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満腹食堂へとトライクを飛ばしながら、フィオは後席のフリスに注意を行っていた。
「フリス、なるだけレーザーは使わないようにね」
「屋内だからですか?」
「それもあるけど、町中で武器を振り回さないで欲しいんだ。
警邏隊に目を付けられる」
フリスは主の腰に腕を回したまま、不審そうに眉を寄せる。
「先日、アパートで暴漢を撃退しましたけど」
「うちの周りは碌にパトロールも来ない僻地だからね。
それにあの時は、向こうが先に武器をちらつかせてたから正当防衛の言い訳も立ったし」
「では、相手が武器を抜いた場合にのみ使用します」
「うん、それでお願い」
主従の間で簡単な取りまとめができた所で、満腹食堂が見えてきた。
「行くよ、フリス!」
「はいっ!」
店内に飛び込んだフィオは、ひと目で状況を把握すると最大の問題に自分の切り札を差し向けた。
「フリス! メイデンを!」
「お任せくださいっ!」
店主を押さえつけている敵メイデンが最も脅威である。
サクラが暴漢に弄ばれているが、民生用とはいえ人間がメイデンを即座に破壊するのは難しい。
敵メイデンを何とかしてしまえば、サクラの救出は容易だ。
フリスは敵メイデンへと踊り掛かる。
「ちぃっ、メイデンか! 『盾』ぇ!」
サクラを弄んでいる痩身の男の叫びに、紫の髪のメイデンは店主を放り出し応戦する。
殴り掛かるフリスの右拳を『盾』の左掌が外側へ弾く。
ベクトルを逸らされ、フリスの体が右側へ僅かに流れた。
次いで『盾』の左足がフリスの足首を払おうと振り子のように半円を描いて蹴りだされる。
すかさずフリスは装甲ブーツのスラスターに点火、ブーツの背面と足裏から推進炎を吐き出し『盾』の目測を狂わせながら直進した。
足払いを透かされた『盾』の顔面へ、フック気味に振るわれるフリスの左拳が迫る。
とっさに右掌を掲げて拳を受け止めた『盾』の肩が軋み、唯一接地したままの右足裏が勢いに押され僅かに滑った。
両足のスラスターを吹かしたままフリスは再度右拳を振るう。
『盾』は顔面を狙って打ち込まれるフリスの右拳を、左腕を盾にして受け止めた。
拳が食い込んだ前腕がぎしりと軋む。
フリスの左拳を掴んでいるため勢いを流せず、先程のように受け流す事ができない。
打点を変えて鋭く打ち込まれる連打に腕の位置を変えて的確に防いだ後、『盾』はフリスの右拳も掌に掴んだ。
フリスの唇の端がわずかに上がる。
両の拳を受け止められたフリスは指を開くと『盾』の掌に絡めた。
がっぷり四つの力勝負だ。
元々ジェネレーター出力で勝っているフリスが、さらにスラスターを吹かして押し込む。
「くっ……」
無表情な『盾』の口から初めて苦悶のような声が漏れた。
両足で踏ん張り直した『盾』の足元が、押し返しきれずにずるずると滑る。
対抗すべく『盾』もまた装甲ブーツのスラスターに点火した。
「うあっちぃっ!?」
「やめろ『盾』! 俺らを焼き殺す気か!」
ケミカルロケットの噴射炎が掠め、ディモン達が悲鳴をあげる。
『盾』は両目を隠す目隠し型センサーの上の眉を歪めると、スラスターをカットした。
フリスの狙い通りだ。
暴漢達を背負った立ち位置の敵メイデンは思うようにスラスターを吹かせない。
一方、こちらのマスターはフリスの突撃と同時に店内に滑り込んで倒れた店主を助け起こしており、フリスの邪魔にならない。
このまま出力に任せてスラスターを吹かせば、耐えれなくなった敵メイデンごと暴漢どもに体当たりできる。
