【ハルピュイアの鎮魂】―禁忌を超えて、魂に、触れる。― ディストピアSFホラー×異形吸血鬼譚×異種族恋愛BL

静谷悠

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高校生編

十九(2026、冬)

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「えっ……」

 樹が、晶の耳を塞いだ。「きくな、あきら」
 しかし、音は嵐のように晶の頭蓋を揺さぶった。音だけではなかった。

 濁流のような思考の嵐が、樹の手のひらも鼓膜も何もかもを貫いて脳内に押し寄せてくる……
 それはもはや言葉ではなく、認識と感情の塊だった。
 
 あきら。あきら。
 おまえが。
 なんで。

 不意に、とめどなく、泥のように津波のように、やきつくすようにぶつけられた感情――
 
 それは、にくしみだった……。

 息ができない。
 胸が凍りついているのに、喉は灼けるようだ。

「あ……」

 あきら。
 なんで……おれをたすけた。

 あのまま。
 いなくなっていたら。

 なかったことになっていたら。

 よかったのに。

 おれなんか。

 あのとき。
 
 うそりよだかに――くわれていれば……

「お、おまえ」
 晶は、ほとんど自分の声も聞こえないままに囁いた。
「――隼太!」

 あっ、と思ったとき、翼化が解けていた。

 (自分は、、なんで)

 墜落する。
 夜蟲の群れを突っ切りながら彼は墜ちていた。翼を出そうとして果たせず、蟲の爪や嘴が身体に食い込む。
 (背中に――樹がいるのに――飛ばなければ、飛んで、樹を、)

 ――樹。

 氷のような確信が、そのとき、晶を貫いた。
 死に向かって落下していながら、それは、それ以上の恐怖となって彼を凍りつかせた。

 (しゅんた……***になるって、ねね、いった)
 (きくな)
 (そっちに、いくな……)

「あ……」

 彼は、ねのたみ、なのだった。
 (きゅうけつき)
 自分は、自分たちは、彼らをここまで、貶め、蔑み、簡単に処分してきた、在来人なのだった。
 (きゅうけつきは、なかなかしなない)
 彼らは、自分たちを――この、社会に復讐し、覆し、自分たちを根絶やしにしたいと……
 (あたまを、つぶさなければ)
 その、彼らに、今にも《ほつれ》になろうとしている隼太を、自分は投げ与えたのだ。
 どうせ、俺なんか、うそりよだかに食われるだけなんだ……
 そう言った隼太。
 助けたいと……思った、それが自己満足だということなど、分かっていた、見捨てたくない、それだけだった。
 それが、結局、隼太本人を裏切ることになったのだ――
 飛び散る血液、点々と、転がった頭のない死骸、割れたガラスが脈絡なく脳裏をよぎる。
 (しゅんた、あきらのともだち。おれ、たすける)
 そう言った――樹――

 樹は、勢いよく晶の背から離れ、飛びすがる夜蟲の背を蹴って跳んでいた。あっと思ったときには、彼は地上にあり、その腕で、墜落する晶を抱きとめていた。
 ものも言わず、彼は夜蟲の群れを切って走った。町役場の非常ドアに体当たりしたとき、それは内側に開き、二人は建物のなかに倒れこんだ。

「はっ、はぁ、はあっ、――」
 樹が立ち上がり、待合室のソファを扉の前に移動させた。防災扉が下ろされた室内は、がらんとして人けがない。
 樹が側に戻ったとき、晶はその腕をつかんだ。

「おまえ――おまえ……」
 彼の声は、喉で掠れ、拉がれた……
「樹、おまえ、……」
 樹の見返してくる眼は昏く、何も読み取れない。喘ぎながら、晶は言った。

「おまえ、

 樹は、答えなかった。
「何か、言えよ」
 樹の思いが、読めない。今まで、いつでも繋がり合い、闇の中で温かく燃えていたはずの彼の火を――晶は、感じることができなかった。

 (寒い――)

「なんで、なんにも言わないんだよ」

 寒くてたまらない――
 
 晶は、がたがたと震えながら、樹の肩にしがみつき、叫んだ。「何で――なんで、なにも言わなかったんだよ、俺が……おまえに、隼太を預けたのに。何で隠してたんだよ、おまえだけは――」

 おまえだけは、俺を裏切らないと思っていたのに。

 その思いは、まるでそれ自体が刃物のように晶を切り裂いた。
 そのとき、現実の痛みが胸を貫いた。脈が不整になり、息が詰まる――晶は、胸をつかんで苦痛の声を漏らした。

 アシュエラ結合が、解けようとしている――

 拒絶反応が起ころうとしているのだ。
 自分と、樹の間に――
 ただの一度も、拒もうと思ったことがない、樹とのアシュエラが、毀れようとしている――

 だが、裏切られた、という思いは、それ以上の苦痛となって晶を苛んだ。
 そう、どうでもいい。身体の痛みなど。
 ――樹が、ほかでもない樹が、自分を欺いていたことに比べれば。

「どうして。どうして、そんなことができんの? 信じてたのに。おまえだけは――味方だって」

 子どものように泣きじゃくりながら、彼は樹を揺さぶったが、その胸からは血管に沿って鮮やかな光が差し、その周りには膚の発赤がまだらにひろがっていた。
 凍えるような、灼けるような痛み――
 そう、それに、彼は覚えがあった。
 さっき、隼太が、《ほつれ》になった隼太が、ぶつけてきたばかりの、感情。

 それは、にくしみだった。

「い、いつき――」
 息を詰まらせながら、彼は、痛みに喘いだ。そんな痛みを味わうことがあるなど、思いもよらなかった。
 大好きな――
 誰よりも、大切な――
 いつでも、彼を温めてくれていた、火。
 どんなときでも、彼を想うだけで、そこには温もりがあったのに。
 生きながら裂かれるような苦しみに、晶は啜り泣いていた。
 
「おまえに、会わなければ」

 こんな思いをするくらいなら。

「会わなければよかったのに」

 誰かをこんなに憎むことができるなど、思ったこともなかった――
 その、存在が、あるだけで、痛みがこみ上げ、思考が揺さぶられる。
 そう、存在さえ――ここに、彼がいることさえ、苦しくてたまらない。
 
 そのとき、樹が囁いた。
「――あきらぁ……」 
 彼は、そっと晶を抱きしめた。唇の前には、無防備に差し出された首筋があった……

「いいよ……ぜんぶ、のんで」
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