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魔女と奇妙な男 (93) 聖魔の誓い
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「レシピがわからないのは残念だけど、ネリスは何も、気にとめる必要はないわ。偶然か、必然か、それはわからない。けどね、あなたの作った薬が、とにもかくにも事態を収めたのは間違いない。
今は、それだけで十分よ」
ネリスが余計な責任を感じないよう、コリスがフォローをします。
「それからね。わかっているとは思うけど、今回の事……、具体的には魔法の薬の事や禁忌の薬の事、メサイトっていう若者の事、サジルさんのケガの事、決して口外してはいけないわ。
大丈夫ね、ネリス」
コリスのまなざしが、優しさから打って変わって、厳しいものとなりました。でも、それは当然です。ネリスは第九等級という、実質的に一番低い階級にもかかわらず、魔女協会のトップシークレットに触れてしまったんですからね。
「えぇ。わかっています、師匠」
ネリスが、いつになく神妙に答えました。いくら彼女がお気楽な性格でも、事の重大性は言われるまでもなく承知しています。
数秒の間をおいて、
「はい。それじゃぁ、話はここまで」
と、コリスが両手をパンと叩きました。重苦しい場の雰囲気が、瞬時に解放されます。
「じゃぁ、ネリスは台所へ行って、オリビアさんのお手伝いをしなさい。彼女やフレディさんも、どんなにか、あなたを心配していましたからね」
コリスが弟子に命じました。師匠の指示に反発するかと思われたネリスでしたが、意外にも素直に台所へと向かいます。彼女なりに、オリビア夫妻へ心配をかけた事が分かっているようでした。
実際のところ、オリビア夫妻のネリスに対する心配は、はたで見ていても気の毒になるほどのものでした。しかし、彼らは魔女協会の人間ではなく、単にコリスの使用人として雇われているにすぎません。自ずと、話せる内容にも限りがあるのです。でもそれが、彼らをなお一層不安にさせたのは確かでした。
コリスはネリスを手伝いに行かせる事によって、彼女を自らの娘のように心配してくれた彼らの思いに、少しでも報いようとしたのです。
「さてと……」
思いもよらない告白が済んだ後、まずはコリスが口火を切りました。
「どう、思う? 今の話」
最高位魔女の問いかけに、
「あいつはいい加減でお調子者ですが、こういう場面で嘘をつける奴ではないと思います」
と、意外にもレアロンが、真っ先にネリス擁護を口にしました。
「僕もそう思う。ネリスの、サジルの旦那に対する接し方。正に、魔女魂の見本みたいな行動だった。そんな彼女が、師匠のお前にウソをつくはずがない」
クレオンも、使い魔執事の応援に回ります。
「そうね、私もそう思う。だけど……」
コリスが、含みを残す言い方をしました。
「やっぱりあの子が、調合を偶然に成功させたとは思えない」
コリスの表情が曇ります。
「なぁ、コリス。ネリスの魔法は、調合だけなのか?」
クレオンが旧友の気持ちを察し、新たな可能性を探ろうとしていました。
「えぇ、そのはずよ。……っていうか、あなた、何が言いたいの?」
その言葉には、レアロンも同感という顔をします。
「調合以外に、何か他の魔法が使えるんじゃないかって事さ。それが、今回の成功につながった」
テーブルに用意されたお茶をすすりながら、クレオンが言いました。
「”複数持ち”って事? そんな話は、聞いていないけど……」
コリスが口にした”複数持ち”。これは、一人で複数の魔法を使える者の事を示しています。ヴォルノースの住人は例外なく魔法が使えますが、大抵は一つのみなのです。しかし中には二つ三つ、時には十も二十も異なる魔法を使える者が存在するのは、広く知られている話でした。
「じゃぁそうだとして、ネリスの使えるもう一つの魔法って何だ?」
興味津々のレアロンが、クレオンに話を振ります。
「それは、わからない。しかし偶然ではなく”適切な薬の種類や調合の仕方がわかった”って事は、”物のあるべき姿がわかっていた”という事になるんじゃないのかな?
それは、もしかして……」
クレオンは途中まで喋り、言葉を濁しました。
「……!