それでチェックメイトだ。
初めての対メイデン戦で優位を取ったフリスは、すでに勝利を確信し有頂天になっていた。
彼女のCPUはマスターからどんなご褒美を頂こうかと桃色の夢想までしている。
ついに『盾』の足元が滑り、装甲ブーツの底が宙に浮く。
勝利を確信したフリスは『盾』の右足裏が自分の腹に押し当てられた事など気にせず、スラスターを吹かした。
今更、蹴りのひとつなどで自分の勢いを止められはしない。
そう思った瞬間、フリスの機体は半回転しながら宙を舞った。
「なっ!?」
眼下に床に背を付ける姿勢で右足を伸ばした『盾』の姿が見える。
巴投げだ。
「くぅっ!」
フリスのCPUは勝利後のご褒美についての桃色思考を一端棚上げすると、素早く現状に対応した。
機体を捻りながら脚部のスラスターを断続的に吹かして姿勢制御を行う。
店内で乱気流のように熱い噴射炎が振り回される。
「うわぁっ!?」
視界の端に店主を助け起こしたフィオが悲鳴と共に身を伏せる姿が映り、慌ててスラスターをカットする。
空中で不安定な姿勢となったフリスへ、素早く身を起こした『盾』は手近な椅子を投げつけた。
「ちぃっ!」
椅子を拳で弾き飛ばしたフリスは、姿勢制御を果たせぬまま四つん這いで着地する。
対する『盾』はすでに次の行動に移っていた。
短く助走をつけ跳躍すると、体勢の崩れたフリスへ跳び蹴りを敢行する。
「くぅっ!?」
とっさに両腕を交差させて受け止めたものの、両膝を着く姿勢では踏ん張りが利かない所ではない。
足裏のスラスターを吹かそうとして、愕然とする。
フリスの背後にはマスターと店主がいる。
スラスターを吹かす事はできない。
これは先程の状況の逆だ。
片足を伸ばした跳び蹴りの姿勢のまま『盾』は脚部スラスターを点火した。
フリスと違い、彼女の背後には今や邪魔な人間は居ない。
眩い噴射炎と共にフリスの両腕に掛かる圧力が爆発的に増加する。
「くぅぅっ……」
やられた。
勝利を確信した数瞬前から一転、フリスは汚泥のような敗北感に叩き込まれていた。
自分が追い込んだのと全く同じ状況に立たされてしまった屈辱に、CPUが煮え滾りそうになる。
見上げれば、目元を隠した敵メイデンの口の端がわずかに歪んでいた。
勝利を確信し、笑っているのだ。
先程のフリス自身と同じように。
ふざけるな。
フリスのサファイアの瞳がギンと輝いた。
後ろに主がいるのだ、無様な敗北を見せるわけにはいかない。
自分は、そんな先代機とは違うのだ。
「こぉんのぉぉっ!」
豊かな胸の中でジェネレーターが全力で稼働する。
生み出された膨大な出力が高性能アクチュエーターに流れ込む。
積載重視の頑丈な足腰が、上から押さえつける圧力に抗して地を踏みしめる。
この体勢から立ち上がるフリスに『盾』は明らかに驚愕していた。
フリスの唇の端が凶暴に吊りあがる。
「せぇいっ!」
フリスは全力で両腕を跳ね上げた。
ちゃぶ台返しを食らった『盾』は跳び蹴りの姿勢のまま縦に半回転する。
「吹っ飛べぇーっ!」
その背にフリスの前蹴りが炸裂した。
全力のヤクザキックを叩き込まれ『盾』はスィングドアを突き破って店外へと飛翔、バウンドしながら路上を転がっていく。
「や、やった!」
倒したテーブルの陰からルースが快哉を上げる。
「ちぃっ!」
舌打ちしたディモンはサクラを抱えたまま腰のホルスターから銃を抜く。
彼がポイントするよりも早く、翠の閃光が煌めいた。
「……レーザーかよ」
