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四方を高く堅牢なコンクリートの城壁で囲み、外縁部に鉄条網と小型トーチカによる三層の防衛線を敷いたタウン48の防備は、その繁栄に比した厳重さを保っている。
城壁に設置された見張り台やトーチカにはアーミー兵とパートナーのメイデンが24時間体制で詰めており、日夜防衛に当たっていた。
「そろそろ夜明けか……。 あと一時間で交代だな」
見張り台に据え付けられた12.5㎜機銃の銃座に腰を下ろしたアーミー兵は、左手首の多目的端末に目を走らせ時刻表示を読み取った。
退勤後に相棒と過ごす時間に想いを馳せれば、自然と頬が緩む。
「マスター、まだ勤務時間です。 気を抜かないでください」
「判ってるさ……む!?」
窘めるメイデンに苦笑気味に応えた兵士の顔が引き締まる。
夜明けの空を引き裂いて飛来する影を視界に捉え、鍛え抜いた反射神経が瞬時に機銃の照準を合わせた。
「コンテナ?」
照準器越しに細長い箱状の飛来物が貨物用のコンテナであると見て取った兵士は眉を寄せた。
しかし、困惑している余裕はない。
「マスター!」
「応!」
促すようなメイデンの声に応え、兵士は引き金を絞った。
同時に乙種装備のメイデンもアームに装備した重機関銃を放つ。
12.5㎜弾のクロスファイアを浴び、軽金属のコンテナはひとたまりもなく引き裂かれた。
飛び散る軽金属の破片と共に格納されていた内容物がばらばらと城壁へ降りかかる。
だが、飛来するコンテナはひとつではなかった。
「次が来ます、マスター!」
「くそっ、投石機だとでも言うのか! なんて古めかしい!」
毒づく兵士だが、投げつけられるコンテナは縦横2.5メートル全長9メートルもあり、そこに込められた運動エネルギーは馬鹿にできない。
「撃ち落とせ! 間違っても市街に入れさせるな!」
「はい!」
兵士とメイデンのコンビ以外の銃座も対空射撃を開始し始める。
次々に空中で破砕されるコンテナはひとつとして城壁を越える事はできない。
だが、その内部に納められていた物が活動を開始していた。
城壁の下、トーチカも無いはずの場所で銃火が閃いたのに気づき、兵士は対空射撃を行いつつも視線を地面へ落とす。
「装甲機生体? いや、マペットか?」
50㎝四方の箱型ボディから四本の脚部が飛び出したデフォルメした蜘蛛を思わせるデザインの小型機械が走行球を唸らせ、いくつも走り回っている。
その背には小型の銃器が載せられ、トーチカに向けて発砲を繰り返していた。
「くそっ、あれがコンテナの中身か!」
対空砲火をメイデンに任せ、兵士は機銃の射線を下に向けて薙ぎ払った。
12.5㎜弾は易々とマペットの外装を撃ち抜き、数機をまとめて機能停止させる。
だが、その数は多い。
飛来するコンテナを破壊する度に、内側から零れたマペットが次々と着地しているのだ。
「えぇい……!」
「マスター! 壁の上にも!」
城壁の上に着地したマペットは、背負った銃を発砲した。
主の前に立ちはだかり盾となったメイデンへ着弾の火花が上がる。
「くっ!?」
小型マペットの物とも思えぬ火力に身をよろめかせながらも、メイデンの反撃は的確に相手を沈黙させた。
「大丈夫か!」
「損傷は軽微です、戦闘に支障はありません。
敵の火器はフルサイズのライフル弾を使用しています。
防弾ベストでは止められませんので、お気を付けください」
主に警告を発するメイデンの肌はナノスキンコートが損傷し、露出した内部構造が小さく火花を上げている。
軽機関銃などに使用されるフルサイズの7.62㎜弾は戦闘メイデンのナノスキンコートを傷つけるだけの威力を有していた。
「あのサイズのボディでそんな大型弾を積んでるとなると、装弾数は多くないな……。
