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「真の漢ね……」
ハーフトラックのハンドルを握るヒュリオは、スゥが語るシコンより渡された情報の詳細を聞き嘆息した。
「そうすると、オレは真の漢の成り損ないって所か。
人間でも真の漢でもない、どっちつかずで何とも中途半端なものだ。
生身でも機械でもないサイボーグの身には似合いかもしれんが」
「マスター……」
助手席の相棒の気遣わしげな視線にヒュリオは苦笑した。
「そんな顔をするな、スゥ。
色々腑に落ちただけさ」
ヒュリオはフロントグラスの向こうに広がる地平線に目を凝らした。
サイバーアイが望遠補正を行い、遠方を進む小さな砂煙の詳細を映し出す。
護衛対象の三輪バイクだ。
「むしろ、存在するかどうかも判らない相手を千年も探し続けたマザーに同情するね。
戦前の技術者も随分とむごい事をする、そんな当てもない使命を託すなんてな」
ヒュリオの視野で碧の髪のメイデンとシールドポンチョの少年の姿が拡大された。
脳裏に監視カメラの映像越しに見た、少年が真の漢の能力を発揮した情景が蘇る。
まさにビデオの巻き戻しのような自己再生能力は並の人間の域を超越していた。
誰の目にも明らかな超常の力を持つ少年の未来を思い、ヒュリオは小さく首を振った。
「だからと言って真の漢の人生をサンプルにされる謂われはない。
千年を稼働し続けるマザーに比べれば、あっという間の命かもしれん。
だからこそ、自由に謳歌するべきだ」
真面目くさって呟いたヒュリオの眉が寄る。
拡大視野の中に見える砂煙の動きが止まっていた。
「気付かれたか」
「障害物もない砂漠ですからね……。
どうします?」
「……腹を割って話すさ。
ここまで追ってきたんだ、元よりそのつもりだ」
砂漠を吹き渡る風は砂を運び、僅かな高低を作り出す。
砂の海と称されるように、海辺の波濤の如く。
本物の海など見たことがないフィオだが、波を思わせる砂の段差を利用する術はゼンクに教え込まれて熟知していた。
波打つ砂地を擬似的な塹壕として、追跡者を待ち伏せる。
「タウンからの追っ手かな」
砂の窪みに寝そべるように身を伏せてアサルトライフルを構えるフィオに、傍らで跪いたフリスは小さく頷いた。
「特にマーキングなどないハーフトラックですけど、付かず離れず着いてきているというのは不審です。
方向が一緒なだけの単なる通行人ならよし、追っ手ならば……」
両手のレーザークリスタルを確認するフリスを伏せたまま見上げ、フィオは迷うように呟いた。
「先制攻撃はしたくないなぁ……」
「マスター、もう穏便に過ごすタイミングは過ぎました。
マザーの指示を破ったのですから、波風を立てずにはいられません」
「まぁそうなんだけど……。
タウンのスタッフ相手にドンパチするのはなぁ」
金魚鉢の中で睡眠学習で刷り込まれたタウンへの忠誠は、未だフィオの行動指針に影響を与えていた。
キキョウを取り戻すためマザーの指示を無視すると決意したにも関わらず、タウンの戦力と積極的に交戦する程の踏ん切りはついていない。
眉を寄せて悩むフィオを余所に、ハーフトラックが接近してくる。
キャビン後方のカーゴ部分の車輪を無限軌道に変更したハーフトラックは速度よりも悪路走破性能を重視した車種だ。
重々しい音を立ててハーフトラックは停車すると、運転席のドアが開いた。
フィオはアサルトライフルのグリップを握りなおし、唾を呑む。
気負うフィオを制するように、凜とした声が響いた。
「こちらに交戦の意思はない! 話を聞いてくれないか!」
運転席から長身の青年が両手を上げて降りてくる。
地味なデニムシャツにカーゴパンツとよく居る市民風の服装だが、その顔に見覚えがあった。
「確か、アーミーの……」
「ああ、アーミー所属のヒュリオだ。
久しぶりだね、フィオ君」
左の頬に縦一文字のラインが走った精悍な青年が微笑む。
「……撃ちますか?」
「どうしてすぐ排除方向にいくの、君は」
相棒に左手でステイを命じつつ、フィオは立ち上がった。
「マスター、よろしいんですか?」
「問答無用に襲ってくるんじゃなくて、話がしたいってだけなら応じるさ。
内容によっては決裂もあり得るけど、率先してドンパチしたいわけじゃない。
フリスは念のために警戒していて」
「了解しました」
フィオはアサルトライフルを握ったままヒュリオを見据えた。
ヒュリオは一見丸腰だが、サイボーグである彼の体には仕込み武器が内蔵されている可能性もある。
隙を見せるわけにはいかない。
「それで、僕に何を聞かせたいんですか?」
不信感も露わながらも聞く姿勢を見せるフィオに、ヒュリオは小さく頷いた。
「まずはオレがマザーから与えられた任務について話そう。
君の監視と護衛だ」
思い当たる節がいくつかあるフィオは眉を寄せる。
「アーミーから監視が付いてるんじゃないかとは思っていました。
でも、護衛もですか?」
「ああ、マザーは君を重要視している。
真の漢の候補としてな」
ヒュリオの言葉にフィオは口を引き結んだ。
事の核心だ、マザーの手先たるアーミーに明かせはしない。
「……僕は真の漢に遭遇しただけですよ、僕を見張っていたって何にもなりません」
「そうかな?
