回復魔法が不要になった最強パーティーから俺は離脱して町の治療師として世界を救う

紡識かなめ

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第1話 診療所の日常

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朝日が、下町の家々の屋根をオレンジ色に染め始める頃。

ルシエルの小さな診療所は、今日も静かにその一日を始める。

ギィ、と古びた木の扉が開く音。

まだ眠そうな顔をした見習い医師のミナが、大きな欠伸をしながら顔を出した。

「おはようございます、先生」

彼女の丸い瞳は、まだ半分閉じかけている。豊かな胸が、寝巻きの上で緩やかに揺れた。

「ああ、おはよう、ミナ」

ルシエルは、すでに診察台の周りを整頓していた。彼の顔には、早朝特有の清々しさが漂っている。

窓から差し込む光が、彼の銀糸のような髪を淡く照らした。

「今日も、患者さんがたくさん来るでしょうか?」

ミナは、受付のカウンターに置かれた予約表を覗き込んだ。

「さあな。でも、困っている人がいるなら、できる限り助けてあげたい」

ルシエルの声は、穏やかだが、その奥には確固たる決意が感じられた。

彼の言葉には、自己犠牲的な響きはない。ただ、目の前の人を癒したいという、純粋な願いが込められている。

それは、かつて最強のパーティーの一員として、幾多の困難を乗り越えてきた彼の、変わらない信念だった。

コンコン、と控えめなノックの音が響く。

「どうぞ」

ルシエルが声をかけると、一人の老人が、杖をつきながらゆっくりと入ってきた。

顔には深い皺が刻まれ、目は白く濁っている。

「先生…また、目がかすんでしまって…」

老人は、不安そうに眉をひそめた。

「拝見しましょう」

ルシエルは、老人の手を優しく取り、診察台へと案内した。

彼は、老人の目を丁寧に観察し、そっと手をかざす。

彼の内から湧き上がる温かい光が、老人の瞳を優しく包み込んだ。

それは、長年の経験によって磨き上げられた、繊細な回復魔法だった。

老人は、目を閉じたまま、じんわりとした温かさを感じている。

彼の心には、微かな希望の光が灯り始めていた。

かつて、完全に視力を失いかけていた自分の目を、ルシエルは魔法で救ってくれたのだ。

「どうですか?」

ルシエルが声をかけると、老人はゆっくりと目を開けた。

「ああ…!見える…!少し、はっきり見えるようになりました!」

老人の顔に、安堵の笑顔が広がった。その皺が、喜びでさらに深く刻まれた。

「ありがとうございます、先生!本当に、ありがとうございます!」

老人は、何度も頭を下げ、深々と感謝の言葉を述べた。

その様子を見ていたミナの胸にも、温かいものが込み上げてくる。

彼女は、ルシエルの魔法が、人々の心まで癒しているように感じていた。

老人が診察室を後にすると、今度は、若い女性が、小さな子供を抱いてやってきた。

子供は、真っ赤な顔をして、苦しそうに咳き込んでいる。

「先生、お願いします!この子、昨日からずっと熱があって…」

母親は、焦った様子でルシエルに訴えた。

「落ち着いてください。すぐに診ますから」

ルシエルは、子供を優しく抱き上げ、その小さな体にそっと触れた。

子供の体は、まるで熱い鉄のように熱を持っていた。

彼は、再び静かに目を閉じ、回復魔法を施す。

子供の苦しそうな呼吸が、徐々に落ち着いていくのがわかる。

母親は、固唾を飲んでその様子を見守っていた。

彼女の瞳には、不安と、わずかな希望の光が揺らめいている。

愛する我が子の苦しみを、ただ見ていることしかできない母親の、もどかしい気持ちが、ルシエルの心にも痛いほど伝わってきた。

しばらくすると、子供の頬の赤みが引き始め、穏やかな寝息を立て始めた。

「ああ…!ありがとうございます、先生!本当に、助かります!」

母親は、涙ながらにルシエルに感謝した。その顔には、心からの安堵が浮かんでいた。

「ゆっくり休ませてあげてください。明日には、きっと良くなりますよ」

ルシエルは、優しい声でそう言った。

母親は、何度も頭を下げ、子供を大切そうに抱きしめて帰っていった。

ミナは、ルシエルの後片付けを手伝いながら、感嘆の息を漏らした。

「先生って、本当にすごいですね!どんな病気でも、すぐに治してしまうんですから!」

ルシエルは、少しだけ微笑んだ。

「いや、そんなことはない。治せない病だって、たくさんある」

彼の声には、ほんの少しの影が宿った。

それは、かつて、不治の病に苦しむ人々を、ただ見送ることしかできなかった、苦い記憶の欠片だった。

「でも、先生の魔法は、本当に温かいです。見ていると、心が安らぎます」

ミナの言葉は、ルシエルの胸にじんわりと染み渡った。

彼女の素直な言葉は、彼の心の奥底に眠る、わずかな自己肯定感をそっと揺り起こす。

昼が近づくにつれて、診療所には、さらに多くの患者が訪れるようになった。

畑仕事で腰を痛めた農夫、喧嘩で怪我をした若い男、原因不明の頭痛に悩む女性……

ルシエルは、一人一人に丁寧に向き合い、その症状に合わせて、適切な治療を施していく。

彼の回復魔法は、傷や病を癒すだけでなく、人々の心に巣食う不安や痛みを、優しく包み込むようだった。

時折、かつての冒険者仲間だったエルドやカインたちが、顔を出すこともあった。

「よう、ルシエル!今日も繁盛してるな!」

屈強な騎士のエルドが、照れくさそうに笑いながら、診療所の扉を開ける。

「ああ、エルド。どうしたんだ?」

ルシエルは、手を休めて、旧友に目を向けた。

「いや、ちょっと街に来たついでに、お前の顔を見ておこうと思ってな」

エルドの言葉は少ないが、その瞳には、ルシエルへの深い友情が宿っている。

カインも、いつものように豪快に笑いながら入ってきた。

「おい、ルシエル!また痩せたか?ちゃんと飯食ってるのか!」

剣士のカインは、ルシエルのことをいつも心配している。

彼らの訪問は、忙しいルシエルにとって、束の間の休息であり、心の安らぎだった。

彼らは、ルシエルがかつて、どれほど強く、頼りになる仲間だったかを知っている。

そして、今も、彼のことを大切に思ってくれている。

夕暮れが近づき、一日の診療を終えたルシエルは、疲労の色も見せずに、診療所の掃除を始めた。

ミナも、手慣れた様子で彼の後を追う。

「先生、今日の患者さんの中に、なんだか様子がおかしい人がいました」

ミナは、少し不安そうな表情で言った。

「どんな様子だった?」

ルシエルは、手を止め、ミナに問いかけた。

「えっと…全身に、黒い痣のようなものがあって…でも、本人は、ただの寝不足だと言っていて…」

ミナの言葉に、ルシエルの眉がわずかにひそめられた。

黒い痣……それは、ただの寝不足ではありえない。

もしかしたら、それは、何らかの呪い、あるいは、未知の病の兆候かもしれない。

彼の心に、微かな不安がよぎる。

かつて、多くの人々を救ってきた彼だが、この世界には、まだ彼の知らない病や呪いが、数多く存在する。

それでも、彼は、決して諦めない。

誰かの苦しみを、少しでも和らげたい。

その強い思いが、彼の胸の中で、静かに燃え続けている。

夜の帳が下り、下町の喧騒が遠ざかっていく中、ルシエルの小さな診療所の窓には、今日も温かい光が灯っていた。

それは、人々の心と体を癒す、希望の光だった。
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