その分を数で補うつもりか」
兵士が推測したマペットの設計コンセプトを裏付けるように、弾丸を撃ち切った個体は新たに飛来した個体の背後に回り込み場所を交代していた。
続けざまに撃ち込まれるライフル弾が銃座の防御装甲で弾け甲高い音を立てる。
「くそっ、マペットの癖に連携が取れてやがる!」
低性能CPUしか搭載していなさそうな小型マペットとも思えぬ波状攻撃に、防御装甲の下で首を竦めながら兵士は唸った。
その頭上に不意に影が差す。
仲間の残骸の影を縫うように走り抜けたマペットが銃座内へ飛び込んで来たのだ。
「マスター!」
とっさにメイデンが拳を振るい、侵入したマペットを殴りつける。
その瞬間、マペットに内蔵された高性能炸薬が点火された。
「よっこーい……せえっ!」
間延びした掛け声と共に、コンテナが宙を舞う。
フォートMFの真の漢ヴァトーは、槍投げのフォームでコンテナを投擲していた。
コンテナは放物線を描きながら城壁目掛けて飛んでいく。
中身込みで数トンにも及ぶ重量物の扱いとは思えない、まさに人間離れした所業である。
「よっしゃ、次はどれだ?」
「今ので最後だよ、ヴァトー」
「じゃあ次はフェーズ2って訳だな」
力が余って仕方が無いとばかりに腕を回すヴァトーに、駐車中のバギーの助手席に座るレックスは相変わらずのどこか茫洋とした顔で頷いた。
意志の光に欠ける瞳を隣に駐められたハーフトラックに向ける。
「フェーズ2は君の活躍に掛かっている。 頼むよ、ティン」
『お任せください、マスター』
バギーのルーフに括り付けられた小型通信機からティンの声が応じた。
主の余り熱意が感じられない激励を受けるティンの機体は、ハーフトラックの荷台に設置されたメンテナンスポッドに浮かんでいる。
整備が必要な訳ではなく、レックスの能力を遮断するための防壁代わりだ。
そのため、保護用のメンテナンスジェルは充填されているものの、メンテナンスロッドもバイザーも装着されていない。
ポッドの中のティンに小さく頷いたレックスの横顔を、周囲で弾けた着弾の光が照らした。
タウン48からの反撃の砲火だ。
「はっはー! こんだけ投げつけりゃあ、流石にこっちの位置もバレるか!」
明けの空を切り裂いて飛来する砲火に、ヴァトーはむしろ楽しげに笑う。
なんといってもこちらの投石機は一台しかない。
早期に位置が特定されるのは元より想定済みだ。
「よし、フェーズ2だ。 みんな、突っ込んでくれ」
「おぉう!」
バギーの助手席からレックスが号令というには頼りない指令を下すと、配下の山賊達はリーダーの分も補わんと言わんばかりの気合いの声を上げた。
バイクやバギーといった雑多な車両の集団がタウンへ向けて突撃を開始する。
「こっちも行くぜぇ!」
レックスが乗るオープントップバギーの後部座席にヴァトーが体を押し込むように座ると、バギーのハンドルを握る配下がアクセルを踏み込んだ。
砂を蹴立てて疾走を開始するバギーに砲弾の雨が迫る。
ヴァトーはバギーのルーフを掴んで立ち上がると、右腕を振り上げた。
「ふんっ!」
気合いと共に空へと拳を突き出す。
不可視の力場が鉄拳の先に形成された。
砲弾は見えない装甲に着弾したかのように空中で炸裂するが、その爆風も破片も球状に展開した力場に弾かれてバギーへは届かない。
ヴァトーは魁偉な容貌を歪めて笑うと、力強く腕を振り上げ叫んだ。
「さあ飛ばせ飛ばせぇ! 俺らが真ん前だ! 俺らが盾で一番槍だぁ!」
ヴァトーとレックスを乗せたバギーは一際鋭く加速し、隊列の先頭に躍り出た。
メンテナンスポッドのティンは眠るように瞳を閉じ、静謐の中に身を漂わせていた。
身じろぎもしない機体の中で、そのCPUは全力で稼働している。