まさか、あなたの言っているのは……」
ひどく驚いたように、コリスが切り返します。
「そうだぞ、クレオン。そんな事、あるわけがない」
思い当たる節のあった、使い魔執事も主人に同調しました。
「あぁ、僕もそう思うけど、他に説明のしようがないだろう」
クレオンの言葉は、珍しく慎重です。それだけ重大な同じ可能性を、三人は感じ取ったのでした。その可能性が何なのか、それは又のお話になりますが、ネリスにとって非常に重要な事柄のようですね。
「そうかも知れない……、でもね、いい? この事は三人だけの秘密よ。わかった?」
コリスが、他の二人を見回します。
「もし、今私たちが考えている事が正しいのであれば、それはネリスにとって素晴らしい可能性を秘めた話だわ。でも転びようによっては、彼女に大きな不幸をもたらす事にもなりかねない。
ネリスが大人になって、運命を自らの手で切り開いて行けるようになるその日まで、私たちがあの子を見守り、助力していきましょう」
コリスの提案に反対する者は誰もおりません。三人は、その場で厳しい制約の課せられる”聖魔の誓い”を立てました。
今は、それだけで十分よ」
ネリスが余計な責任を感じないよう、コリスがフォローをします。
「それからね。わかっているとは思うけど、今回の事……、具体的には魔法の薬の事や禁忌の薬の事、メサイトっていう若者の事、サジルさんのケガの事、決して口外してはいけないわ。
大丈夫ね、ネリス」
コリスのまなざしが、優しさから打って変わって、厳しいものとなりました。でも、それは当然です。ネリスは第九等級という、実質的に一番低い階級にもかかわらず、魔女協会のトップシークレットに触れてしまったんですからね。
「えぇ。わかっています、師匠」
ネリスが、いつになく神妙に答えました。いくら彼女がお気楽な性格でも、事の重大性は言われるまでもなく承知しています。
数秒の間をおいて、
「はい。それじゃぁ、話はここまで」
と、コリスが両手をパンと叩きました。重苦しい場の雰囲気が、瞬時に解放されます。
「じゃぁ、ネリスは台所へ行って、オリビアさんのお手伝いをしなさい。彼女やフレディさんも、どんなにか、あなたを心配していましたからね」
コリスが弟子に命じました。師匠の指示に反発するかと思われたネリスでしたが、意外にも素直に台所へと向かいます。彼女なりに、オリビア夫妻へ心配をかけた事が分かっているようでした。
実際のところ、オリビア夫妻のネリスに対する心配は、はたで見ていても気の毒になるほどのものでした。しかし、彼らは魔女協会の人間ではなく、単にコリスの使用人として雇われているにすぎません。自ずと、話せる内容にも限りがあるのです。でもそれが、彼らをなお一層不安にさせたのは確かでした。
コリスはネリスを手伝いに行かせる事によって、彼女を自らの娘のように心配してくれた彼らの思いに、少しでも報いようとしたのです。
「さてと……」
思いもよらない告白が済んだ後、まずはコリスが口火を切りました。
「どう、思う? 今の話」
最高位魔女の問いかけに、
「あいつはいい加減でお調子者ですが、こういう場面で嘘をつける奴ではないと思います」
と、意外にもレアロンが、真っ先にネリス擁護を口にしました。
「僕もそう思う。ネリスの、サジルの旦那に対する接し方。正に、魔女魂の見本みたいな行動だった。そんな彼女が、師匠のお前にウソをつくはずがない」
クレオンも、使い魔執事の応援に回ります。
「そうね、私もそう思う。だけど……」
コリスが、含みを残す言い方をしました。
「やっぱりあの子が、調合を偶然に成功させたとは思えない」
コリスの表情が曇ります。
「なぁ、コリス。ネリスの魔法は、調合だけなのか?」
クレオンが旧友の気持ちを察し、新たな可能性を探ろうとしていました。
「えぇ、そのはずよ。……っていうか、あなた、何が言いたいの?」
その言葉には、レアロンも同感という顔をします。
「調合以外に、何か他の魔法が使えるんじゃないかって事さ。それが、今回の成功につながった」
テーブルに用意されたお茶をすすりながら、クレオンが言いました。
「”複数持ち”って事? そんな話は、聞いていないけど……」
コリスが口にした”複数持ち”。これは、一人で複数の魔法を使える者の事を示しています。ヴォルノースの住人は例外なく魔法が使えますが、大抵は一つのみなのです。しかし中には二つ三つ、時には十も二十も異なる魔法を使える者が存在するのは、広く知られている話でした。
「じゃぁそうだとして、ネリスの使えるもう一つの魔法って何だ?」
興味津々のレアロンが、クレオンに話を振ります。
「それは、わからない。しかし偶然ではなく”適切な薬の種類や調合の仕方がわかった”って事は、”物のあるべき姿がわかっていた”という事になるんじゃないのかな?
それは、もしかして……」
クレオンは途中まで喋り、言葉を濁しました。
「……!
まさか、あなたの言っているのは……」
ひどく驚いたように、コリスが切り返します。
「そうだぞ、クレオン。そんな事、あるわけがない」
思い当たる節のあった、使い魔執事も主人に同調しました。
「あぁ、僕もそう思うけど、他に説明のしようがないだろう」
クレオンの言葉は、珍しく慎重です。それだけ重大な同じ可能性を、三人は感じ取ったのでした。その可能性が何なのか、それは又のお話になりますが、ネリスにとって非常に重要な事柄のようですね。
「そうかも知れない……、でもね、いい? この事は三人だけの秘密よ。わかった?」
コリスが、他の二人を見回します。
「もし、今私たちが考えている事が正しいのであれば、それはネリスにとって素晴らしい可能性を秘めた話だわ。でも転びようによっては、彼女に大きな不幸をもたらす事にもなりかねない。
ネリスが大人になって、運命を自らの手で切り開いて行けるようになるその日まで、私たちがあの子を見守り、助力していきましょう」
コリスの提案に反対する者は誰もおりません。三人は、その場で厳しい制約の課せられる”聖魔の誓い”を立てました。
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