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「おいっ、キャラバンが襲われているぞ!」
銃火の閃きを目敏く見つけたのは、バイクに跨ったベテラン弾薬虫のブランであった。
基本若手で構成された哨戒部隊だが、その引率役を任されている。
それだけに経験豊富な腕利きではあったが、見た目は風采の上がらない小男の中年で、迫力の類はない。
その押しの弱さが裏目に出た。
「山賊か! ボーナスタイムだっ!」
血気に逸った若手達がブランの指示も待たずに突撃していく。
「あ、待て、おいっ!
くそっ、あのガキども……!」
ブランは舌を打ち、背後を振り返った。
慎重な、あるいは律儀なメンバーはきちんと彼の背後で指示を待っている。
その中に今回のチーム唯一のメイデン持ちが残っているのを確認して内心ホッとした。
「仕方ない、あいつらをカバーするぞ! みんなオレに続け!
それからメイデンちゃんとマスターくん! いざとなったら期待してるぞ!」
ブランは残った若手に叫ぶとスロットルを吹かして突撃を開始する。
「期待してるぞってなあ……」
軽トラのハンドルを握るバンはアクセルを踏みながら相棒に方針を指示する。
「まあ、カバーしろって事だし、スコールは遊撃を頼む」
「うん」
スコールは走行中の軽トラから飛び降りると四つ足で着地、走行球を起動しブランのバイクを追うように加速を開始した。
バイクで抜け駆けをした新米弾薬虫は、戦果をあげる事だけを考えていた。
山賊を倒せばその分だけ報酬が増える。
手柄さえ立ててしまえば、小うるさいお目付け役のおっさんも文句は言うまい。
そして、報酬が増えれば、いずれは自分もメイデンを手に入れられる。
コロシアムで見た、小さなメイデンの裸体が脳裏をよぎった。
「へっ、あんなあひんあひん鳴かされてたような奴が役に立つかよ」
毒づきながらも股間が固くなり、シートの上でもぞもぞとポジションを直す。
「敵を倒して、金を稼いで、俺もメイデンを手に入れるんだ。
あんな貧乳のチビじゃなく、おっぱいのでけえナイスバディな奴を……」
未来を夢想しながらスロットルを吹かす少年は、まさに自分が夢見たようなグラマラスな女体が疾走してくるのに気付いた。
「なっ、メイデン!?」
地表すれすれをホバーで駆ける黒いボディスーツのメイデンは、すれ違いざまに手にした刃を一振りした。
「うおぉっ!?」
必死のハンドル操作と体重移動で、砂地を滑るように転倒しながらもかろうじて回避する。
彼自身の運動神経の良さとバイクが取り回しの良い小型な安物であった事が功を奏した。
メイデンは轟音と共にスラスターを吹かしながら直進し、少年と共に抜け駆けを試みた一団の車両を斬り裂いていく。
「痛て……、くそっ、山賊にメイデンだと?」
砂地を転がって勢いを殺した少年は、打ち身の痛みに毒づきながら顔を上げた。
黒いスーツのメイデンは栗色の放熱髪をなびかせながら旋回し、こちらへ進路を向ける。
討ち損じを確実にしとめようというのか。
少年は恐怖に全身を総毛立たせた。
立ち上がり、そばに転がったバイクに乗って逃げるか、あるいは取り落としたサブマシンガンを手に取るか。
恐怖に駆られた少年は激しく逡巡した結果、メイデンが距離を詰める短い時間の間に何も決断できなかった。
「う、うわあぁぁっ!?」
地に転がったまま、来るなとばかりに両手を突き出す。
まるで意味のない動作だ。
しかし、その広げた両手の平とメイデンの間に、遮るように銃弾が撃ち込まれた。
空中でバックステップするかのような挙動で停止する黒いスーツのメイデン。
豊かなバストが大きく踊る。
そして少年の目の前に、走行球の機能でスライドするように滑り込んでくる四つん這いのメイデン。
少年が嫉妬と共に馬鹿にした小さなメイデンは一瞬動きを止めたが、敵メイデンが身を翻すと同時に加速し追撃を開始する。
「た、助かった……?」
遠ざかっていく小さなお尻を呆然と見送り、少年はよたよたと立ち上がった。
なぜ、ここにあの子が。
二度と見る事がないと思っていた妹分の姿に、キキョウのCPUは激しく動揺していた。
敵前逃亡の如く身を翻してしまったのは、堕ちた姿を彼女に見られたくないという反射的な感情ゆえだ。
