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「ひいぃっ!?」
頭上で響く爆発音に追い立てられるようにグレンクスは階段を駆け下りる。
スゥの爆撃が開始された時、グレンクスはフォートMFで一番大きな倉庫に居た。
雑役として倉庫の整理を命じられていたのだ。
タウン48の地下からフォートMFに場所が変わろうとも、グレンクスが使い物にならない邪魔者という点は変わらない。
食い扶持の代わりに些末な雑用を押しつけられる身であったが、そのお陰で爆撃時に屋内に居たのは僥倖であった。
「も、もっと下に逃げねえと……!」
プレハブ建築だらけのフォートMFには珍しい堅牢な構造の倉庫は、似つかわしくない深層の地下施設まで付属している。
ただの倉庫には不要な深い地下施設は疑問をもって当然の構造であるが、頭上で連発する爆発音に気を取られたグレンクスは無機質なコンクリートの階段を必死の形相で駆け下りていくだけだ。
最も、砂潜りとしての見識もろくになく、思慮の浅い彼では疑問が浮かぶ事すらない可能性も高かったが。
そんな彼であっても、流石に最下層まで降りてしまえばこの場所の異様さに気付く。
「な、なんだこりゃあ……」
地下数十メートルに位置するとは思えない程に、広大な空間が拡がっていた。
階段と同じく、壁も天井もコンクリートで造られた地下室には常夜灯代わりかLEDランタンが数個置かれていたが、その程度の灯りでは隅まで照らしだせない広さである。
それでも、視界の中に黒々とした影が複数、うずくまるように置かれているのが見えた。
ごくりと唾を呑んだグレンクスは足下のLEDランタンを拾い上げると、手近な影に近づく。
「車か……パーツを抜かれてやがるな」
ランタンの光に照らし出された影の正体は、朽ち果てたバギーの残骸であった。
シャーシのフレームのみを残し、エンジンやバッテリーどころかシートまで取り外されている。
周囲を見回せば、同じように部品を抜かれた車両の骸がいくつも転がっていた。
「なるほど、ここは地下の駐車場だったって事か」
元砂潜りとして漁ってみたくなる場所ではあるが、設置されたLEDランタンを見れば明らかにフォートMFの管理下にあると判る。
過酷なタウン外で生きる彼らが貴重な物資を放置している訳がなく、ここに置き去りにされているものは本当に利用価値のない屑鉄そのものだろう。
赤錆の塊のようなフレームに興味を失ったグレンクスは、その場に腰を下ろした。
「まあ、ここまで深い所なら爆発の影響もねえだろう」
一息吐きながら、手足をゆったりと伸ばす。
グレンクスは外で起こった爆発の正体について全く把握していない。
ただ、連続で起こった爆発音に対する恐怖のままに手近な穴蔵に逃げ込んだに過ぎない。
怯えた鼠のような行動だが、危険に対する反応としてはあながち間違ってはいなかった。
これ以上、余計な事をしなければ。
「ん……? なんだあれ」
グレンクスは暗がりで明滅する碧の光に気付いた。
LEDランタンの光をそちらに向けると、床に置かれたタブレット端末が照らし出される。
壁から伸びたケーブルが接続された端末の隅でグリーンのランプが瞬いていた。
「なんの端末だ、こりゃ」
タブレットに歩み寄り、拾い上げる。
液晶に触れるとスリープモードが解除され、複数のウィンドウが雑多に開いた画面が表示された。
「んん-?」
何かの作業の途中のようだったが、グレンクスは画面に踊るポップアップを無造作にタップした。
深い考えが有っての行動ではなく全くの無思慮な辺りに、彼が砂潜りとして大成できない理由の一環が窺える。
彼の行動の結果はすぐさま現れた。
