが指差す先には、バニーガール姿の小柄なメイデンがサンドイッチマンよろしく看板を持って佇んでいた。
看板といい、小さなその姿といい、ミルチャを露骨に思い出してしまい、ルースの喉がゲッと妙な音を立てた。
「あの子の店に用があるんじゃないのー?」
「あ、う、うん、ありがとうお姉さん、次はお姉さんの店に行かせてもらうから」
怯んではいられない。
おっとりと手を振る金髪巨乳メイデンに一礼して、クラウディハーツのメイデンに向き直った。
黒いストッキングに赤いボディスーツと白いウサギ耳。
シャギーの入った長い髪はスカイブルーの派手な色合い。
この手の派手な髪の色はタウン48では娼婦担当として製造されたメイデンに多い色合いだ。
頭髪からも人目を惹こうという設計思想である。
古式ゆかしいバニーガール装束をまとったSSフレームメイデンは、店名を書いた看板を掲げている割に客引きらしくない。
周囲の客へのアピールもそこそこに、スカイブルーのロングヘアを揺らしながら、俯き加減でしきりにスーツの胸元を弄っているのだ。
「サイズが合ってないのかな……?」
よく見れば控えめな胸元のみならず、薄い尻回りもわずかに布がだぶついているように見える。
店の看板ともいえる客引きメイデンにサイズ違いの衣装を着せるとは、どういう魂胆であろうか。
「まさかフィットした衣装を用意する余裕もない店だなんて事はないと思うけど……」
考えていても仕方ない。
ルースはメイデンに歩み寄った。
「ねえ」
「わひゃっ!?」
自分の胸元に集中していたメイデンのセンサー感度はおそろしく低下していたらしい。
ルースに呼びかけられ、狼狽した声をあげたメイデンの指先が滑る。
小さな双丘にくっつくかくっつかないかという案配だったボディスーツはぺろんとめくれ、愛らしい膨らみと先端の桜色を晒す。
「わっ、わぁっ!?」
慌てて両手で胸を抱きしめ、しゃがみこむメイデン。
手放された看板が倒れ、派手な音を立てた。
しゃがんだまま何とか胸元の状態を整えたメイデンは、上目遣いで恨めしげにルースを睨みながら立ち上がる。
「……見た?」
「えー、そりゃまあ」
「うぅ……えっちぃ……」
「えっちな店の呼び込みしてる子に言われてもなあ」
「そうだけどぉ……」
子供っぽく頬を膨らませるメイデンと会話するうちに、ルースの中で奇妙な衝動がもたげてきた。
春を売る者とも思えない恥じらいを見せ、子供っぽく抗議する小さなメイデンをもっと構いたい、弄りたいという想い。
可愛い女の子をからかいたいという、如何にも男の子らしい衝動であった。
ミルチャを連想させる小柄な姿でありながら、まったく違う様子にルースの中の忌避感は溶けていく。
「君の店、ヒスイさんってメイデン、居る?」
「ヒスイ姉さん? うちの支配人だよ。 何か御用?」
「うん、紹介状貰っててね」
封筒を見せると、メイデンは小さく頷いた。
「うん、一名様ご案内、ね。 こっちだよ」
看板を片手に拾い上げたメイデンはルースを手招きする。
両手の守りが失われた胸元は、ボディスーツに仕込まれたカップの重量に耐えきれないのか、再びぺろんと剥がれ落ちた。
店頭に掲げられたポップな色合いの看板には「SSフレーム専門店 クラウディハーツ」と大書きしてあった。
その店内はクラブ・エルジェーベトと比べると、如何にも「その手」の店という雰囲気を漂わせている。
バニーメイデンに案内されて入店するルースは、待合室に並ぶ男達の欲望にギラつく目付きに、初めて娼館らしい雰囲気を感じとった。
「ヒスイ姉さーん、お客さんだよー……」
右手に看板をぶら下げたバニーメイデンは、左手でがっちりと胸元を押さえつけたまま、テンション低く店内に呼びかけた。
ライムグリーンの長い髪をゆったりとした三つ編みに編み込んだ、ブレザー姿のメイデンが奥から現れる。
バニーメイデン同様のSSフレーム、看板に偽りはないようだ。
「あら、お客さんを案内できたのね、チグサさん。 偉い偉い」
目尻を下げてコロコロと笑いながら三つ編みのメイデン、ヒスイはバニーメイデンの頭を撫でる。
くすぐったそうな顔で撫でられているバニーメイデン、チグサと妹分を甘やかすヒスイの姿に待合室の男達は一様にほっこりとした微笑みを浮かべた。