戦術的には敵方唯一のメイデンを引きつけるという形になっていたが、これは結果論に過ぎない。
「ねえさま! まって! ねえさまぁっ!」
妹分の声にキキョウは覚悟を決めると、装甲ブーツと武装ユニットのスラスターをカットし着地した。
振り向けば、妹分も走行球を止め立ち上がっている。
一筋の黒髪が混ざった長い金髪と、赤と青のオッドアイ、細く起伏の少ない小さな機体。
変わらない姿に懐かしさと同等の罪悪感が湧き起こる。
「久しぶり……ですね、スコール」
「ねえさま……」
スコールの吊り気味の瞳から洗浄液が流れている。
キキョウの中の罪悪感が増していく。
「スコール、ここに居てはいけません。
すぐにタウン48へ帰りなさい」
帰還を促す言葉は罪悪感からだけではない。
せめて妹分には想い合った主の元に居て欲しいという、いわば姉心であった。
主の命に従うのならば、キキョウはスコールを倒し、戦利品として持ち帰らなくてはならない。
そうなれば砦のメンバーに下げ渡されるか、性処理用として集団で使い回されるか、ろくでもない未来がスコールを襲う事になる。
だが、スコールはぶんぶんと首を振った。
「だめ、ねえさまもいっしょに、かえるの!」
「帰る?」
キキョウの唇が弧を描いた。
虚ろに乾いた微笑みで、キキョウもまた首を振る。
「タウン48はすでに私の帰る場所ではありません」
「どうして! フィオさんも、まってるよ!」
ぐらりと、キキョウの視界が揺らいだ。
妹分は何を言っているのか。
「な、何を言っているのです! あの方は……!」
言葉が詰まる。
CPUにサンクチュアリが確認した、夥しい血痕が飛び散った地の底へと続く穴の画像データがロードされている。
あの状況で彼が生きていようはずもない。
出任せにしても質が悪い。
妹分の言葉に、怒りが湧き起こる。
「あの方は亡くなりました! 出鱈目を言うのはやめなさい!」
柳眉を逆立て怒気もあらわに怒鳴りつけるキキョウに、スコールはきょとんとした顔で首を傾げた。
「フィオさん、いきてる、よ?」
「それ以上、虚言を弄するのはやめなさいスコール!」
「で、でも……」
憧れのねえさまから初めて向けられる激しい怒りに、スコールは身を竦ませながら言い忘れていた事を付け加えた。
「フィオさん、とぅるーがい、に、なったんだって。
だから、かえってこれた、って」
「真の漢!?」
妹分の言葉に、キキョウは新たな衝撃を受ける。
真の漢の事はスコールが知るはずもない情報だ。
彼女は性感センサーのリミッターはないが機密情報のブラックボックス自体は存在している。
スコールの口からその名が出たという事は、彼女の主が真の漢になったか、誰かが情報提供をしたという事。
「まさか、そんな……」
あの状況で、と思いつつも混乱したCPUのどこかが旧主の遺体を確認していなかった事を指摘する。
旧主より奪われた際のキキョウは、半壊し激しい陵辱を受けながら連れ去られており、彼の死をその目で確認する事ができなかった。
主の死を確信するには十分な状況証拠を与えられていたが、同時に厳しくも慈しんで養育した少年の無惨な姿を直視する事への恐怖があったのも否めない。
だが、あの状況で彼が生き延びていたのならば。
「あ、あ、あぁ……」
キキョウの背に小さく漣のような震えが走り始める。
サンプルの絶対数が少ないため、フォートMF内でも真の漢となる条件は確定できていない。
その条件の中に瀕死に陥る事、というものがあったとしてもキキョウに否定できる材料はない。
地の底に落ちた主は、そこで真の漢となり生還したのだろうか。
ならば、キキョウは主がまだ生きているというのに、新たな主を認めてしまった尻軽メイデンという事になる。
己の本質を根底から覆されるような事実にキキョウは恐慌をきたす。
彼に会わせる顔などあろうか。
「ねえさま、かえろ?」
「か、帰れませんっ!」
そっと伸ばされる妹分の手から、キキョウは弾かれたように飛びのいた。
明確な拒絶にスコールも眉を寄せる。
「どうして! フィオさん、ねえさまをとりもどそうって、がんばってるのに!」
「うっ……」
怯むキキョウにスコールは再度手を伸ばした。
「フィオさん、つらそう、だよ!
