SWEEP

夢野なつ

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08 生き様

SWEEP!

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 朝の病院の空気は乾いており、せっかく吐き出したタバコの煙が空気中にすぐ溶けていってしまうような虚しさも立ち込めていた。
「僕を殺しに来たらしいね。しかも予約を入れてまで」
 目の前にはヨミ。ここは奴の庭、カムイ病院だ。
 駐車場にはまばらに車が停まっていたが、人気は無い。あらかじめ『廃棄予告』をして、人払いをさせたのだ。
 今から廃棄する相手は普通の人間――否、廃棄物とは違う。だから、正攻法や常識的な手段など使うつもりは無い。
「しかし不思議だ。どうしてメインウェポンのヘルゼルくんがいないのかな?」
「……俺1人で十分だ」
「なるほどね。1度僕に負けた彼は怖気づいて、戦いの場に顔を出すことができない。実に納得の行く理由だよ」
「……」
「説得力があるねぇ――」
 ヨミの頭上から降ってくる黒い影。
 ヘルゼル。
 高い木の上にあらかじめ潜み、待ち伏せさせていた。飛び降りてヨミの首をへし折ろうと蹴りを入れるが、軽い動きで避けられてしまう。砂埃が上がって視界が悪化する。
「そんな策で僕を嵌めようとでも?」
「笑ってられるのは、今のうちだ――!」
 見透かされているのなんて、分かっている。
 ただ、ヨミの思考を上回るスピードで、卑怯な手段に姑息な戦法を上塗りしていく。
 それが、俺達の選んだ『プライドの死』だった。
「思想としては悪くないが、腕前は二流だね」
「負けない! 俺はもう、お前なんか怖くないんだ!」
 自分を鼓舞するように、陳腐だが感情のこもった台詞を吐くヘル。かつての主に牙を剥く全身義体は、マシワの手によっていくらか強化パーツを追加されている。
 兎のようにしなやかに跳ねる体で、正拳突きを入れ、回し蹴りをかまし、攻撃が飛んでくればバク宙でかわす。首を狙う。心臓を狙う。眼球を狙う。確実な死と破壊を、ヨミにもたらすために。
「へえ、強くなったんじゃないかな。僕に壊されたあの日より」
 サイバネを入れていないのが信じられないような、無駄も隙もない動作でひとつずつヘルの攻撃に対処するヨミ。だが、ダメージは少しずつ通っているはずだ。
「お前の相手は1人だけじゃないんだが?」
 俺の言葉を合図にヘルが懐からさっと布袋を取り出し、宙に投げる。
 飛び散ったのは、ただの小麦粉だ。
 それでいい。
「燃えろ」
 俺は手元のタバコに司令を掛け、2人のいる辺りに向かって投げつけた。灰になる寸前の高温をまとった紙きれが、小麦粉の霧に酸素と高熱を送り込む。
 ヘルが飛び退くと、何が起きるか理解したヨミも笑いながら従った。
 規模は小さいが、触れれば大火傷を免れないきのこ雲が、その場に上がる。
 つまりは粉塵爆発を起こしたのだ。気化したガソリンの発火にも近い衝撃。
 しかし、俺達はこの炎でヨミを倒すつもりは無いのだ。
 戦いに余裕を持ち込み、いつもギリギリの間合いでしか攻撃をかわさないヨミ。それが俺達のよすがだった。
「……これ、は」
 きのこ雲が晴れた時、ヨミの動きは鈍り、よろめいていた。
 きしんだサイバネを仕組んだ俺の足でも、悠々と近づける程に。

 マシワに2度目に会った時の会話が頭をよぎる。
「あんた、本当にいいのか? 旧友を廃棄されるのは……」
「だからいいんだよぉ。もうあんな奴友達とは思えないしぃ。それに、そんな情が残ってるんだったらぁ、デシレちゃんにあのタバコ、渡してないよぉ」
「どういう意味だ?」
「あれねぇ、医薬品とかにも使う麻痺毒を薄めて入れてあったんだよぉ」
 俺はその時思考が固まった。
 こいつは一体何を言っている?
「1週間きちんと吸い続けたかなぁ? そろそろ免疫が付いてるころだと思うんだけどぉ。はい、これ新しいタバコぉ。こっちは薄めてないからぁ、ヨミちゃん殺すのに使っていいよぉ。全身サイバネのヘルゼルちゃんには始めから効かないから安心していいからねぇ」
「……あんた、いかれてる」
「よく言われるよぉ」

 マシワの『好意』が勝機を握らせてくれた。あの小麦粉には、砕いたタバコを混ぜてあった。それが、爆発して乾いた空気に飛び散れば、あとは言わずとも分かるだろう。
 粉塵から大きく距離を取っていれば、助かったかもしれない。だが、奴はそうしなかった。そうしなかったのだ。
 サイバネ嫌いのヨミはすっかり毒に全身をやられ、立っているので精一杯といった様子だ。もう、子供にすらかなうまい。
 死ぬ間際でも笑い顔だけは崩さないそのスタンスに、マシワとは違うタイプの狂気を見て取れる。
 俺はヨミを見据え、正面に立ち、倒れかけたヨミの頭を掴んで無理やり立たせた。
「雑魚と同じように逝け」
「――素晴らしい!」
 高笑いを上げ、絶叫する。それがヨミの最期の言葉になった。髪の毛から焦げ臭い煙が立ち上ったかと思うと、俺の炎が、熱が、芸術が、奴を焼き焦がし形を失わせていく。俺は燃えていくヨミの瞳から目を逸らさなかった。ヨミはずっと笑っていたが、声帯がやられるとだんだん静かになり、目の光も徐々に消えていき、そうしてC級とさほど変わりない終わりを遂げた。
 乾いた風に灰が流されていく。
 俺は、燃やし屋の仕事を録画し忘れていた事に気づき、忘れたままのふりをして、その場に座り込み戦いの終わりを全身で感じ取る。
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