「……なんか変な店だな……」
客の様子にちょっと引きながら呟くルースに、ヒスイは向き直った。
小首を傾げてにっこりと微笑む目元には小さな泣き黒子。
「いらっしゃいませ、クラウディハーツへようこそ。 初めてのお客様ですね?」
「あ、はい。 実は貴女へと紹介状を貰ってまして」
封筒を差し出すとヒスイは「まあ、ラブレターなんて」と口元を押さえながら受け取る。
SSフレームらしい細く控えめなボディラインの持ち主だというのに、ふとした仕草にシノノメにも劣らぬ色気を醸し出す、不思議なメイデンであった。
「まあ、ランディさん! 何年もご無沙汰なのに、いきなり自分の弟子の面倒を見てくれだなんて、勝手な殿方ね!」
紹介状を読んだヒスイは、笑みを含んだ声音で怒った口調を作りながら、楽しそうに呟いた。
「親父っさ……いえ、ランディさんとは親しいんですか?」
「ええ、彼のことならよーく存じてますよ。
だって、ヒスイが彼の初めての女ですもの」
薄々そうだろうと思っていたが、にこやかに応じるヒスイの様子に納得する。
自分の初めての相手だけに店主はヒスイを信頼しているのだろう、ルースがシノノメに対して無条件に近い信頼を感じているかのように。
だが、ルースは同時に疑問にも思っていた。
「彼の初めて」と言った時に、立てた人差し指を手首ごと回した、ドリルのようなゼスチャーにはどんな意味があるのだろう。
「ふふ、あんなに可愛らしく鳴いてた坊やに、お弟子さんまで居るなんて。
立派になって、お姉さん嬉しいわ」
ヒスイの手首がぐりぐり回る。
「は、はぁ……」
多分、深く追求しない方がいい。
ルースの第六感がそう告げていた。
「それで、ルースさん? ヒスイがルースさんのお相手を務めさせていただきますけど、それでよろしいかしら?」
「あ、そのー……」
ルースは口ごもった。
小型メイデンへの忌避感は薄れつつあるが、尊敬する親父さんと穴兄弟になるのはどうかという思いがある。
それになにより、あの手の動きが気になった。
あれは何か、ヤバい気がする。
「え、えっと、彼女はダメですか?」
ルースを案内した後、所在無さげに剥がれ落ちそうな胸元と格闘し続けているチグサを指さす。
「え、わ、私?」
「まあ、お目が高い!」
泡を食った声をあげるチグサとは裏腹に、ヒスイは両手を打ち合わせて微笑んだ。
「ヒスイたち自慢の末妹、きっとご満足いただけますわ!」
「ま、待って姉さん! 私!」
「そうと決まればこうして居られません、さあさ準備しましょうね!」
ヒスイはチグサの手を掴むと店の奥へと引っ張り込む。
「姉さん! 待ってってばぁ! 無理だよ、私ぃ」
「チグサさん、そろそろ苦手意識は払拭しないとダメよ」
奥から漏れ聞こえる声に、店頭に置き去りにされたルースは眉を寄せて呟いた。。
「……苦手って、こういう店にいるのに……?」
できる上司と呼ばれる人々は、大抵そういったスキルを有しているものだ。
その観点からすると、ルースの不調にいち早く気付いた満腹食堂の店主は、なかなか良い上司と言える。
そもそも彼は料理人であり、豪傑じみたむさ苦しい外見とは裏腹に神経細やかな一面も備えていた。
食材の状態を見極める観察眼は必須スキルなのだ。
もっとも、目元に青タンを作り顔中腫らして出勤してきたルースの有様を見れば、彼でなくとも異常に気付きそうではあるが。
店主はルースの雇い主であり師でもあるが、保護者という訳ではない。
プライベートに立ち入り、ああしろこうしろと指示する気は毛頭なかった。
どこかで喧嘩でもしてボコボコにされて帰ってきたルースを、若いうちはそういう経験も良かろうと苦笑しつつ見守っていたのだ。
だが、業務に支障が出るとあっては、口出しせざるを得ない。
ボーナスが出た直後、意気揚々と出かけたかと思えばボロボロになって帰ってきて以来、ルースは明らかに態度が変わった。
店主や客に対してではない、サクラに対してだ。
小さなメイデンの一挙手一投足に反応し、びくついている。
これまではサクラに対して好色な視線を向けている事もあったが、それとも違い明らかに怯えていた。
接客中のサクラの動きに驚き、運んでいた料理を取り落としたり皿を割ったりといったミスが続いている。
「話を聞かんとな」