かえってきて、そばに、いてあげて、ねえさま!」
スコールの懇願はキキョウを追いつめる。
「やめなさいっ! やめてっ!」
動揺の余り常ならぬ程に狼狽したキキョウは、跳ねのけるかのように高速振動マチェットを握ったままの腕を振るった。
加減のないAクラスメイデンの刃を、スコールは両目を見張りながら転がって避ける。
スコールがキキョウの我を忘れた動作に対応できたのは、偏にコロシアムでの経験によるものだ。
キキョウと同じくAクラスであるシュネーとの対戦は負けっぱなしではあったが圧倒的な反応速度に必死で食い下がった努力の末、スコールの機動ルーチンは大幅に洗練されていた。
「あっ……」
妹分に対して刃を振るってしまった事に、キキョウ自身が驚きの声をあげる。
転がったまま四つん這いになったスコールの色違いの瞳が細まった。
「そんなに、かえりたくないなら……。
ちからづく、で!」
スコールの四肢で走行球が唸りを上げ、小さな機体がキキョウの背後を取ろうとスライド機動を開始する。
「スコールっ!?」
煙幕のように巻き上げられた砂煙に、キキョウは視界を熱源視野に切り替えスコールの姿を追う。
それは戦闘マシンとしての習性であり、キキョウ自身の思考は未だ動揺の極みにあるままだ。
「がうっ!」
その隙を突くかのようにスコールは低い体勢で飛びかかった。
臑をクローで狙う鋭い跳躍は、シュネーにも誉められたスコールの得意技だ。
「くっ!?」
キキョウの予測よりも鋭く、早い。
スコールの完成から関わり、そのおおよその機体性能を把握している事が裏目に出た。
妹分は、キキョウを驚かせる程に成長している。
だが、まだ足りない。
右足を軸に半回転して紙一重でクローをかわしたキキョウは、回転の勢いのままに突き飛ばすようなソバットをスコールの背に見舞う。
「あうっ!?」
跳ね飛ばされ砂地を転がりながら体勢を立て直すスコール。
キキョウを苛む大きな動揺と間に合わせの装備であるというペナルティに、彼女の予想を上回るスコールの成長を加味してなお、Aクラスメイデンの壁は高い。
蹴り飛ばされても闘志を失わず身構えるスコールに、キキョウはようやくマチェットを構える。
だが、爛々と輝く妹分の瞳と違い、彼女の瞳は内心を反映して激しく揺れていた。
「スコール、もうやめて。
お願いだから、帰って……」
「いや!」
震え声の懇願をスコールは強くはねつけると、再度跳躍する。
キキョウは唇を噛むと覚悟を決めた。
未だ恐慌ともいえる内心の動揺は欠片も収まってはいないが、まずは妹分を撤退させなくてはならない。
アメジストの瞳が鋭く煌めき、クローを振りかざす妹分へと踏み込む。
交錯の瞬間、マチェットが銀閃の如く走った。
「あぐっ!?」
剣風に赤黒い色が混じる。
飛びかかった勢いのまま、スコールは顔面から砂漠に突っ込んだ。
着地を支えるべき前足、彼女の両手は二の腕から切り飛ばされ、落着した本人に続いて地に転がる。
「あっ、うあぁ……っ」
地に突っ伏したまま砂地を赤黒い循環液で染めていく切断面を確認し、スコールは恐怖と驚愕の入り交じった呻きを漏らした。
「両腕の循環弁を閉じなさい、スコール」
高速振動マチェットを血振りしたキキョウは、両腕を失って転がる妹分から視線を逸らしてアドバイスを行う。
本気の片鱗を出したAクラスメイデンに、スコールはまだまだ及ばない。
「うっ、うぅぅー……」
それでもスコールはあがく。
両腕の破損部から循環液をボタボタとこぼしながらも、両足で砂地を掻くように蹴り、闘志も露わに必死で立ち上がろうとする。
「スコール! 循環弁を閉じて、じっとしてなさい!
