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ヘリスウィル・エステレラの章(第二王子殿下視点)

ヘリスウィル・エステレラ~会食~

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 ノクスとセイアッドの訓練に参加した日、僕は訓練が辛いと初めて思った。
 そして、教師たちの手加減を知った。
 楽しいと思える訓練は訓練じゃなかった。

 まず基礎体力の差。同じ距離を走っても、二人はケロッとした顔をしていた。筋力トレーニングも、素振りも。水を飲まされたけど、水じゃない水だった。少し甘かった。

 剣聖と騎士たちが僕の安全を考慮しながら剣聖の行っているこの訓練についていろいろと話し合っていた。
 そして僕にとって初めて隊を動かす訓練をした。
 全然勝てなかった。
 こんなのは初めてだった。

「なんでだ? なんで一度も勝てないんだ?」
 ノクスが凄いのはわかった。でも、同じ年齢のはずだった。なのになぜ、こんなに一方的に負けるんだ。
「慣れてるから、かなあ?」
 セイアッドがポツリと言ったのについ睨んでしまう。
 それはわかった。
 でも悔しい。
 二人が仲が良いのも、悔しい。僕と全然話してくれないのも。
『闇の申し子がそう仕向けているからだよ』
 響く声が心の奥底に澱をもたらす。
 今までにお茶会で出会った子供たちは遠巻きに僕を見て、二人のように仲良い子なんてできなかった。
 あんな風に仲良い子が欲しい。
 大人に囲まれるのではなく、友達が欲しい。
 王子だから、友達ができないのだろうか。
 この二人には今までの僕の行動では、何も伝わらないのはわかった。
 色々思いつめて地団駄を踏んだ。
 いつもの頭に響く声が遠くに聞こえて意味をなさなかった。
 ただ、悔しく、悲しかった。そして、こんな風に心が乱れたのは初めてだった。
「なんでだ。上手くいかない。悔しい……どうして、どうして、仲良くしてくれないんだ。僕、僕はいつも一人で……うわああああん」
 初めての大泣きだった。
 周りの大人が戸惑ったのはわかった。
 誰も、僕に近づいてくれなかった。

 そして。

「はい、あんまり強く擦らないでね。傷になるから。別に仲良くしないなんて言ってないし。あれは勝負事だったんだから慣れてるこっちのほうが有利だったんだよ? なんで負けたのか、護衛の騎士さんとようく話し合ってね。じゃあ、お腹空いたから帰る」
 タオルをセイアッドが押し付けて、ノクスと剣聖の元に戻る。
 そのタオルを握り締め、多分料理の名前だろう言葉を言いながら、3人は帰っていった。

「ハンバーグ? 唐揚げ? ピザ?」
 いつの間にか、涙は止まり、貸してもらったタオルで顔を拭いた。
 世話役にタオルを洗ってくれるようにお願いをして、その日は部屋へと戻った。
 母にそのことを報告してぽつりとその料理が食べたいと言ったら、何故だか、伯爵家のタウンハウスでの会食が決まっていた。
 あんなに大泣きしたのに!!
 合わす顔がないとベッドの中で悶えた。
 大泣きしてから何故だか城の使用人たちの目が優しくなった。
 微笑ましいものを見るような、そんな視線。
 今までは張り付いた笑顔だった者も、腫れ物に触るような態度の者も、王子だから敬うけれど、基本は小さい子供を扱う態度になったようだった。
 その当時の僕はみんな優しくなった気がするとしか思えてなかった気がした。
 生意気な嫌な子供がただ意地を張っていただけだったとか、思われたに違いないのだ。
 会食の日の前日、タオルを貸してくれたセイアッドのことを思い浮かべた。
 綺麗な子だった。

『あの子供を手に入れろ』

 寝る前に聞こえた声にセイアッドだけじゃなく、ノクスとも仲良くなりたいと思う気持ちを押さえつけられたような気がした。

 会食当日。
 僕は朝からそわそわしていた。
 母は一緒に行く僕のお目付け役と護衛に指示をしていた。
 特に料理に関しては料理人をこっそり側仕えに扮させて同行させるようにした。
 レシピの買取とか何とか聞こえたが、僕はそれどころじゃなかった。
 借りていたタオルを用意してもらって、伯爵のタウンハウスへと向かった。

 全員の出迎えを受けて会食会場へ案内されるときに、セイアッドに借りたタオルを返した。
 恥ずかしさが先に立って、つい、また憎まれ口をt叩いてしまった。
 嫌われたりしないだろうか?
 後にもうとっくに嫌われていると発覚したのだが、その時は全然気づいてなかった。
 会食が始まると、城でも出ていないような、とても色鮮やかで美味しい品々が饗された。
 何を食べても美味しかった。
 特に最後のデザート。
 食べたことのない味だった。

 その後、談話室に移動して、話をすることになった。
 仲良くしてくれるのかと問えば、わからないと答えられてショックを受けた。
「僕、殿下のこと何も知らないし。殿下も知らないでしょ。とりあえず、一緒に鍛錬やるんだから、これから次第だね。僕、現在、殿下への好感度マイナスだもん」
 ノクスがミルクを噴いた。
『なんだと?』
「え、ええ?」
 僕はショックを受けた。そんなにまで、嫌われているのだろうか。
「僕、ノーちゃんと仲いいからノーちゃんと仲良くできない人と仲良くできないし。ノーちゃんファーストだからそれでもいいなら、マイナスをプラスに変えるよう頑張ってねー」
 僕は頷くしかなくて、ノクスがセイアッドに嬉しそうな顔を向けていることを羨ましく思った。

 節度と言われていたが、なんのことだろう。帰ったら母に聞いてみようと思った。
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