銃身の上半分を消し飛ばされた大型拳銃を手の中から落とし、ディモンはぼそりと呟いた。
フリスは右腕を伸ばし、手の甲のレーザークリスタルを向けている。
ディモンの抜き打ちは人間としては上位に位置する速度であったが、メイデンにクイックドロウでかなうはずもないのだ。
「相手が先に抜きました。
構いませんよね、マスター」
「ああ、もちろん。
さて、親父さん、こいつらどうする?」
フィオの言葉に、店主は横を向いて鼻血混じりの手鼻をかんだ。
暴行の痕も生々しい顔でディモン達をギロリと睨む。
「とっとと失せろ、うちは酒は出さねえし、料理を粗末にする奴は客じゃねえ」
ちらりとフィオは店主の顔を窺うが、この店の主の決定には口を挟まない。
「……ちっ」
聞こえよがしに舌打ちすると、ディモンはサクラを突き飛ばして立ち上がった。
「デ、ディモンさん!?」
「帰るぞ、お前ら! けったくそ悪ぃ!」
慌てて部下の男達も立ち上がる。
破損したスイングドアの残骸が押し開けられ、『盾』がよろめきながら戻って来た。
ディモンはもう一度音高く舌打すると腕を伸ばし『盾』の尻肉を鷲掴みにする。
「役に立たねえなぁ、お前!」
「申し訳、ありません」
「けっ! とっとと帰るぜ!」
『盾』の尻を揉みながら、ディモンは男達と共に戸口を潜る。
やっと終わった。
ルースが大きな溜息を吐き、店内に弛緩した空気が流れかけた時。
ディモンは隣の男のジャケットの懐から拳銃を掏摸取るように抜いた。
半身振り返り、発砲――する前に、『盾』が左腕を掲げてディモンの前に立ちはだかっていた。
彼女の左前腕にはフレームにまで達する黒い貫通孔が穿たれている。
ナノマシン製疑似細胞すら焼き固め、機体内を循環する循環液も漏れ出ないその傷跡はフリスのレーザーによるもの。
そしてその一撃は、『盾』がその名の通り己の身を盾にしなければ、ディモンの額を射抜くものだった。
「へっ、冗談冗談! おー怖い怖い!」
ディモンはヘラヘラと笑いながら手の中の銃をくるりと回転させると、持ち主の部下に放ってさっさと出ていった。
「……追撃しますか?」
「いいさ、親父さんがそう決めたんだし」
フィオの言葉にテーブルの陰にしゃがみこんだままのルースは店主に顔を向けた。
「ど、どうして見逃しちまったんですか、親父っさん!」
サクラの肩に自分の上着を掛けながら、店主はじろりとルースを睨んだ。
「余計な厄介事が増えるからだよ。
あいつら、警邏隊まで顔が売れてるような悪だ。
その悪が『飯屋で叩きのめされた』なんて噂になってみろ、面子に掛けて仕返しにくる」
殴られた痕が青く痣になってきた店主の顔をサクラは心配そうに撫でた。
店主は目を細めながら続ける。
「今なら、暴れるだけ暴れて出ていきましたって、あいつらは言い張れる。
そして、実際にはそうじゃねえ。
フィオとフリスちゃんのお陰で、あいつらも痛い目を見た。
こんな用心棒が居るかも知れねえ店に早々絡んでは来んさ」
「か、考えてるんスね、色々……」
ふんと鼻を鳴らすと、店主は改めてフィオに向き直った。
「ともあれ助かったよ。
ありがとうな、フィオ、フリスちゃん」
「いえ、僕も行きつけの店がトラブルに逢うのは放っとけませんし」
「本当なら謝礼のひとつも出したい所なんだが……」
店主は情けない顔で店内を見回した。
「この有様じゃなあ……」
店内の内装はディモン一味が暴れたのみならず、二体のメイデンがスラスターを吹かして立ち回りを演じた為に荒れ果てていた。
数日はまともに営業もできまい。