機能停止してしまいますよ!」
「い、いやぁ……!」
聞き分けのない妹分に、これ以上の強硬策を講じなければならないのかとキキョウが眉を寄せた時、近距離リンク通信が入った。
戦線を分けた部下からだ。
「キキョウさん! そっちのメイデンの排除まだスか!
敵にもう一機メイデンが居ます! こっちの支援頼んます!」
「くっ……」
メイデンが一機居るだけで対人戦闘は大きく変わる。
キキョウが向かわねば部下が全滅しかねない。
両腕を落とされ戦闘力を失ったスコールに、これ以上かまける訳にはいかない。
通信と判断にキキョウの意識が向いた一瞬、転がったままのスコールのスラスターが火を噴いた。
「なっ!?」
額を地に擦りつけて砂地に跡を刻みながら、切り飛ばされて転がった己の右腕へと突進する。
ガントレットに噛みつくと、背筋を総動員して上体を起こしスラスターの勢いのままに無理矢理跳躍した。
首を振って咥えた右腕を切断面に押しつける。
機関閉鎖されてない傷跡にねじ込むように押し付けられた機器との接続不良情報が次々とCPUに流れ込むも、スコールが求める回路は一つだけ。
でたらめに接続された疑似神経系を誤魔化し、ブレイククローが起動する。
超高速振動する爪を穂先に、赤黒い循環液と長い金の髪の尾を引きながらスコールは流星となった。
無力化したと確信していた妹分の反抗は、キキョウの虚を完全に突いた。
それゆえに、CPUに焼き付けられた戦闘ルーチンが反射的に対応する。
クローをかいくぐり、カウンターで突き出されたマチェットの切っ先がスコールの薄い胸の中央を貫通した。
銃火の閃きを目敏く見つけたのは、バイクに跨ったベテラン弾薬虫のブランであった。
基本若手で構成された哨戒部隊だが、その引率役を任されている。
それだけに経験豊富な腕利きではあったが、見た目は風采の上がらない小男の中年で、迫力の類はない。
その押しの弱さが裏目に出た。
「山賊か! ボーナスタイムだっ!」
血気に逸った若手達がブランの指示も待たずに突撃していく。
「あ、待て、おいっ!
くそっ、あのガキども……!」
ブランは舌を打ち、背後を振り返った。
慎重な、あるいは律儀なメンバーはきちんと彼の背後で指示を待っている。
その中に今回のチーム唯一のメイデン持ちが残っているのを確認して内心ホッとした。
「仕方ない、あいつらをカバーするぞ! みんなオレに続け!