部屋全体をズシンと振動が揺らす。
「うおっ!?」
地上の爆発がここまで迫ったのかと慌てるグレンクスであったが、そうではない。
震源は目の前、灰色の壁がブルブルと小刻みに震え、天井からはパラパラと埃とコンクリ片が落ちてくる。
「な、なんだぁ?」
タブレットとケーブルで繋がった壁は、よく見れば周囲のコンクリートとは違う、セラミック的な滑らかさを持っている。
今更のように不安を覚えたグレンクスが壁に触れようと手を伸ばした時、壁は大きくのたうった。
周囲の壁に、天井に、ビシビシと亀裂が走り、砕ける。
「うわぁぁぁっ!?」
グレンクスの悲鳴は降り注ぐコンクリ片の中で押し潰された。
武装ユニットを背負い迎撃に出たキキョウは、メタリックグリーンの放熱髪を靡かせたメイデンが一直線に向かってくる事に気付いた。
身構えるキキョウに対し、敵手のファーストコンタクトは砲弾ではなく誰何であった。
「貴女がキキョウですか!?」
愛らしく整った童顔のまなじりを吊り上げ、刺々しい声を投げつけてくる敵メイデンを訝しみつつ、頷く。
「ええ、私がキキョウです」
紫水晶の瞳で敵手を捉えながら律儀に応答すると、敵メイデンの唇が歪に吊り上がった。
「やっと、やっと見つけました……。
わたしはフリストグリーズル! 真の漢、フィオに仕えるメイデンです!」
「……っ!?」
フリストグリーズルの言葉にキキョウの細面に浮かぶのは驚愕、悔恨、そして怖れの色。
己が護れなかった、かつての主に仕えるというメイデンは、内心激しく動揺するキキョウへ弾劾するかのように指を突きつけた。
「マスターは貴女を取り戻したいと思われています。
けれど、そんなのはわたしが許さない。
あの方を悲しませ、辛い思いをさせた貴女なんか……ここで破壊してやる!」
叫びと同時に、フリストグリーズルの額が閃光を放った。
「くっ……!」
咄嗟に掲げたシールドアームがレーザーを防ぐ。
間に合ったのは旧主の新しいメイデンがレーザーを使うという情報を得ていた事による動作予測ゆえだ。
動揺するキキョウの疑似精神とは裏腹に、膨大な経験値に裏打ちされた戦闘機械の本能は的確に防御行動を行っていた。
スラスターを逆噴射して距離を取りながら、両手に構えた軽機関銃で弾幕を張る。
フリストグリーズルもまたスラスターを吹かして戦闘機動に移りながら、レーザーを撃ち放つ。
同時に、彼女の口は恨み言を紡いでいた。
「貴女には判らないでしょう! マスターが別の相手を想いながら抱かれる屈辱なんて!
貴女が、貴女が居なければ……!」
六条のレーザーをでたらめに撃ちまくりながら接近してくるフリストグリーズルの蒼い瞳には洗浄液が浮かんでいる。
レーザーをかわし、防ごうとも、彼女の言葉は防げない。
「くっ……」
キキョウは疑似精神に刃を突き立てるような恨み言に唇を噛んだ。
CPUに圧倒的なストレスが掛かり、演算速度が低下していく。
フリストグリーズルの怒りはメイデンとして当然のものであり、理解できる。
それだけに反論のしようがない。
だが、キキョウとて積もり積もった苦悩があるのだ。
「自分ばかりが不幸だと思って……!」
思わず漏れた言葉にフリストグリーズルは頬を引き攣らせるように吊り上げた。
「ええ、貴女の境遇は理解しています。
わたしも真の漢の精を頂いたんですもの、貴女に何が起こったかシミュレートしました。
意に沿わない相手であるのに、真の主として仕えなくてはならないなんて不幸そのものですね」
労るような言葉とは裏腹に、声音には憤怒が籠もっている。
「ですが、わたしが許せないのはそれ以前!
何故負けたのです! しかもマスターの前で無様に犯されて!