そういう訳で店主は閉店後に帰宅しようとするルースを呼び止め、ミーティングルーム代わりの客席で差し向かいに座っていた。
ルースがビクつくのでサクラは二階の生活区域に引っ込ませている。
「サクラに何かされたのか?」
店主の言葉に、ルースは俯く。
「いえ、サクラちゃんが悪いんじゃないです……」
己がサクラに対してとってしまうリアクションを自覚していたらしいルースは、ぽつぽつと話しはじめた。
「お前、馬鹿じゃねえか。
なんでそんな怪しげなのについていくんだ」
美人局に引っかかってボコボコにされた挙げ句に有り金全部巻き上げられた顛末を聞き、店主は呆れ返った。
若いうちは何でも経験すべきとは思うが、こういう馬鹿な経験は積まなくてもいい。
「それで、その美人局に酷い目に遭わされたから、小さいメイデンが怖くなっちまったのか」
ルースは恥じ入ったように俯いたまま頷いた。
「その美人局の子がサクラちゃんにちょっと似てたから……」
サクラにとっては、とばっちりでしかない話である。
店主は太い腕を組み、ため息を吐いた。
そんなのに引っかかったお前が悪い、甘えるなと言ってしまうのは簡単である。
だがそれではルースの抱えたトラウマは解消されないし、今後もサクラとの間にぎくしゃくした状態が続いてしまうだろう。
店内で店員同士の空気が悪い店になど、誰が来たがるものか。
店の評判自体にまで関わりかねない問題であると店主は判断した。
「仕方ねえな」
店主は表情を改めて頷くと立ち上がった。
意気消沈したままのルースは、不安げに店主を見上げる。
「ちょっと待ってろ」
言いおいて、二階へあがる。
「く、くびかなあ……」
閉店後の店内に一人残されたルースは、店主の様子に戦々恐々とした。
やがて、店長は便箋を封筒に入れながら階下へ戻ってくる。
「ほれ」
言葉同様にそっけない茶封筒をルースに渡す。
「こ、これは?」
「紹介状だ。
歓楽エリアのクラウディハーツって店に行って、そこの支配人のヒスイってメイデンに渡せ。
メイデンに付けられた傷はメイデンで癒せばいい。
彼女なら、お前のトラウマをなんとかしてくれるはずだ。
あと、こっちは代金な」
クレッドのプラスチックカードも渡され、ルースは慌てた。
「お、親父っさん! こ、こんなにしてもらうなんて」
「いつまでも腑抜けられてちゃ困るからな、しゃっきりせい」
「は、はい……!」
封筒とカードを胸に押しいただき、ルースは店主の親心に思わず涙しそうになった。
「あ、代金の方は次のボーナスの前渡しだからな?」
「……はい」
「メイデンで癒せったってなぁ……」
店主に送り出されるまま、夜の歓楽街を訪れたルースは手の中の封筒に目を落として溜息を吐いた。
癒してもらうならばシノノメにお願いしたい所だが、それは叶わぬ事だ。
彼女ほどに癒しを感じられるメイデンに出会えるものだろうか。
愛らしい外見にも関わらず、自分を完全に獲物としか見ていなかったミルチャの事も連鎖的に思いだし、ルースはぶるりと背を震わせた。
彼女の粗暴な主に加えられた暴行は、荒事に縁のないルースの心身に大きな傷を刻んでいる。
「まあ、行くだけ行ってみるか……」
またああいう手合いに出くわすかも知れない。
正直、あまり気乗りはしないが、店主の心遣いを無にするわけにもいかない。
「それに、親父っさんの紹介だ、ろくでもない店って事はないだろ、多分」
意を決して歩み出す。
夜の歓楽街は、前に訪れた昼間とはまた違った表情を見せていた。
美貌のメイデンたちが競ってアピールし、店へと誘う事には変わりないものの、その肌の露出は昼間とは段違い。
ギリギリのラインを攻めるメイデンたちの柔肌が、ネオンライトに妖しく浮かび上がる。
まさにこのエリアの本領の時間であった。
「うーん、眼福眼福」
ルースは締まりのない笑みを浮かべながら客引きメイデン達の艶姿を鑑賞する。
メイデンに酷い目に遭わされたとは言っても、そこはそれ、若い性欲はその程度で懲りたりはしない。
肌も露わな色っぽいメイデン達に鼻の下もぐんぐん伸びる。
とはいえ、彼が熱い視線を向けるのはMフレーム以上のグラマラスなお姉様タイプのメイデンばかり。
ミルチャに負わされたトラウマもさることながら、キキョウにシノノメとルースが知るメイデンはそういうタイプが多い。
