機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

文字の大きさ
49 / 125

33

しおりを挟む
 ガバメントへ向かうバン主従は思わぬ障害のためにタイムロスを余儀なくされていた。

「……きゅうかくせんさーに、かんあり」

「やばい、なんだこの匂い、めっちゃ腹に来る」

 胃袋を直撃する、未体験の強烈な芳香に足が止まる。

「ますたー、ますたー、あそこ」

「屋台か……デンガクケバブにちょっと似てるな、なんだろう」

 大通りに並ぶ屋台の中に、もうもうと煙を上げているものが何軒かある。
 鉄板や網で串に刺した何かを焼いていた。

「もしかして、肉かな?」

 見知らぬ食べ物の正体を想像する。
 大豆タンパクをベースにしたソイフードが主食であるタウン48では、本物の肉は高級品だ。
 下流の生活を営む人間の口に入る事などないし、当然バンも食べた事がない。
 だが、食料事情が良いというタウン75でなら、安価に本物の肉を食べられるかも知れない。

「おじさん、それ何を焼いてるんだい? もしかして肉?」

 期待を胸に、手近な一軒で声を掛ける。
 頭にタオルを巻いた店主は焼いていた串を持ち上げると、煤けた顔に人懐っこい笑みを浮かべた。

「他所からのお客さんかね? こいつはホルモンってんだ」 

「ホルモン?」

「牛の内臓だよ」

「え、内臓!?」

 バンは思わず後ずさった。
 食肉が家畜の肉であるという程度の知識はあるが、それらがどのように生産され流通しているかなど、ろくに知りはしない。

タウン75うちは食肉加工も主要な産業でね。どうしても内臓は余るんだよ。
 だからと言って捨てちまうのは勿体ない。こいつも旨いんだぜ?」

 古来より精肉業と内臓料理は切っても切れない関係である。
 商品としては価値の低い内臓も、地元の人々の貴重な栄養源となってきたのだ。

「う、うーん……」

 説明を受けてもバンの顔は引きつったままだ。
 内臓と聞くとどうにもグロテスクな印象が拭えないし、串に刺された肉片は腸か何かなのか、奇妙にぶよぶよしていて見た目が悪い。
 直線で切り分けられて配布されるソイフードと比べたら、醜悪とすら言えるほどだ。
 やはり遠慮しようと思ったバンであったが、その袖がクイクイと引っ張られた。

「スコール?」

「ますたー、あれ、たべたい」

「……お前、チャレンジャーだなあ」

 バンは溜息をついて串を一本注文した。

「ほいよ、お待ち!」

 ころころとしたマルチョウが5個刺さった串を手渡される。
 塩コショウを振られた熱々のマルチョウ串から爆ぜる脂の匂いに、バンの腹が大きな音を立てた。
 それでも、このぶよぶよとした物体を口に入れる気にはなれない。

「ほら、スコール」

「わぁ」

 串を渡されたスコールは、見た目の悪さなどにまったく躊躇せず串に食いついた。

「んっ……あまい……?」

「え、甘いの?」

「脂の甘味だなあ。 肉の旨さってのは脂の旨さに掛かってるって言ってもいい。
 マルチョウは見た目は悪いが脂はたっぷり乗ってて旨いんだぜ」

「へぇ……」

 屋台の店主の解説にバンは感心する。
 彼の知る旨いものといえば、ソイフードを合成調味料で加工した食品ばかり。 脂の旨味などと言われても想像もつかない。

「あつ、あつ、おいし」

 スコールは上機嫌で串をもう一口頬張る。
 マペットの頃の尻尾が残っていれば、ぶんぶん振り回されていると思われるほどのご機嫌さに、バンは小さく唾を呑んだ。

「そんなに旨いか?」

「うん!」

「……一口分けてくれ」

「……うん」

 従順なスコールには珍しく、一瞬の遅延の後に食べかけの串が差し出される。
 受け取って、一口齧る。
 ぶよぶよの肉塊は見た目通りの感触であったが、噛みしめると熱い液体がじゅわっと染み出して口内に溢れた。
 スコールの言う通り、わずかに甘さを感じる脂の味を振られた塩コショウが複雑に彩り、バンの未熟な味蕾を蹂躙する。
 呑みくだすと舌の上には濃い後味と、一抹の寂しさが残った。

 間違いなく、旨い。

 思わずもう一口齧ろうとして、スコールが無言でじっと見上げている事に気付き、串を返した。
 露骨にホッとした様子でスコールは串にかぶりつく。

「どうだね兄ちゃん、旨かったろう?」

 にやにやしながら話しかける店主に大きく頷く。

「内臓って聞いてビビっちまいました。 3本、いや、4本追加で頼んます」

「あいよ、毎度!」




 タウン75のガバメントはメイデンバトル用のコロシアムを併設している。
 最終戦争前の野球場スタジアムを再利用したコロシアムは巨大な施設であり、本来メインとなるべき行政部分は施設外部に飛び出した、元は売店であったと思しき建物である。
 ガバメントの施設がコロシアムを背負っていると評することもできなくはないが、客観的に見るならば明らかにオマケはガバメント部分であった。

