機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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 トラブルサポートフロアの掲示板には、日々多くの依頼が張り出されている。
 フィオはこれまで探索や調査などの砂潜り向けの依頼にしか注意を払っていなかった。
 だが、改めて見てみれば、荒事メインの依頼も数多い。

装甲機生体アービング狩り以外も結構あるもんだね」

 その中でも山賊退治とキャラバン護衛をピックアップする。
 これらの依頼が多い地域は、必然的に山賊の活動が活発なエリアだと推測できるからだ。

「タウン75の近辺は他地域に比べると、平均1.95倍の依頼があります」

 フリスのCPUは掲示板をちらりと見ただけで演算結果を弾き出した。
 ちなみにスコールは彼女の隣で、貼り付けられた依頼票がエアコンの風に揺れる様子をじっと観察している。

「タウン75ってどんな所だ?」

 バンは生まれてこのかたタウン48以外のタウンを訪れた事がない。
 
「あれ、知らない? タウン48傘下の小規模タウンだよ」

 実際に訪れた事のあるフィオが記憶を辿りながら解説する。

「稼働してる食料プラントがある……というか、それしかプラント持ってないタウンで、まあ、ご飯は美味しかった。
 ……昔、行った事がある。 兄貴と、キキョウさんと一緒に」

「……そっか」

 今は亡き兄貴分と奪われたメイデンへ想いを馳せるフィオに、バンは小さく頷いて金魚鉢兄弟バースブラザーの肩を叩いた。

「まずはタウン75に行ってようぜ、山賊が多いってのなら連中の情報も有るかもしれねえ」

「そうだね。
 せっかくだからキャラバン護衛の依頼も受けておこう」



 タウンやそれ以外の人類居留地コロニーを回る交易商人は、この時代の物流の要である。
 とはいえ、その規模はあくまで個人単位。
 ガバメント主導による交易はほとんど行われておらず、最終戦争前に比べれば余りにも貧弱な物流でしかない。
 各タウンのマザーが、同類に気を許さない事が原因であった。

 その中でも、タウン48とタウン75の関係は例外と言える。
 小規模タウンであるタウン75のマザーは、拡大するタウン48の勢力圏と接触すると、即座に徹底した対応を行った。

 徹底的に尻尾を振ったのである。

 アーミーを解体し、プラントから生産された食料の六割を献上し、さらには己の主要構造物であるメインCPUの半分を物理的に差し出した。
 土下座して足の裏を嘗め回すが如き、なりふり構わない降伏ぶりであった。

 さしものシヤもここまでして命乞いする相手に毒気を抜かれたのか、タウン75はタウン48傘下として命脈を保っている。
 数十年前、このような経緯でタウン48に下ったタウン75は定期的に食料を献上し続けていた。 

 この時代において珍しい、ガバメント公認キャラバンである。
 公認キャラバンはガバメント肝煎りなだけにアーミーの護衛が付いており、弾薬虫アモワーム砂潜りサンドモールの出る幕はない。
 彼らを必要とするのは個人営業のキャラバンである。

 フィオとバンは掲示板に貼られた護衛希望依頼の内、手頃な一件を選ぶと受付カウンターへ向かった。

 しかし。

「なんで僕は受けちゃいけないんですか!」

 フィオの怒声が、トラブルサポートフロアに響く。

 受付カウンターに両手を叩きつけて怒りを露わにする少年砂潜りに、カウンターの向こうの受付メイデンは困ったように微笑んだ。

「マザーからの指示です。ランク5砂潜りフィオはタウンからの外出が禁じられています」

 そう告げる受付メイデンの微笑みはぎこちない。
 ランク5の新米如きに随分とイレギュラーな指示だ、彼女も不審を感じているのだろう。
 だが、彼女もガバメントに仕えるメイデンである以上、マザーの意向に異を唱えることはない。
 たとえ、どんなに不審な指令であっても。

「くっ……」

 何事か言いかけたフィオは唇を噛みしめて言葉を呑んだ。
 マザーへの悪罵は余所ならともかくお膝元たるガバメントでは見逃されることはない。

「あー、その、そういう事ならちょっと俺らで相談しますんで。
 フィオ、ほらこっちだ」

 バンは受付メイデンに愛想笑いをすると、押し殺しきれない怒りに震える金魚鉢兄弟バースブラザーの腕を掴んでカウンターから離れた。

「……くそっ、やってくれる……」

「なんて陰険な……」

「お前ら、頼むから主語を付けてくれるなよ、誰に対しての言葉って明確にするなよ?」

 フロアのベンチに座りぶつぶつと恨み言を呟くフィオ主従をバンは懇願するように宥めた。
 スコールも主同様に何とかフィオを宥めなくてはと、フィオの頭を撫でる。

「ちょっと、何やってるんです、スコール」

「……いいこいいこ?」

「マスターがいい子なのは当然です、それは私の役目です!」

 負けじとばかりにフリスもフィオの頭を撫で始める。

「君らね……」

 二体のメイデンにいい子いい子されたフィオは、毒気を抜かれたように溜息を吐いた。

「なんだ、俺がいい子いい子してやらなくても落ち着いたか?」

「殴るよバン。 まあ、あれがマザーの意向だって言うなら従うさ」

 じろりとカウンターの方を睨んだ。
 熾火のように燃える剣呑な眼光は、あどけなさの残る少年の顔を凶相へと変える。
 だが、メイデン達に撫で撫でされたままでは、凄みも何もあったものではない。

