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3.
「はい、次からは気をつけてね」
「ありがとう~涼香ぁ」
綾が座る重厚な、しかし上には小さな写真立て1つしか無い整然としたデスクに書類を置くと、涼香は子どもを叱る様に頰を膨らませた。
「もうっ本気で言ってるんだからね、私ここ苦手だから、出来るだけ行きたくないっていつも言ってるのに」
「怒らないでよ涼香。あなた子供の頃はよく、このオフィスでかくれんぼをしていたじゃない」
綾が懐かしそうに目を細めて笑うが、その言葉は涼香の心をざわめかせる。
かつての子供時代………
「……そんな大昔の話しないで、“今”の私には関係無いでしょ」
“何か”を思い出した涼香が消え入るように、けれど拒絶を含ませて小さく呟いた。
「…涼香……」
さっきまでの調子が良い様子から一転して、どこか申し訳無さそうな綾が何か言おうとするも、涼香は踵を返しドアの方を向く。
「それじゃあ、私はこれで失礼するね」
一刻も早く、ここを出たい……
逃げるようにドアへ向かい、手をかけようとしたその時だった。
コンコン
外側から控えめながらも確かな意志を感じるノック音が響き、涼香の手が跳ねるように置いていたドアノブから離れる。
ガチャ…
「失礼します、社長。少しお聞きしたいことが……」
ドアが開かれ、現れたその姿に、涼香は目を開き身体を跳ねさせた。そこにいたのは、先ほど廊下ですれ違った蓮岡恵だったからだ。
さっきよりも更に近い距離で見上げる容姿は彫刻の様に整っていて、眩いばかりのオーラに涼香は圧倒され、思わず一歩後退った。
「(うぅ…エレベーターですれ違った時から、出来るだけ相手の目に入らない様努めてたのに…)」
まさかここで会うなんて……
今すぐにでもこの場を去りたいと、出入口のドアを恋しそうに見つめる涼香だったが、一方の恵はというと、ようやくその姿を視界に捕らえられた涼香を凝視する。
「(あぁ、やっぱり思った通りだ……
近くで見ると、尚一層美しい……)」
「……ちょっと、恵?」
そんな2人の様子を、この場唯一の第三者である綾が目ざとく観察している。
「どうしたのよ。貴方今から、Kスタジオでドラマの撮影だった筈でしょう?」
「…っ、あ」
綾の問い掛けを受けて恵はふと我に返り、綾の方を振り返った。
「すみません、先ほど廊下でこの方をお見かけしたものですから……もしかして、新しく所属される方ですか?」
恵がチラリと涼香へ視線を移すと、涼香は所在なげに視線を泳がせた。
「(私の事なんて聞いてどうするの?もう…早くここから出してよ…)」
何故か自分の事を詮索してくるトップ俳優に、涼香が居た堪れない様子で俯く中、綾は何故か楽しげに肘を付いて口角を上げた。
「……いいえ、このコは私の娘よ。涼香っていうの、某市の図書館で司書をやってるのよ」
「ちょっ、お母さん…!」
自分の話を広げられたくなかった涼香が綾を制しようとする中、恵が目を見開く。
「そうでしたか…社長の、お嬢さん……」
恵の涼香を見る瞳の色が、より一層強くなった。
母の影響で芸能界をより近くで見てきたであろうにも関わらず、スレて業界ぶった様子も見せず、慎み深く静粛を纏った彼女。その矛盾した存在感が、恵の涼香に対する好奇心を更に昂らせてくる。
「……涼香さん、とおっしゃるんですね」
「…、っ!」
恵が慈愛に満ちた顔で微笑み、熱を帯びた声でその名を呼んだ瞬間、涼香の顔が真っ赤に熱く火照り上がった。
(……見ないで!私なんかに、関わらないで!)