 ホルモン串を堪能したバンは、ようやくたどり着いたガバメント施設を驚きを持って見回す。
 
「……なんというか、カルチャーショックって奴を感じるな」

 タウン48育ちのバンにとってガバメントといえばタウンで最も大きく威厳ある建物という印象だ。
 故郷とは余りにもかけ離れたタウン75の有り様に、呆れとも感心ともつかない言葉が洩れる。
 食べ終わった串を咥えてぴこぴこと動かしながら、スコールは入り口を指さした。

「あんまり、ひと、いない……」

 タウン48の3割以下の人口しかいない小規模タウンとはいえ、ガバメントを訪れている人影は遠目にもまばらであった。

「仕事の斡旋とかやってねえのかな……。
 まあいい、行ってみようぜ」

「うん」

 近くで観察すると、二階建てのガバメント施設のコンクリート壁には経年劣化のひび割れが大きく走り、見るからにくたびれ果てている。
 まるで廃屋だ。

「ほんとにガバメントなのかよ、ここ……」

 一抹の不安を覚えながらも正面のガラス扉の前に立つと、軋みながらスライドした。
 自動ドアの機能はなんとか生きている。
 ガバメントを訪れるというよりも、未踏の廃墟への探索行を行っているような気分になりつつ内部へ踏み込んだ。

 室内はタウン48のガバメントと同じくエアコンの利いた清涼な空気に満たされており、警戒心を上昇させていたバンは思わず安堵の吐息を漏らした。
 もっとも、オアシスのあるタウン75は余所よりも気候がマイルドであり、エアコンの恩恵はあまりないのだが。 
 受付カウンターと情報検索用の多目的端末がいくつか置かれた室内はタウン48のトラブルサポートエリアを大きくスケールダウンしたような風情であるが、ベンチは置かれていない。
 そのためベンチにたむろする人影は居ないのだが、受付カウンターの方にもほとんど人影はなかった。

 唯一開いたカウンターの職員は大きく足組みをして席に着き、タブレット端末でメイデングラビアを鑑賞している。
 よれたワイシャツに緩んだネクタイの中年男からは明らかにやる気が感じられなかった。

「……メイデンが受付じゃないんだな」

 メイデンファクトリーを有する為どこにでもメイデンが配備され、行政施設が完全にオートメーション化されていた故郷との差に思いを馳せる。

「あの、すいません」

 恐る恐る声を掛けると、職員はタブレットから顔を上げずに目線だけバンへ向けた。

「……何か?」

「えーと、ここ、ガバメントですよね?」

「見てわかんねえのか?」

 舌打ちと共に吐き捨てられた声に、バンは目眩を覚えそうになる。
 故郷の受付メイデンたちの接客態度はなんと素晴らしかった事か。
 バンは初めてホームシックというものを感じた。

「……仕事が欲しいなら、そこの端末で勝手に検索しろ」

「い、いや、仕事が欲しいんじゃなくて。
 ここでメイデンバトルってのやってるって聞いて」

 職員は初めてバンに向き直った。
 大柄な少年の脇に控える小さなメイデンの存在をようやく知覚したようだ。

「……失礼」

 一声発すると同時に、職員の両手が稲妻のような速度で動き始めた。

 タブレットを閉じて机の引き出しに放り込む。
 よれたワイシャツの裾をぴんと引っ張り皺を伸ばすと、恐ろしい速度でネクタイを締め直す。
 胸ポケットから取り出した櫛であちこち跳ねた髪をオールバックに撫でつける。
 手のひらで緩んだ表情の顔面をひと揉みして、机の上に放り出されていた眼鏡データグラスを掛ける。

 わずか10秒で、だらけた中年男は凛としたダンディな職員へと変貌した。

「お待たせいたしました、お客様」

「え、えぇー……?」

 言葉遣いすら一変しており、バンは先ほどまでとのギャップにぽかんと口を開けた。
 職員は眼鏡データグラス越しに鋭い視線を、オッドアイを見開いて感心しているスコールへ向ける。

「そちらのお嬢様がメイデンバトルへチャレンジなさるという事でよろしゅうございますか?」

「あ、はい、それでよろしゅうございます」

 半ば呆然としたまま、バンは頷く。

「お客様、本日はあいにくバトルのエントリー時間を過ぎてしまっております。
 ご参加という事でしたら明日になりますがよろしゅうございますね?」

「そ、それでお願いします」

 早変わりから畳みかけてくるような職員のペースに呑まれ、バンはメイデンバトルの細かい説明を受ける前にエントリーを承諾してしまった。

「エントリーいたしました。
 明日の11時までにこちらへいらしてください」

「は、はぁ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

処理中です...