「す、すみません……」
天井に付いた噴射炎の焦げ痕を見つけたフリスは、しおらしく店主に頭を下げた。
「フリス、なるだけレーザーは使わないようにね」
「屋内だからですか?」
「それもあるけど、町中で武器を振り回さないで欲しいんだ。
警邏隊に目を付けられる」
フリスは主の腰に腕を回したまま、不審そうに眉を寄せる。
「先日、アパートで暴漢を撃退しましたけど」
「うちの周りは碌にパトロールも来ない僻地だからね。
それにあの時は、向こうが先に武器をちらつかせてたから正当防衛の言い訳も立ったし」
「では、相手が武器を抜いた場合にのみ使用します」
「うん、それでお願い」
主従の間で簡単な取りまとめができた所で、満腹食堂が見えてきた。
「行くよ、フリス!」
「はいっ!」
店内に飛び込んだフィオは、ひと目で状況を把握すると最大の問題に自分の切り札を差し向けた。
「フリス! メイデンを!」
「お任せくださいっ!」
店主を押さえつけている敵メイデンが最も脅威である。
サクラが暴漢に弄ばれているが、民生用とはいえ人間がメイデンを即座に破壊するのは難しい。
敵メイデンを何とかしてしまえば、サクラの救出は容易だ。
フリスは敵メイデンへと踊り掛かる。
「ちぃっ、メイデンか! 『盾』ぇ!」
サクラを弄んでいる痩身の男の叫びに、紫の髪のメイデンは店主を放り出し応戦する。
殴り掛かるフリスの右拳を『盾』の左掌が外側へ弾く。
ベクトルを逸らされ、フリスの体が右側へ僅かに流れた。
次いで『盾』の左足がフリスの足首を払おうと振り子のように半円を描いて蹴りだされる。
すかさずフリスは装甲ブーツのスラスターに点火、ブーツの背面と足裏から推進炎を吐き出し『盾』の目測を狂わせながら直進した。
足払いを透かされた『盾』の顔面へ、フック気味に振るわれるフリスの左拳が迫る。
とっさに右掌を掲げて拳を受け止めた『盾』の肩が軋み、唯一接地したままの右足裏が勢いに押され僅かに滑った。
両足のスラスターを吹かしたままフリスは再度右拳を振るう。
『盾』は顔面を狙って打ち込まれるフリスの右拳を、左腕を盾にして受け止めた。
拳が食い込んだ前腕がぎしりと軋む。
フリスの左拳を掴んでいるため勢いを流せず、先程のように受け流す事ができない。
打点を変えて鋭く打ち込まれる連打に腕の位置を変えて的確に防いだ後、『盾』はフリスの右拳も掌に掴んだ。
フリスの唇の端がわずかに上がる。
両の拳を受け止められたフリスは指を開くと『盾』の掌に絡めた。
がっぷり四つの力勝負だ。
元々ジェネレーター出力で勝っているフリスが、さらにスラスターを吹かして押し込む。
「くっ……」
無表情な『盾』の口から初めて苦悶のような声が漏れた。
両足で踏ん張り直した『盾』の足元が、押し返しきれずにずるずると滑る。
対抗すべく『盾』もまた装甲ブーツのスラスターに点火した。
「うあっちぃっ!?」
「やめろ『盾』! 俺らを焼き殺す気か!」
ケミカルロケットの噴射炎が掠め、ディモン達が悲鳴をあげる。
『盾』は両目を隠す目隠し型センサーの上の眉を歪めると、スラスターをカットした。
フリスの狙い通りだ。
暴漢達を背負った立ち位置の敵メイデンは思うようにスラスターを吹かせない。
一方、こちらのマスターはフリスの突撃と同時に店内に滑り込んで倒れた店主を助け起こしており、フリスの邪魔にならない。
このまま出力に任せてスラスターを吹かせば、耐えれなくなった敵メイデンごと暴漢どもに体当たりできる。
それでチェックメイトだ。