ヴァトーが投擲したコンテナの中身、ドク謹製の小型戦闘マペットの統制を一手に引き受けているのだ。
文官タイプであるティンは、純粋な戦闘力ではサンクチュアリやキキョウの足下にも及ばない。
しかし、オフィサーメイデンの中でもマザーの支援用高級機として製造された彼女は、マザーメイデンの代理としてタウン全域の一時制御を行う事すら可能な処理能力を持たされている。
その圧倒的な処理性能を駆使して、小型マペットの群れを一機一機ダイレクトコントロールしているのだ。
ひとつの思考に制御されたマペット達はまさに群体そのものであり、その連携は小型マペットの戦闘力を飛躍的に向上させている。
寂しい懐具合の中でマペットを開発するに当たって、ドクは構造の簡易さとメイデンにダメージを与えうる武装の搭載を優先させた。
7.62㎜バトルライフルを転用した火器はフルサイズのライフル弾を使用し装弾数は少ないものの、メイデンのナノスキンコートを傷つける事ができる。
当然、一撃で破壊できる訳もないが、そこは数が物を言う。
連携して集中砲火を行えば、タウン48の主力兵器であるメイデンを撃破可能なのだ。
そして弾が切れた個体や装甲目標と対峙した個体は、内蔵した高性能炸薬を用いた自爆攻撃を敢行する。
機体制御をティンに任せて最低限のCPUを搭載し、バッテリーも小型の物に抑えた結果、ドクのマペットは安価かつ高機動高火力を実現していた。
全機体の制御系を丸投げされたティンの方は大仕事である。
膨大な処理能力を誇るティンであっても、ちまちまとした小さなタスクを大量に、しかも同時並行で行わなくてはならないという状況は相当な集中力を要する。
メンテナンスポッドを使用しているのもレックスの能力の遮断だけではなく、CPU領域をマペットの制御に全投入しているため自分の本体の面倒を見る余裕すらないという事情であった。
そこまでの努力をした効果は出ている。
群体と化したマペット達は能力的に遙かに格上のアーミー部隊を翻弄し、囮としての役割を見事に果たしていた。
フォートMFの最高戦力はあくまで真の漢。
ヴァトーであり、タウン48に対してはレックスが決定的な切り札となる。
彼らが城壁に到達するまでの時間を稼ぐのがマペット達の役割だ。
マペットのセンサー越しにアーミーのメイデン達の動きが鈍っていくのを確認し、メンテナンスポッドの中のティンは瞳を閉じたまま笑みを浮かべた。
接近した事により、レックスの能力が効果を現し始めている。
敵メイデン達は露骨に精彩を欠いた動作となり、中には下腹を押さえてうずくまってしまう個体もいた。
高機動砲台の側面を持つメイデンがリタイアしてしまっては、アーミー側の強みである火力の優位性も失われる。
レックスが危険に晒される可能性が刻一刻と減っていき、ティンは内心安堵していた。
もっとも、ヴァトーと共に居る以上、レックスはどこに居るよりも安全なのだが。
ヴァトーの性格に関しては呆れることも多いティンだが、彼の能力自体はこの上なく信用していた。
そして、ティンの信用するヴァトーの拳がタウン48の城壁に到達した。
巨砲の一撃を撃ち込まれたかのように城壁がぼこりと穿たれ、ひび割れる。
ダメ押しの二発目の拳が振るわれると、城壁の一部が崩壊した。
ティンはすかさず周囲のマペットを城壁に開いた隙間へ飛び込ませた。
先頭を突っ走るヴァトーとレックスのバギーを警護するように展開させる。
雄叫びを上げながら拳を振るい衝撃波で周囲を薙ぎ倒すヴァトーと、助手席に瞑目したまま身を預けるレックスの様子をマペットのセンサーが捉えた。
『貴方の目的、必ずかなえてさしあげます、マスター』
ティンは胸中で決意を新たにすると、マペットの制御に注力する。
警邏隊を弾幕で足止めし、アーミーのメイデンに飛びかかって自爆させる。