……ディモンのアジトじゃ大活躍だったじゃないか」
「っ!?」
思わず息を呑む。
ヒュリオはニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、続ける。
「あそこの地下室には監視カメラが有ってね。
真っ二つにされた君が再生し、メイデンを倒す所まで録画されていたよ」
フィオの背筋にぞくりとした寒気が生じる。
アーミーに知られてしまった、マザーもすでに把握しているのだろうか。
顔を引き攣らせたフィオに、ヒュリオは表情を引き締め小さく咳払いをした。
「驚かせてしまったな、すまない。
録画データは全て破棄しておいた、マザーにも報告していない」
「……何故?」
フィオが真の漢であるという決定的な証拠であろうに。
ヒュリオの行動は不可解だ。
「君に、実験動物のような人生を送らせたくないからだ」
ヒュリオの言葉にフィオは首を傾げる。
「どうして貴方がそんな事を気に掛けるんです?
僕の人生は貴方には関係ないでしょうに」
「それは」
だらりと下げられたヒュリオの腕が霞んだ。
瞬きの合間ほどの刹那に、ピストルの形をとったヒュリオの指先が真っ直ぐに向けられている。
フィオの目で追い切れない所か、フリスが反応できなかった程、速い。
「っ!?」
「なっ……」
僅かに己の「能力」を示したヒュリオは、驚く主従を見据え静かに続けた。
「オレも、君の同類だからだ。
マザーに振り回されて生身を失ったオレのようになってはいけない」
「……貴方も?」
「オレはどうも真の漢の成り損ないらしいがね」
自嘲気味の微笑みが浮かぶ。
「勝手な話だが、君の身の上を他人に思えなくてね。
オレのようなマザーの玩具になって欲しくない。
だから君の情報を隠匿しておいた。
できればこのままタウン48に戻らず、自由な人生を歩んで欲しい」
「タウン48に戻らず……」
フィオはヒュリオの言葉を口の中で反芻した。
思えばキキョウを取り戻す事に気が急いてばかりで、その後の事は後回しにしていた。
マザーの命に逆らって出てきてしまった以上、確かにタウン48に戻って元通りの暮らしはできまい。
「……とりあえずはタウン75に向かっているんですけど」
「なら、当面はタウン75に潜むといい。 君の……もう一人のパートナーを連れ戻して」
ヒュリオは不審げな表情を崩さないフリスにちらりと視線を向け、続けた。
「君が平穏な暮らしを送れるように、オレが支援しよう」
「信用されるんですか?」
三輪バイクの後部座席に跨がったフリスは、併走するハーフトラックを横目で見ながら主に尋ねた。
「正直、どうしたもんかなと思ってる」
ハンドルを握るフィオの声音には困惑の色が濃い。
「なんというか、こっちに思い入れがあるみたいなんだけど、その実感が全然無いからなあ……」
フィオの行動を密かに監視しその為人を見て取ったヒュリオ達に対して、フィオはヒュリオの事をアーミー所属のサイボーグ兵士という事しか知らない。
アーミーの所属でありながらマザーの意向に逆らうヒュリオが、それ程までに自分に入れ込んでいるという事が今一つピンとこない。
いわばストーカーとターゲットの構図であった。
「まあ、こっそりマザーに連絡取ってる風でもないし、とりあえず好きにさせておこう。
……この上、余計な敵が増えたら堪らないし」
下手に拒否して明確に敵対されても困る。
妙な同行者が増えてしまったと、フィオは溜息を吐いた。
ハーフトラックのハンドルを握るヒュリオは、スゥが語るシコンより渡された情報の詳細を聞き嘆息した。
「そうすると、オレは真の漢の成り損ないって所か。
人間でも真の漢でもない、どっちつかずで何とも中途半端なものだ。
生身でも機械でもないサイボーグの身には似合いかもしれんが」
「マスター……」
助手席の相棒の気遣わしげな視線にヒュリオは苦笑した。
「そんな顔をするな、スゥ。
色々腑に落ちただけさ」
ヒュリオはフロントグラスの向こうに広がる地平線に目を凝らした。
サイバーアイが望遠補正を行い、遠方を進む小さな砂煙の詳細を映し出す。
護衛対象の三輪バイクだ。
「むしろ、存在するかどうかも判らない相手を千年も探し続けたマザーに同情するね。
戦前の技術者も随分とむごい事をする、そんな当てもない使命を託すなんてな」