初めての対メイデン戦で優位を取ったフリスは、すでに勝利を確信し有頂天になっていた。
彼女のCPUはマスターからどんなご褒美を頂こうかと桃色の夢想までしている。
ついに『盾』の足元が滑り、装甲ブーツの底が宙に浮く。
勝利を確信したフリスは『盾』の右足裏が自分の腹に押し当てられた事など気にせず、スラスターを吹かした。
今更、蹴りのひとつなどで自分の勢いを止められはしない。
そう思った瞬間、フリスの機体は半回転しながら宙を舞った。
「なっ!?」
眼下に床に背を付ける姿勢で右足を伸ばした『盾』の姿が見える。
巴投げだ。
「くぅっ!」
フリスのCPUは勝利後のご褒美についての桃色思考を一端棚上げすると、素早く現状に対応した。
機体を捻りながら脚部のスラスターを断続的に吹かして姿勢制御を行う。
店内で乱気流のように熱い噴射炎が振り回される。
「うわぁっ!?」
視界の端に店主を助け起こしたフィオが悲鳴と共に身を伏せる姿が映り、慌ててスラスターをカットする。
空中で不安定な姿勢となったフリスへ、素早く身を起こした『盾』は手近な椅子を投げつけた。
「ちぃっ!」
椅子を拳で弾き飛ばしたフリスは、姿勢制御を果たせぬまま四つん這いで着地する。
対する『盾』はすでに次の行動に移っていた。
短く助走をつけ跳躍すると、体勢の崩れたフリスへ跳び蹴りを敢行する。
「くぅっ!?」
とっさに両腕を交差させて受け止めたものの、両膝を着く姿勢では踏ん張りが利かない所ではない。
足裏のスラスターを吹かそうとして、愕然とする。
フリスの背後にはマスターと店主がいる。
スラスターを吹かす事はできない。
これは先程の状況の逆だ。
片足を伸ばした跳び蹴りの姿勢のまま『盾』は脚部スラスターを点火した。
フリスと違い、彼女の背後には今や邪魔な人間は居ない。
眩い噴射炎と共にフリスの両腕に掛かる圧力が爆発的に増加する。
「くぅぅっ……」
やられた。
勝利を確信した数瞬前から一転、フリスは汚泥のような敗北感に叩き込まれていた。
自分が追い込んだのと全く同じ状況に立たされてしまった屈辱に、CPUが煮え滾りそうになる。
見上げれば、目元を隠した敵メイデンの口の端がわずかに歪んでいた。
勝利を確信し、笑っているのだ。
先程のフリス自身と同じように。
ふざけるな。
フリスのサファイアの瞳がギンと輝いた。
後ろに主がいるのだ、無様な敗北を見せるわけにはいかない。
自分は、そんな先代機とは違うのだ。
「こぉんのぉぉっ!」
豊かな胸の中でジェネレーターが全力で稼働する。
生み出された膨大な出力が高性能アクチュエーターに流れ込む。
積載重視の頑丈な足腰が、上から押さえつける圧力に抗して地を踏みしめる。
この体勢から立ち上がるフリスに『盾』は明らかに驚愕していた。
フリスの唇の端が凶暴に吊りあがる。
「せぇいっ!」
フリスは全力で両腕を跳ね上げた。
ちゃぶ台返しを食らった『盾』は跳び蹴りの姿勢のまま縦に半回転する。
「吹っ飛べぇーっ!」
その背にフリスの前蹴りが炸裂した。
全力のヤクザキックを叩き込まれ『盾』はスィングドアを突き破って店外へと飛翔、バウンドしながら路上を転がっていく。
「や、やった!」
倒したテーブルの陰からルースが快哉を上げる。
「ちぃっ!」
舌打ちしたディモンはサクラを抱えたまま腰のホルスターから銃を抜く。
彼がポイントするよりも早く、翠の閃光が煌めいた。
「……レーザーかよ」
銃身の上半分を消し飛ばされた大型拳銃を手の中から落とし、ディモンはぼそりと呟いた。
