上 下
75 / 125

54

しおりを挟む
「キキョウさん!」

 高速で離脱していく憧れのメイデンに、バンは軽トラのハンドルを握りしめて叫んだ。
 追いかけようとアクセルを踏み込んだ時、荷台に着地の衝撃が走った。
 窓から横向きにシュネーが顔を出す。

「追いつけませんよ、バンさん。
 それよりもスコールさんの所へ向かわないと」

「え?」

「おそらく、彼女に倒されています」

「そんな……!?」

 懐いていたスコールをキキョウが倒すなど、バンにはとても信じられず思わず否定の言葉が出る。
 シュネーは秀麗な眉を寄せた。

「バンさんはメイデンの本質を、まだ理解されてないようですわね。
 まずはスコールさんを回収しましょう、あちらへ向かってください」

 シュネーの指示でキキョウが進入してきた方向へバンはハンドルを切る。

「スコール……」

 メイデン本人、それも熟練のシュネーの口から出た言葉に大きな不安を覚えながら。





「なっ……!」

 循環液リキッドで周囲を赤黒く染めて倒れたスコールの無惨な姿に、バンは絶句した。
 慌てて軽トラから降りると虚ろな瞳を見開いたスコールの頭を抱き上げる。

「スコール! おいっ!」

 胸に抱えた金髪頭を揺するが、虚空を見上げる赤と青の瞳は瞬きも動きもしない。

「スコール! なあっ、返事しろよっ!」

 無反応な相棒の様子に恐慌をきたしかけたバンの背をシュネーは平手で一叩きした。

「バンさん! しっかりなさい!
 スコールさんはまだ修理できます!」

「ほ、ほんとに!?」

「ええ、幸い頭部は無傷ですからCPUは無事です」

 シュネーはバンの隣にひざまづくと、主に抱きかかえられたスコールの首筋に指先を走らせた。
 外部操作で首の裏のメンテナンスハッチが開く。
 露出した金属フレームに併設された外部電源口に指先を当て、通電を行う。
 シャットダウン慣れしたスコールのCPUは通電と同時に素早く再起動シークエンスを実行した。
 小さなハム音がスコールの頭から響き、見開かれた両目に光が灯る。

「あ……れ……?」

 輝きの戻ったオッドアイをパチパチと瞬きさせ、スコールは自分を抱きかかえる主の顔を不思議そうに見上げた。

「スコール! 良かった……」
 
「ますたー? シュネーねえさまも……。
 キキョウねえさまは? どこ?」

「キキョウさんは……」

 言葉に詰まったバンの後をシュネーが引き継いだ。

「貴女を倒した後、わたくしと交戦し撤退しました」

「ねえさま、どうして……」

 泣き出しそうなスコールの頭をシュネーは慰めるように撫でる。

「メイデンは主の命に背く事ができませんもの。
 ですが、ジェネレーターの破壊までで留めたのは、キキョウさんがスコールさんを想って手加減したからかも知れませんね。
 仲がよい相手だったのでしょう?」

「うん……」

 頷こうとしたスコールは機体の反応が極端に悪い事に気づいた。

「あ、あれ、からだ、うごかない……」

循環液リキッドを失いすぎましたわね。
 タウンに戻って修理を行いましょう。
 それまで、お休みなさいな」

「うん……」

 シュネーの言葉にスコールは両目を閉じた。
 淑女が首筋から指を離すと、電源供給の途切れた小さなメイデンは人形そのものに戻った。

「さて、バンさん?
 キキョウさんとあなた方の関係、詳しく教えていただけますか?
 スコールさんを指導した姉役としか、わたくし、聞いてませんもの」

「えっと……」

 静かながらも怒気をはらんだ口調の淑女にバンは躊躇した。
 キキョウに関して細かく説明する事は、友人の抱える秘密にも触れかねない。
 迷うバンにシュネーは柳眉を上げる。

