機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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 フリスは素早く主の前に飛び出すと、銃声に対して我が身を盾にした。
 抑音器を通した低い銃声が続けざまに響き、顔の前で交差させた両腕に着弾の火花が散る。

「フリス! そのままで!」

 相棒の機体を遮蔽物にしたフィオはポーチから閃光弾を取り出すと、目を閉じながら投げる。
 間を置かず炸裂した眩い光がほんの一瞬、地下の暗闇を切り裂いた。
 曲がり角から半身を晒して銃撃する襲撃者の姿が白く浮かび上がる。

「ちぃっ!」

 舌打ちと共に襲撃者は角へと一歩ステップすると、曲がり角から銃を握った腕だけを出しフルオート射撃で薙ぎ払った。
 フリスの背に隠れながら、フィオは襲撃者がフードの下に暗視装置ノクトビジョンを装着している事を視認している。
 安物の暗視装置ノクトビジョンならば閃光弾の光まで増幅し着用者の視神経を灼いてしまう所だが、高練度なデッドマン配下がそんな粗悪品を使用しているとは思えない。
 だが、一定以上の光量を自動的にカットする高価な暗視装置ノクトビジョンにも欠点はある。
 その機能ゆえに、通常の暗視モードに戻るまで一瞬の隙が生じてしまうのだ。
 フルオートの弾幕で牽制し視界が回復するまでの時間をカバーしようという襲撃者の行動は、完全にフィオの読み通りであった。

 フリスの背に隠れたまま、フィオは正確にテイザーを狙い撃つ。

「ぐあっ!?」

 銃把を握った手に電極が突き立ち、バチンと放電の鈍い音が上がる。
 暗闇の中で襲撃者は倒れ伏した。

「ふぅ。 ありがとうフリス、ダメージはない?」

「はい、大丈夫です」

 フルサイズのライフル弾ならいざ知らず、短機関銃が使用する拳銃弾程度ではAクラスメイデンに損傷を与える事はできない。
 骨や筋肉に相当する金属フレームやアクチュエーターに食い込むどころか、表皮であるナノスキンコートにわずかに着弾痕を残す程度だ。

「このくらい、自己修復機能ですぐに回復しますから痕跡も残りません」

 両腕についた煤のような弾着痕を擦りつつ、フリスは豊かな胸を張る。

「よし、じゃあ急ごう。
 多分、すぐにでも増援が来る。 いちいち相手してられないよ」

「はい!」






「ぐぅ……不覚を取った……」

 フィオ主従が足早に立ち去ってから数分後、襲撃者ことレイスは意識を取り戻していた。
 高電圧のテイザーを叩き込まれたにしては驚くほど早い復帰である。
 四肢の末端への被弾であった事と、鍛錬を積んだ若い肉体の強靱さゆえであった。
 ふらつきながらも何とか立ち上がる。
 
「くそっ、侵入者どもはどうなった」

 気にかかる点はそこだ。
 メイデンを確認した為、足止めの攻撃を仕掛けたのは失策だったかも知れない。
 侵入者有り増援求むとの報を入れたのだから、そのまま待機するべきであった。
 己の担当区域をむざむざ通過させたくないというレイスのプライドがマイナスに働いてしまった。

「通信機は……ダメか」

 テイザーを受けた際に損傷したのか、インカムにはノイズも入らない。
 暗視装置ノクトビジョンがまともに作動している点は僥倖であった。

「何とか状況を掴まねば……ん?」

 レイスは下水道跡の暗がりに転がった人影に気づいた。
 背中にコンテナのような荷物を背負っている。

「……グレンクス?
 こいつもやられたのか」

 レイスは昏倒したグレンクスを揺さぶった。

「おい! 起きろ!」

「んが……あ?」

 乱暴に揺すり起こされたグレンクスは、間抜けな声を出して周囲を見回した。

「あ、あぁ? レイスさん?」

「グレンクス、状況は判るか?」

「じょ、状況?」

 明らかに混乱している様子のグレンクスにレイスは失望のため息を吐いた。

「その様子じゃお前を倒した侵入者の姿も見てないな……」

「お、俺、やられてたのか……。
 すんません、見てないっす」

 半身を起こした姿勢のままヘコヘコと頭を下げるグレンクスにレイスは小さく頷く。

「判った。 お前の通信機は使えるか?」

「えぇっと……すんません、壊れてるみたいです」

 レイスは暗視装置ノクトビジョンの下の眉を寄せるが、それ以上の叱責はしない。
 彼自身も不覚を取った身だ、自分のミスを棚上げにして責めるような恥知らずな上司になりたくはなかった。

「仕方ない、状況確認に本部に戻るか……むっ!?」

 レイスは角の暗がりに身を沈めるようにしゃがみ込んだ。
 グレンクスの肩を掴んで同じ姿勢を取らせる。

「なっ」

「静かにしろ、何か来る」

 驚きの声を上げかけたグレンクスの口を手のひらで塞ぎつつ、レイスは暗視装置ノクトビジョンの調整つまみを手動で操作して熱感知視野サーモに切り替えた。
 下水道の中を二体の人影が進んでくる。
 熱感知視野の中で、片方の人影の胸部に強い輝きが宿っているのが見えた。
 胸部に動力源であるジェネレーターを搭載したメイデン特有の映像だ。

