ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

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魔女と奇妙な男 (94) いつもと少し違う朝

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「わっ! やばい。もうこんな時間」

ネリスが、普段通りにバタバタとベッドから飛び起きます。昨晩は、オリビアが腕によりをかけたご馳走に舌鼓をうったネリスでしたが、いささか食べ過ぎて、朝になっても少し胸やけがしていました。

ドッタンバッタン。いつもの事とはいえ、けたたましい音を立てながら、ネリスは階段を駆け下ります。

「おい、ネリス。お前、たるんでるんじゃないのか? 今日も、門前の掃除をさぼったよな!?」

レアロンの小言も変わりなく、朝食が並ぶ食堂に響きました。

「わかってるわよ。師匠、明日の朝は二倍やりますから、今日の所はご容赦を」

ネリスが両手を合わせて、コリスを拝みます。

「しょうがないわねぇ。でもね、あんまりいい加減だと、私も魔女会議に対して申し開きができないわよ」

コンソメスープを飲み干したコリスが、呆れた顔で言いました。

「え? ……って言うと?」

ネリスは、恐る恐る尋ねます。

「もう忘れたの? クレオンが魔女会議のお歴々に頼まれて、あなたの行状を調べていた事を」

コリスが、澄ました顔でさらりと答えました。

「いや、あれって、本当は禁忌の薬を探るための方便だったんでしょう? つまり私の生活態度を調べるって話は、ダミーというか、隠れ蓑というか……」

一安心していたネリスの心に、さざ波が立ち始めます。

「そんな事ないわよ。それはそれ、これはこれ。あんまりひどいと、責任上、クレオンに変わって私が上へ報告しますからね」

慌てる弟子の顔を眺めながら、コリスが不敵な笑みを浮かべました。

「そ、そんなぁ……。あ、そう言えば、クレオンさん、もういないんですね」

分が悪いと思ったのか、ネリスは話を別の方向へ持って行こうとします。

「えぇ。昨日、日付が変わる頃に、協会本部へ戻ったわ。とりあえず今回の一件を、少しでも早く知らせる必要がありますからね」

「残念だなぁ。あの薬を飲んだ時の感想とか、もっといっぱい聞きたかったのに」

ネリスがお茶を飲みながら、渋い顔をしました。

「いい加減にしろよ、ネリス。お前はそんな事よりも、今はとにかく掃除だ掃除! 明日も寝坊するようなら、俺が叩き起こした上で、首に縄をつけて表に引っ張っていくからな!」

コリスの傍らに立つレアロンが、怒鳴りつけます。

「何よ、偉そうに! 昨日も言ったけど、私はあんたよりも下だなんて、これっぽっちも思ってないからね。命令される覚えはないわ!」

下唇を突き出しながら、ネリスが切り返しました。

「お、お前なぁ!!」

激高したレアロンが、悪魔の姿に戻りかけたのを見て、

「ほら、ほら、朝から騒々しい。ねぇ、レアロン。やっぱりあなた、少しネリスに厳しすぎるわよ」

と、コリスが諫めます。

「マダム、お言葉を返すようですが、そういう甘やかしがダメなんですよ。これじゃぁ、こいつは増々……」

珍しく、主人に口答えをするレアロンを尻目に、

「師匠、ご心配なく。

私は、どこぞの使い魔とは違います。叱られたからってプイッと家を飛び出して、どっかの洞くつに籠ったあげく、迎えに来た主人の前で大泣きするような真似は致しませんから」

と、ネリスはいやらしい笑みを浮かべながら言いました。秘密の屋上で、いつぞやクレオンから耳にした話を披露した形です。

「なっ!」

「あらっ」

レアロンとコリスが、続けて声を上げました。ネリスが何を言っているのか、察しがついたようですね。

「ク、クレオンだなっ!? 

それをお前に漏らしたのは、クレオンだな!? 

あの野郎! 次に会ったら、必ずコテンパンにブッ飛ばしてやる!!」

使い魔執事は激高して、瞬時に悪魔の姿へと戻りました。

「ブッ飛ばすのはいいけどね。必ず外でやって頂戴ね」

コリスがヤレヤレとばかりに、ため息をつきます。

「じゃぁ、行ってきまーす!」

レアロンの癇癪など知った事かと、ネリスはいつも通りに屋敷を後にしました。

「あぁ、気持ちのいい朝!」

それまでと同じ道を同じように薬工場へと向かうネリスでしたが、一昨日までとは違い、全てが一段、きらめくように感じられます。今度の一件は、ネリスを少し大人にしたようですね。

自転車をこぐネリスの頬に、風がさわやかな挨拶をします。いいえ、風ばかりではありません。木々のさざめく音、やさしい木漏れ日、そして小鳥たちのさえずる賑やかな声。彼女の小さな変化を、森のみんなが祝福しているようです。

「よーし。今日も一日、がんばるぞぉ」

森の中に、元気な声が響きました。

おてんば新米魔女ネリス。ただいま、絶賛成長中です!


【魔女と奇妙な男・終】
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