「バン、君だけでもタウン75へ行ってくれないか?」

「おう、向こうでの調べ物は任せろ。
 その間、お前はどうするんだ?」

「タウンから出れない以上は仕方ない、タウン内で片づく仕事をしながら少しでも情報を集めるよ」

「判った、それで行こう」

 フィオは頭を撫でる二本の手から逃れるように立ち上がった。

「余所のタウンへ行くの、初めてなんだろ?
 気を付けてね」

「ああ、そっちもな。 どこに聞き耳があるかわからないしな」

 声を潜めて囁く金魚鉢兄弟バースブラザーにフィオは憮然とした顔で頷いた。




 照り付ける太陽が勢いを失い、そろそろ地平の向こうで一眠りする準備を始めた頃。
 黄昏の大通りから離れた路地にロスは足を運んでいた。

「さて、随分久しぶりだが、まだ生きてるのかね、あの大将」

 古びた雑居ビルの地下へ降りる。

 突き当りの扉には、乱暴にSilverBulletと書きなぐられた札が掛けられていた。
 蝶番がわずかに軋む扉を押し開ける。

 薄暗い地下室は縦長構造のシックな酒場バー
 よく磨かれたバーカウンターとスツールがいくつか。
 カウンターの中でグラスを磨いていた老人が、戸口のロスへと視線を向けた。
 初めて訪れた時から変わらない、客商売とは思えぬ凶悪な眼光にロスは頬をゆるめた。

「よう、大将。 久しぶり」

「なんだロス、まだ生きてやがったのか」

 しわがれ声の毒舌もまた懐かしい。
 このバーには、かつてゼンクと共によく通っていた。
 材料不明のカクテルをってはへべれけになっていたものである。
 金魚鉢兄弟バースブラザーが逝ってからは、なんとなく足が遠ざかっていたが。

「こっちの台詞さ、順当に行くならくたばるのが先なのはあんたの方だろうが」

 憎まれ口を返しながら入店する。
 壁際に佇むメイド服を着込んだ2体のメイデンが礼をする。
 長身でグラマラスな方はしとやかに、小柄で赤いフレームの視覚補正オプション眼鏡を掛けた方はぎこちなく。

「シルバさんも久しぶり。 そっちの子は新顔か」

「ああ、若いのを雇ってな。 そいつのメイデンだよ」

 店主の言葉になるほどと頷きながらスツールに腰を下ろす。
 ロスが注文をしないうちに、店主はシェーカーを振りはじめていた。

「おいおい、まだ注文してないぜ、大将」

「いつものだろう?」

「まあ、そうだがね」

 ロスの「いつもの」は店主のきまぐれカクテル。
 手を伸ばした先で適当に掴んだ酒瓶から目分量で大雑把に注ぎ入れ軽くステアしただけという言語道断なカクテルでありながら、不味かったことは一度もない。
 カクテルグラスではなくタンブラーにシェーカーの中身を注ぐと、ロスの前にドンと置く。

「そら」

「おう」

 ぐっと呷ると、わずかな苦みを伴った爽やかな酸味が喉を駆け降りていく。

「今日のも悪くない」

「へっ、そいつぁどうも」

 しばし、ロスが酒を啜る音だけが店内を支配する。
 店主は無言でグラスを磨く作業に戻り、グラマラスなメイデンは変わらぬ微笑みを浮かべたまま待機している。
 より経験の少ない、赤い眼鏡のメイデンだけが手持ち無沙汰に店主とロスの間で視線を走らせていた。

「それで」

 タンブラーグラスの中身が三分の一ほどになった所で店主が口を開く。

「久しぶりに爺の酒を飲みに来ただけって訳じゃねえんだろ?」

「まあな」

 タンブラーを置きながら、ロスは頷いた。

「……大将、キキョウの事は覚えてるか、ゼンクのメイデンだ」

「ったりめえだ、まだボケちゃいねえぞ。
 ゼンクの奴が逝っちまってからは奴の弟子が引き継いだ子だろう。
 大体、Aクラスメイデンなんざ、そうは居ねえんだ。 忘れっこねえよ」

 仏頂面で答えた店主は、不意にいたずら坊主のような笑みを浮かべる。

「んで、弟子の坊主はどこかであの子を失った」

「流石、耳が早いな……」

 期待していた事とはいえ、ロスは店主の情報収集能力に内心舌を巻いた。

 かつては腕利き砂潜りとして名を馳せた店主は、引退後はバーを経営しつつ昔の伝手を活かして情報屋のような事もしている。
 ロスが久しぶりにシルバーバレットを訪れたのは、彼の耳の良さを期待しての事であった。
 
 だが、その店主をしてもフィオがキキョウを失った事までしか把握していない。
 そこから先は当事者から話を聞いたロス達か、あるいは報告を受けたマザーしか知らない情報である。

「その話には続きがある、キキョウは破壊された訳じゃない」

 ロスはフィオに聞いた顛末を掻い摘んで話した。
 情報屋に情報を流すリスクは重々承知している。
 そのため、特級の厄ネタである真の漢トゥルーガイがらみの話は省いた内容になった。

「ふぅん、山賊にねえ、Aクラスメイデンが……」

 店主は顎を撫で、片眉を上げながら呟いた。
 状況に不審を抱いてる。
 だが、そこまでロスが勘案する事ではない。

「キキョウをさらった山賊について、何か判ったら知らせてくれないか」

「あいよ。 まあAクラスを仕留めるような山賊がいつまでも大人しくしてるとは思えんしな」

 店主は大きく頷いて請け負った。
 Aクラスメイデンを倒すような強力な山賊の情報は、砂潜りや弾薬虫に対して売り物になる。

「しかしまあ、きな臭い話だな……。
 タウンの中だけでなく外にも妙なのが跋扈してやがる」

「へえ? タウンの中にも何かあるのか?」

「ああ」

 店主はわざとらしく声を潜めた。

「デッドマンさ」
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