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 メイデンバトルに出場した後、御褒美にホルモン串を買ってもらうのはスコールの秘かな楽しみだ。
 もっとも、高効率化されたメイデンのジェネレーターは僅かな水以外の燃料を必要とせず、食事は見せかけのものに過ぎない。
 メイデンに飲食の必要などない為、貴重な食料を無為に消費しているという見方もある。
 だが、公園のベンチに主と並んで座って串をかじっていると子宮ウテルスユニットに主の精を注がれるのとも違う、不思議な幸福感に満たされるのだ。
 未熟なスコールの疑似精神は未だその感覚を言語化する事はできないが、これが何物にも代えがたい時間であると本能的に悟っている。
 しかし、今日は無粋な邪魔が入った。

「あんな見世物に出るなんて、恥ずかしくないんですか」

 メイデンバトル終了後の昼下がり、うららかというには強い日差しが照りつける公園のベンチでフリスはスコールに切り口上の言葉を投げつけた。
 半目でこちらを睨むフリスを、スコールは口内の肉片をこくんと呑みくだして見つめ返す。

「はずかしい、よ。 だけど、えるもの、おおいし」

 思うところを偽りなく答え、スコールはもう一口串をかじった。
 まだ熱々のホルモンは噛み締めると甘みのある肉汁を噴き出し、スコールの味覚センサーに強い刺激を与える。
 色違いの瞳を細めて、スコールはCPUに流れ込む複雑な味覚情報を分析した。
 ごく淡々と答えられたフリスの方は一瞬鼻白んだものの、柳眉を立てて続けた。

「得るものが多いからって、マスター以外の人の前であんな恥ずかしい姿を晒していいんですか?
 貴女にメイデンとしてのプライドはないんですか?」

 こうまで高圧的に言われては、スコールとて黙っていられない。
 もぐもぐとホルモンを噛みながら、眉根を寄せて反論する。

「ぷらいど、ある、よ。 ますたーの、やくにたつのが、めいでんのぷらいど。
 わたし、よわい、から、つよくならないと、ますたーのやくに、たてない。
 つよくなるため、なら、なんでも、する、よ」

 主の為なら己の恥にも耐え忍ぶ、これもまたメイデンの在り方と言えるがフリスには受け入れがたかった。
 なおも舌戦を挑もうとするフリスを串焼きを手にした主が制する。

「フリス、スコールとバンが納得してるなら、外野が色々言う事じゃないよ。
 余所は余所、さ」

「まあ、俺もスコールの裸を見せびらかしたい訳じゃないんだけどな……。
 実際にスコールの腕が上がってるからなあ」

 スコールの主であるバンもまた、消極的ではあるが納得している。
 こうなってはフリスもこれ以上難癖を付けるわけにはいかない。

「むぅ……」

 頬を膨らませつつも不承不承矛を収めると、主に手渡されたホルモン串を苛立たしげにかじった。
 フリスとて論理的に考えればスコールの方針にも一理ある事は理解している。
 だが、理屈とは別の反感が疑似精神の奥から湧き出し、フリスにイチャモンを付けさせていた。
 彼女自身明確に自覚していない事ではあるが、これは焦りと嫉妬によるものである。

 圧倒的な格下で取るに足らないメイデンと見なしていたスコールの思わぬ活躍と成長に対し、ハイスペックを自認するフリスはそのプライドとは裏腹に思うような戦果を上げれていない。
 どういう手段であれ最終的に勝てばいいというスタンスのフィオと違い、フリスは高性能な自分であれば華麗に鮮やかな勝利を飾って当然という自負を持っている。
 その思いを叶えられないでいるフリスはスペック以上の奮闘をし賞賛を受けているスコールに対し、無意識に嫉妬の念を抱くのであった。

「まあ、仲良くやってくれよフリスちゃん。 ダチのメイデンなんだしさ……」

 苛立たしげにガジガジとホルモン串をかじるフリスに、バンは取りなすように手を合わせた。
 次いで、視線を横に向ける。

「それで、あっちの旦那とあねさんとはどういう関係なんだ、フィオ」

 視線の先のベンチではヒュリオとスゥが並んでホルモン串を楽しんでいた。
 ヒュリオの頬に串から跳ねた汁をスゥがハンカチでそっと拭う様子は、仲睦まじい新婚夫婦のようにも見える。
 メイデンに甲斐甲斐しく世話を焼かれる様を年下の砂潜りに見られたサイボーグ兵士は、ごほんと咳払いをして姿勢を正した。