「またメイデンか……」

 呟きながらカモフラージュポンチョを目深に被りなおす。
 今の状況でメイデン相手に戦闘を行うのは無理だ。
 レイスは闘志を押し殺して身を潜めた。
 メイデンのセンサーをも欺くカモフラージュポンチョとレイス自身の卓抜した潜伏術が組み合わさった結果、メイデンとその主はレイスに気づかずに通り過ぎていく。
 一方、技量で劣るグレンクスは顔面に押しつけられたレイスの柔らかな手のひらの感触に恍惚としていたお陰で息を潜めるような状態になっており、メイデン達に発見されずに済んだのであった。

「さて、どうする、後ろから襲撃すれば或いは……。
 いや、勝算が無さすぎるな」

 レイスは無念そうに首を振った。
 不意打ちのチャンスだが、先の二の舞になるだけだ。
 メイデンを相手にするにはレイス達に支給された短機関銃では非力すぎる。
 普段下水道に紛れ込むようなゴロツキ相手なら十分な武装だが、メイデン相手ならば最低でも重機関銃か対物ライフルくらいは欲しい。

「とんだ厄日だ、メイデンが二体も来るなんて」

「……二体じゃ済まないかも知れませんぜ」

 レイスの手のひらの感触にふんすふんすと荒い鼻息を漏らしていたグレンクスがようやく正気づいて指摘する。

「今の二人連れの野郎の方、軍服みてえなのを着てました。
 暗視装置ノクトビジョンごしなんで色が青か緑かまでは判りませんでしたが」

 アーミー警邏隊か、どちらにしても普段下水道の奥地まで踏み込んで来ない連中だ。
 何か理由がない限りは。

「……まさか、手入れか!?」

 アウトローがある程度膨れ上がった所に、圧倒的な戦力を投入して一網打尽にする。
 過去にマザーが実行したその手管は当然アウトロー側にも知れている。
 レイス達警備員が配置されている理由のひとつには、それらタウン側の動きを察知するためでもあるのだ。
 しかし、長く平穏が続いていたため、彼らの心からはその「いつか来る日」への気構えが薄れていた。
 まさに今日この日に備える事こそ、自分たちの役目であったはずなのにとレイスは唇を噛む。

「何てことだ、デッドマン様にお伝えしないと……!」

「そ、そっすね、じゃ、俺はこれで……」

「お前も来るんだよ!」

 そそくさと逃げだそうとしたグレンクスの襟首を掴み、レイスは走り出した。




「警備が厳重になってきたな、面白い」

 浴びせられる銃火を軽いステップでかわし、拳一つで沈黙させながらマイザーは呟いた。
 監視対象であるフィオ主従がアウトローの領域へ踏み込んですでに数時間。
 彼らを追って地下へ踏み込んだマイザーはなし崩し的に交戦状態に陥っていた。

 できる限り戦闘を避けて隠密行動で進むフィオに対して、マイザーは無頓着なほど普段通りの足取りである。
 レイスから襲撃者有りとの報告を受けている警備員達が気付かないはずもない。
 結果、腕を振るう機会が増えておりマイザーとしてはなかなか充実した時間を過ごしていた。

 任務の順位はすっかり彼の頭の中で下がってしまっている。
 マザーへの敬意も忠誠も持ち合わせているが、それよりも戦闘の楽しみに身を委ねてしまうのがマイザーという男であった。 
 このバトルマニアっぷりがシヤからもヒュリオからも今ひとつ信頼されていない理由なのだが、それもまた彼にとって頓着するべき事柄ではない。

「いっそ、このまま地下の掃討をしてしまいません?」

 主の背後に控えたシコンが物騒な提案をする。
 武装ユニットに閉鎖空間用の大型オートショットガンと汎用の軽機関銃を装着したAクラス戦闘メイデンは、主が障害を素早く殴り倒してしまうため退屈していた。
 戦闘経験を積み己を高めたいというマイザーと、自分の性能を主に示す機会が欲しいというシコン。
 実にお似合いの主従であった。

「ふむ、悪くないな。
 多少風通しを良くしておけばマザーも喜ばれよう」

 マイザーの凜々しい細面に微笑が浮かぶ。
 口ではマザーのためのような事を言っているが、実際は暴れる理由付けを提案入れ知恵されて喜んでいるだけである。
 だが、主従の会話に邪魔が入った。

「それは困るね、20年近くもかけてひっそり大きくしたんだ。
 私の苦労を台無しにしないでくれたまえ」

 柔らかなテノールと同時に耳を聾する轟音が発する。
 震脚、すなわち足音とも思えぬ破砕音染みた異音と共に放たれた崩拳がシコンの胸の中央を打ち抜き、グラマラスな肢体を吹き飛ばす。

「がっ!?」

 宙を舞うシコンは自分を殴り飛ばした人影が灰色のポンチョを頭から被っている事を視認した直後、古いコンクリートの床に叩き付けられた。

「シコン!?」

 まるでゼロ距離から戦車砲を撃ち込まれたかのような衝撃が、ジェネレーターに深刻なダメージを与えている。
 ダメージそのものよりも、このような脅威に気づかなかった屈辱にシコンのCPUは加熱した。

「何者だ!」

 ジェネレーターの出力不良で転がったまま立ち上がれないシコンを庇いながら、マイザーはポンチョの人影へ鋭く誰何する。

「おいおい、人のホームで暴れておいて、それはないんじゃないかね?」

 苦笑しながら人影はポンチョを脱ぎ捨てる。
 現れたのは銀の髪を撫でつけた初老の男。
 黒いスラックスに革靴、袖まくりしたカッターシャツにベストとサスペンダー。
 完全に場違いな姿のダンディは、気取った容姿に似合いの茶目っ気でウィンクを飛ばして見せた。

「地下で大人しくしていた、ただの死人デッドマンさ」
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