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ヘリスウィル・エステレラの章(第二王子殿下視点)
ヘリスウィル・エステレラ~ウースィク公爵領~
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終業式の後、セイアッドに捉まった。
「殿下、ちょっとだけ、話を……」
「セイアッド、なんだ?」
ノクスとフローラが声を聞かれない程度に離れた。
ああ、これはと思った。
「告白のことなんだけれど。俺、オメガになったよ。それでノクスと婚約を正式に結んだから、その……殿下の気持ちには、応えられない」
『なんだと?』
思った通りの答えで私は笑いたくなったが、笑えなかった。
怒れる声が私に何をさせようとするかわからない。
セイアッドを見ても、あの輝くような感じはしない。
私はてっきり、オメガに目覚めたら皆あのようになるかと思っていたのだが、違ったようだ。
彼だけが特別。
その事実に泣きたくなった。
声に何か言わされる前に言わなければ。
私の動揺が声に伝わる前に。
セイアッド、ありがとう。君を悩ませてしまって悪かった。
本当に。
「ああ、わかった。諦めることにする」
こんな風にしか言えない私を許してくれ。
私はフローラが待つ方へと向かった。
そして夏休みを迎えた。
王城に帰ってから目まぐるしい日々が続く。
視察に行く期間に本来やらねばならない公務を前倒しで片づけていく。
自室に帰ると倒れるように眠る日が続く。
『役立たずの神子め』
『奪い取れ』
『僕を無視するのか』
ああ、眠りさえ、私には許されないのか。
響く声に私は多分、疲弊していったのだと思う。
「大丈夫? 顔色悪いわよ?」
出発の日、フローラに心配そうに見られた。
『星と花の神の神子とは距離をとれ』
フローラといると声の強制力が緩む。
そういうことなのだろう。
私の役目なのだから、傍にいるのは必然だろうに。
「ちょっと公務の量が多かったからな。それだけだ。移動の時に休養させてもらうよ」
「ああ、そういうことね。大変ね。殿下。ロシュ達はもう先に出たそうよ。公爵家でお待ちしてますって手紙をもらったわ」
「そうか。わかった」
「魔の森って呼ばれてるんですって? ロアール領の魔物の多い森。凄く楽しみだわ」
「ロアール領では10年に一度くらいで小規模な魔物の氾濫が起こるそうなんだ。それを防いで、かつあの収穫量を保つのだから優秀なんだ。ロアール伯爵家は」
「それで視察を希望したのね。わかったわ。私も微力ながら魔物対策に協力するわ。もっと強力な敵が出るとも限らないし」
「頼りにしている。さ、馬車に乗って」
馬車は私とフローラ、護衛と侍女が乗る一台、役人が乗る一台、旅の間に使う物の荷馬車が2台、公爵家と伯爵家に贈る手土産の収まった1台。他に騎士団長率いる護衛が14人全員騎乗している。
大がかりな一団となったが王族の旅では少ない方だと思う。
野営はほぼないが進み具合ではあるかもしれない。夏は快晴が多いはずだが、ここ最近の王都の天気は曇り空や雨、雷などが多く、かなり荒れている。
雨対策もあって荷物が多い。できれば荒れて欲しくはないが今も空はどんよりとしている。雨が降るよりはましかと思っているうちに出発の時間となった。
途中で雨が降ってきた。霧雨程度だが、馬や騎士は体力を奪われる。騎士たちはマントを被った状態で馬車に着いてくる。
ウースィク公爵領までは街道が整備されているから、それほど魔物に警戒する必要はなかったはずだがオイストゥル公爵領に向かった道中より多くの魔物の襲撃を受けた。
私は馬車の中でほぼ眠っていたので詳しくはわからなかった。
疲れているのだと、フローラが起こさないように言ってくれたようだった。
公爵領に昼前に到着した。空はどんよりと雲に覆われたままだった。
先触れの早馬を走らせていたので、公爵家のものが勢ぞろいで出迎えてくれた。
「ウースィク卿、世話になる。ヘリスウィル・エステレラだ」
「殿下の滞在、大変光栄に存じます。エードラム・ウースィクです。どうぞ中でお寛ぎください」
ウースィク公爵夫妻が揃って礼をする。私も返して中に案内された。
公爵夫妻の両脇にはノクスに似た少年と、ロアール卿に似た少年が立っていた。ロシュ達はその両隣にいた。
久しぶりのロシュの姿に泣きそうになった。
『お前の乱れの原因はあの赤毛か』
違う。
セイアッドはもともと望みはなかった。
ノクスがいたから。
『宵闇め。あいつがいるから僕のものにならないんだ。夜の世界も月の神も。世界のすべてが欲しいのに』
宵闇の神は夜を司る魔物の神。夜の領域も支配したいのか。そして彼の伴侶も。