それからメイデンちゃんとマスターくん! いざとなったら期待してるぞ!」
ブランは残った若手に叫ぶとスロットルを吹かして突撃を開始する。
「期待してるぞってなあ……」
軽トラのハンドルを握るバンはアクセルを踏みながら相棒に方針を指示する。
「まあ、カバーしろって事だし、スコールは遊撃を頼む」
「うん」
スコールは走行中の軽トラから飛び降りると四つ足で着地、走行球を起動しブランのバイクを追うように加速を開始した。
バイクで抜け駆けをした新米弾薬虫は、戦果をあげる事だけを考えていた。
山賊を倒せばその分だけ報酬が増える。
手柄さえ立ててしまえば、小うるさいお目付け役のおっさんも文句は言うまい。
そして、報酬が増えれば、いずれは自分もメイデンを手に入れられる。
コロシアムで見た、小さなメイデンの裸体が脳裏をよぎった。
「へっ、あんなあひんあひん鳴かされてたような奴が役に立つかよ」
毒づきながらも股間が固くなり、シートの上でもぞもぞとポジションを直す。
「敵を倒して、金を稼いで、俺もメイデンを手に入れるんだ。
あんな貧乳のチビじゃなく、おっぱいのでけえナイスバディな奴を……」
未来を夢想しながらスロットルを吹かす少年は、まさに自分が夢見たようなグラマラスな女体が疾走してくるのに気付いた。
「なっ、メイデン!?」
地表すれすれをホバーで駆ける黒いボディスーツのメイデンは、すれ違いざまに手にした刃を一振りした。
「うおぉっ!?」
必死のハンドル操作と体重移動で、砂地を滑るように転倒しながらもかろうじて回避する。
彼自身の運動神経の良さとバイクが取り回しの良い小型な安物であった事が功を奏した。
メイデンは轟音と共にスラスターを吹かしながら直進し、少年と共に抜け駆けを試みた一団の車両を斬り裂いていく。
「痛て……、くそっ、山賊にメイデンだと?」
砂地を転がって勢いを殺した少年は、打ち身の痛みに毒づきながら顔を上げた。
黒いスーツのメイデンは栗色の放熱髪をなびかせながら旋回し、こちらへ進路を向ける。
討ち損じを確実にしとめようというのか。
少年は恐怖に全身を総毛立たせた。
立ち上がり、そばに転がったバイクに乗って逃げるか、あるいは取り落としたサブマシンガンを手に取るか。
恐怖に駆られた少年は激しく逡巡した結果、メイデンが距離を詰める短い時間の間に何も決断できなかった。
「う、うわあぁぁっ!?」
地に転がったまま、来るなとばかりに両手を突き出す。
まるで意味のない動作だ。
しかし、その広げた両手の平とメイデンの間に、遮るように銃弾が撃ち込まれた。
空中でバックステップするかのような挙動で停止する黒いスーツのメイデン。
豊かなバストが大きく踊る。
そして少年の目の前に、走行球の機能でスライドするように滑り込んでくる四つん這いのメイデン。
少年が嫉妬と共に馬鹿にした小さなメイデンは一瞬動きを止めたが、敵メイデンが身を翻すと同時に加速し追撃を開始する。
「た、助かった……?」
遠ざかっていく小さなお尻を呆然と見送り、少年はよたよたと立ち上がった。
なぜ、ここにあの子が。
二度と見る事がないと思っていた妹分の姿に、キキョウのCPUは激しく動揺していた。
敵前逃亡の如く身を翻してしまったのは、堕ちた姿を彼女に見られたくないという反射的な感情ゆえだ。
戦術的には敵方唯一のメイデンを引きつけるという形になっていたが、これは結果論に過ぎない。
「ねえさま! まって! ねえさまぁっ!」
妹分の声にキキョウは覚悟を決めると、装甲ブーツと武装ユニットのスラスターをカットし着地した。
振り向けば、妹分も走行球を止め立ち上がっている。
一筋の黒髪が混ざった長い金髪と、赤と青のオッドアイ、細く起伏の少ない小さな機体。
変わらない姿に懐かしさと同等の罪悪感が湧き起こる。
「久しぶり……ですね、スコール」
「ねえさま……」
スコールの吊り気味の瞳から洗浄液が流れている。
キキョウの中の罪悪感が増していく。
「スコール、ここに居てはいけません。
すぐにタウン48へ帰りなさい」
帰還を促す言葉は罪悪感からだけではない。
せめて妹分には想い合った主の元に居て欲しいという、いわば姉心であった。
主の命に従うのならば、キキョウはスコールを倒し、戦利品として持ち帰らなくてはならない。
