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一旦、落ち着きましょう
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「なぁんでアイツは、こう融通が効かんねんっっ!!」
コーヒーを一気に流し込んだ慶彦が虚しい叫び声を上げるも、今度は
「でも可愛いから、全部許してまう…」
とベルベットのリビングソファーに顔を埋め、しくしくと泣き出した。隣では金城が慶彦の情緒不安定ぶりを気の毒そうに見守っている。
ここは鴻上家の別邸、現在は慶彦の父である厳が隠居生活の拠点としている場所だ。慶彦の愚痴に付き合わされている金城が「そうですねぇ…」と相槌を打った。
「黒崎くんは真面目で、線引きがしっかりとなされている子なのでしょう。執事としては申し分無い事なのですが…」
線引きの線がもはや有刺鉄線並みだと、慶彦は頭を抱える。
「何でアイツ執事やねん…あぁでも、執事じゃなかったら、あんなに近くに居てくれへんもんなぁ…アイツが、アイツが可愛すぎるのが悪いんやぁ…」
文句なのか褒め言葉なのかも分からない文言で慶彦が嘆いているその時だった。
バァンッ!!
突然重厚なドアが大きな音を立てて開くと、そこから紬無地の着物に身を包んだ大柄の初老男性がズカズカと上がり込んできた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
金城の声掛けもそこそこに、別邸の主人であり、慶彦の父である厳がソファで猫の様に項垂れる息子をジロリと一瞥する。
「何だ慶彦?メソメソして情けない!それでも鴻上家の男か!?」
60代とは思えないパワフルな声で一喝する厳を、慶彦が恨めしそうに見上げる。
「うっさい!今時、男とか女とか関係ないんじゃ!早く別府でも鬼怒川でも行って、茹でダコにでもなって来いタコ親父!」
「実の父親に向かって何だその言葉は!!」
つるつるとした頭を光らせて怒鳴る厳と慶彦の間に、金城がするりと割り込んだ。
「厳様、慶彦様は只今傷心中でございますので、どうかお手柔らかに…」
「傷心中?お前まだ宗介くんを諦めてなかったのか、全くしつこい男だなお前は…」
厳はジト目で睨んでくる慶彦と向かい合う形で、ドカッとソファに腰掛けた。男だ女だと古風な価値観を持ち出したかと思えば、息子が同性である宗介に恋心を抱くのに関しては寛容な様だ。
「慶彦お前、会長に就任して以降は見合いの件が数倍に増えたと聞いたが、全部断ってるらしいな」
「だってあんな可愛いヤツが側に居たら、浮気なんて出来んやろ?」
“浮気”という、もはや執事を妻か何かだと妄想しつつ、クッションを宗介に見立てて抱き着く息子を見て厳は少々引きながらも、やれやれと首を振った。
「まぁ見合いについては何も言うまい…だがな、そうやって宗介くんにグイグイ入れ込んでたら、いつか“セクハラ”で訴えられるぞ」
「!?」
慶彦の頭に、“セクハラ”という言葉が石の塊となって直撃した様な衝撃が走った。横から金城に「私もそれは危惧しておりました」などと援護射撃される始末だ。
今までの過度なスキンシップやメイド服、猫耳カチューシャ、更にはデートの申し込みなど、慶彦が今まで宗介にしてきた事がセクハラに値するなど、普通に考えれば分かりそうなものなのだが、何故か厳に言われるまで気付なかった様子で、慶彦の顔面から血の気がサーッと引いていく。
今や日本を支える企業の1つと言っても遜色ない、鴻上グループのトップがセクハラ等で訴えられれば、企業の信頼は一瞬にして地に落ちるだろう。そうなると、数千の関係者及び家族を路頭に迷わせる事になる。
慶彦の狼狽ぶりを見た金城が、慶彦の恋路も応援したいという複雑な心情で、慌てふためく慶彦の側に寄り、「これはあくまで私が感じた所ではございますが…」と切り出した。
「黒崎くんにとって慶彦様は単なる主人としてのみでない、特別な存在だと認識しているとは思います。それが恋愛感情かどうかは、定かではございませんが…」
金城はここ数カ月間の慶彦と宗介のやり取りを観察した結果、宗介が慶彦を、単なる上司とは思っていないのではないかと考察していたのだ。
勿論これは金城の推測であり、厳も「金城、滅多な事を言うな」と窘めている。しかし金城は厳に「出過ぎた真似をして申し訳ございません」と一旦断りを入れつつも、また慶彦へと向き直す。
「しかし黒崎くんとは、一定の距離を取るのも必要かと思います。黒崎くんはあくまで執事でございますし、何より彼がそれを望んでいると私は思うのです」
「……」
金城の言葉に、慶彦は冷静を取り戻した。
宗介は慶彦と“主人と執事”の距離感を大切にしている、今日のデートに関してもそうだ。
真面目な宗介が慶彦を本気で想うからこそ、その距離感を保ち、主人に尽くそうとしているのだろう。
「…俺、ちょっと頭冷やさなアカンか…」
慶彦はこと恋愛においては駆け引きなしの直球勝負だが、相手の事を優先する優しさまで捨てた訳ではない。
少しだけ肩を落とす慶彦に金城はまた眉尻を下げ、厳は何も言わないまま、息子の様子をじっと見つめていた。
コーヒーを一気に流し込んだ慶彦が虚しい叫び声を上げるも、今度は
「でも可愛いから、全部許してまう…」
とベルベットのリビングソファーに顔を埋め、しくしくと泣き出した。隣では金城が慶彦の情緒不安定ぶりを気の毒そうに見守っている。
ここは鴻上家の別邸、現在は慶彦の父である厳が隠居生活の拠点としている場所だ。慶彦の愚痴に付き合わされている金城が「そうですねぇ…」と相槌を打った。
「黒崎くんは真面目で、線引きがしっかりとなされている子なのでしょう。執事としては申し分無い事なのですが…」
線引きの線がもはや有刺鉄線並みだと、慶彦は頭を抱える。
「何でアイツ執事やねん…あぁでも、執事じゃなかったら、あんなに近くに居てくれへんもんなぁ…アイツが、アイツが可愛すぎるのが悪いんやぁ…」
文句なのか褒め言葉なのかも分からない文言で慶彦が嘆いているその時だった。
バァンッ!!