貴女が負けなければ、あの方は心に傷を負うこともなかった!」
「だ、黙りなさいっ!」
自ら汚点と自覚している過去を弾劾され、キキョウは激した叫びと共に右の機関銃を投げ捨てると高速振動マチェットを握った。
スラスターの全力噴射と共に抜き打った一撃は、僅かに碧の放熱髪を切り裂くのみ。
積み重なったストレスはCPUに多大な負荷を与え、彼女の剣先を大きく鈍らせていた。
「遅いぃっ!」
キキョウのモーションを読み取り、紙一重の回避マニューバを実行したフリストグリーズルは至近距離から六門のレーザーを斉射した。
エメラルドの閃光がキキョウの機体を貫く。
「あああっ!?」
咄嗟に胴を庇った左腕は二条のレーザーに上腕と手のひらを穿たれた。
胸部ジェネレーターへの直撃は防いだものの、右脇腹を閃光が貫通する
撃ち抜かれた左の装甲ブーツは機能を停止し、右太腿の中央を灼き貫かれた。
顔面を狙った一撃は首を捻る事でかわしたものの、右頬に黒々とした貫通痕を刻まれる。
両足からの推力が乱れたキキョウはバランスを崩して失速し、砂地に突っ込んだ。
砂漠に墜落痕の溝を長々と刻み込んで停止する。
「ぐ……うぅ……」
瞬時に半壊してしまった機体を起こそうとするキキョウの豊かな胸を、フリストグリーズルの装甲ブーツが踏みにじった。
「うっ!?」
「弱い……やはり、貴女ではマスターを護れない」
低く呟かれる声音には憤怒とそれを塗りつぶす暗い喜びに溢れている。
フリストグリーズルは陽光に煌めくレーザークリスタルを備えた右腕を、キキョウの顔に向けた。
「安心なさい、マスターはわたしがお護りします。御心も、御身体も。
弱い貴女はここで……」
不意にフリストグリーズルの言葉が途切れた。
「マスター?」
主よりリンク通信が届いたらしい。
フリストグリーズルはキキョウを踏みつけたまま、虚空に視線を彷徨わせる。
「そちらの支援を? え? 食われた?」
フリストグリーズルは怒りに紅潮していた愛らしい顔に困惑の色を浮かべつつも頷いた。
「判りました、すぐに参ります。 ……いえ、こちらは何もありません、何も」
リンク通信を打ち切ると、火を噴くような一瞥をキキョウに向ける。
大きく舌を打つと、フリストグリーズルはスラスターを吹かして飛び上がった。
そのまま砂塵を巻き上げて飛翔していく。
「く……」
半壊のまま放置されたキキョウは、灼き焦げた破損部位を庇いながら身を起こす。
敗北感よりも、キキョウの疑似精神には羨望が湧きあがっていた。
キキョウには聞こえないリンク通信の向こうに、旧主がいる。
失われたと絶望し、その生存を知った後は合わせる顔がないと恥じ入りながらも、それでもなお少年はキキョウにとって唯一人の想い人であった。
彼の声が聞けるフリストグリーズルが、羨ましい。
「私は……」
陽炎と砂塵の中で小さくなっていくフリストグリーズルの後ろ姿を、揺れる紫水晶の瞳で追った。
シュネーとサンクチュアリの砲撃戦は拮抗していた。
互いに大火力を投射する、重装型のメイデンだ。
シュネーが蓄積した長年の経験値に対し、サンクチュアリには採算度外視で造られた超ハイスペック機というアドバンテージがある。
未熟な超高性能機と老練な旧型機という対照的な由来でありながら、現時点での両者は互角と言っていい。
Aクラスメイデンが本気で撃ち合うハイレベルな火力戦の中では、スコールにできる事など何もなかった。
「うぅー……」
シュネーの邪魔にならぬように両者から距離を取りながら、スコールは唸る。
スコールを簡単に木っ端微塵にしてしまうような砲弾がジャブ代わりに撃ち合われている状況に飛び込んだ所で、数秒と持ちはしない事など理解している。
それでもできる事はないかと遠巻きに二体のメイデンの様子を窺った。
同時に戦線を放り出して砂丘の向こうへと消えたフリスの事も気になっている。