「山賊に与するような主を持つメイデンと懇意にしていたというのは、どういう事ですの?」

「い、いえ! それは違います!
 キキョウさんは俺のダチから奪われたんです!」

 シュネーの誤解にバンは慌てて否定した。

「奪われた? Aクラスメイデンが?」

「は、はい……。
 俺達はキキョウさんの手掛かりを探してタウン75へ着たんです」

 シュネーは金の瞳を細めてバンをじっと見つめた。
 嘘は言っていないが、全てを語ってもいないバンは淑女に至近距離から見つめられ気まずく目を反らす。

「……込み入った事情がありそうですね。
 詳しい事はタウンに戻ってから聞かせていただきましょう」

 ひとまずの猶予を与える言葉に、バンはほっと溜息を漏らした。






 山賊の襲撃を退けた結果、哨戒部隊、キャラバンともに重傷以上の人的損害はなかった。
 一方、物的損害については車両に集中していた。

 移動手段を奪って獲物を確保しやすくするという襲撃のセオリーに、悪に落ちた身ながらできる限り殺生は避けたいというキキョウの思惑が合致した結果である。
 数少ない車両以外の物的損害といえば、メイデンが一機大破しただけであった。

 人死にはなく、物資も奪われなかったとはいえ足を奪われてはパトロール任務も交易も満足に行えない。
 哨戒部隊とキャラバンはそれぞれの任務を断念し、協力してタウンへ帰還する事を決定した。
 小破で済んだ車両を応急修理し、自走不能な車両の牽引準備を開始する。

 準備の間、周囲の警戒はシュネーが担当する。
 タウンの守護者たる白銀の淑女に護られた混成部隊に、戦闘直後ながらも安堵し緩んだ空気が漂っていた。

 バンもまたタウンへの帰還準備を行っていた。

「よいしょ……っと」

 バンは機能停止したスコールの機体を軽トラの荷台に横たわらせた。
 回収した両腕も積み込むと、荷台に座り込み物言わぬ相棒の頭を撫でる。

「待ってろよ、ちゃんと治してやるからな」

 ジェネレーターの交換に両腕の修理と循環液リキッドの補充。
 手持ちのクレッドが丸々吹っ飛びそうだが、相棒の為なら惜しくはない。

「な、なあ」

 懐具合を算段しながらスコールを撫でていると、横から声を掛けられた。
 哨戒部隊に参加した若手弾薬虫アモワームが所在なさげに佇んでいる。
 出立前に陰口を叩いていた内の一人だ。

「なんだい?」

「さっき、あんたのメイデンに助けられたから、礼を言おうと思ったんだけど……」

「そっか、しっかり働いてたんだな、スコール」

 自分の目の届かない所で頑張っていた相棒を誇らしく思い、頬が緩む。
 弾薬虫アモワームの少年は荷台を覗き込み、両腕を失い胸を抉られたスコールの惨状に息を呑んだ。

「や、やられたって聞いてたけど、大丈夫なのか!?」

「ああ、CPUは無傷だから、ジェネレーターを交換すればいいってシュネーさんが言ってた」

「そ、そうなのか……」

 眠るように目を閉じたスコールの顔と、彼女が人工物であるとまざまざと見せつける胸と両腕の破壊痕を見比べ、少年は小さく頷いた。

「機械だもんな、部品交換すりゃあ治るか……」

「動いてりゃ人間みたいだけどな。
 あと、修理に金がすっ飛ぶ」

「稼いでんだろ、メイデンバトルで」

「修理代で多分トントンさ。
 またシュネーさんの胸を借りねえと」

「そん時ゃ、また見に行ってやるよ」

 弾薬虫の少年はスケベったらしくにやりと笑うと、踵を返した。
 ふと、思い出したように振り返る。

「オレもそのうち、メイデン手に入れるからな。
 そしたら、あんたのメイデンと勝負しようぜ」

「なんだ、スコールに攻めの方の経験値積ませてくれんのか?」

「言ってろよ!」

 少年は笑いながら親指を下に向けると、自分のバイクへ向かった。
 中指を立てて少年の背中を見送ったバンは、相棒の寝顔に視線を落とす。

「だってさ。
 後輩が来る前にもっと強くなっとかないとな、スコール」
しおりを挟む

処理中です...