突然重厚なドアが大きな音を立てて開くと、そこから紬無地の着物に身を包んだ大柄の初老男性がズカズカと上がり込んできた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
金城の声掛けもそこそこに、別邸の主人であり、慶彦の父である厳がソファで猫の様に項垂れる息子をジロリと一瞥する。
「何だ慶彦?メソメソして情けない!それでも鴻上家の男か!?」
60代とは思えないパワフルな声で一喝する厳を、慶彦が恨めしそうに見上げる。
「うっさい!今時、男とか女とか関係ないんじゃ!早く別府でも鬼怒川でも行って、茹でダコにでもなって来いタコ親父!」
「実の父親に向かって何だその言葉は!!」
つるつるとした頭を光らせて怒鳴る厳と慶彦の間に、金城がするりと割り込んだ。
「厳様、慶彦様は只今傷心中でございますので、どうかお手柔らかに…」
「傷心中?お前まだ宗介くんを諦めてなかったのか、全くしつこい男だなお前は…」
厳はジト目で睨んでくる慶彦と向かい合う形で、ドカッとソファに腰掛けた。男だ女だと古風な価値観を持ち出したかと思えば、息子が同性である宗介に恋心を抱くのに関しては寛容な様だ。
「慶彦お前、会長に就任して以降は見合いの件が数倍に増えたと聞いたが、全部断ってるらしいな」
「だってあんな可愛いヤツが側に居たら、浮気なんて出来んやろ?」
“浮気”という、もはや執事を妻か何かだと妄想しつつ、クッションを宗介に見立てて抱き着く息子を見て厳は少々引きながらも、やれやれと首を振った。
「まぁ見合いについては何も言うまい…だがな、そうやって宗介くんにグイグイ入れ込んでたら、いつか“セクハラ”で訴えられるぞ」
「!?」
慶彦の頭に、“セクハラ”という言葉が石の塊となって直撃した様な衝撃が走った。横から金城に「私もそれは危惧しておりました」などと援護射撃される始末だ。
今までの過度なスキンシップやメイド服、猫耳カチューシャ、更にはデートの申し込みなど、慶彦が今まで宗介にしてきた事がセクハラに値するなど、普通に考えれば分かりそうなものなのだが、何故か厳に言われるまで気付なかった様子で、慶彦の顔面から血の気がサーッと引いていく。
今や日本を支える企業の1つと言っても遜色ない、鴻上グループのトップがセクハラ等で訴えられれば、企業の信頼は一瞬にして地に落ちるだろう。そうなると、数千の関係者及び家族を路頭に迷わせる事になる。
慶彦の狼狽ぶりを見た金城が、慶彦の恋路も応援したいという複雑な心情で、慌てふためく慶彦の側に寄り、「これはあくまで私が感じた所ではございますが…」と切り出した。
「黒崎くんにとって慶彦様は単なる主人としてのみでない、特別な存在だと認識しているとは思います。それが恋愛感情かどうかは、定かではございませんが…」
金城はここ数カ月間の慶彦と宗介のやり取りを観察した結果、宗介が慶彦を、単なる上司とは思っていないのではないかと考察していたのだ。
勿論これは金城の推測であり、厳も「金城、滅多な事を言うな」と窘めている。しかし金城は厳に「出過ぎた真似をして申し訳ございません」と一旦断りを入れつつも、また慶彦へと向き直す。
「しかし黒崎くんとは、一定の距離を取るのも必要かと思います。黒崎くんはあくまで執事でございますし、何より彼がそれを望んでいると私は思うのです」
「……」
金城の言葉に、慶彦は冷静を取り戻した。
宗介は慶彦と“主人と執事”の距離感を大切にしている、今日のデートに関してもそうだ。
真面目な宗介が慶彦を本気で想うからこそ、その距離感を保ち、主人に尽くそうとしているのだろう。
「…俺、ちょっと頭冷やさなアカンか…」
慶彦はこと恋愛においては駆け引きなしの直球勝負だが、相手の事を優先する優しさまで捨てた訳ではない。
少しだけ肩を落とす慶彦に金城はまた眉尻を下げ、厳は何も言わないまま、息子の様子をじっと見つめていた。
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