彼女と交戦しているであろう、キキョウの事も。
直接戦闘から離れ、いわば観測機のような状況になっていたため、異常に最も早く気付いたのはスコールであった。
「……? ゆれて、る?」
地を轟かす砲弾の着弾とは別種の、持続する揺れを接地した装甲ブーツとガントレット越しに感じる。
徐々に激しさを増す揺れに眉を寄せた時、スコールの視線の先、すなわちサンクチュアリの足下で砂の大地が弾けた。
「何っ!?」
シュネーとの砲撃戦に集中していたサンクチュアリは、足下から怒濤の勢いで立ち上る砂柱の中に姿を消す。
「これはっ!?」
敵手を襲った異常事態にシュネーは素早く砲撃体勢を解除し、距離を取った。
「な、なに、あれ……」
スコールは巻き上がる砂煙の中から姿を現した存在に呆然と呟く。
サンクチュアリの居た場所から突き出した、灰色の巨大な柱。
そのような外見の物体が、ぐねりと揺れた。
「へび……?」
のたうつような動きに蛇を連想する。
その先端がスコールの方を向いた。
彼女が連想した蛇のような頭はなく、円柱そのままの断面には穴が穿たれ内周を尖った刃がぐるりと生えている。
口だ。
長い身体と円状の口腔部を見たスコールは、データベースの中から類似のものを引っ張り出した。
「へびじゃ、ない、みみず、みみずだ、これ」
セラミックと金属の複合装甲を持つ巨大な蚯蚓型装甲機生体。
スコールはその正体を看破した。
「スコール! 逃げなさい!」
姉貴分の声に我に返る。
巨大な口がゆっくりと覆い被さるかのように、こちらへ迫っている。
「わ、わぁぁっ!?」
慌てて走行球を起動して反転するも、すでに遅い。
巨大な口は雪崩のようにスコールに降りかかった。
頭上で響く爆発音に追い立てられるようにグレンクスは階段を駆け下りる。
スゥの爆撃が開始された時、グレンクスはフォートMFで一番大きな倉庫に居た。
雑役として倉庫の整理を命じられていたのだ。
タウン48の地下からフォートMFに場所が変わろうとも、グレンクスが使い物にならない邪魔者という点は変わらない。
食い扶持の代わりに些末な雑用を押しつけられる身であったが、そのお陰で爆撃時に屋内に居たのは僥倖であった。
「も、もっと下に逃げねえと……!」
プレハブ建築だらけのフォートMFには珍しい堅牢な構造の倉庫は、似つかわしくない深層の地下施設まで付属している。
ただの倉庫には不要な深い地下施設は疑問をもって当然の構造であるが、頭上で連発する爆発音に気を取られたグレンクスは無機質なコンクリートの階段を必死の形相で駆け下りていくだけだ。
最も、砂潜りとしての見識もろくになく、思慮の浅い彼では疑問が浮かぶ事すらない可能性も高かったが。
そんな彼であっても、流石に最下層まで降りてしまえばこの場所の異様さに気付く。
「な、なんだこりゃあ……」
地下数十メートルに位置するとは思えない程に、広大な空間が拡がっていた。
階段と同じく、壁も天井もコンクリートで造られた地下室には常夜灯代わりかLEDランタンが数個置かれていたが、その程度の灯りでは隅まで照らしだせない広さである。
それでも、視界の中に黒々とした影が複数、うずくまるように置かれているのが見えた。
ごくりと唾を呑んだグレンクスは足下のLEDランタンを拾い上げると、手近な影に近づく。
「車か……パーツを抜かれてやがるな」
ランタンの光に照らし出された影の正体は、朽ち果てたバギーの残骸であった。
シャーシのフレームのみを残し、エンジンやバッテリーどころかシートまで取り外されている。
周囲を見回せば、同じように部品を抜かれた車両の骸がいくつも転がっていた。
「なるほど、ここは地下の駐車場だったって事か」
元砂潜りとして漁ってみたくなる場所ではあるが、設置されたLEDランタンを見れば明らかにフォートMFの管理下にあると判る。