それは強欲と言わないか。
太陽の神の荒ぶる心を映したのか、その日の午後から公爵領は大嵐となった。
「殿下、ちょっとだけ、話を……」
「セイアッド、なんだ?」
ノクスとフローラが声を聞かれない程度に離れた。
ああ、これはと思った。
「告白のことなんだけれど。俺、オメガになったよ。それでノクスと婚約を正式に結んだから、その……殿下の気持ちには、応えられない」
『なんだと?』
思った通りの答えで私は笑いたくなったが、笑えなかった。
怒れる声が私に何をさせようとするかわからない。
セイアッドを見ても、あの輝くような感じはしない。
私はてっきり、オメガに目覚めたら皆あのようになるかと思っていたのだが、違ったようだ。
彼だけが特別。
その事実に泣きたくなった。
声に何か言わされる前に言わなければ。
私の動揺が声に伝わる前に。
セイアッド、ありがとう。君を悩ませてしまって悪かった。
本当に。
「ああ、わかった。諦めることにする」
こんな風にしか言えない私を許してくれ。
私はフローラが待つ方へと向かった。
そして夏休みを迎えた。
王城に帰ってから目まぐるしい日々が続く。
視察に行く期間に本来やらねばならない公務を前倒しで片づけていく。
自室に帰ると倒れるように眠る日が続く。
『役立たずの神子め』
『奪い取れ』
『僕を無視するのか』
ああ、眠りさえ、私には許されないのか。
響く声に私は多分、疲弊していったのだと思う。
「大丈夫? 顔色悪いわよ?」
出発の日、フローラに心配そうに見られた。
『星と花の神の神子とは距離をとれ』
フローラといると声の強制力が緩む。
そういうことなのだろう。
私の役目なのだから、傍にいるのは必然だろうに。
「ちょっと公務の量が多かったからな。それだけだ。移動の時に休養させてもらうよ」
「ああ、そういうことね。大変ね。殿下。ロシュ達はもう先に出たそうよ。公爵家でお待ちしてますって手紙をもらったわ」
「そうか。わかった」
「魔の森って呼ばれてるんですって? ロアール領の魔物の多い森。凄く楽しみだわ」
「ロアール領では10年に一度くらいで小規模な魔物の氾濫が起こるそうなんだ。それを防いで、かつあの収穫量を保つのだから優秀なんだ。ロアール伯爵家は」
「それで視察を希望したのね。わかったわ。私も微力ながら魔物対策に協力するわ。もっと強力な敵が出るとも限らないし」
「頼りにしている。さ、馬車に乗って」
馬車は私とフローラ、護衛と侍女が乗る一台、役人が乗る一台、旅の間に使う物の荷馬車が2台、公爵家と伯爵家に贈る手土産の収まった1台。他に騎士団長率いる護衛が14人全員騎乗している。
大がかりな一団となったが王族の旅では少ない方だと思う。
野営はほぼないが進み具合ではあるかもしれない。夏は快晴が多いはずだが、ここ最近の王都の天気は曇り空や雨、雷などが多く、かなり荒れている。
雨対策もあって荷物が多い。できれば荒れて欲しくはないが今も空はどんよりとしている。雨が降るよりはましかと思っているうちに出発の時間となった。
途中で雨が降ってきた。霧雨程度だが、馬や騎士は体力を奪われる。騎士たちはマントを被った状態で馬車に着いてくる。
ウースィク公爵領までは街道が整備されているから、それほど魔物に警戒する必要はなかったはずだがオイストゥル公爵領に向かった道中より多くの魔物の襲撃を受けた。
私は馬車の中でほぼ眠っていたので詳しくはわからなかった。
疲れているのだと、フローラが起こさないように言ってくれたようだった。
公爵領に昼前に到着した。空はどんよりと雲に覆われたままだった。
先触れの早馬を走らせていたので、公爵家のものが勢ぞろいで出迎えてくれた。
「ウースィク卿、世話になる。ヘリスウィル・エステレラだ」
「殿下の滞在、大変光栄に存じます。エードラム・ウースィクです。どうぞ中でお寛ぎください」
ウースィク公爵夫妻が揃って礼をする。私も返して中に案内された。
公爵夫妻の両脇にはノクスに似た少年と、ロアール卿に似た少年が立っていた。ロシュ達はその両隣にいた。
久しぶりのロシュの姿に泣きそうになった。
『お前の乱れの原因はあの赤毛か』
違う。
セイアッドはもともと望みはなかった。
ノクスがいたから。
『宵闇め。あいつがいるから僕のものにならないんだ。夜の世界も月の神も。世界のすべてが欲しいのに』
宵闇の神は夜を司る魔物の神。夜の領域も支配したいのか。そして彼の伴侶も。
それは強欲と言わないか。
太陽の神の荒ぶる心を映したのか、その日の午後から公爵領は大嵐となった。
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