ヒュリオの視野で碧の髪のメイデンとシールドポンチョの少年の姿が拡大された。
脳裏に監視カメラの映像越しに見た、少年が真の漢の能力を発揮した情景が蘇る。
まさにビデオの巻き戻しのような自己再生能力は並の人間の域を超越していた。
誰の目にも明らかな超常の力を持つ少年の未来を思い、ヒュリオは小さく首を振った。
「だからと言って真の漢の人生をサンプルにされる謂われはない。
千年を稼働し続けるマザーに比べれば、あっという間の命かもしれん。
だからこそ、自由に謳歌するべきだ」
真面目くさって呟いたヒュリオの眉が寄る。
拡大視野の中に見える砂煙の動きが止まっていた。
「気付かれたか」
「障害物もない砂漠ですからね……。
どうします?」
「……腹を割って話すさ。
ここまで追ってきたんだ、元よりそのつもりだ」
砂漠を吹き渡る風は砂を運び、僅かな高低を作り出す。
砂の海と称されるように、海辺の波濤の如く。
本物の海など見たことがないフィオだが、波を思わせる砂の段差を利用する術はゼンクに教え込まれて熟知していた。
波打つ砂地を擬似的な塹壕として、追跡者を待ち伏せる。
「タウンからの追っ手かな」
砂の窪みに寝そべるように身を伏せてアサルトライフルを構えるフィオに、傍らで跪いたフリスは小さく頷いた。
「特にマーキングなどないハーフトラックですけど、付かず離れず着いてきているというのは不審です。
方向が一緒なだけの単なる通行人ならよし、追っ手ならば……」
両手のレーザークリスタルを確認するフリスを伏せたまま見上げ、フィオは迷うように呟いた。
「先制攻撃はしたくないなぁ……」
「マスター、もう穏便に過ごすタイミングは過ぎました。
マザーの指示を破ったのですから、波風を立てずにはいられません」
「まぁそうなんだけど……。
タウンのスタッフ相手にドンパチするのはなぁ」
金魚鉢の中で睡眠学習で刷り込まれたタウンへの忠誠は、未だフィオの行動指針に影響を与えていた。
キキョウを取り戻すためマザーの指示を無視すると決意したにも関わらず、タウンの戦力と積極的に交戦する程の踏ん切りはついていない。
眉を寄せて悩むフィオを余所に、ハーフトラックが接近してくる。
キャビン後方のカーゴ部分の車輪を無限軌道に変更したハーフトラックは速度よりも悪路走破性能を重視した車種だ。
重々しい音を立ててハーフトラックは停車すると、運転席のドアが開いた。
フィオはアサルトライフルのグリップを握りなおし、唾を呑む。
気負うフィオを制するように、凜とした声が響いた。
「こちらに交戦の意思はない! 話を聞いてくれないか!」
運転席から長身の青年が両手を上げて降りてくる。
地味なデニムシャツにカーゴパンツとよく居る市民風の服装だが、その顔に見覚えがあった。
「確か、アーミーの……」
「ああ、アーミー所属のヒュリオだ。
久しぶりだね、フィオ君」
左の頬に縦一文字のラインが走った精悍な青年が微笑む。
「……撃ちますか?」
「どうしてすぐ排除方向にいくの、君は」
相棒に左手でステイを命じつつ、フィオは立ち上がった。
「マスター、よろしいんですか?」
「問答無用に襲ってくるんじゃなくて、話がしたいってだけなら応じるさ。
内容によっては決裂もあり得るけど、率先してドンパチしたいわけじゃない。
フリスは念のために警戒していて」
「了解しました」
フィオはアサルトライフルを握ったままヒュリオを見据えた。
ヒュリオは一見丸腰だが、サイボーグである彼の体には仕込み武器が内蔵されている可能性もある。
隙を見せるわけにはいかない。
「それで、僕に何を聞かせたいんですか?」
不信感も露わながらも聞く姿勢を見せるフィオに、ヒュリオは小さく頷いた。
「まずはオレがマザーから与えられた任務について話そう。
君の監視と護衛だ」
思い当たる節がいくつかあるフィオは眉を寄せる。
「アーミーから監視が付いてるんじゃないかとは思っていました。
でも、護衛もですか?」
「ああ、マザーは君を重要視している。
真の漢の候補としてな」
ヒュリオの言葉にフィオは口を引き結んだ。
事の核心だ、マザーの手先たるアーミーに明かせはしない。
「……僕は真の漢に遭遇しただけですよ、僕を見張っていたって何にもなりません」
「そうかな?