過酷なタウン外で生きる彼らが貴重な物資を放置している訳がなく、ここに置き去りにされているものは本当に利用価値のない屑鉄そのものだろう。
赤錆の塊のようなフレームに興味を失ったグレンクスは、その場に腰を下ろした。
「まあ、ここまで深い所なら爆発の影響もねえだろう」
一息吐きながら、手足をゆったりと伸ばす。
グレンクスは外で起こった爆発の正体について全く把握していない。
ただ、連続で起こった爆発音に対する恐怖のままに手近な穴蔵に逃げ込んだに過ぎない。
怯えた鼠のような行動だが、危険に対する反応としてはあながち間違ってはいなかった。
これ以上、余計な事をしなければ。
「ん……? なんだあれ」
グレンクスは暗がりで明滅する碧の光に気付いた。
LEDランタンの光をそちらに向けると、床に置かれたタブレット端末が照らし出される。
壁から伸びたケーブルが接続された端末の隅でグリーンのランプが瞬いていた。
「なんの端末だ、こりゃ」
タブレットに歩み寄り、拾い上げる。
液晶に触れるとスリープモードが解除され、複数のウィンドウが雑多に開いた画面が表示された。
「んん-?」
何かの作業の途中のようだったが、グレンクスは画面に踊るポップアップを無造作にタップした。
深い考えが有っての行動ではなく全くの無思慮な辺りに、彼が砂潜りとして大成できない理由の一環が窺える。
彼の行動の結果はすぐさま現れた。
部屋全体をズシンと振動が揺らす。
「うおっ!?」
地上の爆発がここまで迫ったのかと慌てるグレンクスであったが、そうではない。
震源は目の前、灰色の壁がブルブルと小刻みに震え、天井からはパラパラと埃とコンクリ片が落ちてくる。
「な、なんだぁ?」
タブレットとケーブルで繋がった壁は、よく見れば周囲のコンクリートとは違う、セラミック的な滑らかさを持っている。
今更のように不安を覚えたグレンクスが壁に触れようと手を伸ばした時、壁は大きくのたうった。
周囲の壁に、天井に、ビシビシと亀裂が走り、砕ける。
「うわぁぁぁっ!?」
グレンクスの悲鳴は降り注ぐコンクリ片の中で押し潰された。
武装ユニットを背負い迎撃に出たキキョウは、メタリックグリーンの放熱髪を靡かせたメイデンが一直線に向かってくる事に気付いた。
身構えるキキョウに対し、敵手のファーストコンタクトは砲弾ではなく誰何であった。
「貴女がキキョウですか!?」
愛らしく整った童顔のまなじりを吊り上げ、刺々しい声を投げつけてくる敵メイデンを訝しみつつ、頷く。
「ええ、私がキキョウです」
紫水晶の瞳で敵手を捉えながら律儀に応答すると、敵メイデンの唇が歪に吊り上がった。
「やっと、やっと見つけました……。
わたしはフリストグリーズル! 真の漢、フィオに仕えるメイデンです!」
「……っ!?」
フリストグリーズルの言葉にキキョウの細面に浮かぶのは驚愕、悔恨、そして怖れの色。
己が護れなかった、かつての主に仕えるというメイデンは、内心激しく動揺するキキョウへ弾劾するかのように指を突きつけた。
「マスターは貴女を取り戻したいと思われています。
けれど、そんなのはわたしが許さない。
あの方を悲しませ、辛い思いをさせた貴女なんか……ここで破壊してやる!」
叫びと同時に、フリストグリーズルの額が閃光を放った。
「くっ……!」
咄嗟に掲げたシールドアームがレーザーを防ぐ。
間に合ったのは旧主の新しいメイデンがレーザーを使うという情報を得ていた事による動作予測ゆえだ。
動揺するキキョウの疑似精神とは裏腹に、膨大な経験値に裏打ちされた戦闘機械の本能は的確に防御行動を行っていた。
スラスターを逆噴射して距離を取りながら、両手に構えた軽機関銃で弾幕を張る。
フリストグリーズルもまたスラスターを吹かして戦闘機動に移りながら、レーザーを撃ち放つ。
同時に、彼女の口は恨み言を紡いでいた。
「貴女には判らないでしょう! マスターが別の相手を想いながら抱かれる屈辱なんて!