「ご、ごめんなさい、失礼します……っ!」
恵の熱に苛まれた涼香はもはやパニック状態となり、思わずその場を弾かれたように飛び出した。
「え?あ、ちょ…!」
恵が手を伸ばしかけたのも構わず、涼香は恵の横を擦り抜け、廊下へと飛び出していった。
「涼香さん!」
恵がドアに手を掛けて自分の名を呼ぶも、涼香は聞こえないフリをして、エレベーターへと駆け込んで行く。
エレベーターの中で、涼香は荒くなった息を整えながら、自分の意志とは裏腹に火照ってしまう頰を、冷たい手の甲でじんわりと冷ますのだった。
「ありがとう~涼香ぁ」
綾が座る重厚な、しかし上には小さな写真立て1つしか無い整然としたデスクに書類を置くと、涼香は子どもを叱る様に頰を膨らませた。
「もうっ本気で言ってるんだからね、私ここ苦手だから、出来るだけ行きたくないっていつも言ってるのに」
「怒らないでよ涼香。あなた子供の頃はよく、このオフィスでかくれんぼをしていたじゃない」
綾が懐かしそうに目を細めて笑うが、その言葉は涼香の心をざわめかせる。
かつての子供時代………
「……そんな大昔の話しないで、“今”の私には関係無いでしょ」
“何か”を思い出した涼香が消え入るように、けれど拒絶を含ませて小さく呟いた。
「…涼香……」
さっきまでの調子が良い様子から一転して、どこか申し訳無さそうな綾が何か言おうとするも、涼香は踵を返しドアの方を向く。
「それじゃあ、私はこれで失礼するね」
一刻も早く、ここを出たい……
逃げるようにドアへ向かい、手をかけようとしたその時だった。
コンコン
外側から控えめながらも確かな意志を感じるノック音が響き、涼香の手が跳ねるように置いていたドアノブから離れる。
ガチャ…
「失礼します、社長。少しお聞きしたいことが……」
ドアが開かれ、現れたその姿に、涼香は目を開き身体を跳ねさせた。そこにいたのは、先ほど廊下ですれ違った蓮岡恵だったからだ。
さっきよりも更に近い距離で見上げる容姿は彫刻の様に整っていて、眩いばかりのオーラに涼香は圧倒され、思わず一歩後退った。
「(うぅ…エレベーターですれ違った時から、出来るだけ相手の目に入らない様努めてたのに…)」
まさかここで会うなんて……
今すぐにでもこの場を去りたいと、出入口のドアを恋しそうに見つめる涼香だったが、一方の恵はというと、ようやくその姿を視界に捕らえられた涼香を凝視する。
「(あぁ、やっぱり思った通りだ……
近くで見ると、尚一層美しい……)」
「……ちょっと、恵?」
そんな2人の様子を、この場唯一の第三者である綾が目ざとく観察している。
「どうしたのよ。貴方今から、Kスタジオでドラマの撮影だった筈でしょう?」
「…っ、あ」
綾の問い掛けを受けて恵はふと我に返り、綾の方を振り返った。
「すみません、先ほど廊下でこの方をお見かけしたものですから……もしかして、新しく所属される方ですか?」
恵がチラリと涼香へ視線を移すと、涼香は所在なげに視線を泳がせた。
「(私の事なんて聞いてどうするの?もう…早くここから出してよ…)」
何故か自分の事を詮索してくるトップ俳優に、涼香が居た堪れない様子で俯く中、綾は何故か楽しげに肘を付いて口角を上げた。
「……いいえ、このコは私の娘よ。涼香っていうの、某市の図書館で司書をやってるのよ」
「ちょっ、お母さん…!」
自分の話を広げられたくなかった涼香が綾を制しようとする中、恵が目を見開く。
「そうでしたか…社長の、お嬢さん……」
恵の涼香を見る瞳の色が、より一層強くなった。
母の影響で芸能界をより近くで見てきたであろうにも関わらず、スレて業界ぶった様子も見せず、慎み深く静粛を纏った彼女。その矛盾した存在感が、恵の涼香に対する好奇心を更に昂らせてくる。
「……涼香さん、とおっしゃるんですね」
「…、っ!」
恵が慈愛に満ちた顔で微笑み、熱を帯びた声でその名を呼んだ瞬間、涼香の顔が真っ赤に熱く火照り上がった。
(……見ないで!私なんかに、関わらないで!)
「ご、ごめんなさい、失礼します……っ!」
恵の熱に苛まれた涼香はもはやパニック状態となり、思わずその場を弾かれたように飛び出した。
「え?あ、ちょ…!」
恵が手を伸ばしかけたのも構わず、涼香は恵の横を擦り抜け、廊下へと飛び出していった。
「涼香さん!」
恵がドアに手を掛けて自分の名を呼ぶも、涼香は聞こえないフリをして、エレベーターへと駆け込んで行く。
エレベーターの中で、涼香は荒くなった息を整えながら、自分の意志とは裏腹に火照ってしまう頰を、冷たい手の甲でじんわりと冷ますのだった。
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