邪魔者を主に触れさせはしない。
目指すはガバメント、マザーメイデンだ。
城壁に設置された見張り台やトーチカにはアーミー兵とパートナーのメイデンが24時間体制で詰めており、日夜防衛に当たっていた。
「そろそろ夜明けか……。 あと一時間で交代だな」
見張り台に据え付けられた12.5㎜機銃の銃座に腰を下ろしたアーミー兵は、左手首の多目的端末に目を走らせ時刻表示を読み取った。
退勤後に相棒と過ごす時間に想いを馳せれば、自然と頬が緩む。
「マスター、まだ勤務時間です。 気を抜かないでください」
「判ってるさ……む!?」
窘めるメイデンに苦笑気味に応えた兵士の顔が引き締まる。
夜明けの空を引き裂いて飛来する影を視界に捉え、鍛え抜いた反射神経が瞬時に機銃の照準を合わせた。
「コンテナ?」
照準器越しに細長い箱状の飛来物が貨物用のコンテナであると見て取った兵士は眉を寄せた。
しかし、困惑している余裕はない。
「マスター!」
「応!」
促すようなメイデンの声に応え、兵士は引き金を絞った。
同時に乙種装備のメイデンもアームに装備した重機関銃を放つ。
12.5㎜弾のクロスファイアを浴び、軽金属のコンテナはひとたまりもなく引き裂かれた。
飛び散る軽金属の破片と共に格納されていた内容物がばらばらと城壁へ降りかかる。
だが、飛来するコンテナはひとつではなかった。
「次が来ます、マスター!」
「くそっ、投石機だとでも言うのか! なんて古めかしい!」
毒づく兵士だが、投げつけられるコンテナは縦横2.5メートル全長9メートルもあり、そこに込められた運動エネルギーは馬鹿にできない。
「撃ち落とせ! 間違っても市街に入れさせるな!」
「はい!」
兵士とメイデンのコンビ以外の銃座も対空射撃を開始し始める。
次々に空中で破砕されるコンテナはひとつとして城壁を越える事はできない。
だが、その内部に納められていた物が活動を開始していた。
城壁の下、トーチカも無いはずの場所で銃火が閃いたのに気づき、兵士は対空射撃を行いつつも視線を地面へ落とす。
「装甲機生体? いや、マペットか?」
50㎝四方の箱型ボディから四本の脚部が飛び出したデフォルメした蜘蛛を思わせるデザインの小型機械が走行球を唸らせ、いくつも走り回っている。
その背には小型の銃器が載せられ、トーチカに向けて発砲を繰り返していた。
「くそっ、あれがコンテナの中身か!」
対空砲火をメイデンに任せ、兵士は機銃の射線を下に向けて薙ぎ払った。
12.5㎜弾は易々とマペットの外装を撃ち抜き、数機をまとめて機能停止させる。
だが、その数は多い。
飛来するコンテナを破壊する度に、内側から零れたマペットが次々と着地しているのだ。
「えぇい……!」
「マスター! 壁の上にも!」
城壁の上に着地したマペットは、背負った銃を発砲した。
主の前に立ちはだかり盾となったメイデンへ着弾の火花が上がる。
「くっ!?」
小型マペットの物とも思えぬ火力に身をよろめかせながらも、メイデンの反撃は的確に相手を沈黙させた。
「大丈夫か!」
「損傷は軽微です、戦闘に支障はありません。
敵の火器はフルサイズのライフル弾を使用しています。
防弾ベストでは止められませんので、お気を付けください」
主に警告を発するメイデンの肌はナノスキンコートが損傷し、露出した内部構造が小さく火花を上げている。
軽機関銃などに使用されるフルサイズの7.62㎜弾は戦闘メイデンのナノスキンコートを傷つけるだけの威力を有していた。
「あのサイズのボディでそんな大型弾を積んでるとなると、装弾数は多くないな……。
その分を数で補うつもりか」
兵士が推測したマペットの設計コンセプトを裏付けるように、弾丸を撃ち切った個体は新たに飛来した個体の背後に回り込み場所を交代していた。