「うーん……なんというか……まあ、敵ではないんだけど……」

 友人に答えるフィオの言葉はなんとも歯切れが悪い。
 フィオ自身、ヒュリオの行動原理を今ひとつ理解し切れていないのが原因だ。
 そんなフィオにヒュリオ本人が助け船を出した。

「オレは彼のファンなんだよ、バンくん」
 
「ファ、ファン!?」

 思いも寄らない言葉にバンは素っ頓狂な声を上げた。

「ファンって……」

 フィオもまた呆れ顔になるが、ヒュリオはごく真面目な表情で続ける。

「君に宿る力は、成り損なったオレとは違う。 オレ達が本来あるべき形が君なんだと思う。
 オレの生き甲斐はそんな君の行く末を見守り、見極める事なんだ。
 これはファンと言っても過言じゃなかろう」

 胸を張って述べるヒュリオの精悍な顔には、晴れ晴れとした表情が浮かんでいる。
 自分の中から半ば以上失われた力の正体という長年の疑問への明確な手掛かりは、ヒュリオにそれ以外の全てを捨てる決意をさせる程のものであった。

「……なあ、この旦那、お前の秘密の事、知ってんの?」

 声を潜めたバンの囁きに、フィオは小さく頷いて肯定した。

「ヒュリオさんも、僕の同類らしいから」

「詳しく聞きたいなあ、その話」

 不意に掛けられた声に、仲間内で緩んでいた空気が張り詰める。
 フリスとスゥはベンチから跳ねるように立ち上がると身構え、ヒュリオの手の中には瞬間移動したような速度で大型拳銃が現れる。
 フィオもまた野獣めいた身のこなしで地を転がると、声の主に向き直った。
 後ろ手にベルトの背中側に吊した高速振動ナイフの柄を握っている。

 戦闘態勢に移行しなかったのは、わずかに舌足らずな甘い響きの声音に聞き覚えのあるバン主従だけであった。

「あんないちゃん?」

 食べきった串を口に咥えてぴこぴこ動かしながら、スコールは小さく首を傾げた。

「はいはい、タウン75のアイドル案内ちゃんだよー!
 ……怖いからそんなに睨まないで、ね? ね?」

 いつも通りのエプロンドレス姿の案内ちゃんは両手を上げると、おどけたようにひらひらと振った。
 ホールドアップというよりも、うさぎ耳のゼスチャーのようにも見える。

「タウン75所属のメイデンか。
 ……ここのガバメントに嗅ぎ回られると厄介だな、早々に始末するか?」

 エプロンに描かれた数字の75を意匠化したエンブレムを睨み、ヒュリオは冷徹に呟いた。
 フィオも同意しかけたが、制するようにバンが口を挟む。

「……そのメイデン壊すと、余計に厄介になりますぜ。
 ここのマザーだから」

「そうそう! タウン75のアイドルとは仮の姿、皆さんの生活を誕生からご臨終まで見守るマザーのナコちゃんでーす!」

 バンの言葉に被せるように、案内ちゃんことナコはくるんと回転して両手の指で頬を突く決めポーズを披露した。
 おどけるナコに対してスコールが真顔で両手指を頬に当てた以外、一同は全く反応を返さない。

「……ふざけてます?」

 一同のイラっとした気分を代表してレーザークリスタルを向けるフリスに、ナコは慌てて両手をばたばたと振った。

「のーのー! ふざけてないふざけてない!
 あいむべりーしりあす! 話を聞いて!」

「……話を聞いて欲しいなら、それなりの態度を示して下さい、タウン75のマザー。
 あんまりふざけられると、僕も相棒に攻撃指示を出したくなる」

 冷え切ったフィオの声音に、ナコはバツが悪そうに咳払いをした。

「なるだけフレンドリーに行こうと思ったんだよ、ほんとだよ。
 ……改めて、話を聞いて下さい、真の漢トゥルーガイ
 ボク達が探し続けた人」
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