貴女が、貴女が居なければ……!」
六条のレーザーをでたらめに撃ちまくりながら接近してくるフリストグリーズルの蒼い瞳には洗浄液が浮かんでいる。
レーザーをかわし、防ごうとも、彼女の言葉は防げない。
「くっ……」
キキョウは疑似精神に刃を突き立てるような恨み言に唇を噛んだ。
CPUに圧倒的なストレスが掛かり、演算速度が低下していく。
フリストグリーズルの怒りはメイデンとして当然のものであり、理解できる。
それだけに反論のしようがない。
だが、キキョウとて積もり積もった苦悩があるのだ。
「自分ばかりが不幸だと思って……!」
思わず漏れた言葉にフリストグリーズルは頬を引き攣らせるように吊り上げた。
「ええ、貴女の境遇は理解しています。
わたしも真の漢の精を頂いたんですもの、貴女に何が起こったかシミュレートしました。
意に沿わない相手であるのに、真の主として仕えなくてはならないなんて不幸そのものですね」
労るような言葉とは裏腹に、声音には憤怒が籠もっている。
「ですが、わたしが許せないのはそれ以前!
何故負けたのです! しかもマスターの前で無様に犯されて!
貴女が負けなければ、あの方は心に傷を負うこともなかった!」
「だ、黙りなさいっ!」
自ら汚点と自覚している過去を弾劾され、キキョウは激した叫びと共に右の機関銃を投げ捨てると高速振動マチェットを握った。
スラスターの全力噴射と共に抜き打った一撃は、僅かに碧の放熱髪を切り裂くのみ。
積み重なったストレスはCPUに多大な負荷を与え、彼女の剣先を大きく鈍らせていた。
「遅いぃっ!」
キキョウのモーションを読み取り、紙一重の回避マニューバを実行したフリストグリーズルは至近距離から六門のレーザーを斉射した。
エメラルドの閃光がキキョウの機体を貫く。
「あああっ!?」
咄嗟に胴を庇った左腕は二条のレーザーに上腕と手のひらを穿たれた。
胸部ジェネレーターへの直撃は防いだものの、右脇腹を閃光が貫通する
撃ち抜かれた左の装甲ブーツは機能を停止し、右太腿の中央を灼き貫かれた。
顔面を狙った一撃は首を捻る事でかわしたものの、右頬に黒々とした貫通痕を刻まれる。
両足からの推力が乱れたキキョウはバランスを崩して失速し、砂地に突っ込んだ。
砂漠に墜落痕の溝を長々と刻み込んで停止する。
「ぐ……うぅ……」
瞬時に半壊してしまった機体を起こそうとするキキョウの豊かな胸を、フリストグリーズルの装甲ブーツが踏みにじった。
「うっ!?」
「弱い……やはり、貴女ではマスターを護れない」
低く呟かれる声音には憤怒とそれを塗りつぶす暗い喜びに溢れている。
フリストグリーズルは陽光に煌めくレーザークリスタルを備えた右腕を、キキョウの顔に向けた。
「安心なさい、マスターはわたしがお護りします。御心も、御身体も。
弱い貴女はここで……」
不意にフリストグリーズルの言葉が途切れた。
「マスター?」
主よりリンク通信が届いたらしい。
フリストグリーズルはキキョウを踏みつけたまま、虚空に視線を彷徨わせる。
「そちらの支援を? え? 食われた?」
フリストグリーズルは怒りに紅潮していた愛らしい顔に困惑の色を浮かべつつも頷いた。
「判りました、すぐに参ります。 ……いえ、こちらは何もありません、何も」
リンク通信を打ち切ると、火を噴くような一瞥をキキョウに向ける。
大きく舌を打つと、フリストグリーズルはスラスターを吹かして飛び上がった。
そのまま砂塵を巻き上げて飛翔していく。