……ディモンのアジトじゃ大活躍だったじゃないか」
「っ!?」
思わず息を呑む。
ヒュリオはニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、続ける。
「あそこの地下室には監視カメラが有ってね。
真っ二つにされた君が再生し、メイデンを倒す所まで録画されていたよ」
フィオの背筋にぞくりとした寒気が生じる。
アーミーに知られてしまった、マザーもすでに把握しているのだろうか。
顔を引き攣らせたフィオに、ヒュリオは表情を引き締め小さく咳払いをした。
「驚かせてしまったな、すまない。
録画データは全て破棄しておいた、マザーにも報告していない」
「……何故?」
フィオが真の漢であるという決定的な証拠であろうに。
ヒュリオの行動は不可解だ。
「君に、実験動物のような人生を送らせたくないからだ」
ヒュリオの言葉にフィオは首を傾げる。
「どうして貴方がそんな事を気に掛けるんです?
僕の人生は貴方には関係ないでしょうに」
「それは」
だらりと下げられたヒュリオの腕が霞んだ。
瞬きの合間ほどの刹那に、ピストルの形をとったヒュリオの指先が真っ直ぐに向けられている。
フィオの目で追い切れない所か、フリスが反応できなかった程、速い。
「っ!?」
「なっ……」
僅かに己の「能力」を示したヒュリオは、驚く主従を見据え静かに続けた。
「オレも、君の同類だからだ。
マザーに振り回されて生身を失ったオレのようになってはいけない」
「……貴方も?」
「オレはどうも真の漢の成り損ないらしいがね」
自嘲気味の微笑みが浮かぶ。
「勝手な話だが、君の身の上を他人に思えなくてね。
オレのようなマザーの玩具になって欲しくない。
だから君の情報を隠匿しておいた。
できればこのままタウン48に戻らず、自由な人生を歩んで欲しい」
「タウン48に戻らず……」
フィオはヒュリオの言葉を口の中で反芻した。
思えばキキョウを取り戻す事に気が急いてばかりで、その後の事は後回しにしていた。
マザーの命に逆らって出てきてしまった以上、確かにタウン48に戻って元通りの暮らしはできまい。
「……とりあえずはタウン75に向かっているんですけど」
「なら、当面はタウン75に潜むといい。 君の……もう一人のパートナーを連れ戻して」
ヒュリオは不審げな表情を崩さないフリスにちらりと視線を向け、続けた。
「君が平穏な暮らしを送れるように、オレが支援しよう」
「信用されるんですか?」
三輪バイクの後部座席に跨がったフリスは、併走するハーフトラックを横目で見ながら主に尋ねた。
「正直、どうしたもんかなと思ってる」
ハンドルを握るフィオの声音には困惑の色が濃い。
「なんというか、こっちに思い入れがあるみたいなんだけど、その実感が全然無いからなあ……」
フィオの行動を密かに監視しその為人を見て取ったヒュリオ達に対して、フィオはヒュリオの事をアーミー所属のサイボーグ兵士という事しか知らない。
アーミーの所属でありながらマザーの意向に逆らうヒュリオが、それ程までに自分に入れ込んでいるという事が今一つピンとこない。
いわばストーカーとターゲットの構図であった。
「まあ、こっそりマザーに連絡取ってる風でもないし、とりあえず好きにさせておこう。
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