少年の性的嗜好は刷り込み気味に確定しかかっていた。
「おっと、いかんいかん、紹介された店を探さないと」
ひとしきり鑑賞したルースは本来の目的を思い出して顔を引き締めた。
土地勘のないエリアで闇雲に動いても仕方ない。
店の名前は判ってるので人に聞くのが一番だ。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが」
話しかけられたおっとり系金髪巨乳メイデンは自分の店の事ではないにも関わらず、にこやかに応対してくれた。
「クラウディハーツでしたら、あの子がそこの子ですよー」
背中がほぼ丸見えのドレスのメイデンが指差す先には、バニーガール姿の小柄なメイデンがサンドイッチマンよろしく看板を持って佇んでいた。
看板といい、小さなその姿といい、ミルチャを露骨に思い出してしまい、ルースの喉がゲッと妙な音を立てた。
「あの子の店に用があるんじゃないのー?」
「あ、う、うん、ありがとうお姉さん、次はお姉さんの店に行かせてもらうから」
怯んではいられない。
おっとりと手を振る金髪巨乳メイデンに一礼して、クラウディハーツのメイデンに向き直った。
黒いストッキングに赤いボディスーツと白いウサギ耳。
シャギーの入った長い髪はスカイブルーの派手な色合い。
この手の派手な髪の色はタウン48では娼婦担当として製造されたメイデンに多い色合いだ。
頭髪からも人目を惹こうという設計思想である。
古式ゆかしいバニーガール装束をまとったSSフレームメイデンは、店名を書いた看板を掲げている割に客引きらしくない。
周囲の客へのアピールもそこそこに、スカイブルーのロングヘアを揺らしながら、俯き加減でしきりにスーツの胸元を弄っているのだ。
「サイズが合ってないのかな……?」
よく見れば控えめな胸元のみならず、薄い尻回りもわずかに布がだぶついているように見える。
店の看板ともいえる客引きメイデンにサイズ違いの衣装を着せるとは、どういう魂胆であろうか。
「まさかフィットした衣装を用意する余裕もない店だなんて事はないと思うけど……」
考えていても仕方ない。
ルースはメイデンに歩み寄った。
「ねえ」
「わひゃっ!?」
自分の胸元に集中していたメイデンのセンサー感度はおそろしく低下していたらしい。
ルースに呼びかけられ、狼狽した声をあげたメイデンの指先が滑る。
小さな双丘にくっつくかくっつかないかという案配だったボディスーツはぺろんとめくれ、愛らしい膨らみと先端の桜色を晒す。
「わっ、わぁっ!?」
慌てて両手で胸を抱きしめ、しゃがみこむメイデン。
手放された看板が倒れ、派手な音を立てた。
しゃがんだまま何とか胸元の状態を整えたメイデンは、上目遣いで恨めしげにルースを睨みながら立ち上がる。
「……見た?」
「えー、そりゃまあ」
「うぅ……えっちぃ……」
「えっちな店の呼び込みしてる子に言われてもなあ」
「そうだけどぉ……」
子供っぽく頬を膨らませるメイデンと会話するうちに、ルースの中で奇妙な衝動がもたげてきた。
春を売る者とも思えない恥じらいを見せ、子供っぽく抗議する小さなメイデンをもっと構いたい、弄りたいという想い。
可愛い女の子をからかいたいという、如何にも男の子らしい衝動であった。
ミルチャを連想させる小柄な姿でありながら、まったく違う様子にルースの中の忌避感は溶けていく。
「君の店、ヒスイさんってメイデン、居る?」
「ヒスイ姉さん? うちの支配人だよ。 何か御用?」
「うん、紹介状貰っててね」
封筒を見せると、メイデンは小さく頷いた。
「うん、一名様ご案内、ね。 こっちだよ」
看板を片手に拾い上げたメイデンはルースを手招きする。
両手の守りが失われた胸元は、ボディスーツに仕込まれたカップの重量に耐えきれないのか、再びぺろんと剥がれ落ちた。
店頭に掲げられたポップな色合いの看板には「SSフレーム専門店 クラウディハーツ」と大書きしてあった。
その店内はクラブ・エルジェーベトと比べると、如何にも「その手」の店という雰囲気を漂わせている。
バニーメイデンに案内されて入店するルースは、待合室に並ぶ男達の欲望にギラつく目付きに、初めて娼館らしい雰囲気を感じとった。