「く……」
半壊のまま放置されたキキョウは、灼き焦げた破損部位を庇いながら身を起こす。
敗北感よりも、キキョウの疑似精神には羨望が湧きあがっていた。
キキョウには聞こえないリンク通信の向こうに、旧主がいる。
失われたと絶望し、その生存を知った後は合わせる顔がないと恥じ入りながらも、それでもなお少年はキキョウにとって唯一人の想い人であった。
彼の声が聞けるフリストグリーズルが、羨ましい。
「私は……」
陽炎と砂塵の中で小さくなっていくフリストグリーズルの後ろ姿を、揺れる紫水晶の瞳で追った。
シュネーとサンクチュアリの砲撃戦は拮抗していた。
互いに大火力を投射する、重装型のメイデンだ。
シュネーが蓄積した長年の経験値に対し、サンクチュアリには採算度外視で造られた超ハイスペック機というアドバンテージがある。
未熟な超高性能機と老練な旧型機という対照的な由来でありながら、現時点での両者は互角と言っていい。
Aクラスメイデンが本気で撃ち合うハイレベルな火力戦の中では、スコールにできる事など何もなかった。
「うぅー……」
シュネーの邪魔にならぬように両者から距離を取りながら、スコールは唸る。
スコールを簡単に木っ端微塵にしてしまうような砲弾がジャブ代わりに撃ち合われている状況に飛び込んだ所で、数秒と持ちはしない事など理解している。
それでもできる事はないかと遠巻きに二体のメイデンの様子を窺った。
同時に戦線を放り出して砂丘の向こうへと消えたフリスの事も気になっている。
彼女と交戦しているであろう、キキョウの事も。
直接戦闘から離れ、いわば観測機のような状況になっていたため、異常に最も早く気付いたのはスコールであった。
「……? ゆれて、る?」
地を轟かす砲弾の着弾とは別種の、持続する揺れを接地した装甲ブーツとガントレット越しに感じる。
徐々に激しさを増す揺れに眉を寄せた時、スコールの視線の先、すなわちサンクチュアリの足下で砂の大地が弾けた。
「何っ!?」
シュネーとの砲撃戦に集中していたサンクチュアリは、足下から怒濤の勢いで立ち上る砂柱の中に姿を消す。
「これはっ!?」
敵手を襲った異常事態にシュネーは素早く砲撃体勢を解除し、距離を取った。
「な、なに、あれ……」
スコールは巻き上がる砂煙の中から姿を現した存在に呆然と呟く。
サンクチュアリの居た場所から突き出した、灰色の巨大な柱。
そのような外見の物体が、ぐねりと揺れた。
「へび……?」
のたうつような動きに蛇を連想する。
その先端がスコールの方を向いた。
彼女が連想した蛇のような頭はなく、円柱そのままの断面には穴が穿たれ内周を尖った刃がぐるりと生えている。
口だ。
長い身体と円状の口腔部を見たスコールは、データベースの中から類似のものを引っ張り出した。
「へびじゃ、ない、みみず、みみずだ、これ」
セラミックと金属の複合装甲を持つ巨大な蚯蚓型装甲機生体。
スコールはその正体を看破した。
「スコール! 逃げなさい!」
姉貴分の声に我に返る。
巨大な口がゆっくりと覆い被さるかのように、こちらへ迫っている。
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しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
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