そうなれば砦のメンバーに下げ渡されるか、性処理用として集団で使い回されるか、ろくでもない未来がスコールを襲う事になる。
だが、スコールはぶんぶんと首を振った。
「だめ、ねえさまもいっしょに、かえるの!」
「帰る?」
キキョウの唇が弧を描いた。
虚ろに乾いた微笑みで、キキョウもまた首を振る。
「タウン48はすでに私の帰る場所ではありません」
「どうして! フィオさんも、まってるよ!」
ぐらりと、キキョウの視界が揺らいだ。
妹分は何を言っているのか。
「な、何を言っているのです! あの方は……!」
言葉が詰まる。
CPUにサンクチュアリが確認した、夥しい血痕が飛び散った地の底へと続く穴の画像データがロードされている。
あの状況で彼が生きていようはずもない。
出任せにしても質が悪い。
妹分の言葉に、怒りが湧き起こる。
「あの方は亡くなりました! 出鱈目を言うのはやめなさい!」
柳眉を逆立て怒気もあらわに怒鳴りつけるキキョウに、スコールはきょとんとした顔で首を傾げた。
「フィオさん、いきてる、よ?」
「それ以上、虚言を弄するのはやめなさいスコール!」
「で、でも……」
憧れのねえさまから初めて向けられる激しい怒りに、スコールは身を竦ませながら言い忘れていた事を付け加えた。
「フィオさん、とぅるーがい、に、なったんだって。
だから、かえってこれた、って」
「真の漢!?」
妹分の言葉に、キキョウは新たな衝撃を受ける。
真の漢の事はスコールが知るはずもない情報だ。
彼女は性感センサーのリミッターはないが機密情報のブラックボックス自体は存在している。
スコールの口からその名が出たという事は、彼女の主が真の漢になったか、誰かが情報提供をしたという事。
「まさか、そんな……」
あの状況で、と思いつつも混乱したCPUのどこかが旧主の遺体を確認していなかった事を指摘する。
旧主より奪われた際のキキョウは、半壊し激しい陵辱を受けながら連れ去られており、彼の死をその目で確認する事ができなかった。
主の死を確信するには十分な状況証拠を与えられていたが、同時に厳しくも慈しんで養育した少年の無惨な姿を直視する事への恐怖があったのも否めない。
だが、あの状況で彼が生き延びていたのならば。
「あ、あ、あぁ……」
キキョウの背に小さく漣のような震えが走り始める。
サンプルの絶対数が少ないため、フォートMF内でも真の漢となる条件は確定できていない。
その条件の中に瀕死に陥る事、というものがあったとしてもキキョウに否定できる材料はない。
地の底に落ちた主は、そこで真の漢となり生還したのだろうか。
ならば、キキョウは主がまだ生きているというのに、新たな主を認めてしまった尻軽メイデンという事になる。
己の本質を根底から覆されるような事実にキキョウは恐慌をきたす。
彼に会わせる顔などあろうか。
「ねえさま、かえろ?」
「か、帰れませんっ!」
そっと伸ばされる妹分の手から、キキョウは弾かれたように飛びのいた。
明確な拒絶にスコールも眉を寄せる。
「どうして! フィオさん、ねえさまをとりもどそうって、がんばってるのに!」
「うっ……」
怯むキキョウにスコールは再度手を伸ばした。
「フィオさん、つらそう、だよ!
かえってきて、そばに、いてあげて、ねえさま!」
スコールの懇願はキキョウを追いつめる。
「やめなさいっ! やめてっ!」
動揺の余り常ならぬ程に狼狽したキキョウは、跳ねのけるかのように高速振動マチェットを握ったままの腕を振るった。
加減のないAクラスメイデンの刃を、スコールは両目を見張りながら転がって避ける。
スコールがキキョウの我を忘れた動作に対応できたのは、偏にコロシアムでの経験によるものだ。
キキョウと同じくAクラスであるシュネーとの対戦は負けっぱなしではあったが圧倒的な反応速度に必死で食い下がった努力の末、スコールの機動ルーチンは大幅に洗練されていた。
「あっ……」
妹分に対して刃を振るってしまった事に、キキョウ自身が驚きの声をあげる。
転がったまま四つん這いになったスコールの色違いの瞳が細まった。
「そんなに、かえりたくないなら……。
ちからづく、で!」
スコールの四肢で走行球が唸りを上げ、小さな機体がキキョウの背後を取ろうとスライド機動を開始する。
「スコールっ!?」
煙幕のように巻き上げられた砂煙に、キキョウは視界を熱源視野に切り替えスコールの姿を追う。
