【ハルピュイアの鎮魂】―禁忌を超えて、魂に、触れる。― ディストピアSFホラー×異形吸血鬼譚×異種族恋愛BL

静谷悠

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小学生編

十三(2010、秋)

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 迎えにきた母の顔は、蒼白だった。
 
 彼女らしくもなく、教師たちに一言の挨拶もせずに母は晶の肩を抱き、自家用車の助手席に導いた。るみこ先生が、にこやかに見送る中、青いボックスカーは走り出した。
 校舎が後方に遠ざかってから初めて、母は口を利いた。
 
「晶……あんた、大丈夫なの。何をされた?」
「洗脳されそうになったよ。薬を飲まされた」
 
 信号が変わり、悲鳴のような音を立てて、母は急ブレーキを踏んだ。
「うちに帰ってから話そうよ……それか、車を停めてから」
「晶、あんた、覚えてるの」
「覚えてるよ……奴らの都合が悪そうなことも、ちゃんと全部」 
 (姉さんや父さんのことも)と付け加えようかと思ったが、母の運転が心配だった晶は辞めておいた。代わりに言った。 
「樹が助けてくれたんだ……」
「樹くんが? どういうこと?」
「会いに来た。俺に」
「えっ?!」
「ダクトっていうのかな……なんか、通風孔みたいなところから、無理やり」
 握りこぶしでぐりぐりと目をこする。「あいつがいなかったら、俺は……きっと、奴らの思うとおりにされてたよ」
 掠れた息を吐いて、母は車の天井を仰いだ。信号が変わっていたが、他の車がいないのをいいことに、母は停車したまま言った。
「あの子も、無茶するわね……。どうやって、あなたの居所がわかったのかしら」
「俺が呼んだからって、あいつは言ったけど」
 しばらく、母は沈思する様子だった。
「【ねのたみ】の能力なのかしらね。あなたとは、受血したことが関係しているかもしれないけど。ちょっと文献を当たってみるわ」
 母は、深刻な懸念を目に浮かべて、晶を見た。「今日は自宅で謹慎って言われたからいいけど、明日は運動会よね。……どうする?」
「行くよ」
 晶は、低い声で言った。「弱みを見せたくない」
 母は、無言で晶の肩に手を乗せると、指にぐっと力を込めた。

 玄関を開けると、犬のように樹が飛びついてきた。曲がった両腕を晶の首に回し、目と言わず口と言わず顔中を舐め回す。
「ちょ、やめろって、樹! 外だぞ、ここ」
 背後を伺いながら、身体で隠すようにして、母が二人を玄関に押し込んだ。晶から身体を引き離し、小柄な身体をつかんで目をのぞき込む。
「樹くん、言ったでしょ。あなたは他の人に見られては行けないの。連れて行かれて、殺されちゃうかもしれないのよ」
「あって、あきや、よんだ!」
「俺……呼んだ?」
「おえにあいたい、いった」
 樹は母の手を振りほどくと晶の腰にしがみつき、頭をぐりぐりとこすりつけた。「あきぁ、おえ、あいたい。おえ、うえしい……」
 母は腕を組んだ。「これじゃ、樹くんの存在がご近所にバレるのも時間の問題だわ……」
 晶は、樹の頭を抱きしめた。「どうしたらいい?」
「前から考えてたことだけど」
 きっぱりと母は言った。「樹くんには、ここを離れてもらいます」
「えっ……」
「町にいる穢狗は働いているのが普通よ。そうでなければ身分証明ができないし、晶と一緒にいるのもまずい。住み込みの働き口を探してあるの」
 顔を上げた樹は、悲しみに震えていた。
「おえ……おえ、……あきやといっしょ、いい……」
「身分証明があれば、外を歩いていて誰かに見られても身の証が立つわ。どこかに連れて行かれることもない」
「樹、おまえのためだよ」
 晶は必死に言った。昨日樹が一人で出歩いたのは、どう考えてもまずかった。保健所にそのまま処分されていたかもしれない。
「でも、おえ、あえないの、いやだ」
「週末に上手く時間を作ってあげるから、そこまでは我慢しなさい。お休みがあるから」
「えも、あきや、あいたい、いってる!」
 頑固に樹は言い張った。晶はその顔をのぞき込み、黒い眼を見つめた。
「樹、昨日は会いに来てくれて嬉しかった」
 静かに、彼は言った。
「でも、もう、あんなふうに会いに来ちゃ駄目だ。俺が、会いたいって言っても駄目」
「いっぱい……いっぱい、いっても?」
「駄目」
「あきや……あきやぁ」
 樹はぽろぽろと涙をこぼした。晶は凹凸のある頭蓋を撫でてやった。
「ちゃんといい子でお仕事してろよ。週末には会えるんだから」
「それに」
 母の声が優しくなった。「働き先は、稲敷第二中学校の用務員業務よ。だいぶ先ではあるけど、晶も行くことになるでしょ。そうしたら、毎日会えるわよ」
 涙でひかる顔で、樹は母を見上げた。「いっぱいあえう?」
「穢狗との接触制限は十二歳までだから、そうなったらこのうちに戻ってもいいわよ」
「えっ」晶は母を振り返った。
「いいの?」
「昼は用務員として働いて、夜は家のハウスキーパーをやってることにすればいいでしょう」
 晶は、じっと母を見つめた。「ありがとう、母さん……」
「あんたの命の恩人なんだから、仕方ないでしょうよ」
 彼女は、ぽんと晶の頭を撫でた。
 

 
 
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