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簡単には殺さない
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小さな教会で恋人から夫婦になったばかりの二人がみんなから祝福される。
恥ずかしそうに微笑む花嫁は、自身を支える花婿にそっと寄りかかる。
「こんなに幸せになっていいのでしょうか」
「もちろんだとも」
花嫁のヴェールの上からキスをひとつ落として、花婿は優しく抱きしめる。
「これからももっと幸せにするよ」
「……ありがとうございます」
微笑む花嫁に子供の頃の記憶はない。
この国の片隅で、花に囲まれたこの領で。
領主一家に愛されて、次期当主となる彼からのプロポーズを受けた。
「失った記憶を悲しみを埋める以上の幸せをあげる」
自分が誰かわからずに泣いていた彼女にそう言って慰めた彼。
その誓いどおり、彼女が悲しむ暇もないくらいの幸せな日々を贈った。
「これからも」
「「一緒に幸せになろうね」」
これは二人の愛の誓い。
その誓いは死をも乗り越えて永久に。
⁂
人々の悪意による犠牲となり死ぬよう仕向けられていた少女は、仲良くしてくれた留学生から小瓶を手渡されていた。
「この毒は最後の手段だよ。キミがもう生きていけないと思ったら……一気にのむんだ。忘れないで。口にしたら、後戻りはできないからね」
少女は選んだ、いままで生きてきた不遇な自分の死を。
……それでも、少女には許せない人たちがいた。
幼い頃から綴ってきた日記帳。
そこには真実を1割、嘘を3割、過剰な表現を6割混ぜていた。
虐待も何もかもが真実。
そこに彼らのとった言動を大袈裟に混ぜていた。
その日記帳を読んだ人が、どう捉えるか。
「ウソだ!」と訴えたとしても、たった1割の事実が9割の嘘を真実だと思い込ませる。
心理戦に長けた少女。
仕返しを思い描くことが、唯一自身の精神を守る砦だったのだ。
これは結果のわからない復讐だった。
そんな昏い記憶など、苦しみから解放された少女に……幸せに包まれた花嫁にはもう必要ない。
復讐に使われた日記帳は混沌とした時代の中で失われた。
のちにどこかの国の図書館にある歴史書の棚から見つかった。
それは混乱の中で滅びた国の歴史として後世で大切に扱われる。
⁂
花婿は暗示をかけることに長けていた。
留学生だった彼は、異国でカタコトの言葉と生活の違いから困っていた。
そんな彼は、流暢な母国語で話しかけてくれた彼女に救われた。
自分を助けてくれた彼女の境遇を知り、なんとしてでも助けたいと思った。
少女を苦しめた国には滅亡を。
少女を見捨てた人々には破滅を。
少女を見捨てた父と兄には、その国で得たものすべてと国への忠誠心を捨てさせた。
それに一族が追随するとは思わなかったが、父と兄にかけた暗示の伝播が原因だろう。
一族はいまこの場で祝福を口にしている。
彼女の記憶がないことが自分たちへの罰だと信じ、少しだけ知識のあるただの領民としてこの場にいる。
祝福を口にする彼らもまた……花嫁の幸せな笑顔を守るためなら、またどこかの国を滅ぼすことになっても協力するだろう。
母国だった国を混乱に落として滅ぼして出てきたように。
「簡単には殺さない。生き存え、苦しみ続ければいい」
彼の暗示は、たとえ彼が死んでも続く。
(了)
気づかれましたか?
どこにも『少女が死んだ』という表記はありませんよ。
殺されたのは王妃と前王夫妻のみです。
応援ありがとうございます!
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