「ヒスイ姉さーん、お客さんだよー……」
右手に看板をぶら下げたバニーメイデンは、左手でがっちりと胸元を押さえつけたまま、テンション低く店内に呼びかけた。
ライムグリーンの長い髪をゆったりとした三つ編みに編み込んだ、ブレザー姿のメイデンが奥から現れる。
バニーメイデン同様のSSフレーム、看板に偽りはないようだ。
「あら、お客さんを案内できたのね、チグサさん。 偉い偉い」
目尻を下げてコロコロと笑いながら三つ編みのメイデン、ヒスイはバニーメイデンの頭を撫でる。
くすぐったそうな顔で撫でられているバニーメイデン、チグサと妹分を甘やかすヒスイの姿に待合室の男達は一様にほっこりとした微笑みを浮かべた。
「……なんか変な店だな……」
客の様子にちょっと引きながら呟くルースに、ヒスイは向き直った。
小首を傾げてにっこりと微笑む目元には小さな泣き黒子。
「いらっしゃいませ、クラウディハーツへようこそ。 初めてのお客様ですね?」
「あ、はい。 実は貴女へと紹介状を貰ってまして」
封筒を差し出すとヒスイは「まあ、ラブレターなんて」と口元を押さえながら受け取る。
SSフレームらしい細く控えめなボディラインの持ち主だというのに、ふとした仕草にシノノメにも劣らぬ色気を醸し出す、不思議なメイデンであった。
「まあ、ランディさん! 何年もご無沙汰なのに、いきなり自分の弟子の面倒を見てくれだなんて、勝手な殿方ね!」
紹介状を読んだヒスイは、笑みを含んだ声音で怒った口調を作りながら、楽しそうに呟いた。
「親父っさ……いえ、ランディさんとは親しいんですか?」
「ええ、彼のことならよーく存じてますよ。
だって、ヒスイが彼の初めての女ですもの」
薄々そうだろうと思っていたが、にこやかに応じるヒスイの様子に納得する。
自分の初めての相手だけに店主はヒスイを信頼しているのだろう、ルースがシノノメに対して無条件に近い信頼を感じているかのように。
だが、ルースは同時に疑問にも思っていた。
「彼の初めて」と言った時に、立てた人差し指を手首ごと回した、ドリルのようなゼスチャーにはどんな意味があるのだろう。
「ふふ、あんなに可愛らしく鳴いてた坊やに、お弟子さんまで居るなんて。
立派になって、お姉さん嬉しいわ」
ヒスイの手首がぐりぐり回る。
「は、はぁ……」
多分、深く追求しない方がいい。
ルースの第六感がそう告げていた。
「それで、ルースさん? ヒスイがルースさんのお相手を務めさせていただきますけど、それでよろしいかしら?」
「あ、そのー……」
ルースは口ごもった。
小型メイデンへの忌避感は薄れつつあるが、尊敬する親父さんと穴兄弟になるのはどうかという思いがある。
それになにより、あの手の動きが気になった。
あれは何か、ヤバい気がする。
「え、えっと、彼女はダメですか?」
ルースを案内した後、所在無さげに剥がれ落ちそうな胸元と格闘し続けているチグサを指さす。
「え、わ、私?」
「まあ、お目が高い!」
泡を食った声をあげるチグサとは裏腹に、ヒスイは両手を打ち合わせて微笑んだ。
「ヒスイたち自慢の末妹、きっとご満足いただけますわ!」
「ま、待って姉さん! 私!」
「そうと決まればこうして居られません、さあさ準備しましょうね!」
ヒスイはチグサの手を掴むと店の奥へと引っ張り込む。
「姉さん! 待ってってばぁ! 無理だよ、私ぃ」
「チグサさん、そろそろ苦手意識は払拭しないとダメよ」
奥から漏れ聞こえる声に、店頭に置き去りにされたルースは眉を寄せて呟いた。。
「……苦手って、こういう店にいるのに……?」
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この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
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物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
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