続けざまに撃ち込まれるライフル弾が銃座の防御装甲で弾け甲高い音を立てる。
「くそっ、マペットの癖に連携が取れてやがる!」
低性能CPUしか搭載していなさそうな小型マペットとも思えぬ波状攻撃に、防御装甲の下で首を竦めながら兵士は唸った。
その頭上に不意に影が差す。
仲間の残骸の影を縫うように走り抜けたマペットが銃座内へ飛び込んで来たのだ。
「マスター!」
とっさにメイデンが拳を振るい、侵入したマペットを殴りつける。
その瞬間、マペットに内蔵された高性能炸薬が点火された。
「よっこーい……せえっ!」
間延びした掛け声と共に、コンテナが宙を舞う。
フォートMFの真の漢ヴァトーは、槍投げのフォームでコンテナを投擲していた。
コンテナは放物線を描きながら城壁目掛けて飛んでいく。
中身込みで数トンにも及ぶ重量物の扱いとは思えない、まさに人間離れした所業である。
「よっしゃ、次はどれだ?」
「今ので最後だよ、ヴァトー」
「じゃあ次はフェーズ2って訳だな」
力が余って仕方が無いとばかりに腕を回すヴァトーに、駐車中のバギーの助手席に座るレックスは相変わらずのどこか茫洋とした顔で頷いた。
意志の光に欠ける瞳を隣に駐められたハーフトラックに向ける。
「フェーズ2は君の活躍に掛かっている。 頼むよ、ティン」
『お任せください、マスター』
バギーのルーフに括り付けられた小型通信機からティンの声が応じた。
主の余り熱意が感じられない激励を受けるティンの機体は、ハーフトラックの荷台に設置されたメンテナンスポッドに浮かんでいる。
整備が必要な訳ではなく、レックスの能力を遮断するための防壁代わりだ。
そのため、保護用のメンテナンスジェルは充填されているものの、メンテナンスロッドもバイザーも装着されていない。
ポッドの中のティンに小さく頷いたレックスの横顔を、周囲で弾けた着弾の光が照らした。
タウン48からの反撃の砲火だ。
「はっはー! こんだけ投げつけりゃあ、流石にこっちの位置もバレるか!」
明けの空を切り裂いて飛来する砲火に、ヴァトーはむしろ楽しげに笑う。
なんといってもこちらの投石機は一台しかない。
早期に位置が特定されるのは元より想定済みだ。
「よし、フェーズ2だ。 みんな、突っ込んでくれ」
「おぉう!」
バギーの助手席からレックスが号令というには頼りない指令を下すと、配下の山賊達はリーダーの分も補わんと言わんばかりの気合いの声を上げた。
バイクやバギーといった雑多な車両の集団がタウンへ向けて突撃を開始する。
「こっちも行くぜぇ!」
レックスが乗るオープントップバギーの後部座席にヴァトーが体を押し込むように座ると、バギーのハンドルを握る配下がアクセルを踏み込んだ。
砂を蹴立てて疾走を開始するバギーに砲弾の雨が迫る。
ヴァトーはバギーのルーフを掴んで立ち上がると、右腕を振り上げた。
「ふんっ!」
気合いと共に空へと拳を突き出す。
不可視の力場が鉄拳の先に形成された。
砲弾は見えない装甲に着弾したかのように空中で炸裂するが、その爆風も破片も球状に展開した力場に弾かれてバギーへは届かない。
ヴァトーは魁偉な容貌を歪めて笑うと、力強く腕を振り上げ叫んだ。
「さあ飛ばせ飛ばせぇ! 俺らが真ん前だ! 俺らが盾で一番槍だぁ!」
ヴァトーとレックスを乗せたバギーは一際鋭く加速し、隊列の先頭に躍り出た。
メンテナンスポッドのティンは眠るように瞳を閉じ、静謐の中に身を漂わせていた。
身じろぎもしない機体の中で、そのCPUは全力で稼働している。
ヴァトーが投擲したコンテナの中身、ドク謹製の小型戦闘マペットの統制を一手に引き受けているのだ。
文官タイプであるティンは、純粋な戦闘力ではサンクチュアリやキキョウの足下にも及ばない。
