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第五章

第109話

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エリーさんに連れられて鍛錬場を後にしました。応接室に着くと、そのままソファーまで連れて行かれて周りに結界を張られました。

「ゴメンね。大事な話をするから。魔物に関しては調査するわ。それで・・・エアちゃんが聞きたかったのは違うのよね?」

「はい。実はダンジョンでオークが現れたんですが、それが二種類いたみたいなんです」

「二種類?」

「はい。オークって・・・ブタですよね?」

「ええ、そうよ。それがどうしたの?」

「違う種類がいたんです。・・・イノシシから進化した、と思われます」

エリーさんは目を大きく開いて驚いています。ですが、いくつか確認しなくてはいけません。

「以前・・・。ルーフォートから帰って来る途中で『ホブゴブリンの群れ』と遭遇しました」

「・・・あの『虹』の時ね?」

エリーさんの確認するような言葉に黙って頷きました。

「実はあの中に『つえを持ったホブゴブリン』がいたんです」

「ちょっと・・・?!王都周辺、ううん。この国にいるホブゴブリンの武器は『こんぼう』のみのハズよ」

「じゃあ、これを見てください」

私が出したのは、ホブゴブリンを倒した時に得た『ホブゴブリンのつえ』です。・・・それも希少価値レアが高く、ドロップ率は9%以下というものです。それは、このつえにはサファイアが付いていて、これを持っていたホブゴブリンは『回復系プリースト』とありました。

「ゴブリン系で回復役がいる・・・?」

「『回復系』ってあるってことは、他のプリーストがいるということでしょうか・・・?」

「それこそ『ありえない』わ。・・・違うわね。間違いなく『いた』。このつえが、何よりの証拠だわ」

「『ホブゴブリンの上位種』ということですか?」

「・・・『変異種』、ということかも」

「とりあえず、回復系プリーストのホブゴブリンの情報画面を送ります」

1体だけなので情報は多くありません。ですが『存在した』という証拠にはなります。

「私が確認したかったのは、『イノシシ系オーク』や『回復系プリーストのホブゴブリン』が他の種族と行動を共にするのかってことです。オークは『ブタ系オーク』と一緒にいましたし、ホブゴブリンも『こんぼうを持ったホブゴブリン』と行動を一緒にしてました」

「ゴメンね。何方どちらの魔物も、それにスライムも『前例がない』の」

『ホブゴブリンのつえ』を私に返してくれながら謝罪されました。

「エアちゃん。しばらく魔物のアイテムを調べるのよね?」

「はい。まだ始めたばかりなので。たぶん『冬の終わりの日』まで続くと思います」

「・・・魔物の件は私にしばらく預からせてくれる?まずスライムの件から調べていくわ」

春までに魔物の情報を纏めないと、冒険者や行商人が犠牲になってしまいます。特にオークやゴブリンはフィールドに展開しているのですから。

「・・・エリーさん」

「ごめん。エアちゃん。・・・私も同じことを考えたと思う。スライムじゃないね。緊急性があるのはオークやゴブリンの方だわ」

王都に一番近いゴブリンの棲息地。其処に一番近いのは、王都の南部にある広大な『はじまりの森』を越えた場所にあるヤスカ村。『魔物避け』が張られているとはいえ状況確認が必要だ。

「エリーさん。・・・ダンジョンは『棲息地』に入りますか?」

『先生。バナナはオヤツに入りますか~?』のように軽く聞いたのがいけなかったのでしょうか?エリーさんは一瞬何を言ったのか分からなかったようです。

「・・・え?エアちゃん・・・?ダンジョン?」

「ルーフォートの近くにオークだけが出るダンジョンがありましたよ。ブタの肉だけでイノシシの肉は出てきませんでした。なので『イノシシ系』はいなかったみたいです」

「エアちゃん・・・。どういうこと・・・?」

「エリーさんが言ったんですよ?『いるはずの魔物やいないはずの魔物、フィールドで遭遇した魔物にも変化があるかも』って」

「・・・い、つ?」

「アントの巣の報告会で。ポンタくんとはじめて会った後です」

「エアちゃん。あの時からずっと魔物を調べていたの?」

「はい。ルーフォート周辺の魔物が気になったから、残って調べたかったんですが・・・。もし、魔物が町や村を襲うための拠点代わりにダンジョンを使っていたら困るから潰したかったの」

ルーフォート周辺に、魔物たちがかたよっているダンジョンをいくつも見つけました。そのため、町に近いダンジョンから順番に潰して回りました。セイマール問題が片付いて王都に戻ったのちも、王都周辺ではなくルーフォート周辺の入っていないダンジョンまで飛翔フライで往復していました。宿に移った後は数日かけてルーフォート周辺のダンジョンに入っていたのです。