それは戦闘マシンとしての習性であり、キキョウ自身の思考は未だ動揺の極みにあるままだ。
「がうっ!」
その隙を突くかのようにスコールは低い体勢で飛びかかった。
臑をクローで狙う鋭い跳躍は、シュネーにも誉められたスコールの得意技だ。
「くっ!?」
キキョウの予測よりも鋭く、早い。
スコールの完成から関わり、そのおおよその機体性能を把握している事が裏目に出た。
妹分は、キキョウを驚かせる程に成長している。
だが、まだ足りない。
右足を軸に半回転して紙一重でクローをかわしたキキョウは、回転の勢いのままに突き飛ばすようなソバットをスコールの背に見舞う。
「あうっ!?」
跳ね飛ばされ砂地を転がりながら体勢を立て直すスコール。
キキョウを苛む大きな動揺と間に合わせの装備であるというペナルティに、彼女の予想を上回るスコールの成長を加味してなお、Aクラスメイデンの壁は高い。
蹴り飛ばされても闘志を失わず身構えるスコールに、キキョウはようやくマチェットを構える。
だが、爛々と輝く妹分の瞳と違い、彼女の瞳は内心を反映して激しく揺れていた。
「スコール、もうやめて。
お願いだから、帰って……」
「いや!」
震え声の懇願をスコールは強くはねつけると、再度跳躍する。
キキョウは唇を噛むと覚悟を決めた。
未だ恐慌ともいえる内心の動揺は欠片も収まってはいないが、まずは妹分を撤退させなくてはならない。
アメジストの瞳が鋭く煌めき、クローを振りかざす妹分へと踏み込む。
交錯の瞬間、マチェットが銀閃の如く走った。
「あぐっ!?」
剣風に赤黒い色が混じる。
飛びかかった勢いのまま、スコールは顔面から砂漠に突っ込んだ。
着地を支えるべき前足、彼女の両手は二の腕から切り飛ばされ、落着した本人に続いて地に転がる。
「あっ、うあぁ……っ」
地に突っ伏したまま砂地を赤黒い循環液で染めていく切断面を確認し、スコールは恐怖と驚愕の入り交じった呻きを漏らした。
「両腕の循環弁を閉じなさい、スコール」
高速振動マチェットを血振りしたキキョウは、両腕を失って転がる妹分から視線を逸らしてアドバイスを行う。
本気の片鱗を出したAクラスメイデンに、スコールはまだまだ及ばない。
「うっ、うぅぅー……」
それでもスコールはあがく。
両腕の破損部から循環液をボタボタとこぼしながらも、両足で砂地を掻くように蹴り、闘志も露わに必死で立ち上がろうとする。
「スコール! 循環弁を閉じて、じっとしてなさい!
機能停止してしまいますよ!」
「い、いやぁ……!」
聞き分けのない妹分に、これ以上の強硬策を講じなければならないのかとキキョウが眉を寄せた時、近距離リンク通信が入った。
戦線を分けた部下からだ。
「キキョウさん! そっちのメイデンの排除まだスか!
敵にもう一機メイデンが居ます! こっちの支援頼んます!」
「くっ……」
メイデンが一機居るだけで対人戦闘は大きく変わる。
キキョウが向かわねば部下が全滅しかねない。
両腕を落とされ戦闘力を失ったスコールに、これ以上かまける訳にはいかない。
通信と判断にキキョウの意識が向いた一瞬、転がったままのスコールのスラスターが火を噴いた。
「なっ!?」
額を地に擦りつけて砂地に跡を刻みながら、切り飛ばされて転がった己の右腕へと突進する。
ガントレットに噛みつくと、背筋を総動員して上体を起こしスラスターの勢いのままに無理矢理跳躍した。
首を振って咥えた右腕を切断面に押しつける。
機関閉鎖されてない傷跡にねじ込むように押し付けられた機器との接続不良情報が次々とCPUに流れ込むも、スコールが求める回路は一つだけ。
でたらめに接続された疑似神経系を誤魔化し、ブレイククローが起動する。
超高速振動する爪を穂先に、赤黒い循環液と長い金の髪の尾を引きながらスコールは流星となった。
無力化したと確信していた妹分の反抗は、キキョウの虚を完全に突いた。
それゆえに、CPUに焼き付けられた戦闘ルーチンが反射的に対応する。
クローをかいくぐり、カウンターで突き出されたマチェットの切っ先がスコールの薄い胸の中央を貫通した。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
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