私を見つけないで下さい 〜元✕✕は平穏を望む〜

米穀店

文字の大きさ
2 / 10

2.

しおりを挟む
​ルミナスプロダクションのオフィスビル。

大手芸能事務所という事もあり、厳重な警備体制が敷かれている中、涼香は緊張した面持ちでその自動ドアを通った。

「すいません、矢部涼香です」

「社長から伺っております、どうぞ」

受付に案内されると、涼香は足早にエントランスを抜け、エレベーターホールへと向かう。俯き加減で背中を丸め、なるべく誰の目にも止まらないように。

​「早く届けて、帰ろう…」

​ポツリと呟き、書類を持つ手をぎゅっと強めたその時だった。

涼香が行こうとしていたエレベーターホールから数人のスタッフがぞろぞろと降りてくると、その間から長身で一際目立つ美貌を持った男が降りてくるのが見える。

「(えっ!あの人…って、蓮岡恵!?)」

メディアに疎い涼香でもその存在、そして彼が母の経営するルミナスの稼ぎ頭である事も知っていた。

「(…凄いなぁ、テレビで見るより顔が小さくて肌も髪もキレイ……)」

突然現れたトップ俳優を見てうっとりしてしまう一方、その洗練された雰囲気に改めて自分の地味さを痛感する。

「(私みたいなのが目に入ったら、笑われる……早く行かなきゃ)」

この場を一刻も早く離れたい衝動にかられた涼香は、ただでさえ早足だった歩みを更に加速させて、エレベーターホールへと向かった。

しかしその影を、彼は見逃さなかったのだ。

「(……ん?)」

​周囲のスタッフに促されてエレベーターを出たその時、恵は自分の横で、小さな影が駆け足で通り過ぎていくのを感じた。

身を縮めて顔を伏せ、まるで誰にも見つからないように駆けていく影。

​「(誰だ?)」

恵が歩を進めながら、横目でその影を観察する。

野暮ったい眼鏡に、およそ流行りとは無縁の服装。けれど、その隙間から見えた、淑やかだが強い意志を宿した瞳。

「……っ、」

​“欲”に塗れた芸能界とは対極にある、古書の如く清廉なその佇まいに、恵は強く興味をそそられる。

​思わず足を止めて振り返るも、ちょうど彼女を乗せたエレベーターが扉を閉めようとした所で、ほんの僅かでしかその姿を確認する事は出来なかった。

しかし地味な装いのはずなのに、どんな極彩色のドレスを纏った女優よりも美しく、恵の目に鮮明に焼き付く。



「ん?蓮岡さん、どうしました?」

歩みを止めた恵をスタッフの1人が気付き、声を掛けた。

しかし恵は反応するどころか、さっきまでの順路を逆走し、エレベーターへと向かって行く。

「えっ!蓮岡さん!?」

「すいません、少し用事が出来たので!」

スタッフの制止も聞かず、恵は降りてきたエレベーターへと乗り込むのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君から逃げる事を赦して下さい

鳴宮鶉子
恋愛
君から逃げる事を赦して下さい。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました

あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。 それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。 動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。 失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。 「君、採用」 え、なんで!? そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。 気づけば私は、推しの秘書に。 時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。 正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!

婚約者の心が読めるようになりました

oro
恋愛
ある日、婚約者との義務的なティータイムに赴いた第1王子は異変に気づく。 目の前にいる婚約者の声とは別に、彼女の心の声?が聞こえるのだ。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...