「エリーさん。『オークだけのダンジョン』ってありえなくないでしょうか?」

「・・・でも、スライムだけのダンジョンはあるわ。『はじまりの迷宮』だって、ネズミとウサギよ」

「ネズミもウサギも『雑食』だからでしょう?スライムはまだ仮説段階ですが、草などの植物や岩石・鉱石のたぐいが主食ではないでしょうか?そのため、毒素を含むものを好んで食べているスライムは毒を吐いて、鉱石・・・魔石もかな?死んだ魔物を食べて、その魔物が体内に含んでいた魔石で属性が変わるのだと思います」

「エアちゃん。・・・それなら、どうして『オークだけのダンジョン』がおかしいの?」

「だって。オークは『肉食寄りの雑食で捕食する側』ですよ?ダンジョン内に『雑食で捕食される側』の魔物がいないのに・・・。300体に及ぶオークたちは、どうやって『お腹を満たしていた』のでしょう?特に『ダンジョンの奥』に行くに従って強くなる、つまり『リーダーのオーク』は?毎回1階まで戻って外で獲物を狩って下層へ戻ってたの?上層のオークが大量に狩ってきて、それが下層に運ばれていた?ルーフォートは王都の周辺とは違います。アントの巣みたいに、待っていれば何も知らない冒険者が数日おきに複数人で入って来るって場所ではありませんよ。それにルーフォートの冒険者ギルドには、単体でもオークの目撃報告はなかったと思います」

通常のダンジョンでは中層域に『捕食される側』がいます。もしくは捕食する側とされる側が何層にも重なった『ミルフィーユ』状です。
ですが、オークだけのダンジョンに『捕食される側』が一体もいなかったのです。

エリーさんもやっと『異常性』に気付いたようで青褪めています。ですが『人間に被害が出ていない』ため、問題が表面化しなかったのでしょう。

「オークって、そこまで知能が高いのでしょうか?」

「・・・・・・ありえない」

「エリーさん?」

「ありえないわよ!あのオークが!」

「エリーさん。落ち着いて・・・」

「アイツらが知識あるなんて!絶対!!信じないわ!!!」

「エリーさん!」

腹の底から声を出したら、やっと我に返ったのでしょうか。エリーさんはハッとしてから少し落ち着いたみたいで「ごめんなさい」と呟きました。その表情は、泣きそうで苦しそうに歪んでいます。


「エアさん!」

通話を知らせるアラームが鳴って応じると、キッカさんの声が応接室に響きました。とたんにエリーさんの表情が強張こわばりました。

「キッカさん。どうしたんですか?」

「おねえちゃん!どうしたの?!」
「おねえちゃん!なにかあったの?!」

此奴コイツらがエアさんの声が聞こえたって慌てて応接室まで駆け出して。いま部屋の前にいます。開けてもらっていいですか?」

「中は大丈夫です。ごめんなさい。今は開けられません」

「おねえちゃん!あけて!」
「おねえちゃん!いれて!」

「今は『大事な話』をしています。ですから開けられません」

ダンダン!と通話の向こうから響いてくる音は、二人がドアを叩いているのでしょう。ドアには鍵を閉めているので入れないのです。その上で結界も張っています。
・・・それでも声が聞こえたのですか。ルーフォートでも、結界の中にいる私の悲鳴を聞きつけてテントから飛び出したことがありましたね。

「・・・エアさん。大丈夫なんですね」

「はい。心配してくださりありがとうございます。・・・ですが、今はご遠慮下さい」

今の弱々しいエリーさんの姿を見せられません。

「・・・分かりました。お騒がせして済みません」

まだ騒いでいた二人を誰かが止める声が紛れて聞こえてきます。つまり『三人だけではない』のでしょう。ならば、開けられません。


「エアちゃん・・・」

「大丈夫ですか?」

「・・・ええ。ごめんなさい」

エリーさんの前に水を出しました。『癒しの水』です。エリーさんはコクコクと半分ほど飲んで、落ち着いたように息を吐きました。

「・・・あの、エアちゃん」

「何も言わなくていいですよ。言いたくないことを根掘り葉掘り聞き出す気はありませんから」

「・・・そうね。エアちゃんはそういう子だったわね」

弱々しい声ですが、さっきまでと違い表情は微笑んでいます。落ち着いてきたのでしょう。

「エリーさん。魔物の調査をお願い出来ますか?まず最初に『ヤスカ村』の調査を。私は『飛翔』が使えます。何かあったら飛んでいきますから」

「分かったわ。そうね。すぐに冒険者ギルドに行ってくるわ」

顔色はまだ青いですが、表情は何時も通りで真っ直ぐな眼に戻っています。『すべき事』が分かっているため、何から調べるかを考えて頭をフル回転させているからでしょう。
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