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彼女の夫の前で
しおりを挟む食事も休憩もなく、ただ中継地点で馬を交代させる以外に止まらない馬車の中でヒックスは大人しくしていた。
食料は床に直接置かれた荷袋にはいっている。
排泄はソファーの座席を一部取り外すとトイレの座面があり、そこに座っておこなう。
馬車は止まらず、垂れ流し状態だ。
途中で降った雨は馬車の表面の汚れを洗い流した。
汚れた馬車に描かれていたのはヒックスの王家の紋章。
しかし今、雨で紋章の絵柄は流され、その下から新たな紋章が現れていた。
馬車に描かれているのは貴族の死刑囚が処刑場に運ばれる護送車に描かれる、一対の首刈り鎌がクロスした紋章。
ヒックスはそれを知らない。
新たな国境に造られた国を隔てる壁。
それを越えたその先でヒックスは馬車から下ろされて、新たな王城まで小一時間の距離を歩かされた。
「なんて愚かな」
「いい加減滅びればいいんだわ」
「こんな日々の食事にも困る場所に王族が駆け込んできたせいで……」
「私らの食事を根こそぎ奪いおって」
恨みと憎しみがヒックスに向けられる。
父が、兄が犯した罪の数々。
それらよりヒックスの罪はさらに重い。
唯一の側近となってくれた者の妻を追い回してきたのだ。
「私はマーロウ・グーリアル。モスリーン・グーリアル公爵は我が妻だ。二度とこの名を忘れるなよ、ヒックス」
ヒックスの耳にはその言葉が何度もよみがえる。
ヒックスは別れ際にマーロウが向けた侮蔑の目を忘れられない。
彼には何度も止められた。
にもかかわらず、ヒックスは話も聞かず。
さらにマーロウに宣言した。
「私は王子だ。その私の寵愛を受けるという栄誉から逃げるとは許せぬ。このままでは彼女の家族を皆殺しにして脅してやろう。なあに、精神が壊れた方が扱いやすい。マーロウ、お前も手伝うがいい。そうすれば側近としてそばに置いてやる。ああ、褒美に手に入れたモスリーンを抱かせてやってもいいぞ」
いま思い返しても愚かでしかない。
「お前の妻を手に入れるため、お前ら家族を皆殺しにしてやる」と宣言したのだから。
再三止めたマーロウにヒックスは嘲笑い「この国の貴族は愚かだ。彼女の家族は私という権力者に娘を差し出して機嫌を伺うという外交すらできないらしい」と言ってきた。
「モスリーンを追い回すのは疲れた。今度断ったら、全校生徒の前で制服をひん剥き既成事実をつくる。二度と私から逃げられないように従属の首輪をはめて飼ってやる」
ヒックスは言ったのだ。
彼女の夫の前で。
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