フリスは右腕を伸ばし、手の甲のレーザークリスタルを向けている。
ディモンの抜き打ちは人間としては上位に位置する速度であったが、メイデンにクイックドロウでかなうはずもないのだ。
「相手が先に抜きました。
構いませんよね、マスター」
「ああ、もちろん。
さて、親父さん、こいつらどうする?」
フィオの言葉に、店主は横を向いて鼻血混じりの手鼻をかんだ。
暴行の痕も生々しい顔でディモン達をギロリと睨む。
「とっとと失せろ、うちは酒は出さねえし、料理を粗末にする奴は客じゃねえ」
ちらりとフィオは店主の顔を窺うが、この店の主の決定には口を挟まない。
「……ちっ」
聞こえよがしに舌打ちすると、ディモンはサクラを突き飛ばして立ち上がった。
「デ、ディモンさん!?」
「帰るぞ、お前ら! けったくそ悪ぃ!」
慌てて部下の男達も立ち上がる。
破損したスイングドアの残骸が押し開けられ、『盾』がよろめきながら戻って来た。
ディモンはもう一度音高く舌打すると腕を伸ばし『盾』の尻肉を鷲掴みにする。
「役に立たねえなぁ、お前!」
「申し訳、ありません」
「けっ! とっとと帰るぜ!」
『盾』の尻を揉みながら、ディモンは男達と共に戸口を潜る。
やっと終わった。
ルースが大きな溜息を吐き、店内に弛緩した空気が流れかけた時。
ディモンは隣の男のジャケットの懐から拳銃を掏摸取るように抜いた。
半身振り返り、発砲――する前に、『盾』が左腕を掲げてディモンの前に立ちはだかっていた。
彼女の左前腕にはフレームにまで達する黒い貫通孔が穿たれている。
ナノマシン製疑似細胞すら焼き固め、機体内を循環する循環液も漏れ出ないその傷跡はフリスのレーザーによるもの。
そしてその一撃は、『盾』がその名の通り己の身を盾にしなければ、ディモンの額を射抜くものだった。
「へっ、冗談冗談! おー怖い怖い!」
ディモンはヘラヘラと笑いながら手の中の銃をくるりと回転させると、持ち主の部下に放ってさっさと出ていった。
「……追撃しますか?」
「いいさ、親父さんがそう決めたんだし」
フィオの言葉にテーブルの陰にしゃがみこんだままのルースは店主に顔を向けた。
「ど、どうして見逃しちまったんですか、親父っさん!」
サクラの肩に自分の上着を掛けながら、店主はじろりとルースを睨んだ。
「余計な厄介事が増えるからだよ。
あいつら、警邏隊まで顔が売れてるような悪だ。
その悪が『飯屋で叩きのめされた』なんて噂になってみろ、面子に掛けて仕返しにくる」
殴られた痕が青く痣になってきた店主の顔をサクラは心配そうに撫でた。
店主は目を細めながら続ける。
「今なら、暴れるだけ暴れて出ていきましたって、あいつらは言い張れる。
そして、実際にはそうじゃねえ。
フィオとフリスちゃんのお陰で、あいつらも痛い目を見た。
こんな用心棒が居るかも知れねえ店に早々絡んでは来んさ」
「か、考えてるんスね、色々……」
ふんと鼻を鳴らすと、店主は改めてフィオに向き直った。
「ともあれ助かったよ。
ありがとうな、フィオ、フリスちゃん」
「いえ、僕も行きつけの店がトラブルに逢うのは放っとけませんし」
「本当なら謝礼のひとつも出したい所なんだが……」
店主は情けない顔で店内を見回した。
「この有様じゃなあ……」
店内の内装はディモン一味が暴れたのみならず、二体のメイデンがスラスターを吹かして立ち回りを演じた為に荒れ果てていた。
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