しかし、オフィサーメイデンの中でもマザーの支援用高級機として製造された彼女は、マザーメイデンの代理としてタウン全域の一時制御を行う事すら可能な処理能力を持たされている。
その圧倒的な処理性能を駆使して、小型マペットの群れを一機一機ダイレクトコントロールしているのだ。
ひとつの思考に制御されたマペット達はまさに群体そのものであり、その連携は小型マペットの戦闘力を飛躍的に向上させている。
寂しい懐具合の中でマペットを開発するに当たって、ドクは構造の簡易さとメイデンにダメージを与えうる武装の搭載を優先させた。
7.62㎜バトルライフルを転用した火器はフルサイズのライフル弾を使用し装弾数は少ないものの、メイデンのナノスキンコートを傷つける事ができる。
当然、一撃で破壊できる訳もないが、そこは数が物を言う。
連携して集中砲火を行えば、タウン48の主力兵器であるメイデンを撃破可能なのだ。
そして弾が切れた個体や装甲目標と対峙した個体は、内蔵した高性能炸薬を用いた自爆攻撃を敢行する。
機体制御をティンに任せて最低限のCPUを搭載し、バッテリーも小型の物に抑えた結果、ドクのマペットは安価かつ高機動高火力を実現していた。
全機体の制御系を丸投げされたティンの方は大仕事である。
膨大な処理能力を誇るティンであっても、ちまちまとした小さなタスクを大量に、しかも同時並行で行わなくてはならないという状況は相当な集中力を要する。
メンテナンスポッドを使用しているのもレックスの能力の遮断だけではなく、CPU領域をマペットの制御に全投入しているため自分の本体の面倒を見る余裕すらないという事情であった。
そこまでの努力をした効果は出ている。
群体と化したマペット達は能力的に遙かに格上のアーミー部隊を翻弄し、囮としての役割を見事に果たしていた。
フォートMFの最高戦力はあくまで真の漢。
ヴァトーであり、タウン48に対してはレックスが決定的な切り札となる。
彼らが城壁に到達するまでの時間を稼ぐのがマペット達の役割だ。
マペットのセンサー越しにアーミーのメイデン達の動きが鈍っていくのを確認し、メンテナンスポッドの中のティンは瞳を閉じたまま笑みを浮かべた。
接近した事により、レックスの能力が効果を現し始めている。
敵メイデン達は露骨に精彩を欠いた動作となり、中には下腹を押さえてうずくまってしまう個体もいた。
高機動砲台の側面を持つメイデンがリタイアしてしまっては、アーミー側の強みである火力の優位性も失われる。
レックスが危険に晒される可能性が刻一刻と減っていき、ティンは内心安堵していた。
もっとも、ヴァトーと共に居る以上、レックスはどこに居るよりも安全なのだが。
ヴァトーの性格に関しては呆れることも多いティンだが、彼の能力自体はこの上なく信用していた。
そして、ティンの信用するヴァトーの拳がタウン48の城壁に到達した。
巨砲の一撃を撃ち込まれたかのように城壁がぼこりと穿たれ、ひび割れる。
ダメ押しの二発目の拳が振るわれると、城壁の一部が崩壊した。
ティンはすかさず周囲のマペットを城壁に開いた隙間へ飛び込ませた。
先頭を突っ走るヴァトーとレックスのバギーを警護するように展開させる。
雄叫びを上げながら拳を振るい衝撃波で周囲を薙ぎ倒すヴァトーと、助手席に瞑目したまま身を預けるレックスの様子をマペットのセンサーが捉えた。
『貴方の目的、必ずかなえてさしあげます、マスター』
ティンは胸中で決意を新たにすると、マペットの制御に注力する。
警邏隊を弾幕で足止めし、アーミーのメイデンに飛びかかって自爆させる。
邪魔者を主に触れさせはしない。
目指すはガバメント、マザーメイデンだ。
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