ヴォルノースの森の なんてことない毎日 《第二部》 (オムニバス短編集)

藻ノかたり

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ニールの目ざめ (42) ゼペックの魔法

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「ニール。確かオレンジジュースの次に好きなのは、グレープジュースだったな」

ニールがコクリと頷くと、ゼペックは冷蔵庫の中から紫色の液体が入った大きなビンを取り出します。

一方カウンターでは、ニールを中心にして、スタッフたちが半円を描くように並びました。今は店が比較的すいている時間帯で良いものの、そうでなかったら何だ何だとばかりに、大勢の客が寄って来たに違いありません。

老オーナーは、リュンデムが差し出したグラスをニールの前へ置き、そこにグレープジュースをトクトクとついでいきました。

”ジュースとグラスを取り出して、一体、何が始まるんだろうか?”

ニールには、これから起こる事態の予測が全くつきません。

「さぁて……」

そう言うと、ゼペックは両手を大きく広げ、ゆっくりグラスの方へと近づけました。

そして、

「わしの可愛い泡たちよ。グラスの内に入っておくれ、おいしくおいしく、しておくれ」

と、唱えると、彼の手のひらとグラスの間に、何か白くて小さい丸いものが現れ始めます。それは本当に小さくて、一つ二つでは気づきません。でも段々と数を増していき、数え切れないほどの多さになりました。

スタッフの間に”おぉっ”と、小さな歓声が上がります。ただニールには、目の前で起こっている出来事の意味が、まだよくわかっていませんでした。

「では、とくと仕上げを御ろうじろ」

老オーナーが、両手を一気にグラスへと近づけます。

すると小さく白いものたちが、まるで生きているかのように、勢いよくグラスの中へと潜り込みました。

シュワーッ!

それまでは只のグレープジュースだったものが、一瞬で炭酸入りの飲み物に姿を変えます。

リュンデムを始め、スタッフたちの間から拍手が起こりました。これには、少し離れた所にいる他の客たちも気がついて、何人かがカウンターの方へ顔を向けます。

しかし遠目には、これといって何も変わったところはありません。子供の前に、炭酸ジュースの入ったグラスが一脚あるだけなのですからね。

ニールは呆気にとられ、拍手をするのが少し遅れました。だって、こんな魔法を見るのは初めてでしたから。

「これが、ゼペックさんの魔法……」

ニールが、呟くように言いました。

「そうさ。オーナーの魔法は、液体に炭酸を注ぎ込むものなんだ。

まぁ、結果はどうって事ないんだけど、そこに到るプロセスがド派手だろう?」

リュンデムが、ニールの言葉に応じます。

確かにこの派手さというか、華々しい演出は人の心を掴みます。これを見たさに、スタッフたちが集まってきたわけですね。

「す、すごい!」

ニールの頬が、紅潮します。

「だろう?」

ゼペックが短いあごひげを撫でながら、ニヤリとドヤ顔をしました。

「ま、とにかく飲んでみなさい」

老オーナーがご機嫌で、特製ジュースをニールに勧めます。

彼は小さな粒が、シュワシュワと泡立つグラスにそっと手を伸ばしました。そして、少し緊張した面持ちでグラスに口をつけます。だって、魔法で作った泡を飲むなんて、初めてでしたからね。

「!」

ぶどうの良い香りがする液体を口にした瞬間、ニールは再び驚きます。その表情を見たゼペックは、こちらも再びドヤ顔になりました。

ニールは、何を驚いたのでしょう?

彼自身、炭酸飲料を嫌いではないのですが、子供から大人まで、全ての人が口にする関係上、ニールのような幼い子供には、まだ少し炭酸がきつく感じられるものなのです。

ところがです。彼がいま口にしている炭酸飲料には、そのきつさが微塵もありません。もちろん単に気が抜けているというわけではなく、ちょうど子供にとって良いあんばいの強さになっているのでした。
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