機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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 タウン48を護る防壁の外には、うち捨てられた建造物の残骸が広がっている。
 その昔、戦火を免れた工場を制したシヤがタウン48を設立する際に、不要と切り捨てた周辺施設のなれの果てであった。
 払暁、瓦礫と砂で埋まったその一角がぼこりと円形に持ち上がり、碧の放熱髪のメイデンが顔を出した。
 砂の被った丸い鉄板をそっと側に置くと慎重に周囲を見回し、足下へ声を掛ける。

「敵影ありません。 脱出成功です、マスター!」

 フリスは放棄された古いマンホールから素早く抜け出すと、梯子を昇る主を手助けした。
 数時間ぶりに圧迫感ある地下から解放されたフィオは星明かりを残した藍の空を見上げて、大きく身震いする。

「明け方は流石に冷えるな……。
 さて、爺さんは上手くコンテナを運び出してくれたかな?」

「あちらです、マスター」

 周辺をサーチしたフリスは瓦礫とカモフラージュネットを使って上手く隠蔽されたコンテナを見つけ出す。
 フィオはコンテナを開けると、愛用の三輪バイクトライクを引き出した。
 括り付けられた荷物の点検を素早く済ませる。

「燃料は満タン、保存食の用意もOKっと。
 それじゃあ行こうか!」

「はい!」

 三輪バイクトライクに二人乗りした主従は、砂を蹴立ててタウン75への旅路を開始する。
 後部座席に跨がったフリスは主の背に豊かなバストを押しつけながら、地平線に目を向けた。
 夜の闇を追い払う旭光が天を走り、深い藍から蒼へと変じていく空の色にフリスは感嘆の吐息を漏らす。

「綺麗……」

「うん?」

 風除けに多目的ゴーグルを掛けたフィオが振り返った。

「夜明けの空、初めて見ました。
 プリセットされたデータで知っている事と、実際に体験したデータは全然違うんですね」

「そうか、君は起動してすぐにタウン48へ移動して、それっきり外に出た事なかったね」

「はい、タウン69から48へ移動するまでの間は、風景を楽しむ余裕もありませんでしたから」

 起動したてで情報処理能力が未熟であっただけでなく、キキョウを奪われたばかりのフィオの精神状態が非常に不安定だった為、タウン48への旅路はマスターのケアに専念していたフリスであった。
 今、反撃を開始したフィオは逆襲の意気に燃えており、フリスと出会った時の壊れてしまいそうな程に鬼気迫る怒りは意志の制御の元、鎮まっている。
 胸の炎を抑えつつ柔和な表情を見せる少年こそ、フリスの主の本来の姿だ。

「これから、色々な物を見て君だけのデータを蓄積していこうね」

 ハンドルを握ったまま肩越しに振り返る主の微笑みに、フリスはジェネレーターが高稼働モードに移行するのを感じる。
 フリスは頬を染めながら、主の背を抱きしめた。

「はいっ!」

 惜しむらくは、この旅路がまだ見ぬ恋敵であるキキョウを取り戻す旅であるという事であろうか。
 それまでは新婚旅行気分で楽しもうと思うフリスであった。




 デッドマンに蹂躙されたマイザー主従はスゥに担がれてガバメントに運び込まれた。
 開腹手術が必要なマイザーをメディカルルームへと送り、大きく損傷したシコンをファクトリーに任せるとスゥの手は空く。
 だが、ヒュリオから託された任務を果たしたスゥは眉尻を下げて困惑を露わにしていた。

「……どうしましょう」

 豊かな胸元に手を当てるスゥの中ではCPUがフル回転している。
 分析中のデータはシコンに渡された一連の情報だ。
 傷ついたマイザーとシコンを俵担ぎに両肩に載せて帰還する際、シャットダウンから回復したシコンは己の醜態に大いに恥じ入りつつスゥに対しダイレクトリンクで情報共有を行った。
 シコン自身の中から取得された、秘匿情報である。

 デッドマンの精を流し込まれ強制的に目覚めさせられたシコンは、開示された情報を持て余してしまった。
 何よりも拙い事に、デッドマンはシコンに精を注ぎ込んでおきながら半端な状態で離脱しており、マイザーのマスター登録は失われていない。
 真の漢トゥルーガイを主とせよというメイデンの本能とシコン本人の想いが相反し、己の機体の惨状もあって酷く混乱したシコンは経験豊富な先輩であるスゥに頼る。
 先輩にすがりつくかのように情報共有してしまうシコンであった。
 こんな爆弾染みた情報をポンと渡されたスゥとしては、頭を抱えるしかない。

「これ、私が知っているってマザーに知れたら、とても問題になる類の情報ですよね……」

 思わずシコンを恨みたくなるスゥであったが、手酷い陵辱の結果普段の勝ち気さを失い萎れきった彼女の姿を思えば、そんな気持ちも失せる。
 主同様、スゥもまた後輩に対して甘かった。
 秘匿情報を抱えて困惑するスゥへ助け船のように主から通信が入る。

「スゥ、すぐに車を用意してくれ、ターゲットがタウン外へ出た。
 どこまで行くつもりか判らん、踏破性の高いオフローダーに食料も積み込んでくれ」

「了解しました、すぐに準備します。
 セントラルゲートでお待ちください」

「ああ、頼む」

 リンク通信が切れ、スゥは安堵の溜息を吐く。
 とりあえずやるべき事が与えられた。
 幸いにしてと言うべきか、マザーの目から離れるタウン外へ出る事になりそうだ。

 明らかに厄介な秘匿情報に関して、スゥは通信に乗せて話せる内容ではないと判断している。
 マザー主導のこの社会をぶち壊しにしかねない情報は、アーミーの精兵といえど所持していると知れただけで処分対象になってしまうかも知れない。
 それだけは避けなくてはならない。
 いざとなれば、二度とタウンの地を踏めなくなろうとも。
 
「すぐに仕度しますとも、マスター」

 スゥはおっとりとした美貌に覚悟の色を浮かべて小さく呟く。
 彼女の忠誠と愛情はタウンとマザーへではなく、ヒュリオ個人に捧げられていた。




 下水道奥のアジトに帰還したデッドマンは矢継ぎ早の指示を子飼い達に下していた。
 その内容は一言で言うならば夜逃げと潜伏である。
 アーミーの手が入った以上、整備した区画であるアジト周辺を捨て周囲に散らばって捜査の目をやりすごす。
 如何なアーミーの精兵といえど、下水に適応したミュータント生物も跋扈する未踏地域に逃げ込まれれば追跡は困難を極めるのだ。
 そこで生存し続けられるかどうかは別問題であるが、デッドマンは自ら鍛え上げた部下のしぶとさを疑いはしなかった。

「随分予定が早まってしまったねぇ」

 書斎の片付けをしながらデッドマンは溜息を吐く。
 収集した貴重な書物の数々を防水加工された小型コンテナに大事に並べていくデッドマンの顔は、常に飄々とした彼にしては冴えない。

「しばらく読書もお預けか。
 事が終わったら回収しにくるからね、我が愛読書達よ」

 逞しい男性同士が抱擁しあう表紙の太古の書物を愛おしげに撫で、デッドマンはコンテナに厳重な封を施した。
 コンテナの隠し場所について思案する内に、書斎のドアがノックされる。

「お呼びですか、デッドマン様」

 子飼いの一人、レイスだ。

「うん、君には本隊への伝令を頼みたい」

 デッドマンは懐から古風な封書を取り出した。
 蝋の封印が為された、彼こだわりの一筆である。

「本隊、フォートMFへですか」

移動手段の用意はすぐにさせるよ、追跡が掛かる可能性は高いけど君なら何とかやってくれると信じている」

「はっ! お任せを!」

 敬愛するデッドマンの言葉に、レイスは秀麗な顔に血の気を上らせて発奮する。
 封書を手渡しながら、デッドマンは思い出したように付け加えた。

「そうだ、グレンクスだっけ、あの男も連れて行ってくれ」

「グレンクスを?
 お言葉ですが、足手まといにしかならないかと」

「判ってる、いざという時は捨て駒にしていいから。
 今後しばらくは未踏区域での生活だ、間違いなく彼は耐えられない。
 部外者を巻き込むのは不本意だし、彼もどうせ死ぬならお日様の元で死にたいだろう」

「そういう事ですか、承知しました」

 ごくあっさりと吐かれた他人の命運を決定する言葉に、レイスは淡々と頷いた。
 レイス自身、グレンクスの命などちり紙よりも軽いと考えているという事もある。
 それと同時に他の部外者の事も思い至る。

「そういえば、ディモンはどうされるのですか?」

 デッドマンの元に逃げ込んだディモンは、厳密には彼一門の人間ではない。
 危険な未踏区画への潜伏に異を唱える可能性はあった。

「彼も護衛の人形は連れてきてるしね、まあ何とかするんじゃないの?」

 仮にもタウン48の裏社会で名を馳せた男であったディモンの事を、デッドマンはグレンクスとほとんど同列のように軽く語った。
 デッドマンの中では裏社会の序列など、まったくどうでもよい事であるかのように。

「なるほど……。 彼にも幸運があると良いですね。
 では、行って参ります、デッドマン様」

「うん、向こうの教え子達によろしく」

 レイスの肩を抱いて別れの挨拶をしつつ、デッドマンはニヤリと頬を歪めた。

「そう遠くないうちに再会できると思うけどね」
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